Twitter Nobel log 19

901.
仕事に行きたくないな、と思う。行かなかったら上官がサボるだろうな、と思う。仕方ないから起きようか、と思う。隣でサボりたいな、と寝惚けた声がする。少し腹が立って、毛布を全部奪い取ってみる。間抜けな叫びが上がるのを、笑いをかみ殺して聞く。寒い朝、目覚ましが鳴るまでの小さな幸福。

902.
抱き寄せられた胸元のボタンが、飴玉のように見えた。歯を立てて囓っても甘くない貝殻の欠片に付くルージュに、彼が「この酔っぱらいめ」と甘く笑う。じゃぁ、きちんと甘いものを下さいな。指を噛んで待つ、紅の色で汚したワイシャツと等価のアントルメ。

903.
シャンパンには苺、ワインにはチーズ、ウィスキーにはチョコレート。そんな常識を覆す彼女の唇は、もっと強い酒を必要とする美肴。さて、どちらに酔うのが先だろうね。

904.
いやと口に出した瞬間、彼の笑みに哀れみの色が混じった。嘘が嘘である意味をなくしてしまったことに気付いた私は、黙ってその哀れみを受けとめる。いやなのではなく、狂ったように欲している。無理強いごっこが崩壊したら、行き場をなくすのは私なのだから。

905.
哀しいほど上手に嘘をつき、痛みを感じるほど徹底的に嘘をつき通す覚悟を持ち、互いの嘘を透かし見ながら、騙されたふりという嘘を重ねる。嘘に心を削られて、それでも失いたくないものがひとつ、それさえ嘘にならなければ、後はどうなってもいい。そう呟く嘘がまたひとつ。

906.
魔法使いみたいに凄いが出来るクセに、子供騙しのマジックの種明かしに躍起なる。子供みたいだと思って黙って見ていると、少し不機嫌になる。人に腹を見せない出世頭のエリート上官は、私の前では面白い程に分かり易い一面を見せる。これが彼のやり口だと種明かしされているのに、私はいつも騙される。

907.
子供のようにケーキを喜ぶ歳でもないと言いながら、ビターなチョコレートを摘む。その質や大小に関わらず、結局デザートというものは必要であるらしい。何とも可愛らしい彼女の習性を眺め、私は珈琲をブラックで飲み干した。

908.
ブラックタイを結んだその指で、レバーペーストを掬い取るなんて。指先から直に食物を摂るお行儀の悪さを叱る事を私に忘れさせるなんて。食べ物にセクシーなどという形容詞を使うなんて、想像もしたことがなかった。内臓をかき回す指が、私の目の前で彼の欲望を満たした。

909.
ペンで円を描き、錬成陣を作る。それは一点の非の打ち所もない、小さな完璧な世界。君と両手を繋ぎ、小さな円を作る。それは歪で不安定だけれど、私にとっては完全な世界。まるで正反対の、私を形作る世界。

910.
目覚ましの珈琲に彼がたっぷりの砂糖を入れていたらご用心。脳みそに栄養を補給して、彼は研究者の顔になる。近寄ってご機嫌を損ねないように、遠巻きのお伺い。憎むべき敵はお砂糖と、キッチンで八つ当たり午前九時。待ってなさい、焦がして真っ黒にして暇潰しにカラメルプリンにしてやるんだから。

911.
彼が仕掛けるかくれんぼ、サボり魔探しの午後三時。私が仕掛ける鬼ごっこ、生涯かけて捕まえて。

912.
私は鍵の開いた扉の前で立ち尽くし、逃げ場を失った自分に気付く。甘い口づけが一つ、ただそれだけ。彼は約束を守ってくれた。残されたのは、それ以上を期待する愚かな女。少しだけ、を許した瞬間に心が侵食されることは決まっていたのだ。

913.
私を名前ではなく肩書きで呼ぶあの人が、触れることのない領域に隠したもの。触れたら背中の火傷の痕が疼くから、見ないふりで私も視界から隠す。いつか彼が私の名を呼んでくれたなら、その時は二人で真っ直ぐにそれと向き合えるのだろうか。そっと背中に問いかけてみる。

914.
貴方が何者かを私は知らない。肩書きや名前や容姿は知っているけれど、その腹の奥底に仕舞いこまれた私人としての貴方を、私は見る機会を得ることはない。それが私達にとって幸福であるのか、不幸であるのか分からないけれど、今の私達はそうしておかないと、共に歩むことすら出来ないのだから。

915.
商売女と遊ぶ時は、ブルネットの女を選ぶ。爪の長い女を選ぶ。お喋りな女を選ぶ。香水を使う女を選ぶ。青の似合わぬ女を選ぶ。よく笑う女を選ぶ。そして、分かり易い己を笑う。それが私の女遊び。

916.
目隠しの闇に見る幻は、きっと本当に単純な笑顔。見ることが能わぬ私だけが知らぬ優しい世界は、彼の暖かな掌が作り出す闇の中にだけ存在する。

917.
火薬と煤で汚れた手でも、何も言わず掴む人だと知っている。血に滑る手でも、諦めず握る人だと知っている。人の死にゆく感触を知っている手だとしても、離してくれぬ人だと知っている。手が届かないのではなく、手を伸ばせないだけだなんていう事実は、自分が一番よく知っているのだ。

918.
この気持ちを言葉にする術を知らない。父の部屋から立ち去る彼の後ろ姿を見送る以外、この気持ちの出口を持たない。視線に気持ちを伝える力があれば良いのに、なんて莫迦なことを夢想を忘れた私に考えさせるなんて。莫迦は感染るんだわ、なんて憎まれ口を届かない背中にそっとぶつけてみる。

919.
部下との飲み会でいつも酔い潰される彼は、果たして慕われているのだろうか。いつもの疑問は「後よろしくお願いします!」と酔っ払いを押し付けられ、今日も考える機会を失う。要らぬお節介だと思いながら、私は酔っ払いの介抱を引き受ける。彼らに要らぬ面倒をかけているのは、多分私達なのだけれど。

920.
背中に掌が触れる。背中に頬が触れる。哀しみか怒りかすら教えてもらえぬ感情が、伝わる体温と共に私を揺らす。胸すら貸すことを許してくれぬのか、君は。そう胸の内で呟き、私はその背を抱くこともない両の手で無意味な握りこぶしを作った。

921.
デコルテの開いた服を買う。襟のない服を買う。背中の開いたキャミソールを買う。彼の為だけに用意される服を買う。彼に見せる為だけの服を買う。

922.
椅子の背に意味なく置いた私の手を、過剰に避ける君が可笑しい。別に触れる訳でなく、別に意図があるわけもなく、職場での他の男どもなら気にも留めぬ僅かな指先を、大仰に逃げねば成り立たぬ君があるのか。椅子の背に他愛なく置いた私の手を、睫毛を伏せて避ける君が哀しい。

923.
「貴方の為に」という言葉は便利だ。私の行動全てに理由をくれる。浅ましい肉欲も、意地汚い保護欲も、私の中で正統な感情として肯定される。本当は「貴方の為」ではなく「私の為」だと真っ黒な私の心は知っているというのに、止められない言い訳は私の子宮から零れ出る。

924.
声を聞かせて。それだけで私は銃弾の雨の中を走っていける。声を聞かせて。それだけで私は恋心を満足させることが出来る。声を聞かせて。それだけで私は自分の中の不安を殺すことが出来る。声を聞かせて。それだけで今日も私は眠りにつける。だから、声を聞かせて。

925.
「仕事が嫌いなのではない、早起きが性に合わないだけだ」くだらない理屈で真面目に人を論破しようとする学者さん、ボサボサの頭に無精髭ではまったく説得力がありませんよ? 待っていて差し上げますから、顔を洗って出直していらっしゃいませ。お髭を剃るのを忘れずに!

926.
前髪を撫でつける彼の、無防備な後ろ姿を愛でる。きっちりとオンの顔を作り上げる準備を見守る特権。暮れ時の境界に立つ彼の乱れ髪一筋もない後ろ姿を守ることを許された私は、夜の帳の影で彼を見る夜の鳥。

927.
俯いた額に一筋、憂い髪。かき上げる仕草に、また一筋乱れ髪。常夜灯の陰影が、深く刻む影。眇めた眼差しで私を見ないで、カサノヴァ。優しくしたくなるじゃない、一筋の落ちた前髪すら私には凶器。酷い人ね、いつだって私はそんなものにすら惑わされる。

928.
その髪を乱すのは、風。その髪を乱すのは、軍帽を脱ぐ貴方の手。その髪を乱すのは、引き寄せられた私の吐息。その髪を乱すのは、この指先。貴方を抱くことを許されたこの指先が、貴方を少年の顔に戻す。

929.
オーダーを。前に進む為の、我々の償いの為の、見えない未来の為の、貴方を赦す為の、軍人の顔を保つ為の、我々を男と女にしない為の、私を迷わせない為の命令を。その眼差しを前髪に遮ることさえ許さぬその正装の下で、部下の顔を貫く私への思いやりがあるのなら、どうか。

930.
スリーピーススーツの伊達男の顔が酔いに乱れて前髪を下ろす。オンとオフが切り替わり、穏やかな笑顔が私を満たす。飲み直しはソファーの上の特等席。二人だけが座ることを許されるベッドの代わりにもなる場所で、彼の指先から滴る雫に私は舌を這わす。深紅の雫をもう一滴、今度は唇から? それとも?

931.
休日の朝、先に目覚めた方が相手の寝顔を眺める特権を持つ。休日の惰眠を貪る幸福と穏やかな表情に和む幸福、どちらを取るか悩ましい、休日の朝の幸福。

932.
疲れ切ってソファーで足を投げ出して眠ってしまった貴方の傍らにひざまずく。それは祈りではなく、それは懺悔ではなく、ただ傍らにあるという誓い。おやすみなさい、良い夢を。せめて悪夢が貴方を蝕むことなく、明朝私の元に貴方を帰してくれますように。

------- 以下、頂いたお題で即興140字 -------

933.
冬の寒さを癒すもの。暖かな部屋。温かな毛布。スパイスの効いたホットワイン。ふかふかの洗い立ての仔犬。私より体温の高い男の手。否、私より体温の高い男の胸。その全てが揃った時、頭から毛布を被った二人と一匹の前で、雪の映る窓は幸福の景色に変わる魔法にかかる。(ホットワイン

934.
君が撫でるのは、いつも黒い頭。小さな毛むくじゃらの耳の生えた頭。君の掌に余るこの大きな頭は撫でてくれないものかね? 戯れる中庭の笑顔を見下ろす昼休みの平和に、下らぬ事を考え私は呑気な欠伸をこぼす。すべて世は事もなし、時にはこんな平穏を貪るのも悪くない。(ブラハとリザを見るロイ)

935.
不意打ちに降り出した雪は、あっという間に道路を覆い隠した。慎重に歩く彼女の背に積もる雪の冷たさに、私は黒のコートの中に彼女を掴まえる。こんな雪の午後に出掛ける物好きは莫迦だろう?だから、大人しく暖かな我が家への招待を受けたまえ。我が家かコートの中か、君はどちらを選ぶ?(雪の午後)

936.
仮眠室で眠る彼の白いシーツに流れる髪に触れる。瞼を閉じた彼にしか触れる事の出来ぬ私は、細い指先に絡めては解ける黒髪を追いかける。さらり、さらり、指先から逃げ出す黒髪は、柔らかすぎて優しすぎて、逃げているのは私ではなく彼の方なのかもしれないと、ぼんやりと闇に私は俯く。(さらさら髪)

937.
ぬくぬくと人の懐に潜り込んでくる彼女は、明らかに飲み慣れぬウィスキーに飲まれ、いつもは冷たい指先が焔の様に私の胸をひっかいている。押さえ込んでもケラケラと笑う明るさに眩暈。酔っぱらいの仕方のないところは、理不尽なところではなく、憎めないところなのだと思い知る冬の夜。(お酒)

938.
お口を開けて、マイダーリン。私の口にスプーンを運ぶ遊びはもう止めて。胸元に垂れた蜜を舐め取るのは、貴方の役目。その甘い蜜で汚れた唇で囁くからピアスまでベタベタ。お口を開けて、この指先の蜜まできちんと舐め取って。この唇も、この身体も、貴方の舌を待っている。(スプーンとピアス)

939.
冬の果物と言えば林檎を思い出すのは、きっと彼女のせい。暖かな紅茶、焦げた林檎のタルト、シナモンの香りとエプロンの笑顔。全てが遠過ぎて、全てが眩しすぎて、雪景色に霞む。追憶と幻想の白銀の世界は、記憶の中さえ侵食する。残された冷たい微笑だけが、私に残された現実。(タルトタタンと紅茶)

940.
初めて連れて行かれた喫茶店で、背伸びして紅茶だけを頼む私の前にサーブされたのは、苺とクリームがたっぷり載せられた見た事もないケーキ。お向かいで揺れる黒髪の下の瞳が笑う。何でもお見通しの父のお弟子さんが憎らしくて、私は何も喋らなくてすむように口いっぱいにケーキを頬張った。(ケーキ)

941.
「あんた、いつから紅茶党になったの?」「違うわ。普段珈琲ばかり飲んでるから、たまには紅茶が飲みたいの」「ま、男の趣味のせいで珈琲も一緒に飲んでくれない女友達なんて!」「何言ってるの!貴女だって紅茶飲んでるじゃない!」「バレた?でも、ムキになるのは後ろ暗い証拠よ?」「うっ」(お茶)

942.
鼻から白い塊に突っ込む勇猛果敢な仔犬の救出に、何度も雪だまりに落ちる彼の間抜けな優しさが、私の上に降る雪を溶かす。寒いのに暖かい、冬だからこその小さな幸福の景色。(雪溜まりに突っ込んで雪まみれになる仔ブラハ)

943.
手を繋ぐ理由が出来るから、寒さは私の味方。こんな小さな手が、こんな冷たい手が、私を守っているのかと思い知る。守りたいと思う、それもまた手を繋ぐ理由。(手をつなぐ)

944.
「眼鏡をかけると別人だな」物珍しそうな眼差しをはじき返す薄い硝子越しに、私は彼を見る。潜入捜査の前日の小さな仮装の練習は、私たちの前に言い訳を連れてくる。コードネームを呼ばれたら、それは私ではないただの女。愛だって囁ける偽りの仮面を眼差しに被せ、私は近付く影に身を任せた。(眼鏡)

945.
自分の燃した燃え殻を踏みしめて歩いている。人の骨、生活の欠片、壊れた人形、ねじれたスプーン。踏み潰す燃え殻が、私の胸の勲章の数を増やす。踏みにじる燃え殻が、胸に残る彼女の面影を汚す。ざりざりと私の下で砕け散る燃え殻は本当は私自身なのだと、自嘲の笑みさえ黒く滲む灰の色。(燃え殻)

946.
何気なく口元に運んだ珈琲に、一瞬視界を奪われる。うっかり眼鏡に遊ばれる彼の不機嫌そうな口元に、また彼のストイックな硬質さが増すようで、私はかじかむ指に珈琲カップで暖を取る。暖かいものが胸に満ちるのは、生真面目な錬金術師のコーヒーブレイクの賜物。(眼鏡 彼Ver.)

947.
一〇メートル先さえ見えぬ酷い吹雪の中を帰ろうとする私を、引き止める男のコートが私の世界を覆う。「何も見えなければ帰れまい?」彼の作り出す視界〇の世界に閉じ込められた私の耳元で、熱くて甘い吐息が揺れる。惑わされ狭窄する闇の中、重なる唇に何もかもが見えなくなる私の世界。(視界ゼロ)

------- ここまで、頂いたお題で即興140字 -------

948.
涙の味も、汗の味も、その他彼女の味なら何でも知っている。ただ一つ知らないのは、彼女の作る手料理の味だとは。とんだお笑いぐさだと思わないかね? 鏡の中のドンファンよ。

949.
ソファーという陸の孤島に隔絶されていた彼の世界は、現実へとコネクトする。地に足をつけ、彼はソファーから立ち上がる。そこは夢現など受け付けぬ、生きるか死ぬかの青に包まれた世界。繋がる世界に覚醒し、彼は軍服に袖を通し歩き出す。置いて行かれる私は、泣くことも出来ずただその背を見送った。

950.
ふたり冷えきった指先は触れたところで感覚もなく、温もりさえ伝えぬのなら繋ぐ意義さえ失った。それでも貴方が私の手を離してくれない理由を聞いても構わないのなら、このプラットホームから発車する汽車でどうか私を過去へと連れ去って下さい。

Twitterにて20121219〜20130115)