2013-01-01から1年間の記事一覧

30 sample

1.三〇秒 コツコツと規則正しいノックの音が、闇に二度響いた。静寂を破る控えめな物音に、扉の向こうでゴソゴソと蠢く気配が答える。 「時間か」 「イエス、サー」 「天候は」 「雨は降っていません」 端的な会話に、不機嫌さと疲労を隠さぬ男の声が終止符…

Twitter Nobel log 25

1201.「先程オレオレ詐偽と思われる電話が掛かって参りました」「何!」「大佐が列車内で痴漢行為を働き示談金が必要だと」「何だと! それで君はどうした?」「大佐の一人称は“私”です、と言って切りました」「……信用されている訳ではないのか」「何を今更…

if【case 10】おまけ

聞き覚えのない女の声が、耳元で囁いた気がした。 驚きに目を開けば、眼前のスクリーンに大きな唇が蠢いている。 ロイは一瞬目をしばたたかせ、そして現状を理解する。 ああ、ここは映画館だった。 映画の中の女はどうやら映画の主人公に、某かの小言を言っ…

if【case 10】

もしも、あの世界に映画があったなら §暗闇の中から姿を現したロイ・マスタング大佐は、大変に難しい顔をしていた。 「参ったな。まさか、こんな顛末になろうとは」 そう言って嘆息した彼の後ろには、これまた難しい顔をした彼の副官が立っている。 「仕方あ…

overconsumption

小さな事件が起こって、五日ばかり残業続きの日々を送った。 上官と額をつきあわせ、彼の部下である仲間たちと調整を計る。 いつものルーチンワークの時とそれほど変わりはないが、そこそこ面倒な事件を片付け、ようやくお店が開いている時間に帰宅できた今…

Twitter Nobel log 24

1151.仕事の山場をなし崩しに滑り落ちていく。文句を言おうにも、私に仕事を振った男が私の前に立ち黙々と働いているのだから、これは諦めるしかない。黙して立つ背中に視線を数瞬、そして私は私に課せられた職務へと向かう。語らぬ背中は私には雄弁、どんな…

夏インテ御礼と近況

ばたばたしていたら、もう9月です。遅くなりましたが、インテ御礼です。 と申しましても、今回は空中歩行様の売り子さんでしたので、まずはライさんに御礼。どうも、お邪魔させていただきまして、ありがとうございました。 そして当日お運び下さった皆様、あ…

打ち上げ花火

梨紗と増田が花火大会に行く約束をしたのは、ほんの一週間程前のことだった。増田と共に過ごす初めての夏は、忙しなく過ぎていた。 まぁ、忙しないと言っても二人の関係が劇的に変化したとか言うわけではなく、単純に増田の仕事が忙しいだけなのだが。 陸上…

夏コミ御礼

夏コミにお運びくださった皆様、先日はお暑い中、というより殺人的な猛暑の中、どうもありがとうございました。今年の夏コミの暑さは凄まじいまでに過酷な状況を生み出していましたね。(汗)本当にお疲れ様でした。 そんな中お運びいただいて、新刊を手にと…

Love-In-A-Mist

扉の中には、半分だけ朝が訪れていた。 朝靄の淡いブルー越しに日の光が半透明に射し、部屋の中に薄い夜明けを映す。 そんなカーテンの片側だけを開けた窓の下、男はくしゃくしゃになったシーツの海に半裸で沈んでいた。 締め切った部屋の中には薄いとは言え…

Twitter Nobel log 23

1101.髪型一つで女は変わると言うけれど、男だって同じだと思う。きちんと整えたオールバックが彼の童顔を隠すというのは、まだ分かる。だが、僅か一筋二筋乱れた前髪が彼の額にかかるだけで、どうしてこうも彼の中に潜む雄が滲み出てしまうのか。ああ、また…

if【case 09】

もしも、イシュヴァール政策を別の視点で考えたなら §イシュヴァール政策の進捗を報告する長い会議が終わったのは、二一四〇を少し過ぎた頃だった。 具体的な制令が引かれ、各地に散ったイシュヴァール人を迎え入れる為の準備は、どれだけ慎重になっても慎重…

if【case 08】

もしも、過去が彼らを追うならば § イシュヴァールの英雄。 七年に及ぶイシュヴァール地方から始まった東部の内乱を終結させた立役者の一人。イシュヴァール最後の砦・ダリハ地区を陥落させた男。その指先から生む焔でテロリストたちを薙ぎ払い、多くの部下…

Twitter Nobel log 22

1051.それは私にだけ見せる顔なのか。それは私にだけ伝える言葉なのか。イライラする。ムカムカする。腹立たしいのは嫉妬のせいだと分かっているから余計に。私だけのものになってはくれないなら、私はただの副官でいい。1052.君の足の爪に色がついているこ…

overprotective

「言っておくが、私は怒っているのだよ?」そう言いながらロイはキュッと水道の蛇口を閉めると、濡れタオルを手に彼女の元へと歩み寄ってきた。 返す言葉を持たぬリザの目の前で、オールバックの髪をついでのように濡れた手で撫でつけたロイは、大将閣下の貫…

甘い言葉は血に満ちて

ハプニングはいつも、不意打ちでやってくる。 「ふざけるな! この偽善者め!」 警備の隙を突き壇上に駆け上がった男の叫びが、広い会場にこだました。続いてパンパンという小さな二つの破裂音がその場にいる者全員の耳に届いた。 「准将は! 准将はご無事か…

SCCありがとうございました!

早いものでスパコミから、もう一週間経ってしまいました。毎度遅い御礼で、申し訳ありません。 GWの貴重なお休みの日に、当サークルまでお運び下さった皆様、どうもありがとうございました。何時も何時も、沢山のお差し入れやお手紙、お言葉頂き本当にイベン…

café

ロイ・マスタング准将の一日は忙しい。東部を統べる長となった彼の職務は多岐に渡る。 イシュヴァール政策に専念したいのは山々であっても、それを実行する足元を固める為にその他の仕事が彼を拘束する。 そんな准将の傍らで、リザは相も変わらず彼の副官と…

Twitter Nobel log 21

1001.街角の何の変哲もない電話ボックスが、彼の視線を下げさせる。何の力も持たない私は、ただぼんやりと還らぬ人の笑顔の重さを思う。あの笑顔が暖めていた彼の心の一部に触れることを望む私は、何も出来ぬまま、彼とは違う意味で目を伏せた。1002.夜の中…

軍帽十番勝負! サンプル

この『軍帽十番勝負!』は、一四〇字SSS *「大佐、軍帽のつばが、おでこに当たるのですが」 「ああ、すまない」 「大佐、帽子を脱がれると、髪がぺちゃんとして変な頭になっていて気持ち悪いのですが」 「君は私にどうしろというのかね!」 *より派生し…

gloss over

「大佐!」 暖かな午後の昼下がり、東方司令部に呆れたリザの声が響いた。 心地好い午後の日差しの中、良い気分で船を漕いでいた彼女の上官は薄ぼんやりと目を開けると、面倒そうな様子を隠そうともせず彼女の呼びかけに答えた。 「何だね、中尉?」 「何だ…

Twitter Nobel log 20

951.言葉より雄弁な彼女の眼差しが欲するものを探して、今日も脳細胞を酷使する。言ってくれれば簡単なものを毎度推理しろだなんて、実はとんでもない我が儘だと彼女は分かっていないのだろうか。なぁ、すました副官の顔をした、困った私のお姫様? 952.彼に…

不可侵領域 ー ソファーのある風景 番外 ー

彼の部屋の明かりは、点けられないままであった。 ただ一灯、いつもは彼の穏やかな時間を照らしている筈の読書灯が、広いリビングに薄ぼんやりとした陰影を落としている。 薄暗い照明はリザに少し頼りない思いを抱かせたが、彼女はその感情を表に出すことな…

Dawn purple 番外

「よぅ、早いな。ロイ」 「何か用か? ヒューズ」 瓦礫に腰掛けた黒髪の男は声の方を振り向くことなく、遠く大地を遠く眺めていた。 夜明け前の荒野に吹き荒ぶ風に起こされ野営地をさまよっていたヒューズは、偶然見つけた悪友の背中に向かって近付きながら…

Twitter Nobel log 19

901.仕事に行きたくないな、と思う。行かなかったら上官がサボるだろうな、と思う。仕方ないから起きようか、と思う。隣でサボりたいな、と寝惚けた声がする。少し腹が立って、毛布を全部奪い取ってみる。間抜けな叫びが上がるのを、笑いをかみ殺して聞く。…

真夜中の駆け引き

「大佐、もう少し……」 真夜中の路地裏に、恥じらいを含んだ女の声が聞こえた。 ほんの小さな声で囁かれた筈のそのたどたどしい声は、本人の意思に反して夜の静寂にこだまし、女は恥じ入るようにそこで口をつぐんでしまった。その代わりに堪えきれぬように漏…

インテ御礼

インテから早くも一週間。毎度、お礼が遅くなってしまって申し訳ありません。 当日寒い中、会場までお運び下さった皆様、どうもありがとうございました。大阪はまったりゆっくりお話し出来る余裕があったり、コミケとはまた別の楽しみがあって嬉しいです。い…

パラレルSSS

Valentine's day 二月十四日という日付に期待を抱かない彼女持ちの男が、果たして世の中にいるだろうか? いいや、いるわけがない。 その日の部活の前の僅かな空き時間、増田はいそいそと生物学準備室へと足を向けた。 例年なら青春の麻疹にかかった女子高生…

冬コミ御礼

皆様、明けましておめでとうございます。気付けば一月も一週間以上が過ぎ、今年もあっという間に時間が過ぎそうで、今から怯えています。ひぃ。 本年も、どうぞよろしくお願い致します。 さて、遅くなりましたが、冬コミにて当スペースにお立ち寄り下さった…

SSS集 15

Out of territory 台所という場所は、常にリザのテリトリーである。例えそれがロイの家の台所であろうと、彼一人の時は珈琲を淹れるくらいにしか使われぬ台所を本来の意味で活用するのは彼女だけであるのだから、やはりそこは彼女のテリトリーであった。 し…