帰ってきた軍帽五番勝負! サンプル

この『軍帽十番勝負!』は、一四〇字SSS

「大佐、軍帽のつばが、おでこに当たるのですが」
「ああ、すまない」
「大佐、帽子を脱がれると、髪がぺちゃんとして変な頭になっていて気持ち悪いのですが」
「君は私にどうしろというのかね!」
 
より派生した短編集です。全てのお話が少しずつ
次元のずれた『もしも』の世界の物語です。
『彼らの関係性が変わる事で、一つの会話がどれだ
けの物語を生むか』という、こんなお遊びが成り立
つのも、ロイアイならではかな、と思う次第です。
最後までお付き合い頂けたなら、幸いに思います。

【 目 次 】

其の一 サーベルアーチ  ― 夜の綻び    ― 〇五
其の二 彼女と言う名の光 ― 共闘する二人  ― 十六
其の三 深夜の舫い綱   ― 支えとなるひと ― 二十七
其の四 犬だって食わない ― バカップル的な ― 三十八
其の五 手探りの絆    ― 素直な涙    ― 四十八

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其の一 サーベルアーチ 

 他人の結婚式というのは、基本的に退屈なものだ。ましてや、それが自分と直接関係の無い人間の結婚式であるなら尚更。
 リザは長い長い退屈から解放された安堵の溜め息をつき、硬いコンパートメントの椅子に身を沈める。ずっと立ちっぱなしだったせいで、ヒールの中に詰め込んだ足はぱんぱんに浮腫んでいる。ようやく座れた安堵にリザは小さく伸びをした。
 そんな彼女の疲れを隠さぬ様子に、ロイは苦笑をすると静かに言った。
「遅くまで付き合わせて、すまなかった」
「いえ、中佐の護衛は私の任務ですから」
「任務って、君ね。今日はプライベートなのだが」
「任務です。その証拠に我々は礼装を着ているではありませんか」
「参ったね、君には」
 ロイはそう言いながら、彼女の向かいの椅子に自分も腰を下ろした。彼が座ると同時に列車は大きく揺れ、続いて車内アナウンスが狭い室内に響いた。
「この列車は、定刻を一〇分遅れてセントラルを出発致しました。終点のイーストシティ到着は、二十三時三〇分を予定しております」
 この分では、帰宅はどうやら深夜になりそうだ。リザはそう考え、堅苦しい礼装の徽章を肩から外した。
  
       §

 出張でもないのに、彼らが揃って礼装でセントラルにやってきた理由。
 それはロイの親友であるマース・ヒューズの結婚式に参列する為であった。
 イシュヴァール殲滅戦の頃から続く許婚との長い交際をようやく成就させたヒューズは、身内だけを集めた小さなパーティーを開くことを計画していた。だが、人懐こく人望の厚い男の結婚式が、こぢんまりと済むわけも無く、気付けば彼の結婚式は大きなレストランを借り切ってガーデンパーティーを行わねばならない規模のものになってしまった。
 悪友から二人宛の招待状を受け取ったロイは、リザにその内容を告げた。彼女は僅かに悩んだが、結局はそれを受け入れることにした。
 勿論、ヒューズの結婚を祝う気持ちもないではなかったが、数度しか会ったことのない男が結婚することより、人が多ければ多いほど様々な問題が起こり易くなることの方が、彼女には気になった。特にここ数ヶ月、ロイがイシュヴァール人の残党に狙われる事件が幾度か起こっていて、それがまたリザの心配の種を増やしていた。
 護衛の為に。
 そんな理由で、彼女は副官として彼に同伴することを任務の一環と捉えた。ロイの方もいつもの彼女との距離を尊重するように、それを苦笑で受け入れた。
 ただ、彼女に断られるものと思っていたらしいロイは、彼女の出席を単純に喜んでいるようだった。そんな彼の姿に胸の奥に某かの痛みを感じたような気がして、リザは出席の返事を書くロイの姿から視線を逸らしたのだった。
 そんな諸々の事情の下、リザは彼と共に礼装に身を包み、セントラルへと向かった。

 そんな不純な理由で参列した結婚式であったので、壁の花になるしかない彼女は暇を持て余す場面も多々あった。だが、その一方で心に残るシーンを幾つも目撃したこともまた、事実であった。
 気の置けない仲間の集ったヒューズの結婚式は、部外者であろうと努めるリザにさえ居心地の悪さを感じさせず、その場にいる皆が笑顔になってしまうような温かなものであった。
 特に初めて会ったヒューズの妻・グレイシアは、見るからに穏やかで優しそうで、砂糖菓子のように愛くるしい女性だった。常に笑顔を絶やさず、分け隔てなく見知らぬ客の相手もし、リザも一目で彼女に好感を抱くほどだった。ふわふわと花のようなドレスに身を包んだ彼女には、淡い春の色の幸せがよく似合っていた。
 散々聞かされていたヒューズの惚気ももっともだと思いながら、リザはデレデレになって溶けてしまいそうなヒューズの幸福を見守った。悪友をからかうロイが、悪友の幸福を自分のことのように喜んでいることも彼女の表情を緩ませた。
 その一方で、『結婚式』という非日常の場がリザの胸に小さな波風を立てたことも、また一つの事実であった。特に新郎新婦の付き合いがイシュヴァール殲滅戦のころからだ、という情報は、ロイとの再会がイシュヴァールであったリザの胸に小さくはない棘として突き刺さった。
 ヒューズ夫妻と彼らとでは立場が違うのだから、同列に考える方が間違っている。そう理性は彼女に訴える。だが、感情の方は彼女の思い通りにコントロールされてくれない。
 結局、その棘は結婚式が終わってもリザの心から抜けないままとなり、彼女の心にチクチクと切ない痛みをもたらした。そしてリザは薔薇色の幸福のお裾分けを抱えた心に一点の染みを刻んだまま、ロイと共にイーストシティに向かう列車に乗り、夜汽車で帰路に着いたのだった。

       §

 汽車が加速するに連れ、ガタガタと揺れは大きくなった。日常を取り戻すべく、お祝いモードを頭の中から追い出したリザは、勤務予定を記した小さな手帳を開く。ロイはすっと乗り出してその手元を見つめて、彼女に確認する。
「君も私も明日は非番だな?」
「はい。ですが、明後日は朝から二つ会議が入っていますから、遅刻なさらないで下さいね」
「ああ、分かった、分かった。そんなにすぐに現実に引き戻さないでくれ」
 サボり魔の上官に釘を刺す彼女の言葉に、ロイはおざなりな返事と抗議の声を一緒にあげた。そして、固い椅子に深く座り直すと、リザに倣って自分も肩の徽章を外した。外した白い徽章を感慨深く眺め、ロイは祝いの高揚の名残を惜しむように言った。
「しかし、明日を非番にしておいて正解だったな。遅くなるとは思っていたが、流石にここまでとは思わなかった」
「お酒が入ってからが長かったですから」
「あれだけの人数が揃えば仕方あるまい」
「特にトラブルもなく済んで良かったかと」
 あくまで副官の口調で話を通そうとするリザに、ロイは苦笑する。
「そんな馬に蹴られるようなことを、誰がするというのかね」
 暢気なロイの様子に、リザは眉間に皺を寄せる。
「そうはおっしゃいますが、中佐。先週、査察先で狙撃されたことをもうお忘れですか?」
「もう済んだことだし、良いじゃないか。酒も料理も美味かったし、花嫁も綺麗だった。ヒューズなぞには勿体無いくらいの花嫁だ。君もそう思うだろう?」
 リザは薄く笑うことで彼の言葉に対するコメントを避け、視線を落とすとスケジュール帳を閉じた。ロイは彼女の返事がないことを気にしていない様子で、徽章に続いてサーベルも外しにかかっている。どうやら佩刀したままだと、汽車の椅子には座りにくいものらしい。
 ロイが手に持ったサーベルを目にしたリザは、今日の結婚式で一番印象的だった出来事を思い出し、思わず副官の顔を崩してしまった。彼女の反応に不審そうな顔をするロイに、リザはしまったと思ったが今更取り繕うことも出来ず、彼女は頭の中で無難な質問を作り上げると彼に尋ねた。