if【case 11】

もしも、あの世界に新年会があったなら

       §

「いやー、やっぱりこれがないと新年始まった気がしないッスよー」
寒い冬の夜気の中、ハボックは上機嫌な顔で煙草の煙を吐き出した。
「これがないと、って、お前ら毎年こうなのか?」
「概ね」
ハボックの前を歩くヒューズが呆れ顔で振り向いてそう問うと、ハボックの代わりにブレダが簡潔にヒューズの疑問に答えてみせた。
「親愛の情ってやつッス」
「随分と部下に慕われたもんだな、あいつも」
ヒューズは前を向き直ると、体内のアルコールに足を取られ副官に肩を借りる親友の姿に視線をやった。
「しっかし、変わらんもんだな」
「何がッスか?」
主語の無いヒューズの言葉に、ほろ酔いのハボックが食いついた。
ヒューズはもったいぶった様子もなく、再びハボックをふり向いた。
「ロイの野郎だよ」
ヒューズの言葉に得心した様子のブレダが、言葉の意味を確認するように問い返した。
「昔からアルコールには弱い方で?」
「ああ、まぁな。俺たちも飲みに行っちゃあ、あいつを酔い潰してた」
「なるほど」
納得したようなブレダの声に、ハボックの楽しそうな声が重なった。
「昔からッスか。あー、良かった。俺、不敬罪とか言われたらどうしようかと思ったッスよ」
「言わんよ、そんな堅苦しいことは。第一、面白いじゃないか」
ヒューズはアルコールの混じった息を盛大に吐き出し、ワハハと笑った。

          §

ここアメストリスにも、新しい年がやってきた。
街は明るい空気に満ち、心なしか大きな事件も少なくなった気がする。
だが、年が暮れようが明けようが、東方司令部の忙しさを変わらない。
チーム・マスタングの面々は、いつもと同じ日常を淡々とこなしていた。
そんなある日、セントラルからヒューズが出張でイーストシティにやってきたのだ。
陽気なこの男はロイの手元の仕事量とリザの機嫌とを上手に観察し、適当な時刻になるとこう宣言したのだった。
「新年会をやるぞ!」
接待にも慣れたヒューズの手際の良さに引きずられ、なし崩し的に新年会が始まったのが二一〇〇。
ヒューズの存在如何に関わらず、アルコールが回りいつもの無礼講が始まったのが二二〇〇。
ベロベロに酔い潰された上官、呆れ顔でそれを支える副官、上機嫌の部下達、といういつものシチュエーションが構築されたのが二三三〇。
帰宅方向が違うファルマンとフュリーと店の前で別れたのが二三三三。
そして、今、彼らは冷えた空気の中を足並み揃えて歩いている。


凍った石畳を歩く彼らの軍靴の足音が、闇に響く。
酔った上官の美しくない千鳥足の足音と、それを補佐する美しい副官の重い足音が、そこに不協和音の旋律を重ねる。
ヒューズは彼らの前を歩く二人の姿をじっと眺め、ふと思い出したようにまたハボックを振り向いた。
「おい、そう言えば、さっきの支払いはどうなった?」
「済んでます」
「俺、払ってないぞ?」
「大佐の奢りっス」
不審顔のヒューズにハボックは当然のことのように答えた。
ヒューズの眉間に小さな皴が刻まれた。
「奢り、って、あいつあの状態で払えたのか?」
「うちのチームには優秀な副官殿がいらっしゃいますので」
レダのふざけた返事にヒューズは少しだけ難しい顔をした。
「ということは、リザちゃんがあいつの財布を預かってるってことか」
「サー、イエス、サー」
「飲み会の時はいつもか?」
「概ね」
「ふーん」
二人の返事を聞いたヒューズは何かを考える様子を見せたが、すぐにいつもの陽気な表情を作ると彼らに向かってこんな問いを発した。

「お前ら、リザちゃんに財布預けられるか?」
「は?」
「え?」
「例えばの話しだよ。酔っ払って支払いが必要な時に、リザちゃんに財布預けられるか?」
「そりゃあ、勿論」
「うちのチームで一番信頼の置ける人ですから」
当たり前のことと答える彼らに、ヒューズは真顔で重ねて問いかける。
「財布の中身、リザちゃんに見られるんだぞ? あーんな店のメンバーズ・カードやら、昨日買った晩飯やらホニャララの領収書やら、あーんな店の領収書やらの入った財布の中身を。あ、財布の中にアレなんか入ってたら更にヤバイな」
どうやら身に覚えがあるのだろう、ヒューズの言葉にハボックが震え上がった。
「いや、それヤバイっス」
「おい、お前、どんな店行ってんだよ。財布にコンドーム入れるなよ」
「アレってだけで、誰もソレだとは言ってない! 絶対言ってない!」
「その挙動不審っぷりが物語ってるってーの」
レダの適切な突っ込みに、ヒューズは笑った。
「やっぱ、そーだよな」
「当たり前っス」
「てことは、見られても構わないくらい信頼してるか、見られても構わないくらい清廉潔白ってことだ」
「それは大佐の話、ですか?」
察しの良いブレダが探りを入れる口調で、慎重にヒューズに問い返した。
「うん、まぁな」
「じゃ、絶対後者は有り得ないッスね。昨日も綺麗なお姉ちゃんのいる店に行ってましたよ、大佐。その前はデートだっつって、サボリかまして中尉カンカンでしたし」
「じゃぁ、前者か」
「……多分、そうなんじゃないッスかね」
酔いの回ったハボックも、どうやらヒューズの話の風向きが芳しくない物であることにようやく気付いたらしい。

ヒューズは悪戯な眼差しを前方に向け、よろめきながら歩く二人の男女の姿を目線で指さした。
「俺だって愛してる嫁さんに突発で財布の中身見られたら、慌てふためくこともある。ま、グレイシアはそんなことしないけどな、できた嫁だし」
要らぬ惚気を差し挟み、ヒューズは意地悪にも思える明るい口調で滔々と話し続ける。
「そこまで踏み込ませといて、あの状況でさえリザちゃんの肩にも触れないあの男は何だと思う?」
ヒューズ中佐
「それは……」
一気に酔いが吹き飛んだ顔で、ブレダとハボックはモゴモゴと答えを言い淀む。
ヒューズはそんな二人を見て、更に笑った。

「だから、『変わらんもんだな』と言ったんだ」
「人が悪いですね、中佐」
「何とでも言ってくれ。俺はあの光景をお前らの倍は見てるんだ。イライラすると言うか、やきもきすると言うか、どうにも出来んあいつらをな」
「ひでぇ、俺ら巻き添えッスか? 中佐」
「何とでも言え。あの状況を作ったのはお前らだ。どうだ、ぐうの音も出まい」
「……グゥ」
ハボックのふざけた言葉にヒューズは苦笑を浮かべた。
それは彼が今まで見せたことのない種類の笑顔だった。

「ま、お前らも俺と一緒にヤキモキするがいい」
「勘弁して下さいよ、中佐」
「わははは」
ヒューズは笑いながらホテルに向かう道へと進路を変えた。
置いて行かれる二人は恨めしそうにヒューズを見送る。

離れていくヒューズの足音は小さくなり、それを見送る為に立ち止まったハボックとブレダの足音が止む。
あとには酔った上官の乱れた足音と、それを受け取る副官の重い足音だけが、小さな旋律を作り上げていた。
闇に響く二つの足音は重ならぬまま、それでも並んで歩いて行く。
そんな現実に気付かされた二人の男は、黙ってその足音の後をそっと距離を置いたまま歩き続けた。

 Fin.

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