if【case 01】

if【case 01】:もしも、鋼の世界に『ツンデレ』という言葉があったならば
 
     *
 
「お前、ツンデレってどうよ」
「どうよって言われてもなぁ」
「【ツンデレ】普段は好きな人の前では素直になれずツンツンしている女性が時折見せるデレデレした様子の落差に魅力を感じる、いわゆる萌え用語の一つですな」
「解説はいい、ファルマン」
「僕はちょっと……」
「だろうなぁ」
「俺、結構好きかもしんねぇ」
「やっぱりな、お前ドMだし」
「ちげーよっ」
 
ある日の東方司令部の平和な昼下がり。
かましく、男達はくだらない話に興じている。
何かと忙しいチーム・マスタングの4人が、こんな時間に全員揃って油を売っているのは非常に珍しい光景だった。
まぁそれだけ今日の東部が平和であるという事なのだから、悪くはない話だ。
おまけに煩い上官は午後は丸々軍議で会議室に缶詰とくれば、彼らの口が滑らかになるのも無理からぬというもの。
勢いづいた彼らの話題は、思わぬ方向へ流れていく。
 
「身近にそういう女性はいらっしゃらないように思いますが」
フュリーの言葉に、ハボックがポロリと返す。
「意外に、中尉みたいなタイプがツンデレだったりして」
「は?」
「え?」
「……」
一瞬の静寂の後、彼らは何となく後ろめたいものを感じながら、口を開く。
 
「……お前、怖いこと言うなぁ」
「想像出来ないですね」
「中尉に失礼ですよ」
口々に言う面々の中、自他共に認めるボイン好きのハボックはぼそりと言った。
「でもまぁ、あれだけ美人でスタイルも良いのに無口で生真面目な中尉がだぞ?もし、もしも、そうだったら……」
「……」
各人の想像の翼は、思い思いに羽ばたき始めたらしい。
 
微妙に緩んだ表情のハボックは、くわえた煙草をくゆらせながら言う。
「『誰も貴方の為に撃ったんじゃないんだから』とか言って……」
「なんで銃ぶっ放してデレるんだよ!」
レダのツッコミに、ハボック以外の二人が笑う。
まぁ、確かに中尉と言えば銃なのは、東方司令部では常識だ。
 
「じゃ、『誰も貴方の為にやってあげたんじゃないんだから』と頬を染めて、書類の山を一気に決済してくれる中尉ってどーよ」
ハボックの貧困な発想に、三人三様のダメ出しが入る。
「ハボー、なんで仕事から離れられねーんだよ、お前は!」
「案外想像力に乏しいですね? 少尉」
「全然萌えじゃないです、っていうより司令部でデレてちゃツンデレじゃないと思います」
最後のフュリーのもっともな台詞に、ファルマンがぼそりと付け足した。
「大体がですよ? 実際に中尉に満面の笑みで書類を決済していただいたら、どう思います?」
レダは東方名物・不味い珈琲を飲み干して、眉をひそめて返す。
「確実に、倍以上の量の書類の出現を想像するな」
 
至極もっともな皆の意見にギシリと椅子を軋ませ伸びをしたハボックは、ダメかと頭を掻いて根元近くまで吸った煙草をもみ消した。
ツンデレって難しいな」
「お前が一人で難しくしてんだよ」
そう言って笑うブレダは新しい珈琲を汲みに席を立つ。
「大体が、猫も杓子もツンデレツンデレ言うけどよ、ギャップが魅力的だなんてのは男でも女でも昔からある話なんだよ」
「典型的な所では『昼は淑女、夜は娼婦』と言うやつですね」
「そう、それだ」
レダは行儀悪く立ったままマグカップに口をつけ、ファルマンの言葉に指を立て頷いた。
「眼鏡をとったら実は美人、プレイボーイが見せるウブな一面、そういうのと大差ねぇんだよ」
一息に言うブレダに、感心したようにハボックが言う。
「お前、そんだけよく分かってるのに、何でモテねぇんだろうな?」
「うるさいわ!」
漫才の様な二人のやり取りに、フュリーがポソリと口を挟む。
 
「そもそもツンデレなんて言葉、どこから入ってきたんでしょうね?」
フュリーの素朴な疑問に、ファルマンが噂ですがと断って答える。
「セントラルの電気街で発生したという説が今の所、有力なようです」
「そういやこないだ、鋼の大将が『アルはツンデレだ!』とか喚いてたぞ」
「奴さん、完全に使い方間違ってるよな」
ゲラゲラと笑ってハボックは、自分も珈琲を汲もうと立ち上がった。
二杯めの珈琲を一息に飲み干したブレダは、三杯めを持って自分の席へと戻って行く。
 
「さぁて、仕事すっか」
大きな腹を揺すってブレダは手元の書類を取り上げた。
それを合図に、男たちはそれぞれの仕事へと戻って行く。
賑やかだった司令部の一角は、たちまち静けさに包まれていった。
 
     *
 
「で、君は彼らの言う通り、ツンデレなのかね?」
 
明らかに面白がっているロイの言葉に、リザは苦笑してティーポットに熱い湯を注いでいる。
肯定とも否定とも言えぬその表情に、ロイはつられて唇を弛ませた。
 
ここはロイの執務室。
本来ならこの部屋の主であるロイは、今頃は会議室で缶詰になっている筈だった。 
が、午後の会議が将軍の都合でキャンセルになってしまい、彼は溜まった書類の処理をする為に優秀なる副官殿に会議室ならぬ執務室に缶詰めにされていたのだ。
勿論、隣室の4人の男達の話は丸聞こえ。
笑いを噛み殺すのに苦労するロイはどうにも仕事が進まなくなってしまい、困った顔で彼らの言葉に耳を傾けるリザにしばしのティータイムを要求したのだった。
 
先程の自分の言葉に、特に返事を期待した訳ではないロイは話題を変えた。
「しかし、ブレダの正論は相変わらず健在だな」
「はい、作戦時も彼の意見は非常に参考になります。時に軍人は己が才を誇って奇策に走りがちですが、彼にはそれがありません」
「うむ、そうだな」
目の前に差し出された深い琥珀の水色をたたえたカップを手にとり、ロイは頷いた。
 
休憩時間を延長するべく、ゆっくりゆっくりロイは美味い紅茶を楽しむ。
甘やかなマスカテル・フレーバーとキレの良い味わいは、執務室でのみ楽しめるロイの特権だが、如何せんこれを楽しむ為には苦手なデスクワークと言うおまけがついてくる。
どちらを取るか悩ましいと思ってしまうのは、我が副官殿の飴と鞭に上手くのせられている証拠だろうとロイは考える。
そうして、優秀なことは有り難いが時に癪に障るものだと自分の普段の行いを棚に上げ、缶詰にされたお返しに彼は少々リザをからかうことにした。
 
「で、さっきの彼らの君への評価だが」
ニヤニヤするロイの言葉は、リザには予測済みだったようでスラリと返事が返ってくる。
「きちんと銃の腕と真面目な仕事ぶりの評価をしてもらったのではないでしょうか?」
あそこで妙な想像をしなかった所が、ヤツら、特にハボックの命を救ったな。
ロイは言葉に出さずそう思い、手振りで紅茶のお代わりを要求しながら続ける。
「ファルマンとブレダの観察眼もなかなかのものだ」
「そうですね、流石に大佐が見込まれただけのことはあるかと」
しらっとロイの言葉を躱すリザは、無駄話を続ける上官に少しの非難を込めた眼差しを送りながらも、仕方なさそうに2杯めの紅茶の為にポットに湯を注ぐ。
あまりに軽く流されてしまったロイは、勝手に白けて口をつぐむ。
 
さっきから無表情を保っているリザは、ツンデレだとかいう以前に単に感情表現が苦手なだけなのだろう。
子供の頃からあまり話さない娘だったからな。
ロイは思考を彷徨わせながら、ぼんやり紅茶をいれるリザの手元を見ていた。
そう言えば、昔から紅茶をいれるのも上手かったっけ。
不味い茶葉でもそれなりに飲めるようにいれてしまうのだから、これもある種の能力なのか。
 
取り留めない考えを中断するように、熱い紅茶がロイの目の前に差し出される。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ゆっくりと紅茶を楽しむロイを見守り、彼がカップを置くタイミングを見計らって、不意にリザが口を開いた。
「ところで、大佐」
「ん?」
「さっきのお話ですが」
「何だ?」
カップを置いたロイに向かって、リザは淡い微笑を浮かべてみせる。
 
「実は私、ツンデレなんです」
 
「……は?」
突然のリザの告白に、ロイは頭が真っ白になる。
何だ、これは何の冗談だ!?
呆然とするロイに向かって、リザは今度はにっこりと更に艶やかな笑顔を向ける。
 
「ちなみに今の私はデレですので、そろそろ休憩と言う名のサボリを切り上げられた方が良いかと思われますが」
 
そう言ったリザの手にはいつの間に取り出されたのか、小型のリボルバーがしっかりと握られていた。
悪戯っぽい笑いを唇の端に浮かべるリザを見て、呆気にとられていたロイは思わず溜め息混じりの苦笑を漏らす。
ああ、くそ、またこの副官に一本取られてしまった。
自分の悪ふざけを逆手に取られて、仕事に追いやられるなんて!
 
「ツンになると、その銃が火を噴く訳か」
「さぁ、それは大佐が一番良くご存知かと」
「君、さっきのファルマンのツンデレの定義を聞いていなかったのかね?」
「ブレダ少尉の言葉の『ギャップが魅力』に置き換えれば、普段は厳しく時々優しく、でもよろしいのではありませんか?」
 
すましたリザの返事に、ロイは諦め顔でのろのろとペンに手を伸ばす。
「嗚呼、クソ! 面白くないぞ!」
冗談めかして言った言葉は、更に極上の笑顔に跳ね返される。
「あら、では言って差し上げましょうか?なんでしたっけ、頬を染めるのは無理ですけれど」
「……」
「『誰も大佐の為に銃を用意していた訳じゃないんですからね!』」
「棒読みは止せ」
 
すっかりしてやられたロイを見て微笑をおさめたリザは、脇のホルスターに銃をしまうと、そっとティーカップを片付けて書類を広げた。
「私はこちらを片付けて参りますので、決しておサボりになりませんように」
念押しまでされて、ロイは半ばヤケになって書類を片付け始める。
虚しく目の前に置かれた紙の束にサインを書きなぐりながら、ロイはティーセットを持って立ち去る華奢な後ろ姿に視線を送り、ムダな誓いをたてる。
いつか、いつかきっと本当にデレさせてやる! このロイ・マスタングの名に賭けて!
いつか、退官するまでには、きっと! 多分! おそらく!
 
何とも情けない弱気な誓いに、我ながら可笑しくなりロイが苦笑した、その時。
扉を閉める直前にちらと振りむき、ロイの姿を確認するリザと目があった。
まさかロイがこちらを見ていると思わなかったのだろう。
不意にあった目と目に、リザがほんの少し頬を染めたのをロイは見逃さなかった。
あっと思う間もなくパタリと急いで閉じられた扉を見ながら、瞬きする間に叶えられてしまった誓いにロイは拍子抜けしてしまう。
そして、妙に熱くなる頬をガシガシと擦り、彼はペンを放り出して訳もなく前髪をかき上げたのだった。
 
 
 
Fin.

******************
【後書きの様なもの】
久々、上司部下……のはずが、何?この恥ずかしい大人たちは。
 
だんだんタイトルに困り始めました。(苦笑)
自分で自分に縛りをかけすぎるのは良くないですね。
取りあえず、新シリーズ『if』。要は『もしも〜だったら』という仮定で作るSSということで。
直ぐ力つきるやも知れませんが。(汗)
 
お気に召しましたなら、お願い致します。

Web拍手