Silver 2

マスタングは頭上に瞬き始めた一番星の輝きを仰ぎながら、師匠の家に向かって走っていた。
あっという間に落ちてしまう夕陽は、冬が近いことを告げている。
頬を切るような冷たい空気に、マスタングは走りながらふるりと身震いした。
 
暮れていく陽は、マスタングを焦らせる。
いつもなら昼過ぎには師匠の家に着いていると言うのに、今日は師匠のお使いで街に行った所為ですっかり遅くなってしまった。
今日はたっぷり時間があるのだから、余計に一分一秒でも長く錬金術の勉強がしたかったというのに。
師匠に頼まれた重たい本の入った紙袋を抱え直し、錬金術のことで頭をいっぱいにしたマスタングは、ノックもそこそこに師匠の家の扉を勢いよく開けた。
 
「失礼します!」
中に駆け込もうとした瞬間、マスタングはギクリと足を止める。
暗い師匠の家の玄関先に団子のように膝を抱えてうずくまる小さな姿が、開け放った扉から入るわずかに残った夕焼けの薄い光に浮かび上がったからだ。
 
「リザ!?」
びっくりしたマスタングの大きな声にピクリと小さな肩が揺れ、黄色い頭がゆっくり顔を上げる。
鼻の頭を真っ赤にしたリザはマスタングの姿を認めると、ぴゃっと飛び上がるように立ち上がり、いつにも増してこわばった顔でマスタングを見ている。
「こんなところで何してるんだ!?」
そう問いかけるマスタングの言葉に、リザは震える声で言った。
「こにゃあちわ、マズダンダだん」
そう言ったリザは自分の言葉にびっくりした顔をして、カチカチと歯を鳴らした。
寒さでいつにも増して、うまく口が動かないのだろう。
 
「寒いの、リザ?」
リザは少しためらってから、小さくコクコクと頷いた。
マスタングは師匠の本を急いで、でも大切に下に置くと、ぱっとリザの手を取った。
小さな手は彼女の鼻と同じように真っ赤になっていて、氷のように冷たかった。
ロイはその手を自分の両手で包み込み、はーっと温かい息を吹きかけこすってやる。
白くなった息は、夕陽の残光にキラキラと銀色に輝いて、リザは眩しそうに目を細めた。
 
家の中にいて、これだけ冷えていると言う事は。
ほんの少し温かさを取り戻して来た小さな手を握りしめ、マスタングはリザの前にしゃがみ込んで目線の高さを合わせて彼女に聞く。
「ずっと玄関にいたのか」
リザはマスタングの強い口調に怯えたように、おずおずと頷いた。
マスタングは、ぎゅっとリザの手を握りしめて、思わず大きな声で叱りつけた。
 
「バカっ!」
こんな寒い玄関にずっといたら、風邪をひいてしまう。
全く、何を考えているんだこの子は!
マスタングの大きな声に怯えて、リザは逃げ出そうとした。
けれど、マスタングはぎゅっとその手を握りしめ、しっかり彼女を捉まえる。
リザは少しの間ジタバタしていたものの、ひゅっと大人しくなった。
そうして、ぐいっと口をへの字に引き結んで、零れそうに見開いた瞳でマスタングを見つめる。
 
今にも泣き出しそうな表情に、マスタングは急いでなるべく優しく言葉を足した。
「こんなに冷えてしまって、風邪でも引いたらどうするんだ」
リザは怒られているのではないと言う事が分かったようで、ちょっと唇を弛ませて答えた。
「へーき」
「平気じゃないだろう! こんな冷たい手をしてるじゃないか」
「でも、へーき」
頑なリザの言葉にマスタングは次の言葉に困って、リザの顔をじっと見る。
 
リザは一生懸命言葉を探すように俯いて、ちょっと上目遣いにマスタングの方を伺っていたかと思うと、小さな声でぽちょりと言った。
 
「マスダンダさんが来てくれたから、もうへーき」
 
そしてふいっと顔を上げると、リザはぱっと明るい笑顔を見せた。
真っ赤なお鼻と真っ赤なほっぺがリザの色の白い顔を彩り、金の髪が夕闇の名残の青白い銀の光に輝いていた。
いつも強ばった表情と泣いている所しか見たことがないマスタングは、一瞬ぼうっとその笑顔に見とれてしまう。
なんだ、こんな可愛い顔も出来るんじゃないか。
それに、今の言葉から察するにリザは僕の事を嫌っている訳ではなさそうだ。
 
マスタングはちょっと嬉しくなって、リザの手を握っていた手を離すと、彼女の冷たいほっぺたに両の手を添えた。
笑顔を引っ込めてびっくりした顔になるリザに、マスタングは優しく言った。
「あのね、僕の名前はマスタングって言うんだよ。覚えてくれると嬉しいな」
リザはまたちょっと考える素振りを見せ、口の中でブツブツと何か唱えてから、そっとマスタングを見て言った。
「……マスタングしゃん」
 
やっぱり少し噛んでしまって、口をへの字にしかけたリザにマスタングはニッコリ笑ってみせる。
「うん、それで良いと思うよ」
リザはマスタングの手で挟まれたほっぺたを、寒さとは違う朱の色に染めてまた笑った。
マスタングしゃん、こんにちは」
つられてマスタングも、リザに笑いかけた。
「こんにちは、リザ。寒いから中に入ろうか」
「うん!」
 
マスタングは少女のほっぺたから手を離すと、下においた師匠の本を丁寧に拾い上げた。
重すぎる本を無理矢理片手で抱え持ち、マスタングはリザにもう片方の手を差し出した。
「おいで、リザ」
「うん!」
 
まったく、側に付いてあげなくちゃ何をしでかすか分からないな。
僕がちゃんと見ててあげなくちゃ。
そう思いながら、マスタングはリザと一緒に歩き出す。
 
幸せな行進は三十歩、何も話さなくても、背中を見なくても。
そう、二人で笑えばそれでいい。
 
 
Fin.
 
 **************
【後書きのようなもの】
チビシリーズは、これでひとまず終了です。次は殺伐かな。
 
三連休は、友人と飲みに行っただけで何処にも出かけず。
おかげでSS一本書いてしまいましたよ、う〜ん、いかんです。
 
チビリザは、お父さんとマスタングの間のやり取りなんて知らないから、マスタングがいつもの時間に来ると思ってずっと玄関で待ってるんですよ。で、待てど暮らせどマスタング来ないから、やっぱり自分は嫌われちゃったんだろうかとか、なんで「マスダンダさん」ってちゃんと言えないんだろうかとか、色々ちっさい頭で考えて落ち込んで、饅頭のようにうずくまっちゃうのです。(萌)
あと、リザが笑ったのは、きっと「マスダンダさん」ってちゃんと言えて嬉しかったからですよ!(笑)
 
(11/4:本文に一部加筆)
 
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