星を抱いて 夜汽車に乗って サンプル

1. 二人の乗った汽車が、イーストシティから南に百五十キロ離れた小さな町を出発したのは、日が西に傾きかけた頃であった。 ロイは発車の汽笛を窓越しに聞きながら、無事に予定通りの汽車に乗れたことに安堵する。何しろこの汽車を逃せば、次の最終便が来…

Twitter Nobel log 31

1501. 真夜中の影踏み。すべてが影のような闇の中。ガス灯の淡い光にぼんやりと浮かぶ影を踏めば、曖昧に逃げた君の本当の輪郭が闇に浮かぶ。隠した筈の優しさを顕に私を見る君に誘われ、私も闇に胸襟を開く。本当は捕まえられたのは、私の方なのだと悟りな…

change over time

「それではお先に失礼致します」 デスクを綺麗に片付けたことを確認し、リザはそう言って己の上官の前に立った。 彼女の言葉を受け、ロイは書きかけの書類から視線を上げる。 「珍しいな、君がこの時間に仕事を切り上げるのは」 本気で彼女との会話を忘れて…

Shell White

「もう、行くのか」 微かな灯りに瞼を刺激され目覚めた私は、夢うつつのまま壁に向かってそう言った。 返事はない。 その代わりに、背中越しにふっと身を堅くする彼女の気配が感じられた。 横臥した体勢のまま振り向かずとも、長年の経験から彼女が朝を迎え…

Twitter Nobel log 30

========= ロイアイの日お題 続き =========1451. 「君に言っておかなければならないことがあるんだ」「実は、私もなんです」「君のお気に入りのマグカップを割ってしまった」「実は昨夜のお料理に使った缶詰、仔犬の餌だったんです」「……うん、私の負けだ。…

Twitter Nobel log 29

1401.無駄な自意識過剰。莫迦な自尊心。そんなもので貴方が何から自分を守ろうとしているか、私は知っている。莫迦な自意識過剰。無駄な自尊心。そんなものが私に素直になることを阻むから、貴方は知らないふりをする。無駄で莫迦な平行線を引き続ける私達。…

overheat

「君はもう飲まないのか? エリザベス」 そう言った男は彼女の返事も待たず、彼女のグラスにボトルの白ワインを注ぎ入れた。 彼女は艶然としてボトルの口から垂れる甘い滴をぬぐう男の指先を眺め、そして机上に置かれているもう一本のボトルへと視線をやった…

if【case 12】

もしも、あの世界に遊園地があったなら §「なんだ、これは。珍しいな」 一通の書類を目にしたロイは、それにサインを書き入れながら独り言のように呟いた。 ここ最近は黙々とデスクワークをこなすことの多い准将閣下の呟きに、リザは彼のデスクへと歩み寄る…

give over

「大佐が負傷!? 何があったの?」 「何があったって、いつもの通りッスよ。まーた、あの人最前線まで出て来ちまって」 通信機越しのハボックの報告は少し間延びしていて、ロイの怪我が大したものではないであろうことを言外にリザに告げていた。 それでも報…

Overhead

ソファーというものは、確かにベッドの代わりにはなるけれど、寝返りを打つには狭すぎる。 そんな分かりきったことを確認するように、ロイは身体を縮めるとゴロリと身体を半回転させた。 彼の小さくはない体を納めるにはどうにも寸足らずの疑似ベッドは、彼…

Twitter Nobel log 28

1351.死んだ人を思ってもどうにもならないことは、母を亡くした時に思い知った。両親を亡くした貴方も、そんな感情には慣れているのかと思っていたら、親友という座はまた別格であるらしい。後ろばかり見る貴方に死んだ男を恨んでも、私には手の届かないもの…

帰ってきた軍帽五番勝負! サンプル

この『軍帽十番勝負!』は、一四〇字SSS「大佐、軍帽のつばが、おでこに当たるのですが」 「ああ、すまない」 「大佐、帽子を脱がれると、髪がぺちゃんとして変な頭になっていて気持ち悪いのですが」 「君は私にどうしろというのかね!」 より派生した短…

get over

「こう煮詰まっては能率が上がらん。三〇分仮眠を取るから、時間が来たら起こしてくれ」 そう言った男がさっさと書類を放り出し、ソファーに身を横たえたのは十五分程前のことだった。 彼女に返事をする暇すら与えず、ロイはあっと言う間に小さな寝息を立て…

Twitter Nobel log 27

1301.痛みにしかめる眉の陰影が、貴方の憂いを深くする。踏み込めぬ領域の存在が滲み出るその影に手を伸ばす代わりに、私はたた黙々と彼に痛みを与える傷の手当てをする。せめて、手の届く傷くらいは分け与えて欲しいと願いながら。1302.このサイズの合わな…

Winter Sky

なんだか少し寒い。 そんな意識が夢の中にいた私に目を覚まさせた。 身体を包んでいた暖かな光が遮られたせいだと気付いたのは、目を開いた目の前に人影があったからだ。「すまない、起こしてしまったかな」 父のお弟子さんはそう言いながら、ちっともすまな…

if【case 11】

もしも、あの世界に新年会があったなら §「いやー、やっぱりこれがないと新年始まった気がしないッスよー」 寒い冬の夜気の中、ハボックは上機嫌な顔で煙草の煙を吐き出した。 「これがないと、って、お前ら毎年こうなのか?」 「概ね」 ハボックの前を歩く…

冬コミ御礼&インテ御礼&他いろいろ

一月も半ばを過ぎました。遅まきながら、冬コミ&インテの御礼を。 冬コミはお天気にも恵まれ暖かく、比較的穏やかに過ごすことが出来ました。暮れの忙しい時期にも関わらず、お運び下さった皆様、どうもありがとうございました。沢山の方にお会い出来て、と…

Twitter Nobel log 26

1251.それは恐怖。それは誘惑。それは罪悪。それは情熱。それは無垢。時に銃を握り、時に愛を語り、時に私を叱り、時に泥を被る。それが君の手。私を守る、君の手。1252.寒がりの彼女の背もたれ役を拝領する。普段は甘えてくれない彼女が寒さに負ける冬が、…

30 sample

1.三〇秒 コツコツと規則正しいノックの音が、闇に二度響いた。静寂を破る控えめな物音に、扉の向こうでゴソゴソと蠢く気配が答える。 「時間か」 「イエス、サー」 「天候は」 「雨は降っていません」 端的な会話に、不機嫌さと疲労を隠さぬ男の声が終止符…

Twitter Nobel log 25

1201.「先程オレオレ詐偽と思われる電話が掛かって参りました」「何!」「大佐が列車内で痴漢行為を働き示談金が必要だと」「何だと! それで君はどうした?」「大佐の一人称は“私”です、と言って切りました」「……信用されている訳ではないのか」「何を今更…

if【case 10】おまけ

聞き覚えのない女の声が、耳元で囁いた気がした。 驚きに目を開けば、眼前のスクリーンに大きな唇が蠢いている。 ロイは一瞬目をしばたたかせ、そして現状を理解する。 ああ、ここは映画館だった。 映画の中の女はどうやら映画の主人公に、某かの小言を言っ…

if【case 10】

もしも、あの世界に映画があったなら §暗闇の中から姿を現したロイ・マスタング大佐は、大変に難しい顔をしていた。 「参ったな。まさか、こんな顛末になろうとは」 そう言って嘆息した彼の後ろには、これまた難しい顔をした彼の副官が立っている。 「仕方あ…

overconsumption

小さな事件が起こって、五日ばかり残業続きの日々を送った。 上官と額をつきあわせ、彼の部下である仲間たちと調整を計る。 いつものルーチンワークの時とそれほど変わりはないが、そこそこ面倒な事件を片付け、ようやくお店が開いている時間に帰宅できた今…

Twitter Nobel log 24

1151.仕事の山場をなし崩しに滑り落ちていく。文句を言おうにも、私に仕事を振った男が私の前に立ち黙々と働いているのだから、これは諦めるしかない。黙して立つ背中に視線を数瞬、そして私は私に課せられた職務へと向かう。語らぬ背中は私には雄弁、どんな…

夏インテ御礼と近況

ばたばたしていたら、もう9月です。遅くなりましたが、インテ御礼です。 と申しましても、今回は空中歩行様の売り子さんでしたので、まずはライさんに御礼。どうも、お邪魔させていただきまして、ありがとうございました。 そして当日お運び下さった皆様、あ…

打ち上げ花火

梨紗と増田が花火大会に行く約束をしたのは、ほんの一週間程前のことだった。増田と共に過ごす初めての夏は、忙しなく過ぎていた。 まぁ、忙しないと言っても二人の関係が劇的に変化したとか言うわけではなく、単純に増田の仕事が忙しいだけなのだが。 陸上…

夏コミ御礼

夏コミにお運びくださった皆様、先日はお暑い中、というより殺人的な猛暑の中、どうもありがとうございました。今年の夏コミの暑さは凄まじいまでに過酷な状況を生み出していましたね。(汗)本当にお疲れ様でした。 そんな中お運びいただいて、新刊を手にと…

Love-In-A-Mist

扉の中には、半分だけ朝が訪れていた。 朝靄の淡いブルー越しに日の光が半透明に射し、部屋の中に薄い夜明けを映す。 そんなカーテンの片側だけを開けた窓の下、男はくしゃくしゃになったシーツの海に半裸で沈んでいた。 締め切った部屋の中には薄いとは言え…

Twitter Nobel log 23

1101.髪型一つで女は変わると言うけれど、男だって同じだと思う。きちんと整えたオールバックが彼の童顔を隠すというのは、まだ分かる。だが、僅か一筋二筋乱れた前髪が彼の額にかかるだけで、どうしてこうも彼の中に潜む雄が滲み出てしまうのか。ああ、また…

if【case 09】

もしも、イシュヴァール政策を別の視点で考えたなら §イシュヴァール政策の進捗を報告する長い会議が終わったのは、二一四〇を少し過ぎた頃だった。 具体的な制令が引かれ、各地に散ったイシュヴァール人を迎え入れる為の準備は、どれだけ慎重になっても慎重…