Twitter Nobel log 27

1301.
痛みにしかめる眉の陰影が、貴方の憂いを深くする。踏み込めぬ領域の存在が滲み出るその影に手を伸ばす代わりに、私はたた黙々と彼に痛みを与える傷の手当てをする。せめて、手の届く傷くらいは分け与えて欲しいと願いながら。

1302.
このサイズの合わない大きなコートを暖かいと感じてしまうのは、素材のせいではなく、直前までこれを着ていた彼のせいでもなく、ただ私の心の奥底に隠した熾火に火が点いてしまったせい。彼の指先の発火点に触れてしまった、冬の寒さの悪戯が憎い。

1303.
このクソ寒い中コートを脱いだのに寒さを感じない理由は、彼女が私の気障な行為を受け取ってくれるか年甲斐もなく緊張したからだなんて、恥ずかし過ぎて死んでも言えない。ぶかぶかの私のコートに身を包む姿が可愛過ぎるからだなどと、言えるわけもない。緩む頬を隠す、それが私の莫迦なプライド。

1304.
眠れぬ夜に見る夢は、甘くて苦くてせつなくて、意外なほどにロマンチストな私の姿を突きつける。ほどいた掌見つめてみれば、残る爪痕三日月に、夢の残滓がこぼれ出る。現(うつつ)に証拠を残さぬように、私は再び手を閉じる。見ないふりして手を閉じる。

1305.
新聞を読む彼の目線の動きを眺める。見出しの大記事は斜め読み、最下段の小さな記事まで洩らさずに。メディアの作る事実と虚構の裏までも見つめる眼差し、眇られるその冷徹さにゾクゾクする。秘密の一人遊び。私を見ない眼差しですら、彼は私を翻弄する。

1306.
私にはガラクタにしか見えないものを、彼は後生大事に持っている。小さな石の欠片や歪な結晶が美しい理由は、言葉で説明されても理解出来ないけれど、それらを愛でる彼の少年のような表情が私の小言を封じてしまう。父とおんなじ、仕方のない人。

1307.
包帯を巻いた手が私の顎を掴む。私が巻いた包帯に、滲む貴方の血、滴る私の唾液。混じり合う体液は、甘くもない代わりに酷くドライで、直ぐに離れる指先はまるで湿気たマッチみたいだ。唇だけが濡れ、夜に光る。赤い血が、紅いルージュを滲ませる。ただそれだけ。それ以上でも、それ以下でもなく。

1308.
綺麗だという賛辞より、射撃の腕を褒められる方が嬉しい。髪を撫でられるより、不可能に思えるオーダーを与えられる方が嬉しい。名前を呼ばれるより、階級で呼ばれる方が安心する。向き合うよりも、背中を見詰めている方が幸福。歪と言われようとも、それが私の愛の形。

1309.
そんな真面目な顔なんかしないで。いつもみたいに嘘ついて良いんですよ?

1310.
礼装だとか、武器だとか、そういう後付けの意味合いの為ではなく、本来の防寒という目的の為に手袋を買う。誰の為でもない、自分の為の手袋を。暖かな手で君を迎えに行く幸福を、私は買う。

1311.
新しい車を買ったと嬉しそうに男は語る。排気量が大きくてトルクが高くて小回りがきけば何でも良いと、私は思う。いくら愛しても所詮それは道具。私と同じ、ただ貴方の役に立てば良いだけの。さっさと割り切って、道具に愛情は要らない。

1312.
何も言わない背後からの貴方の抱擁。表情は見せない弱っている私に必要な体温。それ以上は要らない、ただ寄り添うだけ。誰も知らない深夜の司令室。貴方だけしか知らない、私の弱さ。朝までは残さない、貴方の為に。

1313.
窓の外を眺める彼女の難しい表情に、部下たちが怯えている。実は雪が降るという予報が外れたことを残念がっているだなんて、きっと誰も思いもしないだろう。可愛らしい彼女の一面を独占し、私はなに食わぬ顔で部下たちと共に粛々と仕事に勤しむふりをする。

1314.
美味しいものを食べている時の顔は、動物でも男でも可愛らしい物だと思う。そんな愛しい景色を見る為に、黒い毛の一人と一匹の為に私は今日もキッチンに立つ。

1315.
読みきれない程沢山の本を買って、ご満悦の貴方。時間がなくて積んでおくだけなのにと嫌味を言えば、傍に置いておくだけで私は満足なのだよと意味深な笑顔。前任者の狸ぶりまで踏襲しなくて良いものを。手強い司令官殿、置いておくだけで満足していたら、いつか痛い目に会うかもしれませんよ?

1316.
友人に唆され、久しぶりにアイメイクまできちんとやってみた。一日過ごしても、気付かれなかった。少しがっかりしたが、それ以上に夜遊びが派手な割に無粋なままの彼の一面を知った気がした。捻れた幸福に、私はマスカラを落とした。

1317.
珍しく彼女がフルメイクをしている。彼女に求めているのは、そんなものではないのにという思いが心を掠め、大人気なく無視してしまった。いつもの薄化粧の彼女に安堵する自分勝手な私の安らぎは、彼女の肌のミルクのような香り。

1318.
朝の冷たい空を朝焼けが焦がすから、私は内乱の地を思い出す。逸らす目線の先に、私の手を取る君の手。どう考えても君のコートのその小さなポケットに、私の手は入らないと思うのだがね。でもきっと、笑みを浮かべさせられた時点で私の負け。私はいつだって君に救われる。

1319.
ぼんやりと私を見下ろす貴方の視線は、私ではないものを見ている。その眼差しを見ていると、失ったものなどないという即物的な現実が揺らぐ。夢を見ることにさえ疲れた夜、私に出来るのはこの手を伸ばし私が傍らに残った事実を伝えることだけ。

1320.
濡れた手が生む焔、夜の灯火一つ。濡れた声生む揺らぎ、夜の動物二匹。濡れた目が生む躊躇、夜の隙間三時。真夜中の数え歌、いつも三つで行き詰まる。

1321.
朝焼けに沈む月を見送る。ひっそりと佇む姿は夜の君のようだ。昼間には見えない、だが確かに存在する君の中の女。いつか軍服を脱ぐ日が来たら、私にも昼間の月が見えるようになるのだろうか。カーテンを閉じ、立ち去る背中をしばし見送る。

1322.
有能な副官だとか、上官の扱いが上手いだとか、私が他者からお褒めの言葉をよくいただくので、貴方は子供みたいに拗ねてみせる。『副官』とは貴方がいないと成立しない地位なのに。月は太陽が存在しないと見ることすら出来ないものだって、教えてくれたのは貴方ですよ?

1323.
嵐の前の静けさに目を閉じる。これから流される血や散る命に『正義』という理由を付ける為に。目を開け、揺るぎない貴方の背中を見、自分の立ち居地を確認する。迷いを見せない貴方の強さを道標に、私は撃鉄を起こす。

1324.
階段で尻を見上げる。太腿派だが尻もいいかもしれない、と思う。君は私の中の新しい扉を開く名人。そう告げたならきっと階段から蹴り落とされるだろうから、黙っているけれどもね。

1325.
ありがとうと言われると、少し嬉しい。私が貴方の傍らに存在することを、貴方が当たり前だと思っていないことが分かる気がするから。もう少し『ああ』とか『うん』で流してくれるくらい、当たり前でも良いのにと思うのは、小さな私の贅沢。

1326.
貴方が嫌いだ。いかにも上官然としているクセに、ちょっとした仕草に男を匂わせたり、いつの間にか私の風避けになっていたり、触れた指先の動揺を隠しきれずにいたり、いつだって私を惑わせる。そんな貴方が、私は嫌いだ。

1327.
デスクワークが嫌いで居眠りや脱走ばかりしていた人が、過去と向き合う為、眠る間も惜しんで机上の書類に向かう日々を過ごしている。少しくらい居眠りでもすればいいのになどと彼の目元の皺を見て思う私は、彼と同じくらい年をとった。重ねた月日に笑みを浮かべ、昔と同じ薄い珈琲を淹れる。

1328.
家事の合間にうたた寝から目覚めたら、 父のお弟子さんの笑顔があった。「幸せな顔で寝てるから、夢の中で美味しいものでも食べているのかと思った」だなんて。男の人って単純だなと思いながら、今日の晩ごはんで彼に幸せな笑みを浮かべさせたいと考えている私も単純なのかもしれない。

1329.
舌先に触れたピアスが、我々の間の温度を下げる。尖った痛みさえ飲み込む覚悟があるのかと、私を試すかのように。不安げな瞳を目線でなだめ、私は舌を引っ掻く金属すら君の一部と見なし味わう。甘いだけでは不足、苦味も痛みもきちんと味わうのが大人の本分。

1330.
本を読む横顔に一刻の平和を見る。珈琲を淹れる横顔に一刻の平和を見る。発火布の手袋を装着する横顔に終わらない修羅を見る。弾丸を込める横顔に終わらない修羅を見る。一蓮托生という言葉さえ甘く苦い、私達。

1331.
これが初恋であったなら、私の恋は自覚すらされぬまま終わってしまった。これが最後の恋であったなら、私の恋は叶わぬまま終わってしまった。残ったこの焔の名は、恋なんて言葉では表せない。だから、私の恋は永遠に終わってしまった。身を焼くこの焔の名は。

1332.
私の思い描く美しい未来に君の存在は必要不可欠だけれど、君の描く未来に私は果たして必要なのだろうか。普段はそんな思考はおくびにも出さないけれど、仮眠室で眠る君の寝顔に思う。私が奪う君の未来は、果たして君にとって美しいものとなり得るのだろうか、と。君の未来を美しくする術を、私は。

1333.
必要だとか不必要だとか、傍にいることにいちいち理由が必要な貴方が可笑しい。それは必然、理論も理由も理屈も不要。「ついてくるか?」って好きなだけ聞いて下さって構いませんよ? 「何を今更」って何度でも答えて差し上げますから。ほんと仕方のない、莫迦で可愛くて困った男(ひと)。

1334.
貴方の夜遊びが享楽の為というなら未だしも、情報を得る為だとか私との間にあるものを誤魔化す為だとか、本当に救いのない話。夜に消える貴方、背中を見送る私、救いのない貴方と私。視線を交わすことさえなく、三文芝居に消耗する莫迦が二匹。

1335.
このコートの中が君の安らぎの場になれば良いと思うのだが、君は赤くなったり青くなったり、何だかどうにも大変そうだ。まぁ、それはそれで私には幸福な光景であるので、よしとするべきか。吐く息が白く重なる、冬の残業、深夜の帰り道。

1336.
一面の雪原など見たこともない東部生まれの私は、初めての北国のあまりにも白い世界に圧倒された。前を見れば雪の女王を目の前に、既に一面の白に一点の漆黒の領域を主張する貴方の髪や瞳の色が女王に喧嘩を売っている。頼もしい黒に、私は闘志を取り戻す。黒き鋼を握りしめ、雪原のチェスを始めよう。

1337.
響く雨音が静寂をいや増す。聞こえるのは貴方の寝息。ああ、生きているのだと思う。それだけで満足する。残業の夜、静かな二人だけの時間さえ軍服に隔てられている。それでも、私はこの穏やかな時間の貴重さを愛す。

1338.
さらりと上手に聞こえないふりをする澄ました顔が憎たらしくて、私は彼女に背中を向ける。私を待つ夜の街に視線を向ければ、彼女の視線が私の背中を引っ掻いた。互いに互いを切り裂きながら、夜の十字路分かれ道。焦がれる道は闇の中、探しあぐねて今夜も迷う。大人だけが迷う道。

1339.
お化け屋敷のお化けを怖がっていた少女が随分と強くなったものだと君をからかえば、お化け屋敷のお化けは今も怖いですよと澄ました言葉が返る。さらりと恐怖を肯定する強さを得た君は、きっとお化けさえその銃で威嚇するのだろうと頼もしさに私は笑った。

1340.
失うものは然程持ってはいないと思っている。恐いものは物理的な命の危機以外あまり思い当たらない。物欲は薄い方だろう。出世は上官がすれば良い。多分私のすべてが貴方に向かっているから、他がおざなりになるのかもしれない。私の唯一無二の背を見つめ、私は今日も満足の笑みを浮かべる。

1341.
貴方の誘惑と悦楽に陥落。まったく、どうしようもなく、私を組み敷く漆黒の瞳を前に足掻く。執着を隠し、罪悪感を騙し、自分への言い訳に四苦八苦。最悪だと嘆く私に、貴方は副官の職務だと囁く。二人感情を隠し、享楽に溺れる体たらく。

1342.
息さえ凍る冬の朝、コートのポケットに手を入れ縮こまって足早に人々が行く。その波に逆らって貴方はひとり行く。軍人らしく背筋をすっきりと伸ばし、涼やかな顔で。痛い程の寒風さえ、貴方の視線を下げることは出来ない。なんだか誇らしく、私は背筋をピンと伸ばし貴方に影を重ねる。

1343.
お手紙書いた。出さずに捨てた。も一度書いた。やっぱり捨てた。お元気ですか? 覚えてますか? 聞きたい。聞けない。返事が怖い。それでもやっぱりお手紙書くの。名前を綴れば安心するの。泣かずにひとりでいく為に。

1344.
冷めた珈琲を捨てるように容易く、貴方は明日を向く。冷めた珈琲を飲み干すように未練がましく、私はこの夜にすがる。苦味の底に残る甘さが切なさを増す。珈琲の美味さが分からなかった子供には戻れない。だから私は半ばの自嘲を込めて、二人分の夜明けの珈琲を淹れる。

1345.
それには許可が必要ですか? 貴方はもっと堂々てしていれば良いし、傍若無人に振る舞ったって構わない地位も名声も持っているじゃないですか。だから、私の前でそんな自信の無さそうな可愛いらしい目で、口付けの許可を強請って、私を困らせないで下さい。まったく。

1346.
恋歌を綴るには堅すぎるこのペンは、今日も公務へのサインをするに明け暮れる。時に気晴らしの練成陣を描く程度の用途しか持たぬペン先で、そっと窓辺に立つ君の背に架空の落書きを描く。消えたはずの秘伝。消したはずの想い。私だけが知る幾つかの綴りが空を舞って消えた。

1347.
彼の地に向かって一人祝杯をあげる。君は知らない、届かない祝杯をひとりで。この世に君が生まれてきたことに感謝を。届かなくて良い。自己満足で良い。他人が見たら莫迦だと思うだろうが構わない。私の人生に与えられた幸福を祝おう。

1348.
始まりがあるからには必ず終わりがあるわけで、君と私の終着点は一体どこへ行き着くのだろう。あまり多くは望まないが、願わくはその笑顔が曇ることのない世界を私は欲す。その笑顔を眺める権利を放棄しても構わぬから、ただそんな小さな願いを込め、今を生きる。

1349.
「愛している」呪いのような、寿ぎのような、美しくて、恐ろしくて、簡単には口に出せない、そんな言葉を貴方はいとも容易く口にした。最後を予感させる言葉に私は身震いし、幸福と不幸の狭間で返事も出来ずに立ち尽くす。始まりの終わり、終わりの始まり、私の逃げ場を塞ぐ言葉に、私は震えて口付ける

1350.
夢を見たと貴方が笑う。なんとなく気恥ずかしそうな幸福な笑顔を貴方に浮かべさせる夢の内容を、聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気持ちで私は貴方の淡い笑顔を眺める。それでも、眉間に皺を寄せた姿よりは随分良いと、私は貴方と一緒に笑う。

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