Slit Opera

「案外、早く片が付きましたね」
「そりゃぁ、俺たちが有能だからな」
そんな軽口を叩きながら、フュリーとブレダは控え室の扉を開ける。
開演前に全員が集まっていたその部屋には、既にファルマンと彼らの上官ロイ・マスタングの姿があった。
一幕が終わり幕間のうちに、彼らは客席に居た最後の被疑者の確保を済ませていた。
5人の被疑者たちは証拠品と共に官憲に引き渡され、彼らの活劇は歌劇より速やかに終了した。
疾風の如く事件が解決した事を確認したロイは、丁重な、その実、慇懃無礼な言い訳と謝罪を残し置き、早々に観劇を切り上げていた。
オペラに夢中な令嬢はロイの不在を多少惜しもうともさほど気にする事はあるまいし、ボディガード氏に至っては事件が解決すれば軍人などは用無しという態度がありありと伺われ、将軍への義理を果たしてしまえば、退屈なオペラとお喋りな令嬢に付き合ういわれは、彼には全くなかったからだ。
 
「ケイン・フュリー、ハイマンス・ブレダ、ただいま戻りました」
「ご苦労だったな。よくやった」
控え室でロイに形ばかりの敬礼をした二人を、満足そうにロイはねぎらう。
「そりゃぁ、大佐。流石にこのくらいは」
「どうやら相手は素人のようでしたしね」
「今日の出動の分は超過勤務手当の支給の対象になるよう将軍に掛け合ってやる。今日はこのまま上がっていいぞ」
ロイの大盤振る舞いの発言に、一同は色めき立つ。
ロイにしてもグラマン中将に大きな貸しを作れたのだから、このくらいの部下たちへのサービスも苦にはならない。
最初の不機嫌は何処へやら、機嫌良くロイが彼らと談笑している中へ、最後の二人が遅れて控え室に入って来た。
「ジャン・ハボック、リザ・ホークアイ、ただいま戻りました」
「うむ、ご苦労」
そう言って振り向いたロイの笑顔が一瞬で凍り付いた。
振り向いた彼の目に飛び込んで来たのは、己が副官の有り得ないほど深いスリットから覗くあまりに艶かしい太腿だった。
 
ロイの表情の変化をめざとく見つけたブレダたちはリザの姿を見て引きつった表情を浮かべ、ハボックは覚悟していたこととは言えあまりに露骨な上官の不機嫌顔に直立不動の姿勢を保つ。
ひとり涼しい顔のリザはさっさと部屋に入ると、ビッと美しい敬礼を上官に放った。
「遅くなって申し訳ありません、官憲との書類の行き違いがありまして」
「それは構わん」
不遜な笑顔を渋面に変えたロイは、ツカツカとリザの方に歩み寄る。
そして乱暴に自分の着ているタキシードの上衣を脱ぐと、無言で彼女の肩にかけた。
彼の上衣で漸く半分ほど隠されたリザの太腿を確認すると、ロイはムッとした顔で彼女の後ろに立つハボックを睨みつけた。
ハボックは急いで両手を振った後お手上げのポーズをとってみせて、自分は止めたという事を一応アピールしてみせる。
「何をなさるんですか?」
訳が分からないといった風情のリザに、ロイは厳しい声で続けた。
「その服はどうしたのだね」
「行動に支障をきたしましたので、少々加工いたしました」
多少の加工というにはあまりにも大きく破れたドレスを隠すロイの上衣を邪魔だと言わんばかりに脱ごうとするリザは、当然のように言い放つ。
 
が、その肩を上衣ごとハボックは後ろからガッシリと掴んだ。
「中尉、着てて下さい。頼んますから」
これ以上、上官の機嫌を損ねると何が起こるか分からない。
折角、作戦が成功したのだから、このまま丸くこの場を収めなくては。
ハボックのとっさの判断に、男達は胸の内で喝采を送る。
後は犬も食わない何とやらに巻き込まれる前に、三十六計逃げるに如かず、だ。
そう、特に副官の事となると、普段の冷静さを失うロイの気が変わる前に。
 
男達の行動は迅速だった。
ロイに向かってビシッと敬礼を決めた彼らは、口々に言いたてる。
「では大佐、お言葉に甘えて我々はこれで上がらせていただきます」
「通信機の回収は済んでおりますから」
「官憲からの調書は一週間ほどで提出されるそうッス」
「超過勤務手当のこと、よろしくお願いします」
抜け目なく押さえる所は押さえ、我先にと控え室を出て行く彼らを見送ったロイは憮然として立ち尽くす。
こういう時まで対応が早くて機敏な部下というのも、ある意味腹立たしい。
だがしかし、それはそれ、これはこれ。
今は目の前のリザの事が先だった。
 
じっと腕組みをして不満そうに自分を見ているリザに歩み寄り、ロイはぼそりと言う。
「何時やった?」
「桟敷席の犯人を逮捕しに行きました時に」
ああ、あの回し蹴りの時か。
ロイは暗澹たる思いでこめかみを押さえる。
そんなロイの思いも知らず、リザは当然のように言い放つ。
「動けなければ仕事になりませんし、きちんとアンダーは着ています」
「そういう問題じゃないだろう」
「経費削減ですか?」
「違う!」
常に聡明で有能なこの副官殿は、どうして肝心なところでこうも鈍いのだろう?
ロイは本気で頭を抱えたくなる。
「具体的におっしゃって頂けないのでしたら、私も上がらせていただきたいのですが」
そう言って不機嫌なままリザは、ロイに上衣を突き返してクルリと背を向けた。
ロイは溜め息をつくと、突き返された上衣を放り出し、諦めて彼女の背に向かって言った。
 
「他の男に見せるなと言うのだ、莫迦者」
扉に向かって歩き出していたリザの足がピタリと止まった。
「君は頭のてっぺんから爪先まで私のものだ、他の男に見せるなど許さん」
追い討ちをかけるようなロイの言葉に、目の前のリザの首筋がみるみる真っ赤に染まっていく。
ようやく通じたか。
ロイは苦笑してリザに歩み寄り、後ろから彼女を抱き締めた。

「減るものでもあるまいし、莫迦ですか」
ロイの方を見ようともしないリザの照れ隠しを受け、彼は低く笑った。
手のかかる、でもだからこそ愛おしい女に振り回される方が、オペラよりも余程スリリングで退屈しない。
莫迦で結構、私は嫉妬に狂う莫迦な1人の男だ。まったく、みなまで言わすな」
オールバックの前髪をぐしゃりと崩したロイは正装の威厳をかなぐり捨て、ただの男の顔を晒すと、リザを抱く手に力を込め、仄かに朱の色を帯びたその首筋にしっかりと己の刻印を施した。
 
Fin.
 
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【後書きの様なもの】
帝王祭りの際はサクラ様にお願いして、ホールでのタイトル表記は「Bullet Opera【おまけ】」にしていただき、本当のタイトルはSSページにのみ出るようにしていただいたのですが、気付いて下さった方いらっしゃいますでしょうか?韻を踏むのとか大好きなんですよね〜。
ロイが帝王の顔を脱ぎ捨て、一人の男の顔を晒すラストが自分ではとても気に入っています。