Twitter Nobel log 21

1001.
街角の何の変哲もない電話ボックスが、彼の視線を下げさせる。何の力も持たない私は、ただぼんやりと還らぬ人の笑顔の重さを思う。あの笑顔が暖めていた彼の心の一部に触れることを望む私は、何も出来ぬまま、彼とは違う意味で目を伏せた。

1002.
夜の中に流れ落ちた水は、まるで彼女の如く私の指の間から零れ落ちる。それは哀しみか快楽か分からぬままに私の中を流れ落ち、朝には消える。彼女と私の間を繋ぐのは、そんな彼女の流すかそけきもの。

1003.
眠ったふり、気付かないふり。書類を取るふり、触れた指先に気付かないふり。平静なふり、気付かないふり。ふたり、上官と部下のふり。

1004.
星々が消えていく夜を見送る。この星たちがすべて消えたなら、彼はまたこの背中にすべてを背負い独り歩き出すだろう。手が届かなくなる前に、青い軍服に隠されてしまう前に、そっと美しい曲線を描く肩甲骨に掌を重ねる。今日もまた護ると誓う、星々だけが知る私の宣誓。

1005.
私が彼と目を合わせないのは、そこに鏡を見るからだ。きっと私はあんな高い眼差しの温度を隠し、彼を見ているのだろう。すべてを塗りつぶす黒に対して、淡いヘイゼルの色は分が悪すぎる。だから、私は彼と目を合わせない。

1006.
真っ直ぐに鋭く透明な眼差しに、腹の底まで見透かされそうで目を逸らす。隠し続けた想いを知られるくらいなら、遊び人の莫迦な上官でいる方が私の心は安らぐのだ。歪な私を鷹の目に見破られぬよう、私は傲慢に彼女の視線を捩じ伏せる。

1007.
男に花冠なんて、という苦情さえ受け付けない彼女の輝く笑顔は、普段の難しい顔で家事と格闘する彼女よりは余程年相応で、私は似合いもしないクローバーの王冠を頭上に受ける。春の訪れを告げる笑顔が、私をこの世の王にする。

1008.
花冠のお礼に金の冠を。いや、金の錬成は禁じられているから。生真面目に悩む顔は、父の元で研究に勤しむ時と同じなのに、その考えが私の方を向いているというだけで、私の心にも春風が吹く。花冠をもう一つ編む理由は、その春風を隠す為。

1009.
私の躊躇いを見抜くから、彼は逃げを打つ。その程度の優しさに救われるくらいなら、いっそ滅茶苦茶に踏みにじられる方がましなのです。歪んだ私の眼差しを真っ直ぐに受ける優しさがあるなら、どうか、罰して。

1010.
髪は女の命と言うけれど、髪を伸ばす理由も切る理由もさばさばと素っ気ない彼女がいる。良いのか? と問えば、命は貴方に預けましたからと、彼女はまたさばさばと笑う。多分一生敵わないと私は笑い、髪を切った彼女と共に、東へと帰る汽車に乗る。

1011.
私の夜の半分は、彼に支配されている。残りのもう半分は、誰にも触れられぬ孤独に支配されている。帰って下さいと彼を追い出す。その背に手を伸ばす私に気付かぬふりをする彼の夜の半分も、きっと孤独に支配されている。それが、私たちが分かち合う夜。全てを分かちあえる程、私達は大人ではないのだ。

1012.
子供みたいに「おいで」と貴方に呼ばれることが、少し嬉しい。仏頂面も銃も手放して、その手に頭を撫でられることがとても嬉しい。褒めて。労って。優しくして。甘やかして。口には出さないけれど貴方は知っている、夜だけの子供みたいな私。だからね、ハグだけで私を満足させて。

1013.
いつだって私の涙を受け止める場所があると分かっているから、私はポーカーフェイスで生きていける。私が強い女ではないことを貴方が知っていてくれるから、私は鷹の目の眼差しを崩さずにいられる。私の強さなんて、その程度のもの。

1014.
電話のベルが鳴る。服はまだ着ているし、深いキスを三つ交わしたばかりだし、ベッドは二人分の体重を受け止めたばかりだ。仰向けのまま彼を見上げ目で問えば、返事の代わりのキスが鎖骨の上に落ちる。鳴り続ける電話のベルとベッドが軋む音の重なりに背徳感を煽られ、私はいつもより深く彼に溺れる。

1015.
貴方の為に死ねるなら本望だと思う。貴女の為に泥を啜っても死ねないと思う。どちらが深いのか、どちらが正しいのか、そんなことは決める必要のないことだ と思う。貴女は、貴方は、自分とは違う生き物だから、それは仕方のないことなのだと思う。二人共にいけるのならばそれでいい、と思う。

1016.
綺麗な女になりたいわけではないのです。強い女になりたいのです。どんな時にでも眼差しを上げ、真っ直ぐに過去を、未来を、貴方を見つめる事の出来る女でありたいだけなのです。そう言って彼女は微かに笑う。その笑顔が綺麗なのだと言いかけて私は口を噤む。美しいものが儚く消えてしまわないように。

1017.
閉じた二人の空間を切り裂く電話のベルが鳴る。『出てください』と言いたい副官の私と、『出ないでください』と言いたい女の私がいる。迷いのない彼の手が私を通りすぎ、受話器を握る。その光景は不思議なほど私を安堵させる。私の中に住む二人の私のパワーバランスを見る瞬間。

1018.
すれ違う午前六時。帰宅する私と出勤する君。帰る家も出る家も別々で、なのに何故かいつもこの場所ですれ違う。お疲れ様でした。気を付けたまえ。無難な会話、ふり向きもせず道を急ぐ軍靴の足音。それなのに、我々は何故かいつもこの場所ですれ違う。

1019.
家が帰る場所であるならば、私には帰る場所はない。家族が帰る場所であるならば、私には帰る場所はない。それでも戦場から生きて帰る理由は、常に私の隣にいる。だから、私には帰る場所は必要ないのだ。

1020.
吊るしたコートの袖口に触れる。体温さえ残らぬただの支給品のコートに何を求めるというのか。何も求めてはいないのだ、この指が触れるところに彼自身が常に存在するのだから。そう自分に言い聞かせても、この指が彼が触れた布地から離れようとしないのは何故だろう。

1021.
なにもかも なにもかも 貪欲に 貪欲に 糧にして 血肉にして 私は私を生きる。後悔も 痛みも 懺悔も 血塗れの手も 流した涙も 手に残る死の感触も 逸らすことを許さぬ眼差しも 叫びも 慟哭も なにもかも。振り向かぬ為に同化する それは我々の道。

1022.
犬のように人懐こいかと思えば、猫のように自分勝手。家につくか、人につくかと言われれば、何ものにもつかず、己の道を行く。結局、何ものにも喩えられない、彼は彼。我が儘で手の掛かる目の離せない、私の上官。

1023.
軍の狗と呼ばれ、私の狗と呼ばれる彼女が、犬の様に従順かと言えば決してそんなことはない。飼い主に吠え噛み付き、サボらないか見張りを怠らない。困った犬だと頭を撫でれば、怒るのだからどうしようもない。それでも首輪なんて無くても私から離れない可愛い犬に、私は命を預けてもいいと思っている。

1024.
夜風にまぎれた独り言は、君に届いてしまっただろうか。もしもそうであったなら、酔っぱらいの戯れ言と聞き流してくれ。あるいは聞こえなかったふりをしてくれ。つまらない独り言だ。長年捨てられない独り言だ。

1025.
油断のしるしのお髭が生えて、その顔を晒してくれる非番の日の彼が愛しい。綺麗な女の人の前では見せないだらしない顔で笑う、そんな彼の前で私も少しだけだらしなく、ボタンを一つ余計に外してみる。誰にも見せないものが溢れる、我々の休日の朝。

1026.
子供騙しの小さなロリポップが三十路男のポケットに入っている理由は詮索しないけれど、そんなもので私の機嫌を取ろうと考えた理由は聞いてみたいものだと思う。机上の書類の山と等価交換には小さ過ぎるけれど、私の意表をつくには確かに十分かもしれない。可愛さで誤魔化すなんて、ズルい男だ。

1027.
親友の幼い娘に渡しそびれた飴玉を、彼女に渡したのはほんの気紛れ。妙齢の女性が舐めるキャンディーバーに艶めかしさが滲むだなんて、新しい発見をするのも彼女だからこそか。あまり無防備にならないでくれ。親友の親バカの心配性が伝染するじゃないか。

1028.
泥水のような珈琲とチョコレートバー。それが、我々が人間に戻る為の鍵。この掌は煤に塗れ、この魂は血に塗れ、それでも私たちの手は繋がっているし、それでも私たちの魂は離れられない。口にぬめる珈琲とチョコレートバー。生きている証を口いっぱいに頬張る。生きて。生きさせて。

1029.
選ぶことも選ばれることもなく、開くことも開かれることもなく、繋ぐことも繋がれることもなく、全ては私の意志ではなく、それを尊重する貴方の意志でもなく、ただ遠い過去に誓った未来を掴んだ時に。目的はすり替えられることなく、真っ直ぐにあらねばならぬ。だから、私たちは隣を見ずに前を見る。

1030.
思考よりも、感情よりも、言葉よりも先に指先が動いた。行き場を定めぬ衝動はきっと私自身よりも私に正直で、飼い慣らした筈の恋心の野性が暴れる。野生馬を名に冠す私の本質。それでもその青い軍服の背中に触れる前に、私はその衝動を押さえつける。

1031.
膝の裏、足の裏、そんなところを他人には絶対に触らせないのと同じように、私の心の裏側に触れられるのは彼ひとり。私の裏側、私の女。膝の裏に口づけを落とされ、私は彼にだけ聴かせる甲高い裏声で啼く。

1032.
己を繋ぐのは罪という鎖と、託された責任という首輪。鎖の先は過去に繋がれていて、その先を握りしめているのは、きっと青臭い己なのだろう。逃げ出す理由がどこにあるというのか、全てが私が選んだことであるというのに。だから、そんな顔をしないでくれ。君は鎖でも、首輪でもない。

1033.
貴方の血の味を知っている。そんなことに滾る私の血潮は、貴方が思っているよりもずっと熱くてドロドロとしたものなのだと思う。それでも、そんな素振りも見せず冷徹な副官の顔をした私は、黙々とその傷の手当てをするふりをする。

1034.
それを夢だとか希望だとか呼ぶことに、抵抗を感じる程にこの手を血で汚し過ぎた私は、それをただ目標と呼ぶ。そのくせ、その目標はおかしい程に青臭く、潔癖なのか莫迦なのか自分でも考え込む程だ。それなのについて来る君は迷わない、ありがたいことだと思う。

1035.
風呂場で血にまみれた手を洗う石鹸程度の気休めが、私の存在。煤臭い彼に抱かれる時、私が胸に唱える呪文。その程度でいい。自惚れるな、私の心よ。欲張るな、私の想いよ。欲した先の女という闇を近付かせないで。

1036.
彼女のナイトはその仔犬なのだと、彼女は言う。私の立場はと聞けば、キングは大人しく守られていろと言う。仔犬、彼女、私の順で作る行列を想像すると少し可笑しい。でこぼこの行列で何処まで行こうか。この国のトップまで、辿り着けるだろうか。そうなると良いと思いながら、二人と一匹で夜道を歩く。

1037.テロリストを相手にする時も、政治の駆け引きの時も、私には泰然と構えていろと君は言う。君が私のこの熱量を全て引き受けてくれるのなら、それも容易いオーダーとなるだろう。強迫、横暴、何とでも言うがいい。私を狂わせる者、それが君の名。

1039.
理由もなく目覚めた午前4時。小鳥すら目覚めぬ朝まだきの闇は、孤独と悔恨を私の中から呼び覚ます。だが不意に、この世界に独りだと突き付けられる静寂は、穏やかな寝息に破られた。私は微かな笑みを浮かべ、眠りの中でさえ私を救う存在の一房の髪を指に絡める。

1040.
理由もなく目覚めた黎明の闇は、私の孤独と悔恨を呼び覚ます。この世界に独りだと突き付けられる静寂、それが不意に歯ぎしりの賑やかさに破壊された。ころりと寝返りを打つ騒音の主に、私は呆気にとられ、そして笑い出すしかない状況に暗い感情を忘れる。感謝するべきか否か、悩ましく笑う午前4時。

1041.
ぼんやり彼女が手に握ったままの手鏡に映る景色は、季節を忘れた私の目に新緑の鮮やかさを映し出してみせる。光の虚像すら明るい季節に、眉間に皺を寄せ俯く己が莫迦らしくなり、私は顔を上げ車窓を流れる景色に真実の春を探す。

1042.
なくしたピアスに君が固執する理由に、自惚れを感じる私がいる。私の贈った物の為に床を這う君を見る。歪んだ愉悦。

1043.
どこにいても分かる、最前線から聞こえる爆音と空を焼く錬金術が生む焔。どこにいても見つけ出す、悔恨に濡れた瞳とそれを塗り潰す意志の眼差しの焔。赤い焔が貴方を「その他大勢」でいることを許さない。私の目を焼く、私の焔。

1044.
酔っぱらいの行動にまで理屈をこねるお莫迦さん。そんな莫迦を考えている時点で、自分も酔っぱらいだって気付かないものなのかしら。据え膳にも気付かないくらいだから仕方ないのかもしれないけれど、本当にひどい莫迦

1045.
今日も一日が終わり、何も変わらなかったと、何も進まなかったと、しおしおと己の影を見る。と不意に俯く視線の先に重なる影があり、お疲れ様でしたと声が私の背を撫でた。私は顔を上げ、彼女に糺されなかった一日と生き長らえた一日を見つめ直す。多くを求め過ぎず、確実な一日を。

1046.
手放さないと決めた、何もかも。師匠の理想も、殲滅した民族の末期の言葉も、青臭い夢も、友が己に託した未来も、リタイアした部下の痛みも、見せられた背中の責務も、その時に抱いた女の君も。何もかも。ただ一つ手放したものがあるとすれば、それは己の命だろう。君の手に預けてしまったもの。

1047.
忘れてしまった小さな出来事を貴方の言葉で思い出す。それは夕食の時の何気無い会話だったり、幼い頃の日常の出来事だったり、私が忘れた私を貴方は魔法のように差し出してくれる。私のなくした私、それは貴方の中に。

1048.
黒ヤギさんからお手紙着いた、白ヤギさんたら読まずに食べた。黒髪さんからお手紙着いた、私は読まずにいられない。短い手紙は素っ気なく、それでも面影ちらついて、食べてしまいたいくらい愛しいけれど、私は白いヤギじゃない。仕方がないからお返事書いた、『父には伝えておきます』と。

1049.
今夜の敵は二冊の新刊書籍。昨夜の敵は情報源の水商売の女だったし、その前は私の仔犬だった。ライバルの多いひとに、困ったものだと私はとっておきのお菓子を焼いて彼を釣る。こっちを向いてくださいな、貴方の帰る場所はここ。

1050.
「明日の査察ですが」「それより今夜の予定を」「お食事を」「それから」「お酒も?」「君が望むなら」「その後は」「君が望むなら」「酷いひとですね、貴方」「主導権を預けているだけだ」「嘘吐き」「ばれたか」言葉の切れ端の間に吐息と唾液。キスをしながらお喋りするのが上手になった私たち。

Twitterにて20130226〜20130415)