change over time

「それではお先に失礼致します」
デスクを綺麗に片付けたことを確認し、リザはそう言って己の上官の前に立った。
彼女の言葉を受け、ロイは書きかけの書類から視線を上げる。
「珍しいな、君がこの時間に仕事を切り上げるのは」
本気で彼女との会話を忘れていそうな上官に、リザは眉を顰めた。
「一ヶ月ほど前に、大佐が早く上がって良いと仰ったではありませんか」
ロイは彼女の言葉に記憶を探るように眉間に皺を寄せ、それからカレンダーの日付を確認した。
彼は納得したように表情を元に戻すと、再びリザを見上げた。
「ああ、そうか。今日だったか」
「はい、申し訳ありません」
彼のスケジュールは仕事のことだけで、いっぱいいっぱいだ。
リザが管理しても追いつかないこともあるのだから、部下のスケジュールなど彼が覚えていないのも仕方がないことだ。
机上にコトリとペンを置くロイを見ながら、彼女は思う。
そんな彼女に向かい、ロイは微かに笑った。
「謝ることはない。同期会だろう、是非行くべきだ」
そして彼は何かを懐かしむように僅かに目を細めた。

そう、今夜、彼女が士官学校を卒業してから初めての同期会がイーストシティで開かれるのだ。
同期会と言っても狙撃科の人間だけが集まる小規模なものであったので、リザは最初は出席を見送ろうかと思っていたのだ。
だが、ちょうどその話をレベッカとしている時に、ロイがその場を通りかかった。
彼は珍しく彼女らの話に割って入り、彼女に出席を強く勧めたのだった。
あまりにその口調が真剣だったので、あとでリザはレベッカから「厳しい副官から、そんなに逃げ出したいのかしら?」と言われてしまうほどだった。

リザは一月前のやりとりを反芻しながら、さりげなくロイのデスクの上を見回した。
書類の処理は順調に進んでいるようだった。
これなら、少しくらいサボられても、明日には挽回出来そうだ。
リザがそんな判断を下していると、ロイはふっと小さな息を吐くと言った。
「楽しんでくるといい。久々の奴らと顔を合わせるのもいいものだ」
ロイの言葉に、彼女は問いを返す。
「大佐もご出席されたことがおありですか?」
「いや、私はどうも縁がなくてね。去年開催の通知が来たが、昇進のなんやかやで出席出来なかった。残念だ」
本当に心底残念そうにそう言うロイの姿に、リザは去年の今頃のことを思い出す。
昇進の手続きよりも、挨拶回りという名の嫌味を言われる為の表敬訪問に彼女は彼と共に幾度もセントラルを往復した。
あの時期ならば、彼が時間が取れなかったことも納得出来る。
彼女は好ましくはない記憶をあえて口に出すことはせず、黙ってロイを見つめるにとどめた。
ロイの方も彼女の沈黙を理解し、すっと話題を変えた。
「君の卒業年度なら、これが初めての同期会になるのか」
「はい」
「そうか」
ロイは顎の前で両手の指を組むと、親指を顎の下に当てている。
考え事をする時の彼の癖を見つめ、リザは彼の思考を類推する。
だが、彼女の頭脳が結論を導き出す前に、ロイはそれを言葉にした。

「君の同期は今何人残っている?」

少し曖昧な質問は彼の躊躇いを示していた。
だが、リザは正確に彼の質問の意図を悟る。

『君の同期生は何人死んだ?』

端的に言うならば、彼が彼女に問うたのはそういうことだ。
リザはすっと胃の辺りが冷たくなる感覚を覚える。
しかし彼女はなるべく表情を変えぬよう努力し、曖昧に答えた。
「今回の集まりは狙撃科のものですので最前線には出ぬものが多いですから、おそらく欠席者は片手に満たないかと」
「そうか。素晴らしいことだ」
少し安堵したような、はぐらかされたような表情でロイは彼女を見ている。
リザは夕暮れの中に感情を隠すロイを見た。

ああ、そうなのか。
リザは彼の感傷に気付いてしまう。
ロイの卒業年度はイシュヴァール戦線が悪化した年で、数年後にはリザのような学生までが戦場に駆り出された頃だ。
そして、その三年後には第二次南部戦線が始まった。
新兵として、中堅の幹部として、幾多の彼の友人は戦火の中に散っていったのだろう。
その中で生き残った友との再会を、彼は昨年果たすことが出来なかった。
国境での戦いは未だ続いている。
彼が次の同期会の招待を受けるまで、彼の同期は何人生き残っているか。
それは誰にも分からない。
ただ、その数は確実に減ると言うこと以外は。
今会っておかねば、今生の別れがいつ来るかしれない世界に彼等は生きている。
だから彼は彼女に同期会に行っておけと言ってくれたのだろう。
彼と同じような後悔をしないように。

ロイは彼女から視線を逸らすと再びペンを手に取った。
「君がいなくてもサボリはせん、安心して行ってきたまえ」
「ありがとうございます」
リザは素直に彼の言葉を受け取ると、感謝の意を込めてすっと彼に敬礼をした。
ロイは彼女の大仰な敬礼にただ苦笑し、右手をあげて彼女の退室を促したのだった。


 Fin.

  *********************
 
 お気に召しましたなら。

Web拍手