Twitter Nobel log 28

1351.
死んだ人を思ってもどうにもならないことは、母を亡くした時に思い知った。両親を亡くした貴方も、そんな感情には慣れているのかと思っていたら、親友という座はまた別格であるらしい。後ろばかり見る貴方に死んだ男を恨んでも、私には手の届かないものばかり。あの世に行けば私にも手が届くのかしら?

1352.
私に出来ること。笑顔で見送ること、引きとめないこと、最後の朝食を美味しく作ること。夢に向かう父のお弟子さん、だから振り向かないで行って下さい。振り向かれたら、私に出来ることがたった一つになってしまいます。私を綺麗な思い出にして下さい。

1353.
ええ、でもね。貴方は私に優しくしてくれなくて良いし、哀れんでくれなくて良いのです。私が望んでこんな歪な関係を貴方に強いているのだから。哀れまれるべきなのは貴方。女の肉体なんて欲するから莫迦を見るのです。抱かれたからって、私たちの何かが変わるとでも? ね、貴方ってほんとお莫迦さん。

1354.
手の中に紅い火蜥蜴を囲い、その頭を撫でてやる。革の手袋ならまだしも、貴方がこの火蜥蜴を飼う手袋を私の元にわざと忘れる筈などないから、きっとこれは純粋な貴方の忘れ物。その程度には油断してくれているのだと私は少し笑い、後朝の忘れ形見に口付けた。

1355.
伊達男のシャツを指先でしわくちゃにする権利、襟元を口紅で汚す権利、ジャケットを無造作に床に落とさせる権利、意外に幼い寝顔を見る権利。様々な権利を貴方は私にくれるけれど、私が一番心踊らせるのは無防備な背中を見る権利。貴方の全てを任される、私だけの特権。

1356.
指先が触れ合って、ランチを誘って、共に車で出かける。これが書類の受け渡しでなく、業者との会食の護衛でなく、事件現場への急行でなければ、当たり前の恋人同士の行動に見えなくもないのに。莫迦な空想に空を見る私を、君は撃鉄を起こす音で現実に引き戻す。まったく君は出来過ぎた副官。

1357.
読みかけの本に貴方が栞として挟んだ紙は、三日前に私が渡した業者の電話番号のメモ。小さな紙片に悪戯心を刺激され、私はそれを私の自宅の電話番号に書き換えた。気付くかしらと呟けば、分厚い本が首を傾げた。本の虫の集中力に勝てたら、美味しい珈琲でも淹れてみようかしら。

1358.
私たちの始まりの場所は、死と不条理と残虐に満ち、私たちは自己批判と悲哀の中で再会した。そこは今、私たちの終の場所となろうとしている。贖うことを諦めようとしなかった貴方に付いてきて良かったと思える。始まりの場所、終わりの場所、私たちの全てはここに始まり、ここに終わる。

1359.無意識の鼻歌が重なる、そのくらいの暢気で緩い重なりが心地好い。踏み込み過ぎても無関係過ぎても、バランスを崩してしまう不器用な私達だから、静かな執務室の和音に今は穏やかに身を任す。

1360.
肩を抱かれるだとか、腕を組むだとか、そんな風に二人並んで歩くことはあるが、手を繋いだことはなかった。そう思ってそっと手を繋いでみたら、意外な程照れ臭かった。困ったなと貴方を見上げれば、貴方は吃驚した顔で耳まで真っ赤になっていた。不意討ちは狡いと呟く貴方の可愛いさに、また困った。

1361.
目覚ましを無視しても怒られない朝は、君のいない朝。幸福なような、寂しいような、複雑な気分で寝返りを打つ。「あと五分」と自分に呟くのも虚しく、結局きちんと起きる羽目になる。まったく、君の思い通り。「うちの躾は厳しい、か」そう独り言ち、私は笑った。

1362.
朝のチョコレートをひとかけら、甘いもので脳味噌が起きると彼は笑う。ならば、朝のキスは何の為に? と問えば、帰って来られなくても悔いがないようにと彼は笑う。甘くない答えに私の頭は覚醒する。ビタースィートな、私達の朝の儀式。

1363.
春風吹いた。貴方がいない。カーテン変えた。貴方がいない。空豆むいた。貴方がいない。クローバー咲いた。貴方がいない。旅立つ季節。私は残る。春が寂しい。貴方がいない。

1364.
軍帽が似合うから帽子は何でも似合うものかと思っていたけれど、軍帽以外はあまり似合わないのかもしれない。洒落男のプライドを傷付けず帽子を脱がせる簡単な呪文を私は唱える。「プライベートでは帽子はお止め下さい。キスの邪魔です」効果覿面な貴方、貴方の反応に喜ぶ私。莫迦みたいで幸せ。

1365.
戦場に降る雨の中で立ち尽くす私に、傘をさしかけてくれるのではなく、一緒に雨に濡れてくれる人だから、共に生きたいと思った。日常の平和の中で、傘をもって迎えに来てくれた軍服の人影に昔の記憶が蘇った。濡れて帰らなくて良い幸福に、私は二重の意味で小さな笑みを浮かべた。

1366.
眠りに取り残された世界には私ひとり。彼の寝顔すら遠く、私を置いて現実を去ってしまった。闇に飲み込まれないよう、眠る彼の手を握る。その温もりで、私を救って。

1367.
夜半過ぎに降りだした雨は、朝になってもやむことはなかった。雨を理由に彼女をひき止めた私は、天気予報が外れなかったことに胸を撫で下ろす。こんな小さな言い訳でも失えば揺らぐ私達の危うさは、いつだって泣き出しそうな曇天のようだ。そう考え、私は彼女の為の珈琲を淹れる。

1368.
朝から食欲旺盛な貴方の姿に、自然と笑みが浮かんだ。それは貴方の生命力の証であり、今日へ向かう力であり、私の手料理への無言の賛辞であるのだから。お代わりを頼めるか? という一言に太りますよ? と返す私に、笑う貴方が眩しい。

1369.
師匠の家の庭の雑草を刈った後、ふと思い付いて猫じゃらしの花束を作ってみた。貧乏学生に花を買う余裕はないけれど、伝えたい感謝の気持ちはある訳で、さて、彼女はどんな顔でこれを受け取ってくれるだろう? しかし、それ以前に。さて、私はどんな顔でこれを彼女に渡したものだろう?

1370.
ラジオから聞こえる小さなエピソードに、二人同時に笑った。ラジオから聞こえる懐かしいメロディに、二人共にハミング。ラジオから聞こえる面倒なニュースに、二人顔を見合せ眉間に皺を寄せる。ラジオ、それは私達のシンクロナイズを生む魔法の箱。

1371.
サンキュー・サー。私はただ、一方的に思い続ける許可を頂ければ、それで十分なのですが。

1372.
華やかな春の花で君の部屋を飾ろうとすれば、花瓶がないとすげなく断られる。殺風景な部屋の理由が、仕事に忙殺され花を枯らしてしまうと可哀想だから、という君の優しさに昔と変わらぬ少女の姿を見る。そんな私の春の風物詩。

1373.
女の買い物は長いと相場が決まっている筈なのに、彼女の買い物はあっという間だ。即断即決は職業柄の習性らしいが、食後のデザートだけは時々迷う姿が私の頬を弛ませる。全部食べても構わないと思うのだが、女心は難しいから私は黙ってただ笑う。

1374.
走り出す歩幅は、事件の重要度の尺度。貴方の脳細胞が計る速度に合わせ、私も解決の速度を計る。頭の中のメトロノームが鳴った。私はその速度に合わせて走り出す。慣れたリズムは貴方の足音。

1375.
ペンダコに付いた万年筆のインクの青。大捕物の名残り、ガンパウダーの黒。カップに付いた紅を拭った赤。マニキュアを塗らぬ彼女の指先を彩る色を、己の胸の上に鑑賞する深夜。昼と夜の境界を消すように、舌先でその色を消す。

1376.
店先で私を待つ仔犬程度に、待つことの意味合いが軽い女になりたいと思う。あまり特別だったり、存在が重くなり過ぎるのは本意ではない。ただ振り向けばいつもそこにいる安心感、その程度の距離のなんと難しいことか。

1377.
君はいつだって冷静沈着。執務室では憎らしい皮肉も、戦場では私に日常を取り戻させるきっかけになる。変わらぬ君が、私の現実。明日を見据えて、私は今日も焔を振るう。

1378.
貴方はいつだって青臭い熱血漢。静かな会議室の茶番劇も、前線で屠るテロリストも私達には同じ敵と思い知るきっかけをくれる。ぶれない貴方が、私の真実。未来を見据えて、私は今日も銃をとる。

1379.
命懸けでつまみ食いをする貴方も、分かっていて撃鉄を起こす私も、求めているのは他愛のない戯れと安らぎの時間。問題はそれが戯れにしては物騒過ぎることだが、素直になれない私は今日も極上の餌を仕掛ける。

1380.
意外に筋肉質なのだと彼女の二の腕を撫でたら叱られた。どうせ鍛えられない部位ですからと拗ねられて、認識の行き違いに笑う。笑ったら、また叱られた。誤解を解く方法を思い付かぬ無能な私は、いつも通りのお小言を笑って拝受する。

1381.
君のピアスの色が変わると季節が変わる。新緑の緑を映す淡い緑の石は、何という鉱物なのだろう。知らず知らず組成を考えてしまう私は、ただの野暮天。季節さえ君に教えられ、霞む空を見上げる。

1382.
初々しい士官学校生の集団とすれ違う。熱く未来を語る姿に自らの時を巻き戻しても、我々の頬に浮かぶのが苦笑でしかないことが寂しい。その夢が血に染まらぬ道を敷くことが大人の務めと、嘯く貴方の背に私はそっと眼差しで寄り添う。

1383.
有事に支障の無いようにと腕枕を拒む彼女と共にす臥所は、独り寝の夜より孤独をいや増す。寝返りに流れる金の髪さえ、夜の星より遠い。

1384.
英雄にはならなくていい。路傍の石でありたい。割と本気でそんな恥ずかしいことを言ってしまう貴方が、私は嫌いではない。でも出来れば、それは二人だけの時にして欲しいと思う。別に恥ずかしい訳ではないけれど。別に恥ずかしい訳ではないのだけれど。でも、ね。

1385.
苺を食べ、春が来たと君は笑う。春が来たら、私は士官学校に入る為に君を置いてこの家を出ていくんだ。本当はもうずっと前に伝えておかないといけなかった筈なのに、君の笑顔を見ると言えなかった。君と一緒に苺を食べた。私達の元にも春が来てしまった。

1386.
眠い目をこすり、朝を迎える。出勤したくない理由を十数え、出勤すべき理由を一つ思い浮かべる。私は暖かな毛布の誘惑を断ち切って、鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばす。今日は雨。出勤しないわけにはいかないわ。

1387.
疲れた時に暖かいスープが身に染みるのは『体温が上がるから』だとか、『血糖値が上昇するから』だとか、理屈をつけるのは簡単。だが、一番納得出来るのは『彼女が私の為に作ってくれたから』だという非論理的な理由なのだ。彼女にいわせると『美味ければ、どうでもいい』、そうだがね。

1388.
子供みたいな額へのキスでさえ震えて受け取るしかない私に、貴方は伸ばしかけた手を一瞬空で躊躇わせ、そして手を引くと寂しく笑った。そんな顔を作らせるくらいなら、傍若無人に扱われる方が余程いいと思う私は勝手で酷い女なのだと思う。みつめる視線さえ、今は棘。

1389.
「何度伝えようと思ったことか」と彼は言う。「絶対に伝えることはないと思っていました」と私は答える。別な意味で同じ言葉を飲み込み続けた私達が、互いにそんな理由さえ告白し合う日が来るなんて。「人生は分からない」という言葉がシンクロした。

1390.
剥き出しの悪意さえ華麗に無視する貴方なのだから、私の眼差しくらい避けて通るなんて朝飯前のことでしょう。だから、もう少し眠ったふりをしていて下さい。貴方が目を閉じている間しか、貴方を見つめることの出来ぬ私を哀れんでくれるのなら。

1391.
時計を見て、空を見て、君を見る。私が確認する重要事項。遅刻しない時刻に、雨が降っていなければ、目があった君は「良かったですね、無能にならなくて」と笑いもせずに言うだろう。同じものを確認し、一日を始める。君の嫌味さえ、目覚ましのスパイス。

1392.
青い軍服の裾を翻し自転車で街を走り抜けるなんて、エリート軍人のすることではないと思う。でもそんな莫迦が、私は嫌いではなかったりする。莫迦を諌めるのは私の役割だけれど、時には小言を模して貴方を煽る。私達は同じ穴の狢。

1393.
誰もいない部屋を覗き込み、カーテンを軽いものに変えてみたりする。新しいカーテンに気付いて微笑んでくれるひとはもういないのだと実感し、私は使われない部屋の窓から新緑を眺める。心は三月に残したまま、四月が終わろうとしている。

1394.
答えを知っている問いを、何故貴方は私に問うのでしょう。言質を取りたいだけと貴方は嘯くけれど、貴方も私と同じくらい不安ならいいのに、と思う。その眼差しの温度だけでは、私が不安になるのと同じように。

1395.
人恋しい夜に仔犬を抱いて、ベッドに座る。何かを察した仔犬は私の顔を覗き込み、黒い仔犬の眼差しは私に人恋しさの原因を思い出させ、私はますます憂鬱になる。悪循環に辟易し、私は仔犬を解放するけれど、あの人はけして私を解放してくれない。

1396.
手を伸ばせば届く人に、手が伸ばせない。触れた時に逃げられたら。そんな可能性の恐怖が私の心をすくませる。僅か七センチの距離が永遠より遠い。

1397.
涙は女の武器と言うけれど、彼女にとっては羞恥であったり、弱さの象徴であったりするらしく、なかなか見せてもらえない。そんなもので揺らぐ柔な男だと思われるのは口惜しいので、どうせなら幸福な涙を流させてやりたいと思う。意地っ張り同士の妥協点としては、悪くないと思うのだが。

1398.
この世の全てが敵に回ったとしても、隣にいるこの人だけは味方でいてくれると信じられる。これ以上の幸福を私は知らない。世界の全てが私を糾弾したとしても、この人が隣にいてくれれば開き直ってでも生きていける。これ以上の覚悟を私は持たない。私の持つパートナーの意義。

1399.
業務連絡の電話の最後に生まれた無音の時間が、言わない想いの通じる間。貴方と私を繋ぐこの仮想のラインを切りたくないのだと、躊躇うゼロコンマ数秒の私的な想いの発露。それを受け取った貴方は少し笑って、明日の天気の話を始めた。

1400.
ほどいた私の髪を留め直す不器用な貴方の手が、私の頭上から去った。斜めに留まったバレッタを整えて、私は上官の不意討ちの悪戯をなかったことにする。文句を言うには、彼の指先はあざと過ぎる距離で私に触れた。バレッタほど簡単に乱れた心を修正出来るほど、器用なら良かったのに。

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