Twitter Nobel log 23

1101.
髪型一つで女は変わると言うけれど、男だって同じだと思う。きちんと整えたオールバックが彼の童顔を隠すというのは、まだ分かる。だが、僅か一筋二筋乱れた前髪が彼の額にかかるだけで、どうしてこうも彼の中に潜む雄が滲み出てしまうのか。ああ、また。私を乱す風が吹く。

1102.
背中を預けると言った。道を誤ったら撃ち殺せ、とも言った。彼女に己の命を預けることに躊躇いは欠片もないと思っていた。だが、その思いが先程から揺らいでいる。「裏道、ショートカットします」「待て! 君、免許取りたて! 安全運転!」「行きます」「待て! 頼むからスピード落として!」

1103.
小さなハミングを消さない為に、扉の前で立ち止まる。もう後1フレーズ、昔を懐かしむ歌を聞いたら扉を開けて、今の私達の大人の顔を取り戻そう。それまでは、私は書類を抱えた副官ではなく、洗濯物の籠を抱えた少女の顔で彼の歌声を聞く。

1104.
シーツの海に溺れた私を引き上げ息をつかせ、また突き落とす。何度でも溺れ、何度でも引き上げられ、私は絶望と恍惚を行き来する。溺れることが恍惚なのか、溺れることが絶望なのか、私にはもう分からない。ただ、此の背を撫でる其の手、それだけがあれば私は私でいられる。引き上げ突き落とす男の手。

1105.
白い手袋の指先が、高い襟元を緩める。私の前でだけ見せる隙が、貴方の軍人の顔の影に隠した雄を垣間見せる。私以外の人の前では見せない隙。その隙が私に貴方を許させる。仕方のない人、そう自分に言い訳し、私は軍帽の影で口付けを受け止める。

1106.
視線が私から別の場所に移ったのが分かった。そんなことは私とは関係ないと思った。所詮貴方と私の間には、社会的繋がり以外の何も存在しないのだから。そんなことは関係ない。そう考えても感じるこの胸の寂寥はなんだろう。最初からそうだと割り切っていた筈なのに。

1107.
6月11日、雨。いつもは無能と切り捨てる貴方の前で、感情の発露を見せてしまった。きっと貴方はアルコールを理由に全てを無かったことにしてくれるだろう。縛られる過去の共有が、優しさを生むなんて。アルコールに救われたのは、失言をした部下ではなく私。

1108.
誕生日だとか記念日だとか、何かと理由を付けては彼は私に贈り物をくれる。世間一般に『釣った魚に餌はやらない』と言うけれど、彼なら私がお婆ちゃんになっても気障なことを言いながら贈り物をくれるだろう。そんな未来を少しだけ、夢に描いてみる記念日。

1109.
すがり付くだとか、言い募るだとか、そういう行為に出ないのは、私がクールだからではない。抱える感情が大き過ぎて、表現の仕方が分からないだけ。もし時が来て、その方法が分かったら、どれだけみっともなくても、きっと私はそれを実行するだろう。たとえ貴方の亡骸の前であったとしても。

1110.
私が飲み込んだものは、本来は吐き出されるだけの筈のもので、そんな消化される筈もないものに胸を満たされ、私はムカムカとこみ上げるものを飲み込み、自家中毒を起こす。どろどろと私を蝕むもの。それは、綺麗な筈の恋心。

1111.
安っぽい悲劇に酔う気はない。結ばれぬ運命に泣き崩れるなんて柄じゃない。可哀想だと哀れんで優越感を抱く世間など関係ない。彼の背は常に私の目の前にある。それが私の真実。悲劇でも喜劇でもない、ただの当たり前。

1112.
今週は二度も化粧を落とさないで寝てしまった。自己嫌悪に鏡を覗き込み、よれたファンデーションを擦る。いっそ化粧などしなければいいのかしらと考え、傍らで疲れた顔で眠りこける男を見、その考えを却下する。私も女なのだと思い知る、徹夜明けの執務室。彼が起きる前に化粧直しをしなくては。

1113.
眠れない夜に寄り添う温もり一つ。この手に抱いても、夢までは共有出来ない。夜に取り残され一人。孤独に怯えすがる。二人でいても、独り。

1114.
弾丸の要らない戦場。嬌声と化粧と言葉が武器だなんて、私には馴染まない。鼻の下を伸ばした英雄を奪還する術は、怖い副官の顔で仕事を盾に籠城戦の突破口を開くのみ。引き留める声の矢の嵐。でもね、最後には英雄殿に選ばせるのよ。少しくらいの優越感は、戦勝の証にもらっても良いでしょう?

1115.
柔らかな褥と快楽と平穏。それは私ではない誰かとでも、貴方ではない誰かとでも、成り立つものではないのだろうか。ならば、溺れる方がいい。苦しいまでに。息も出来ぬまでに。死を共に覗き見る程に。苦痛と恍惚は紙一重。だから、貴方に溺れる。

1116.
視線を上げれば、塩が手渡される。どうやら彼女も同じことを考えていたらしい。少し足りない塩加減が、我々の味覚の相似を教えてくれる。同じものを美味いと感じ、同じものに首を傾げる。少しの幸福もまた、ひとつのスパイス。

1117.
彼がジャケットの前を寛げる様が、まるで踊っているように滑らかで、思わず差し出された手を取ってしまった。ワルツのリードより自然に歩幅を私に合わせてくれるのは、プライベートの証。事件に駆け出さなくて良い週末のハイヒールを、私は彼のエスコートというオプションを付けて楽しむ。

1118.
男と女が別れると、友人に戻ったりするという。ならば、我々の場合は何に戻るのだろう。上官と部下。師匠の娘と弟子。秘伝の伝承者と継承者。裏切った者と裏切られた者。その関係はあまりに多岐に渡り、ならばいっそ最初から男と女の仲にならねばいいと、そんな短気で臆病な我々の人生は廻る。

1119.
要らないものを捨てられないのは貴方の悪いクセ。古い錬金術の本、初めて錬成したフラスコ、昔の階級章。もし、私もそんな捨てられないものの一つだったとしたら。つい、そんな想像が頭に浮かぶ。恐怖に私は思考を止め、銃の腕をただ磨く。要らないものにならない為に。たとえ、それが妄想だとしても。

1120.
サリサリと流れる砂が私たちの罪を埋める。風化させまいと砂を掘り起こし、埋もれた鉄道を開通させる。償いは過去を見て俯くことではなく、未来を見て新しい道を開くこと。そう教えてくれる貴方の肩章に増えた星を数え、私はそこに未来を見る。

1121.
眠りに落ちる寸前の瞬きの狭間に、隣で眠る彼女の穏やかな姿を視認する。それは一日の最後に私を安堵させる風景であり、願わくは、最期の時もこうであれば、私は幸福に目を閉じることが出来るのだろうと、彼女に知られれば叱られそうなことを考え、私は眠りという擬死の世界へ落ちていく。

1122.
箔押しの革の表紙の上を愛しげに、彼の長い指が滑る。艶かしい指先の動きを受け止める知識の受け皿は、冷たく彼を受け流す。命持たぬ書物にすら嫉妬する私は、副官の顔で彼と錬金術の蜜月の邪魔をする。

1123.
地面に落ちる空薬莢の奏でる鉄琴の調は、命のワルツを踊る我々に似合いの音楽。スタッカートで切り刻む命、死と並走しアレグロモデラート、息を殺し下す命令はピアニシモ。そして静けさに包まれる戦場に我々は立ち尽くす。何も残らぬ掌を見つめて。

1124.
左斜め二十五度仰角に見る彼の横顔が好きだ。少し遠くを見る眼差しが未来を展望するようで、その眼差しの先を共に見たいと思わせる。向かい合い食事を共にしたり、並んで歩く女には見ることが出来ない、背中を預けられた副官の位置からしか見ることの出来ない彼の横顔が、私は好きだ。

1125.
顎の辺りに感じる視線がこそばゆい。髭の剃り残しでもあっただろうかと、私は指先で顎を撫でる。こんな角度から射込まれる視線は、彼女のものだけ。指先に触れたシェービングクリームに答えを見つけ出し、私はなに食わぬ顔でそれを拭う。どんな細部まで見逃してはくれない私の副官、それが鷹の目。(↑そして気付かぬ天然タング)

1126.
遅刻しそうだと焦る彼女と、遅刻しても構わないと開き直る私。職場に着いた途端、冷静沈着な副官に戻る彼女は、私を仕事に追い立てる。時間には振り回されないが、彼女に振り回されるのは、やぶさかではない。いや、むしろ楽しいとさえ思ってしまう。仕方あるまい、それが私という男。

1127.
叩き込まれるのは、快楽ではなく躾。私の肉体が誰に属するものなのか教え込む為の儀式。彼の指も舌も何もかもが、容赦なく私の五感に従属関係を植え付ける。彼に支配され啼き喚く私は、ただのはしたない狗。そう、うちの躾は厳しいの。

1128.
泣くな。立て。走れ。撃て。いつだって全ては命令形。諦めるな。死ぬな。生きろ。そう言って常に私より前を走る背中が愛しすぎて、私はいつだって「Yes, sir」とただひと言答え、その背を追う。

1129.
鷹の目の眼差しを奪えば、君は次にどの感覚に優位を置くのだろう。嗅覚? 聴覚? 味覚? 触覚? 戯れの試みだ、君も楽しめばいい。耳で、舌で、鼻で、皮膚で、存分に私を味わいたまえ。

1130.
愛しいという感情は溢れるもので、仕方なく押さえつけても、私の意志に反して勝手に流れ出てきてしまう。感情を飲み込む術は軍服の中に置いてきてしまった。だから、寝間着の私はそっと眠る彼の髪を撫でる。普段は見せない、軍服の中身の生身の私。

1131.
この手を握っても許されると思ったのは、いつからだったろう。許されるだとか許されないだとかではなく、それが当たり前になったのは、いつからだったろう。それだけの時間と結果を二人築いて来られたことを、誇りに思う。君を、私を、誇りに思う。

1132.
ラジオから流れる曲に合わせ、出鱈目な指揮をとる彼を見る。彼のとる作戦の指揮の繊細さとは正反対な指揮に、天は二物を与えぬものかと私は秘かに笑う。その才能が逆転していなくて良かった、私もコンミスの才能は持ち合わせていないから。我々は無粋な軍人。

1133.
時々。目先のことに振り回されて、乗った列車の行き先が分からなくなる。辺りを見回し、アナウンスに耳をそばだて、己の居場所を確認するよりも、向かい合って座る彼女の姿を確認する方が、私には余程分かりやすい道標だ。真夜中の光のように。

1134.
迷うことも、悩むことも、自分の正しさを疑うこともある。だが、私が迷い立ち止まると、背中に聞こえる足音も私と一緒に迷い立ち止まってしまう。だから、私は毅然として歩を止めることなく、ただ歩く。虚勢とて一つの力に変える、それもまた前を行く私の務め。

1135.
貴方の顔を見ると、その気配に貴方が振り向く。何だ? と問われ、何でもありませんと答える。そう、貴方のお陰で何でもなくなった。阿吽の呼吸は特効薬。

1136.
壊れた私のバレッタをじっと見つめる彼がいる。何を見ているのかと聞けば、『古いものを直すべきか、新しいものを贈るべきか』考えていたという。もう七度も修理してもらっていることを、彼は覚えていないらしい。彼には何でもないことでも、私には大切なこと。降り積もる優しい思い出がここにも。

1137.
未来を約束されなくてもいい。その未来を目指して、私はただ貴方の後を付いていくだけなのだから。その未来が私の上に訪れなくてめもいい。私はただ貴方の後を付いていくだけなのだから。

1138.
振り向く必要はない。彼女は必ず私の背中を見ていることを、私は疑わず進んでいく。それを疑う日が来るなんて、太陽が西から昇る方がまだ真実味があるくらいだ。それは、過信ではない。私自身の行き様の指針。

1139.
死地にひとり放り込まれても、死線を共にさ迷っても、単独の潜入捜査も、貴方の命令なら何でも躊躇わず受け入れる。ただひとつ、受け入れられない命令は、多分貴方と私が一番欲するもの。私を女にしないでください。

1140.
財布でも、手帳でも、手袋でも、男の人は必要なものを何でもポケットに仕舞ってしまう。少し冷える朝、繋がれた手が温かいからという理由で彼のポケットに仕舞われた時、小さな自惚れと喜びが心を掠める。必要なものであることは、幸福。

1141.
冷たいレーションをかじる味気無い栄養補給を人間の食事に変える、君の淹れた一杯の珈琲。軍名物の薄くて不味い珈琲すら、君の手を経れば私には生きている証。

1142.
銃の手入れで手が汚れているからという理由で、彼の手が私の口に小さな夜食を放り込む。餌付けされる気分は気恥ずかしいが、嫌いではない。彼の指に唇が触れないように、少しだけ線を引く警戒心は忘れずに。小さな夜の戯れ。

1143.
赤信号にひとつも引っ掛からずに現場にたどり着いた。エンジンを止め、下らないことだけれど幸先が良いとひとり胸の内で微笑む私の後ろの座席から「幸先が良いな」と呟く彼の声が聞こえる。以心伝心。ならば、さっさと事件も片付けて下さいな。一人胸の内呟く事件現場、嵐の前の凪。

1144.
別に。利用してくれれば良いし、恩になんて着なくても良いし、義理なんて果たさなくて良い。貴方が思う未来を貴方自身がねじ曲げさえしなければ、私はただの駒であることに何の異存もない。私の願いなどその程度のものでしかなく、その程度の枷にはなるものだと貴方が知っていてくれれば、それで良い。

1145.
世の男どもが囁く耳に心地好い言葉は私の表面を流れ落ち、産毛にも引っ掛からずに何処かに消えていく。そんなものよりも、彼の叱咤や命令や我が儘が、酷く私の感情を振り回すのは、きっとその声の性質のせい。性的で、横暴で、知的で、紳士で、そんな様々な彼の秘めた物を表す声が私には劇薬。

1146.
不自然にならぬ程に微かな笑みを浮かべ、いつもより少しだけ濃い珈琲を淹れた。口紅は分かるか分からないか程度にほんの少し濃いものを選んだ。書類の山は控えめに。目は見ない。喧嘩の翌朝のシミュレーション。空白の執務机が私を笑う。

1147.
頑なに自分を閉じる理由が本当は恋情だと認めたくないのなら、人を殺した罪悪感だとか、その背の秘伝の火傷が疼くだとか、単純に夜が寂しいだとか、私が強引だからだとか、何でも適当な理由はあるじゃないか。そんな目で私を見るくらいなら、嘘でも吐いた方が、君、余程ましだよ?

1148.
眠る背中に寄り添う。背中に抱きつく、というのが一般的なのかもしれないけれど、やはり背中合わせが我々には似合い。少しの温もりを背に膝を抱え眠る、孤独と安らぎの狭間の夜。

1149.
瓶のビールの栓を栓抜きを使わずに、スプーンや何やで開ける特技があるらしい。負けず嫌いの貴方は錬金術でビールの栓を抜いて得意気だけれど、私には見慣れた当たり前過ぎる光景。真夏のビールなんて冷えて美味しければ、それがすべてだというのに。男って、莫迦で可愛くて困る。

1150.
真夜中に縋りつくものを探す。それは貴方の肉体ではなく、それは真っ白なシーツではなく、それは命を預けるライフルではなく、必死に手を伸ばす私が掴んだもの。それは私を掴む為に伸ばされた、傷付いた手。

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