Twitter Nobel log 31

1501.
真夜中の影踏み。すべてが影のような闇の中。ガス灯の淡い光にぼんやりと浮かぶ影を踏めば、曖昧に逃げた君の本当の輪郭が闇に浮かぶ。隠した筈の優しさを顕に私を見る君に誘われ、私も闇に胸襟を開く。本当は捕まえられたのは、私の方なのだと悟りながら。

1502.
生きて帰れと貴方は言う。貴方の背中を預かったあの日から、私は心臓の一部を貴方に預けた。死に神の手よりも長く確実に、私の心臓は貴方に掴まれている。何を今更と、私は笑うしかない。

1503.
軍を辞めていく友人を見送って、正気と狂気の狭間を見つめる。人殺しを厭う心、国を守る思い、どちらも正しいのに並び立たぬのは何故か。抱えた矛盾に答えがないことなどとうに知っている、それでも狂わぬ理由は貴方の背中が教えてくれた。

1504.
林檎でダイエット。二十二時の残業まで体力がもたないから、三日で止めた。察しのいい男は何も言わずに査察帰りにアップルパイを買ってくる。ニヤニヤ笑いと珈琲と、美味しい美味しいアップルパイ。ああ、本当に腹の立つ!

1505.
オールバックの額に一筋二筋崩れた前髪が貴方に醸す夜の空気に困り、それを指摘する。貴方はびっくりした子供みたいな表情を一瞬だけ浮かべ、直した髪型と真面目な顔の下に色気も青臭さも隠してしまう。一部始終を見てしまった私は更に困り果て、副官の顔を保てずそっと俯いた。

1506.
少し前髪が崩れたくらいで、そんなに怒られなくてはならないものだろうか。お陰で式典会場にたどり着くまでの車中で、私は何度も前髪をかきあげる羽目に陥っている。面倒になって放っておけば、非常に気まずい沈黙が満ちる。私が一体何をした?

1507.
無意識に前髪をかきあげる彼の仕草に、視線がルームミラーに捕らわれてしまう。整髪料をいい加減につけてざっと髪型を整える姿に見惚れた私が莫迦だった。ああ、もういっそ、この手でグシャグシャに崩してしまいたい。あのよそ行きのすました表情と撫で付けられた前髪を。

1508.
表情さえ隠せぬ正装の為の前髪が僅かに一筋乱れ落ち、軍帽の下に押し込んだ貴方の哀しみが一筋共に零れ落ちる。貴方の上にだけ降る雨は私を共には濡らしてくれず、それでも、乱れた前髪の隙は一筋の雨を私に垣間見せる。一筋の乱れ髪、あの人の哀しみを映す綻びに私は手を伸ばせない。

1509.
仮眠室、目覚ましのシャワーに濡れた髪をかきあげる貴方を現場へと急かす。上官の表情。落ちた前髪から滴る雫。アンバランスな貴方に惑わされ、私の報告の声が途切れる。貴方の髪が乾くのが先か、私が平常心を取り戻すのが先か。作戦開始まで三〇分、時間との勝負が現場と私の心の中の両方で始まる。

1510.
湯上がりの髪も乾かさず読書に夢中になるなんて、困った男。勝手に髪を弄っても上の空だから、私好みの髪型にしてしまおう。きちんとオールバックに整えてから、わざと崩す一筋の前髪。至近距離で観賞し、少し緩む頬を押さえる。一晩中、読書してても良いですよ?

1511.
かきあげ乱れた前髪の狭間で伏せた眼差しが揺れる。スリーピーススーツの外したカフスに骨張った手首が覗く。緩めたネクタイの襟元に半分隠れた首筋が誘う。貴方の指先が貴方自身を乱す。貴方の指先が作る熱が、私の眼差しの熱を上げる。その指先に触れられる瞬間を、震えながら待っている。

1512.
いつだって彼女の指先は、手始めに私の髪を崩す。額に落ちる前髪をくすぐったく思いながら、私はされるがままに司令官の威厳を彼女の手の中に預け、彼女の前に昔馴染みの青臭い顔を晒す。公人の顔と私人の顔の狭間の乱れ髪、彼女の指先だけが知る私という男の顔。

1513.
シャンプーを変えたことに気付く男より、汗の臭いを気にしない男がいい。綺麗なネイルを誉める男より、煤まみれの指先を気にせず掴む男がいい。一番たちが悪いのは、全てを無意識にやってのけるあの男。ルージュの色を褒めた唇が、私の頬に残る火薬の味を知っているだなんて。

1514.
書き損じの書類に紛らせて、書きかけの手紙を処分する。きっと彼女は気付かずに捨ててしまうだろう。文字の海に感情を葬る。彼女の背を見つめ行う、小さな儀式。

1515.
あの灼熱の砂礫の大地で再会した女は、逃げ水だった。私の視線の先で七年、逃げ続けている。追う私は渇ききり、ひりひりと痛む胸を抱え、それでも諦めないと誓う。何故ならば、あの逃げ水は私が来るのを待って泣く、彼女の中の少女の姿。だから私は逃げ水を追う。あの夏は未だ終わる時を知らない。

1516.
言葉があるから嘘がある。抱いて見つめてキスをして。ホントは無くても嘘もない。抱かれて逃げて捕まって。言葉を消したら灯りも消して。見せて隠してその全て。嘘もホントも闇の中。

1517.
貴方は泥の中に這いつくばる姿を無様だと自嘲する。私は泥の中に這いつくばることを躊躇しない貴方の姿を眩しいと感じる。花は自分を美しいと思って咲きはしない。

1518.
胸元のボタンが弾けて、彼がにやけて良いのか困れば良いのか複雑な表情で困っているから、とりあえず彼のシャツを羽織って隠してみたら、更にひとりで勝手に悶絶しているので、男って面倒臭いと思う。

1519.
羊の横断で汽車が止まる。長閑な風景が作りだしたオープンな密室に閉じ込められた私は、手元の書類をそっと閉じる。疲れて眠る貴方と無言の空間を共有し、私は吹き抜ける風と車窓からの自然に心を預ける。羊がくれた穏やかな時間に感謝する金曜日。

1520.
伏せた眼差しで指先でネクタイを緩めた貴方は、水に戻った魚のように解放された顔をする。指先の艶に囚われた私は、釣り上げられた魚のように息が詰まってしまう。僅かな水を求め、私は貴方の首筋の汗に舌を這わす。真夏の夜、二匹の魚は水音を求め絡み合う。

1521.
夏は嫌いだ。汗が混じりあい、身体の温度は倍になり、へばりつく髪は鬱陶しく、ドライな筈の我々の隙間をベタベタとした湿度が埋め尽くす。境界が曖昧になり、伸ばした手も、掴んだ手もどこまでが私か分からなくなる。互いに溶け合ってしまう。互いが溺れてしまう。だから。夏は嫌いだ。

1522.
花瓶がないなら観葉植物を置けばいいじゃないか。そう言いながら大きな植木鉢を抱えてきた男はただの酔っぱらい。薔薇の花束が似合いそうなスリーピーススーツなんて来ているくせに、大事そうにもさもさの木を抱いているなんて。笑ってしまった時点で私の負け。小さな植物に似合う名前でも考えよう。

1523.
「君、植物にも名前をつけるのか」「サボテンなどは話し掛けてやると、よく育つと申します」「なるほど。で、どんな名に?」「バチ子です」「は?」「植木鉢に入っているから『バチ子』にしようかと」「……君、相変わらずだね」

1524.
「君、植物にも名前をつけるのか」「サボテンなどは話し掛けてやると、よく育つと申します」「なるほど。で、何と?」「バチ子です。植木鉢に入っているからバチ子」「素晴らしい! 君は天才だな」「ありがとうございます。素面になっても、そう言って下さい」「すまん、無理だ」(酔っぱらいなら、これもありか。)

1525.
赤く燃える夕焼けに、彼女が熔けてしまいそうな恐怖に息を飲む。砂礫の大地の赤は様々な感情を私にもたらす。過去を過去として消化出来る日まで、私は幾度も夕陽の中に彼女を見失うのだろう。それでも幾度でも私は彼女を見つけ出そう、諦めれば本当に私は太陽を失うであろうから。

1526.
優しい旋律が私を包む。低いバリトンの声のハミングは、幼き日の忍冬の絡む東屋での午睡を思い出す。クマバチの優しい唸り、甘い花の香、私を探す父のお弟子さん。主婦として忙しかった幼い私の小さな現実逃避を作る場所は、今も私の胸の中にある。このハミングが私の傍らにある限り。

1527.
歴史の動く瞬間に立ち会っている。歴史を動かす男の傍らに立っている。少しそれを誇らしく感じている自分がいる。少し前までは考えもしなかった感情に戸惑いながら、それでも顔をあげて敬礼をする。貴方の副官になったあの日と同じように。あの日とは違う気持ちで。変わらぬものは確かにここにある。

1528.
虫刺されッスか? 痒そうッスねと無粋な部下が聞いてくる。耳の後ろ、本来なら髪で隠れる場所に彼女が残した所有印。それは、独占欲など持たぬと思っていた彼女の唇を、眠ったふりで受け止めた昨夜の戦利品。指先で寝癖を直し宝物を隠し直した私は、お陰で昨夜は眠れなかったと嘯き笑う。

1529.
銀時計の蓋に罪を刻むようなセンチメンタルは、子供にだけ許されるものだ。大人は心に刻まれた傷を抉りながら、ただ贖罪の道を行く。それでも生きていけるのは、傍らに立つ人の心にも同じ傷があり、互いに傷を舐めあって共に歩いているからだろう。苦い涙を知る舌を絡め、大人はただ生きていく。

1530.
ワイパーさえ効かない雨のカーテン。夜のように暗い空。私達を下界から遮断する自然現象に甘え、彼は路傍で私と唇を重ねた。近すぎる睫毛に目を閉じることも忘れ、私は強風に煽られる傘よりも激しく震える。雨音よ、この胸の奥にまで吹き荒れるテンペストを彼の目から隠して。

1531.
早朝にうっかり目覚めてしまった。仄かな黎明の光に時計を確認し、私はもう一眠りを自分に許すことに決めた。傍らに穏やかな寝顔を確認する幸福、二度寝の至福、早起きも時には悪くない。

1532.
買い物の帰り道、彼の乗った車を見かけた。非番の私の代わりにハンドルを握る部下の後ろの席で、腕組みをして思考に沈む横顔を見つめ、その景色の外に自分がいることを不思議に思う。ルームミラー越しに彼を見る定位置を乞う、私はきっとワーカホリック

1533.
査察の帰り道、私服で歩く彼女を見かけた。仔犬のリードを手に穏やかな表情で人波に紛れ歩く姿に、私はあり得たかも知れぬ彼女の平和な人生を思う。それでも彼女を手放せない、私はただのエゴイスト。

1534.
苛々するのは暑さの所為か。それとも、貴方の所為なのか。どちらにしても寝返りばかり打つ夜は変わり映えもせず、睡眠不足が苛立ちに拍車をかけるだけ。努力をしても辛抱しても、この手では変えることのできないものだから、私は苛立つのだろう。届かぬ太陽に喧嘩を売る程、莫迦になれれば良いのに。

1535.
私が指先を飾るのは、いつだって貴方の為。小さな爪をマニキュアで紅く染めるのも、指の腹を火薬で黒く染めるのも、全ては貴方の為だけに。鮮血の赤だとて受け止めよう、それが貴方の為ならば。

1536.
熱心に背中に這う舌に美味しいですか?と戯れに問えば、過去の傷を舐めているとふざけた言葉が返る。貴方がそう言うのなら、私も貴方の脇腹に舌を這わそう。共有する時間さえ共にこの身に刻みあい、過去の痛みが今の私達を作り上げた。傷を舐めあう私達には、この瘢痕さえ滋味となる。

1537.
朝起きて、身支度を整え、朝食を取り、家を出る。頭の中で一日のスケジュールを確認し、ガンホルダーをチェックし、最後にもう一度鏡で自分の姿の点検し、執務机の傍らに立つ。朝の幕が開くまでの私の舞台裏。幕を開くのは貴方、私の一日を演出する人生のプロデューサーは貴方しかいない。

1538.
「何をしておいでですか?」「背中が痒いが、届かん」「ここですか?」「君、何を」「ここがいいんですか?」「うむ」「気持ちいいですか?」「む」「もっと?」「君、何を」「して欲しいなら、ちゃんと言って下さらないと解りません。ここで止めてもいいんですよ?」「……君、わざとだろう」「フッ」

1539.
夏のタートルネックの首筋に浮かぶ汗は甘露。罪と欲とをブレンドし私の心を刺す。苦くて甘い、私だけの蜜の味。

1540.
研究者の顔をする時の彼は、驚くほど父と口調が似る。そんな指摘をすれば、君の口調はいつも師匠を思い起こさせるよと彼は苦笑する。父の遺したもの全てがこんな日常会話の軽さで交わされる日が来るなら、私は彼に何を捧げてもいいと思う。私達の過去が罪を孕まぬ日を私は恋い焦がれる。

1541.
深夜の台所で固い桃を火にかける。ワインと砂糖で煮詰めて、甘く甘く。熟さぬ果実を食べる術を知る私だけれど、熟さぬ恋を甘く変える術は知らない。甘い貴方の言葉を味わう代わりに私が選んだものは、貴方と育てる種子だった。私には食べることの出来ない未来が、まな板の上に転がっている。

1542.
剥がし忘れたマニキュアが、私の女を主張する。貴方の視線が指に染み、要らぬ想いが暴れだす。私はこぶしを握り締め、紅い綻び押し隠す。今まで通りこれからも永劫傍にいる為に、女の私を押し隠す。

1543.
夜の街に消える彼を見送る。心の中には余裕と嫉妬がくるりくるりと渦を巻く。私だけが知る彼の一面。私には知ることの出来ない彼の一面。全て欲しいと心が騒ぐ。自惚れと強欲、共に彼が私に与えた感情。そんな感情たちを隠す為、私はポーカーフェイスが上手くなった。

1544.
一言くらい言葉をくれたら助かるのだが。男にだって、そういう夜はあるのだよ。

1545.
やっぱり、と言われた。そうなると思っていた、と。彼の退官日を私の除隊日とすることは、あの日から決めていた。私が仕えるべき人は彼以外いない。それを説明する必要なく受け入れられることが、誇らしい。そして、困ったような満足したような彼の笑顔が何より私を満足させる。貴方と生きて良かった。

1546.
サボテンでも話しかけ続ければ花を咲かせるという。ならば、ポーカーフェイスの彼女にも言葉を捧げ続ければ、綻ぶ笑顔もあるかもしれない。莫迦な思考を花屋の店先に置き捨て、私は花瓶を持たぬ女の為に花を買う。

1547.
嘘をついて下さって良いんですよ。そう言って彼女は笑った。そんなことを言って笑う君が憎らしくなって、私は本当のことだけを口にする。君が困ると知っているから、本当のことを言わずに来たというのに。嘘で流せる感情なら、こんな長いこと抱えて来はしないというのに。

1548.
駆け出す彼女の後ろ姿に、狗だ忠犬だと揶揄の声が上がる。意思の強い彼女のどこが忠犬だと内心で笑い、私は莫迦な飼い主のふりをする。リードを握っているのは、果たしてどっちだろうね?

1549.
彼女がバレッタで髪を上げる理由? ああ、単純な話だ。始めはポニーテールにしていたのだが、彼女が振り向くたびにポニーテールの先が当たって痛いので、止めさせた代替案だ。髪が凶器になるなど全くの想定外だった。まったく彼女はビックリ箱だよ。

1550.
彼の手が外したバレッタの金具が髪に絡んだ。いつもスマートにことを運ぶ男がうっかり見せる不器用さが愛しくて、私は大袈裟に痛いですと訴える。困って一生懸命な顔だって私には魅力。だから私の前では少しくらい肩の力を抜いていいんですよ?

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