watch over

watch over: 〜の世話をする、見守る
 
     *
 
「ただいま」
 
そう言ってドアを開ければ、部屋は暗い。
先に帰した筈なのに。
そう思ってロイはパチリと電気をつけた。
玄関には、余程急いでいたのだろう、買い物の袋が転がっている。
彼女のシャンプー、ロイの剃刀、……電球?
ああ、そう言えばベッドルームのサイドテーブルの電球が切れていたんだった。
ロイは小さな茶色い紙袋を抱えて、ダイニングキッチンの扉を開ける。
 
ダイニングの机の上に紙袋を置いて、ロイはコートを脱いだ。
同じくここでコートを脱いだであろう彼女は、珍しく椅子の背にコートを掛けっぱなしだ。
ロイはそっとそれを手に取った。
軍の支給品だから、全く同じ生地で同じ形の揃いのコートなのは当たり前なのだが、プライベートの場で見ていると何となく嬉しい。
ロイは2つのコートを手に、キッチンに足を踏み入れる。
 
キッチンには小さな火で鍋がコンロにかかっていた。
ゆっくりとコトコト湯気を上げているのは、冬の寒い日には似合いのスープ。
塩漬けの豚肉を出汁に、ごろごろ煮込んだ根菜のリザの得意料理。
そう言えば、冷蔵庫に数日前から塊の肉が仕込んであったっけ。
記憶を呼び起こしながら、ロイは辺りを見回した。
シンクにはちぎったレタスとトマトが水に浮き、バゲットとパンナイフが仲良くカットボードの上に載っている。
サラダとパンに、メインはスープか。
美味そうな匂いに背を向け、コートを手にしたロイはリビングへと向かう。
 
リビングのハンガーに二つの大きさの違うコートを並べてかけたロイは、足下に絡み付く子犬にただいまの挨拶の代わりに頭を撫でてやる。
部屋の片隅には、ハヤテ号の餌と新しい水がなみなみと注がれたボウルが並んでいる。
キュウキュウ喜ぶ子犬に向かって、そっとロイは尋ねる。
「お前のご主人はどこだ? ハヤテ号」
ブラックハヤテ号は、尻尾を振ってとことこと歩き出す。
子犬の足の向かう先、そこは二人のベッドルームだった。
 
「リザ?」
カーテンも引かぬベッドルームは、月明かりに薄ぼんやりと照らされて、白いシーツに青い影を落とす。
返事のない部屋にロイは静かに入り込み、闇に目を凝らした。
ゆっくりと暗闇に慣れてくる瞳に映ったのは。
軍服の上衣を脱いだ状態で、力尽きたようにベッドの隅で眠りこけるリザの姿だった。
 
いつも通りの黒のタートルに下は軍服のまま、外した髪留めは右手に握りしめている。
ベッドサイドには脱ぎ捨てた上衣が丁寧にたたまれ、着替えるために出したのであろう部屋着がその上に置いてあった。
「リザ?」
再度呼びかけても返ってくるのは、規則正しい寝息だけ。
ロイは苦笑して、眠る彼女の傍に腰を下ろす。
 
普段なら私の気配だけで飛び起きるだろうに。
私の家でこれだけ寛いでくれるなら、私も本望だ。
ロイは一人柔らかな笑みを浮かべ、自分の上衣を脱いでリザの上にそっと掛ける。
願わくば、ここまで完璧主義に家事までやらずにのんびりしてくれれば……と言っても、まぁ、聞かないだろうが。
ロイはゆっくりと大事なものに触れるように、彼女の髪に手を伸ばす。
 
さて、起きるまで寝かしておくか、風邪を引く前に起こそうか、どうしたものだろう。
その穏やかな寝顔を見守りつつ、ロイはゆっくりとリザの髪を撫で続けた。
 
 
Fin.

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【後書きの様なもの】
疲れて無性に優しい話が書きたくなりました。
校正無しの一発書きなので、粗は見逃して下さい。
 
お気に召しましたなら、お願いします。

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