overprotective

「言っておくが、私は怒っているのだよ?」

そう言いながらロイはキュッと水道の蛇口を閉めると、濡れタオルを手に彼女の元へと歩み寄ってきた。
返す言葉を持たぬリザの目の前で、オールバックの髪をついでのように濡れた手で撫でつけたロイは、大将閣下の貫禄ある眼差しで、彼女を斜に見下ろした。
「君は昔からそうだ。今回だって、声が出なくなるという事態に陥らなければ、体調不良を隠し通すつもりでいたのだろう?」
返す言葉もなく、というよりも文字通り声が出なくて言葉を返せないリザは、彼の言葉を肯定するでも否定するでもなくただ肩をすくめてみせた。
ロイはそんな彼女の姿に大きな溜め息をつくと、ベッドに半身を起こした彼女のおでこを濡れた掌でとんと押した。
「それほど熱は高くないようだな。薬を飲んだのなら、眠りたまえ。風邪には保温と睡眠が一番の特効薬だ」
リザは彼の手に逆らわず、ぽすんとベッドに沈んだ。
昼間の仮眠室の静けさの中、堅いベッドがキシリと鳴る音が響く。
上着を脱いだとは言え、軍服のままベッドに入るのはどうにも落ち着かない気分がした。

彼の指摘通り、熱はそれほど高くはない。
少し身体がダルいことと、声が出ないこと以外は、風邪らしい症状もなく、身体はそれほど辛くはない。
だから、声のことさえなければロイに体調不良を悟られることもなかった筈なのに。
そう考えるリザの額に濡れタオルが乗せられる。
「君はまた、碌でもないことを考えているのだろう。声さえ出ていれば、私を誤魔化し通せたのに、だとか」
完全にリザの思考を読んだロイの言葉にばつの悪い思いがし、リザは微かに眉根を寄せた。
そんなリザを見て、ロイは苦笑した。
「私を見くびるのもいい加減にしたまえ、大尉。大体が君が無理をしているときの兆候くらいは、長年の付き合いで分かっているつもりだよ?」
兆候? そんなものがあるのなら、是非教えてもらいたい。
是正して、二度と彼に無理を悟られないようにしなければならない。
だが、そんなリザの思考も彼の掌の上であったらしい。
男は笑いながらベッドサイドの椅子に腰掛けた。
「そんな顔をしても教えてやらんよ」
そんな風に言われては、リザはもう完全にお手上げである。
恨みを込めた眼差しで傍らに座る男を見上げると、彼はまた笑った。
「そんな目で見るな。普段は見逃しているだろうが。多少の無理を押しても働かねばならんのは、誰も同じだ。少々風邪を引いたからと言って休んでいられるほど、我々は暇ではない。だから、どうにもならん時くらいは休め」
ロイの正論にリザは反論の余地を見出せず、彼から視線を逸らした。
彼女の反応を渋々ながらの了解の意と受け取ったらしい男は、懐の銀時計を取り出すと時間を確認した。

「仕事が終わったら君の家まで送っていこう。あるいはブレダ辺りにでも今すぐ送らせるか?」
リザは視線を逸らしたまま首を横に振る。
一括でどちらの提案も否定するリザの合理性に、彼には肩をすくめた。
「車という密閉空間で私に風邪を感染すわけにはいかんし、弱っているところは他人には見せたくない、というわけか」
リザは少し躊躇って、小さく頷く。
「正直で良いことだ」
ロイは彼女の返答に笑い、片手で銀時計の蓋を閉めると懐にそれをしまうついでのように言い足した。
「まぁ今日の会議は遅くなるだろうからな。気が変わったなら、待っていたまえ」
リザは回答を保留する。
それは彼女にとってはノーに等しい意思表示であることを、彼は知っている。
ロイは彼女の返事にもならぬ返事を受け取ると、仕方ないという代わりに肩を一つすくめ、カタリと椅子を引いた。
「いい加減四十に手が届こうという男に対して、君は過保護すぎるんだ。少々の風邪をもらうほど、柔ではないつもりなのだがね。だが、まぁ、君が望むのなら早々に退散するとしよう」
リザはホッとしてベッドの中で肩の力を抜く。
自身の体調不良を自覚してから必要最小限しか彼に近付かなかったのは、その為なのであるのだから。
彼の副官として、彼女がロイの仕事の妨げになるわけにはいかない。
ロイは彼女の反応に気付いているのかいないのか彼女に気取らせぬまま、静かに笑った。
「今日のスケジュールは理解している。君に尻を叩かれずとも、全てこなすから心配するな」
言わずともリザの思考を先回りする男は、そう言って立ち上がると彼女に背を向け歩き出す。
リザは自分から遠ざかる軍靴の足音に、彼に気付かれぬようそっと視線を廻らせた。

立ち去るロイの後ろ姿は、この東部の全てを背負って立つ責任者の威厳と責任とにのみ彩られている。
彼女を気遣う男としての姿は、その背には微塵も滲んではいない。
彼のその軍人としての背中に安堵し、リザはようやく全身の力を抜いた。
その時、扉の前で立ち止まったロイは、背中越しに彼女に向かって片手を上げてみせた。
「弱った君にキスもハグもしてやれん男ですまないが、君を安心させて寝かしつける方法を私はこれ以外思いつかないものでね」
まったく、どうして彼はこうも気障な物言いで彼女を困らせるのが得意なのだろう。
リザは小さく溜め息をつくと、今度は自分が彼を安心させる為に目を閉じる。
彼女が彼に求めるものを、彼はきちんと知っている。
ならば、彼女は彼の求めるように、きちんと己の体調を取り戻さねばならない。
「おやすみ、大尉」
そう言って扉を後ろ手に閉じる男の声に包まれ、リザは緩やかな眠りへと己の身を委ねた。

Fin.

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【後書きのような物】
 間に、あった! 6月1日、ロイの日ですよ!
 ロイスキーによるロイスキーの為のロイスキーの日。Day of the Roysky, by the Roysky, for the Roysky !!
 今年は無理だろうと思っていたのに、萌えの力って凄いですね! ステキ大佐拝見したら、何か出ましたよ。大将だけど。(笑)

 大人の余裕で大将はリザさんをきちんと彼女の望むように掌の上で転がしてればいいなと思います。リザさんの方も委ねる余裕とかね、たまらんす。

お気に召しましたなら。

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