Twitter Nobel log 24

1151.
仕事の山場をなし崩しに滑り落ちていく。文句を言おうにも、私に仕事を振った男が私の前に立ち黙々と働いているのだから、これは諦めるしかない。黙して立つ背中に視線を数瞬、そして私は私に課せられた職務へと向かう。語らぬ背中は私には雄弁、どんな強い叱責より私を動かす。

1152.
仕事に追い詰められ、人としての活動を忘れる。飲食だとか、風呂だとか。着替えだとか、睡眠だとか。困ったものだと振り向き、同様の彼の姿を見詰める。僅かに目が合い苦笑を受け取り、肩を竦めて返事をした私は、人としての感情を取り戻し、化粧の崩れた顔に薄いルージュを引き直した。

1153.
ぴかぴかに磨きあげた軍靴は、泥塗れになる為にある。折り目正しい軍服は、煤と血に染まる為にある。ならば、この想いも青臭いままに汚れ傷付いても、再び己が手で磨き直せばいい。帰る場所のある心の強さ、それが副官を私が持つ理由かもしれない。

1154.
スリットの入った長いスカートは、ミニスカミニスカと五月蝿い男への挑戦状。いつまでも分かりやすい青臭いモノの見方をしていらっしゃらないで、大人のチラリズムでも学ばれては如何ですか? エリザベスの顔なら、そんな台詞も思うまま。脚を組み替え、私は彼に教えられた顔で艶然と微笑んだ。

1155.
この物語の行く先がハッピーエンドかバッドエンドか、誰も知らない。彼の野望が叶うのか、彼女の想いが叶うのか。失意が彼らを打ちのめすのか、希望に彼らが笑み崩れるのか。誰も知らない。ただ一つ分かっている事は、彼らが常に共にある事。それだけが真実。ただ一つ、確実に保証された幸福の行く先。

1156.
キスをするたび泣く君を、抱くたび心が血を流す。身体は素直に涎を流し、汗も吐息も混じり合う。それでも交じらぬ心を重ね、夢も未来も共に負う。流した全てを飲み込んで、夜が明ければ元通り。上司と部下の仮面が似合う、青い軍服白い肌。重ねた指先結ぶ先、黎明までのただの夢。

1157.
聞かせるつもりのない言葉なら、欠片でも唇から吐き出してはいけない。期待という残酷な弾丸で私を撃ち抜くくらいなら、端から視界に入っていない方が余程良い。背中から撃たれる覚悟より、拒絶される覚悟の方が、私は余程腹をくくらねばならないのだから。

1158.
綺麗な靴を見つけた。こんな高いピンヒールを履く予定など私の人生の中には無いけれど、きっと使うことのない靴は使うことのない言葉と共に、一番見せたい人の為に私の中に仕舞い込まれるのが似合いなのだ。履くことのない美しい靴を買い、私は訪れる筈のない夜を夢見て平たい靴で石畳を歩く。

1159.
降りだした雨に君の憂い顔。そんなに信用がないかと苦笑し、己が行動を鑑み肩を竦めるしかないことに再び苦笑する。また足払いを食らうのかと思うと、また笑うしかない。雨なのに楽しそうですねと言われて気付く。君のことを考えていると、笑顔の質さえ変わることに。

1160.
私がいなくても、世界は事もなく回っていくことを知っている。世界にとって私の存在はとるに足りない。私がいなければ、学者肌のあの人がご飯も食べずに本ばかり読んでいることを知っている。この世界における私の小さな存在意義。とるに足りない私の、ささやかで重要な存在意義。

1161.
世界を変える力を持ちたいと思う。この人生をこの国の為に捧げても、悔いはないと思っている。何千何万の命を、人生を左右する力を渇望する私は、それと同等の強さでひとりの女の人生を手に入れることを狂おしいまでに願う。公人の私と私人の私の間に成り立つ等価交換。

1162.
日だまりの猫のような自堕落さで、ソファーに寝そべる酔っ払いの姿に目を細める。謹厳な普段の彼女の片鱗すら窺わせぬ姿が私の目に触れる範囲に転がっている幸福と、安心された無防備さを預けられ手を出せぬお預け状態に、私はその平穏を酒の肴にただ手の中のグラスを傾ける。

1163.
物語を作る。刺青に秘められた錬金術の謎を解き明かす若者の物語を。青臭い夢に破れ内乱で人殺しと成り果てた英雄の物語を。夢を諦めず国のトップを目指す男の下剋上の物語を。そんな私に、どうして手を出せぬ物語がある。ありふれたハッピーエンドの恋愛物語。私には望むべくもない物語。

1164.
並んだ軍靴のサイズが違う。武骨な同じ形の支給品である筈なのに、華奢に見えるその靴に彼女の女を見る。自堕落にシーツ一枚を身に纏い、だらりとベッドから見下ろす景色。見慣れた筈の殺風景な己の部屋に一刷毛の艶を感じ、私は笑みを浮かべ寝返りを打った。

1165.
残業のし過ぎで冷蔵庫の中で腐ってしまった何かが、ぽたりぽたりと水を垂れている。ぽたりぽたり滴るものは、冷えすぎた私の心であり、行き場を無くした貴方の熱量であり、どちらにしても食べることすら出来ない汚物に成り下がっている。ぽたりぽたり滴る、多分それは涙の代用品。

1166.
この世界の様々な面を見て生きてきた。美しいものも、微笑ましいものも、汚いものも、おぞましいものも、生も、死も、この世に溢れる様々なことを。きっと彼女の目が同じ世界を見、全てを分かち合ってくれたから、私は狂わずにいられたのだと思う。世界はそれ程までに、美し過ぎて、残酷過ぎる。

1167.
深夜に叩き起こされた不満の代償は、有能な副官の女の顔。滅多に見ることの出来ぬ不安定な彼女の揺らぎは、朝靄の中でさえ私を揺さぶる。君の弱さ、君の隙。ああ、私だけにそんなものを見せてくれるから、私は調子に乗るのだよ。どう責任をとってもらおうか。

1168.
思い出は綺麗過ぎるから、見ないふりをする。煤で汚れたこの手で触れて汚してしまうなんて出来ないから、知らないふりをする。だから、伸ばされた貴方の手に触れることも出来ない。この想いも、その想いも、見ないふり。

1169.
向かい合って食事をすると、彼女のナイフが作る一口のサイズがとても小さいことに目が行く。思いがけないところで見つける彼女の愛らしさが、味気ない食堂のランチに彩りを添える。食事は一人より二人で食べる方が美味いという真理。

1170.
数多の女の中で君だけが心開く相手だと、貴方は言う。ならば、嘘八百を並べても私の心の平穏を保って欲しいと私は思う。誠実という罠、欺瞞という嘘。私たちの天秤の平衡を崩さない為の等価の分銅。

1171.
仏頂面でも、ポーカーフェイスでも問題のない職業に就けて、本当に良かったと思う。愛想笑いが出来る程、器用には生まれてこなかった。そんなことが出来るくらいなら、傍らにいる上官に労いの言葉と共に笑顔を作ることも出来る女になれただろうに。今日も言葉少なに差し出す、深夜残業微糖の珈琲。

1172.
父の遺言は私にはありがた迷惑なものだった。「娘を頼む」だなんて師匠の言葉は、生真面目な弟子の生涯を縛る金科玉条となり、私に彼の義務感しか信じさせてはくれない。父が私に架したものは、消えない刺青と疑いの眼。学者の独り善がりは父が死んでからも、私を苦しめるばかりだ。

1173.
我が家の仔犬のふわふわした毛玉より見つけ易い黒い髪が私のベッドに落ちている。自己主張の激しさは、まるで持ち主の気性のようで私は苦笑してその髪をつまみ上げる。そんな無意識のマーキングなんかしなくても、このベッドは貴方だけにしか開かれぬ場所だというのに。

1174.
泣いて済むのなら幾らでも泣くけれど、そうではないから泣かずに前を見て歩くしかないと彼女は言う。彼女の持論は正論だけれど、涙とは役に立つから流すものではないだろう? 哀しみも怒りも何もかも受けとめる覚悟はある。君の感情を見せてくれ。

1175.
媚薬だとか惚れ薬だとか魔法みたいなものがあったとしても、それによって目の前に現れる彼女の姿は、どれほど艶かしくとも偽者でしかないのだ。そう考える自分の学者脳が恨めしくも、安堵する。幻に手を出すくらいなら、何もいらない。

1176.
多分、腹が立つのは彼のせいではなく、自分の気持ちを自分で認めることが出来ないからだと分かっている。女遊びの過ぎる色男に今更伝える言葉もないけれど、それでもあの後ろ姿を見送るたび、胃がムカムカする。ポーカーフェイスの下に隠した嫉妬を飲み干す、午前二時のナイトキャップ

1177.
子供の頃、布団を被って嵐が去るのを待ったように、大人だって現実を逃げ出したい夜もある。塞いで、この目をその厚い掌で。塞いで、この耳を吐息と囁きで。塞いで、この現実を貴方で。せめてこの夜が明けるまで、私の全てを貴方で埋め尽くして。

1178.
隠していることは山のようにあるけれど、概ね君にはバレている気がする。この想いだとか、野望だとか、欲望だとか、まぁ、そんなものはダダ漏れでも構わない。本当に隠さないといけないことも、多分薄々感づかれている気もするが君はまだ油断しているから、その隙に。最期には君を連れてはいけないよ。

1179.
車窓を見上げれば、半月が犬のようについてきて切なくなる。向かい合う座席を見れば、私の半分がついてきている。人生の半分を共にした相手に覚える感情が切なさだとは、何とも言えないものだと、私は伸びをしてコンパートメントの固い座席に身を沈めた。

1180.
人を殺す道具を扱うことに長けていると褒められる手で、どうやって君に触れて良いのか分からない。そう言った私に彼女はなんてこと無い顔をして、むんずと私の手を掴む。男の人はロマンティストなんですねだなんて、ピントがずれているにも程がある。ああ。可笑しくて、涙が出そうだ。

1181.
銀幕の中に立つヒーローは勧善懲悪の鉄槌を振りかざし、悪人どもを皆殺しにする。悪人にされてしまう人間の裏側も知る我々は、それに苦笑するしかない。「どうせデートなら、甘い恋愛映画の方が余程良かったですね」なんて彼女に言わせてしまう後悔を、私は映画館のポップコーンと一緒に飲み込んだ。

1182.
潜入捜査の為に用意した眼鏡をかけてみた。薄い硝子越しに世界を見たところで何かが変わる訳もなく、仔犬が珍しいものを見つけたようにはしゃぐだけだった。硝子越しに貴方を見れば、少しは冷静に自分の感情と向き合えるだろうか。その程度の変化しか、望んではいないのだけれど。

1183.
不幸にも幸福にも質量はないし、どうやって量ったものか。そう問い掛ける私に、老いた彼女は笑う。そんなものに質量があったら、私達は押し潰されてしまいますよ。そう答えた彼女に、幸福と不幸のどちらに? と問えば等分にと笑われた。欲張りな私は、笑ってしわくちゃの手と手を重ねた。

1184.
夏風邪を引いたら、貴方が具合が悪いと私が安心して体調を崩せないじゃないですかと文句を言われた。それが理不尽なのか、ツンデレなのか、微熱にやられた頭ではどうにも判断がつかない。こんな状態では君を追い詰めて追求出来ないから、君の為じゃなく私の為にさっさと治してしまおうか。

1185.
読書で睡眠時間を削ると君は怒るけれど、君の相手をして睡眠時間を削って、君は怒らないのか? だなんて。怒る余裕も奪っておいて、どの口がそんなことを言うのかしら。寝不足はお互い様、怒れる訳がないでしょう?

1186.
会いたいと言わなくても毎日会える環境は考えものだ。会って、顔を見て、言葉を交わして、それを当たり前と思う。それが本当は、どれだけ幸福なことかを忘れる。当たり前など存在しないというのに。この手が銃を握っている限り。この身が青い軍服を纏っている限り。明日は当たり前ではないというのに。

1187.
苦いキス。甘いキス。キスは美味しいからするものではないけれど、どうしてこれほどに毎回違う想いをもたらすのか。貴方と私の関係がそれほどまでに、複雑怪奇なスパイスに彩られているから、その側面のひとつひとつが様々な我々を提示するのだろう。苦くて甘いキス、抉る二人の傷、離れられない絆。

1188.
貴方は珈琲私は紅茶、砂糖はひとつミルクは少し。貴方は半熟私はかた茹で、卵には塩を少々ソースはなしで。貴方はバターで私はジャムで、トーストはカリカリ厚めにスライス。貴方と私、少し違って少し同じ。小さな共通項を数え、朝を噛みしめる。

1189.
抱いた右手が彼女が痩せたと感知する。人を殺した手で食物を摂ることを拒む彼女に私が出来ることと言えば、細くなるその身体を抱きしめることくらい。その口をこじ開けて、この血塗れの手で給餌でもすればいいのかと自嘲する私の肋も透けている。筋肉の下で二人の骨が軋み、生きる苦しさを告げている。

1190.
「今日は何曜日だったか……、ああ、水曜日か」「何を一人で納得しておいでですか」「いや、すまん」彼女のピアスのローテーションで測る一週間。水曜日のガーネットが週中の私の尻を叩く。

1191.
掌を合わせれば運命線が重なるように、単純に私と貴方の人生が重なれば良いのに、と思う。それでも、貴方の大きな掌に重ねるには私の手が足りないように、重ならぬものばかりが私の目には気に掛かる。そんなことは気にするなと私の手を掌の中に握り込んでしまう貴方が、多分私は好きなのだと思う。

1192.
「いよぅ! 相変わらず副官の尻に敷かれてるな、色男」「いや、この尻の下がなかなか居心地が良くてな」「分かるぞ! 俺の奥さんの尻の下も堪らなく居心地いいからな!」結構偉い人な筈の上官とその親友の会話に頭を抱える金曜日。疲労がいや増し、私は溜め息と共に躊躇なく撃鉄を起こした。

1193.
口づけの際に移った紅の色を拭いもせず彼は、飽きもせず私の唇をねだる。移し移されるスタンプのように、重なる紅の色が私たちを繋ぐ。焔の朱(あか)。血の赤。ルージュの紅(あか)。私たちを繋ぐただひとつの色彩。

1194.
短く爪を摘み、幾らかの傷痕が消えぬまま残り、ペンダコと指を鳴らす節にタコがある厳つい手が私の顎を掴む。優男然としたこの男のスーツ姿に最もそぐわぬ彼の武骨さを示すパーツは、どんな滑らかな皮膚をした優しい手より私を魅了する。皮膚を滑る手のざらりとした感触に、私は欲望に喉を鳴らす。

1195.
節のたった彼の指は、何時だって私の内側で彼の雄を主張する。薄い皮膚に包まれた小さな骨の連なりは、彼が私とは別種の生き物であることを知らしめる。だから私は涎を垂れ流し、私を辱しめる指を味わう。

1196.
闇に抱擁を交わせば、彼の首筋の付け根に小さな突起が指先に触れる。襟の高い堅い軍服を着ている時には触れることの出来ぬ小さな骨は、私の優越感を刺激する。皮膚の下でその存在感を主張する骨は、彼を独占する私という存在の主張でもあるらしい。

1197.
触れもせで私を惑わせる貴方の声。良い声というものがアルコールよりも酷く私を酔わせることに気付かされたのは、貴方のせい。私の知らぬ私の扉を開かせるなんて、酷い男ね。カサノヴァ。

1198.
見慣れた尊大な軍人さんの顔が、真面目な学者さんの顔に変わる。私のライバルが嬌声を上げる女たちから、物言わぬ書物たちに変わる。小さな銀縁眼鏡の効能は、また私を彼に釘付けにしてしまう。少しだけ別人になる彼の顔、二面性に惹かれるのは男の側だけではないのだ。

1199.
前髪で隠していたこめかみの険しささえ、彼は衆目に曝す。オールバックを崩す私の手は、彼の指導者の顔を崩す役割も果たす。張り詰めた空気を受けるのは副官の私で、緩んだ笑顔を受けるのは女の私で、それを素直に受け止めるようになった私を、過去の自分に教えてやりたいと彼の髪に触れながら思う。

1200.
ぼんやりとソファーに並んで座り、無為の時を過ごす。疲労や諦念や放心ではなく、重ねた手の温もりと、もたれあう肉体の存在を、ただ無心に味わう。おそらく傍目には何もしていないように見えるであろう静かなひととき、我々は互いが生きて傍らに在る事実を必死に貪っている。

Twitterにて20130723〜20130912)