10’07月号ネタバレSSS&感想

最終回ネタバレですよ〜。
 
 
 
 
 
■SSS 道



ポタポタと落ちる点滴を眺め、私は病室の窓から外の物音に耳をすませる。
飛び交う怒号、行き交う足音、瓦礫の崩れる音。
表の喧噪は未だ収まる事を知らず、崩落に巻き込まれた者の探索や死体の搬送が忙しなく行なわれている事だろう。
とりあえずの処置が終わり、ようやく自分は命を取り留めたと確信出来てから、私の頭を占めるのはただ一つ。
大佐の視力が失われてしまった事だ。
失明した軍人は、退役させられてしまう。
これから、我々はどうなるのだろう?
どんな時でも諦めない彼の事だから、どんな事があろうと何らかの対策を考えているであろうが、こと今回の一件に関しては希望的観測が全く持てないのも事実だった。
優秀な錬金術師である彼ならば。
そんな一縷の望みに縋るしかない何も出来ない自分がもどかしい。
私はぼんやりと、視線を太陽を取り戻した空へと向けた。
 
と、廊下を歩く軍人特有のリズミカルな足音が一つ響いてきた。
この歩き方の癖、まさか!?
私は驚いて勢いよく扉を振り向き、首の傷の痛みに呻きをあげる。
がちゃり。
扉の開く音と共に最も心配していた人の姿が、私の目に飛び込んできた。
「中尉、容態はどうだ?」
「大佐! どうやってお一人でここまで!?」
驚く私を他所にベッドサイドまで歩いてきた大佐を見て、私は更に驚きを隠せなくなる。
「見えて……いらっしゃるのですか?」
「ああ」
「一体どうやって……」
「賢者の石だ」
事も無げに答えた大佐は私のベッドサイドに座ると、起き上がろうとする私を目で制し、緊張感に満ちた真面目な顔で私の目を覗き込んだ。
「イシュヴァール殲滅戦の際、イシュヴァール人を実験体にして作られた賢者の石を譲り受けた」
私は言葉をなくした。
 
まさか、そんなものが存在していたとは。
そして、それを大佐が使ったとは。
信じられない想いで私は彼を見つめた。
「私は一生かかっても返せない借りを、イシュヴァール民族に作ってしまった」
確かにそうだろう。
私たちの中で終わらぬイシュヴァール戦での数えきれぬ程の死者、そこに賢者の石の犠牲者が加わり、彼は軍人としての命を取り留めた。
何と答えて良いか分からぬ私から視線を傷口に移し、大佐はいったん言葉を切った。
「傷の具合は?」
「命に関わる事はないそうです」
「そうか」
再び私の瞳を覗き込んだ彼は、すっと私の髪を撫で寂しげに笑った。
「私は生涯をイシュヴァール復興に捧げる。私の目の黒い内に全てが終わってくれれば良いが、一筋縄ではいかない問題が山積している」
髪を撫でる大佐の手が、つと止まった。
「私の人生の全てはイシュヴァール人のものだ。それでも君は、私についてくるか?」
私は視力を取り戻した彼の黒い瞳を見つめる。
それはつまり、彼は私人としての己の人生を手放すと言っているのだ。
何千という人を殺し、その民族のお陰で視力を取り戻した彼の、それはけじめなのだ。
生真面目で優しいこの男が、良心の呵責に押しつぶされず生きて行く為の。
何と不器用で、愛おしいのだろう、この人は。
私はそっと彼の手に触れ、出来る限りの優しい笑みを浮かべてみせる。
答える言葉は、勿論ひとつだ。
「何を今更」
そう、それ以外にある訳がない。
 
■最終回いろいろ

 いい最終回だったと、いい漫画だったとしみじみ思いました。余韻のある幕切れ、それぞれのキャラにきちんと幕引き。終わりというよりも、これが彼等の人生の始まりなんだと思えるフィナーレに感無量です。
 荒川先生、九年間お疲れさまです。ありがとうございました。よくもこれだけの大きな風呂敷をきれいに畳んで下さったと、感動しています。
 
 全てのシーンが見せ場としか言いようがなくて困るんですが、まずはやっぱりロイアイから。
 えっと、個人的にはとても満足しています。あの最後の見開きの二人の写真、大将まで昇進したロイの横に当然のようにリザがいる事。それだけで私は満足です。
 そして、あのランダムに置かれた写真の位置関係。あれが彼等の望みを叶えた暗喩のように見えて、自己満足ですが嬉しくて。ロイがリザを副官にした時、彼女は言いました。「新しく生まれてくる世代が幸福を享受出来るように、その代価として我々は屍を背負い血の河を渡るのです」と。軍人としての顔を貫く二人の写真の上に、新しい命を授かり満面の笑みを浮かべるエドたちの写真が乗っている。つまり、彼等の努力の上に新しい世代の笑顔がきちんと花咲いている暗喩ではないかと。穿ち過ぎかもしれませんが、彼等の様々な苦しみや葛藤を乗り越えた先に、次世代の笑顔がある充足感。ああ、彼らの人生は報われたんだなぁと、しみじみとしてしまいました。
 ずっとオフ本の後書きに「彼らの行く末が光に満ちたものでありますように」と書き続けてきました。彼らがずっと共に歩んでいること、彼らを最も罪の意識に縛り付けている事象に対してきちんと贖罪のチャンスを与えられたこと、おそらくその結果が目に見える形で結実しているであろうこと、これで祈りは届いたかなと思えるので。まぁ、所詮、私のロイアイ観がカウントダウン最終夜の「上司としての顔、部下としての顔」ですから、あまり多くは望まないので。
 あと、多くは語らず物語の行く末を読み手の想像力に委ねてくださった牛先生に、心からの感謝です。
 上にあんなSSSを書いていますが、ああいうストイックな未来も想像可能だし、意外にイシュヴァール政策がひと段落ついたらプロポーズという未来も考えられますし。でも、どんな経緯があったとしても二人の未来が共にある事だけは確かなのですものね。
 勝手な自分の想像ですが、中尉の命が掛かった場面ですら階級で呼びあっていた程ストイックな彼らですから、イシュヴァール政策に何らかの一区切りがつくまでは、個人的な幸せを自分たちに許すことはないような気がします。まぁ、おかげさまで二次創作者としては、妄想爆裂です。ありがとう、牛先生。
 そして、大人の男好きとしては大将ロイに激萌えです。(笑)ロイスキー過ぎて、困ります。<自分
 
 さて、ここから鋼というマンガのラストについて少し。
 えーと、牛先生は最後まで想像の斜め上を行ってくださったなぁと吃驚したのは、エドと真理との対決でした。まさか、彼が錬金術を手放すとは! タイトルロール(?)なのに! アルとの精神の混線が、こんな所で伏線になっているとは! これは流石に予測不能でした。今まで自分の世界の大部分を任っていた力を手放しても、彼には仲間がいて、旅で得た経験という宝がある。普通の人間の可能性の大きさを暗示するラストは素敵だと思います。
 そして、元の身体を取り戻したアルとエドが二人で世界を旅する目的の一因になったのが、あのニーナの一件だったというのも、また感動でした。少年達は旅の全てを糧にして、青年になったのだと感じさせられて。
 そして、ものすごく細かいことなんですが、賢者の石の行く末にまで牛先生は、きちんと収めるべき場所に収めてあげたのかと泣きそうになりました。残った二つの賢者の石。一つは大佐の視力の代価となりイシュヴァール政策に間接的に大きな力添えをすることになりました。もう一つはシンの国でリンが皇帝になる材料になり、結果シンとアメストリスの交易の拠点としてイシュヴァールの地位を高めたわけです。同胞の為になる使われ方をしたことは、多少なりとも彼らの救いになったのではないかと。
 エドとアルとウィンリィの再会シーンは少年マンガの王道らしく気持ちよかったし、エドホーエンハイムを初めて親父と呼んだシーンは泣けたし、エドのプロポーズシーンで初めてウィンリィ可愛いと思えたし、前向きなキメラ組にニヤニヤしたし、グリードが満足して消えていったことも嬉しかったし、ホーエンの最期は本当に良かったと思えたし、スカーもマルコーさんも自分の道を行けそうで安心できたし、ノックス先生の言葉がランファンを動かしたのも人の繋がりの輪が感じられて好きだったし、ああ、もう全てのシーンについて語りたいくらいです。
 こんな凄い漫画のラストをリアルタイムで追いかけられた幸せと、少しの寂しさを噛み締めて、爆裂妄想をぼちぼち綴っていきたいです。あ〜、面白かった!