Winter Sky

なんだか少し寒い。
そんな意識が夢の中にいた私に目を覚まさせた。
身体を包んでいた暖かな光が遮られたせいだと気付いたのは、目を開いた目の前に人影があったからだ。

「すまない、起こしてしまったかな」
父のお弟子さんはそう言いながら、ちっともすまないと思っていなさそうな顔で笑った。

彼が窓辺に立ったせいで、私の上に落ちていた午後の陽が遮られた。
だから、私は肌寒く感じて午睡から目が覚めたのだ。
こんなところで転た寝をしては風邪を引いてしまう。
起こしてもらって、ちょうど良かった。
いつものあの夢から逃げ出すことが出来てちょうど良かった。

苦い夢の名残に泣きそうになりながら、私はそんなことはひと言も口に出さず、ただ簡潔に彼の言葉に返事をした。
「いえ、問題ありません」
私はマスタングさんの姿から視線を後ろにずらし、窓の外に広がる冬の青空に視線を向け、椅子から立ち上がった。

私は一体どのくらい寝ていたのだろう。
昼食の後片付けをした後、もう少し太陽が西に傾くまで洗濯物を取り込むのは待っていようと思い、この椅子に座ったことは覚えている。
まだそれほど太陽の位置は変わっていない。
眠ったとしても、五分か一〇分程だろう。

そう判断して、私はもうしばらくの休憩を自分に許すことにする。
ちょうどマスタングさんもいることだし、お茶でも淹れることにしよう。
私はティーポットを出す為に、食器棚へと足を向けた。
「紅茶を淹れますが、飲まれますか?」
「ありがとう」
そう答えたマスタングさんは、まださっきと同じ顔で笑っている。

何があったのだろう?

私の疑問は顔に出たのだろう。
マスタングさんはいつもの先回りで私の口に出さぬ質問に答えをくれた。
「夢でも見ていた?」
「え?」
思いがけないマスタングさんの問いかけに、私は間抜けな声を上げてしまう。
私があの夢を見ていたことを、この人は見透かしているのだろうか。
私の恐れをよそに、マスタングさんはまたにこりと笑った。
「何だか、幸せそうに笑っていたから」
マスタングさんの指摘に私は苦く微笑んだ。
そう、夢の中で私は幸福で不幸だった。

私は夢の中で、子供だった。
母が生きていて、私は母のエプロンにしがみついて笑っていた。
頭を撫でてもらって、大好きな林檎をもらった。
今は届かない幸せな日々。
これは夢だと、夢の中の私は知っていた。
だから、私はとても哀しかったのだ。
永遠に会えなくなった母の面影に泣きそうになっていたのだ。

あの夢を見ると、私はいつも泣きたくなる。

そう考える私を横目に、マスタングさんは何でもない顔で私を見てこんな事を言った
「幸せな顔で寝てるから、夢の中で美味しいものでも食べているのかと思った」
「え?」
私はまた間抜けな声を上げる。

幸福=美味しいもの、だなんて。
まるで子供みたいだ。
そう考えた瞬間、私は思わず笑ってしまった。
笑うといつも母の夢を見た時に覚える感傷が何処かに消えてしまった気がした。

私の笑い声に、マスタングさんは少し傷付いたような顔をした。
「私は何かおかしなことを言っただろうか?」
「いいえ」
「でも、君は笑っているじゃないか」
「ふふ」
「リザ?」
「何でもありません」
私は笑いで自分の中の複雑な感情を誤魔化すと、ティーポットを手に取った。

いつもなら酷く辛くなる母の夢の後に、こうして笑っていられる自分がいる。
それはこの父のお弟子さんのおかげだった。
この人の幸福が美味しいものであるのなら、私はお礼に晩ご飯に腕によりをかけるべきなのだろう。
そう考えながら、私はお客様用の茶葉をティーポットに三杯計り入れたのだった。

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