14.発熱

触れた指先の焔に私は焼き尽くされる 胸の奥底まで
 
    *
 
指が、絡んだ。
 
どちらから求めたのか、そんな事はどうでも良かった。
が、互いの指先が触れ合った時、一瞬ビクリとした相手が、控え目にその温もりを伝えてきた。
 
指の腹で爪の生え際をそろりと撫でてやると、相手も同じように返してきた。
指を伸ばし、爪の先でそろりと指先から手の甲までを掻き上げる。
ふるると彼女の皮膚が波立ち、お返しのように全く同じ行為を彼女の指先が模倣する。
触れるか触れないかの際どさで手甲を通過する指先に、首筋の毛が総毛立つような感覚を与えられ、ロイは思わずレジュメを繰る手を止めて目を閉じた。
 
軍人たちが忙しく行き来する、昼下がりの東方司令部の資料室。
机の下でそのような密かな劣情を込めた指先が泳いでいるとは、誰も思いもするまい。
久しぶりの逢瀬だった。
そう、例えこんな人の沢山いる、色気のない場所であろうとも。
 
そろり。
また指が、輪郭をなぞる。
ザワザワと肌が、そして心が波立った。
 
    *
 
それは、どうにも奇妙な状況だった。
毎日リザと軍司令部では顔を合わせるのに、プライベートで会うことはおろか、職場で二人きりになる時間すらない状態が続いていた。
忙しいのは確かだが、こんなことは今までなかった。
まるで、おあずけを食らっている様だ、とロイは思っていた。
いっそ全く会えないなら、諦めもつくと言うもの。しかし、愛しい相手は頻繁に目の端を横切るのだ。
人前では上司と部下の顔を貫く二人にとって、この奇妙な状況は生殺し以外の何ものでもなかった。
 
今も将軍に連れ回され、漸く司令部に戻ったロイは、休む間もなく大量の軍議のレジュメのまとめ読みに没頭していた。
いくら資料がまとめられていても、取り敢えず全てに目を通しておかないと会議の流れについていけない。
そんな間抜けな自分を晒すのは、ロイの自尊心が許さなかった。
後30分、死ぬ気で読めば終わる。
そう思いながら、チラとリザのことが心をよぎる。
 
今頃、彼女は練兵場で北方司令部との合同演習の打ち合わせでもしているのだろう。
この状況だって元はと言えば、リザの有能さを気に入って、彼女を手放さないあちらの大将・アームストロング少将のせいなのだ。
全く名門のサラブレッドは!他人の副官を勝手に連れまわしやがって!
だんだん腹が立ってきて、ロイは乱暴にレジュメを繰り続ける。
 
その時だった。
不意にロイの隣に、見慣れた人影が現れた。
「こちら、失礼いたします」
そう言って久しぶりにロイの前に姿を現した副官は、一礼して彼の隣りに座るなり、抱えて来た大量の紙の束を猛烈な勢いで調べ始めた。
チラリと彼女の手元に目をやれば、どうやら昨年以前の演習の記録らしい。
何か過去の事例を調べなければならない事態でも起こったのだろう。あの必死な様子を見るに、リザの方も相当余裕がないようだ。
それでも、わざわざ重い書類の束を抱えて、資料庫から一番遠い場所にいた上官の傍まで来てくれたリザを、ロイは非常に愛おしく思う。
しかし、だ。
取り敢えず今は二人とも、全力で紙の束を相手にしなければならない。。。。はずだった。
はずだったのに。
 
いったい、どうしたことだろう。
不意に触れた指先に、無防備な心が決壊したかのようだった。
お互いに目は書類に向いているものの、机の下では控えめな指たちが本人たちの想いを濃密に代弁していた。
指先には、最も密に人間の神経が集中しているという。
絡みあう指は互いを離そうとはせず、伝えあう温もりに交じりあえぬ日々の飢えを満たす。
相手の全てを感じ取ろうと、貪欲に更に貪欲に。
既に2人の目は書類を見ていながらも、全くその内容は頭に入っていなかった。
 
指の輪郭をゆるりと辿ると、引き金の当たる位置の皮膚が硬くなっている。
ペンだこならぬ銃だこか。
彼女らしいなと自然に笑みが零れ、くるくると厚くなった皮膚を擦る。
抵抗するかのように、手が引かれた。
追いかけて捕まえて、今度は掌(てのひら)の柔らかな皮膚を舐めるように優しく撫でれば、遂にリザが堪え切れぬ風情で小さく熱い吐息をそっと漏らした。
 
掌をくすぐるように2本の指を転がし、滑らかな手の甲を辿ると、軍服の硬い袖口が小さな柵のようにその行く手を阻む。
ロイは構わず指を潜り込ませ、細い手首の付け根から腕をなぞる。
彼女の産毛がざわりと蠢き、リザがびくりと身じろぎした。
 
「大佐」
 
声が濡れていた。
ロイも熱くなる身体を持て余し、顔を上げリザを見る。
仄かに上気したリザの顔は、既に副官のそれでは無く女のそれになっていた。
ほんの数分の指先の逢瀬が、2人に火をつけてしまったらしい。
もう、限界だ。
 
袖口から侵入させた手で、ぐっとリザの手首を掴むとロイは彼女を引き寄せ耳元で囁いた。
「今夜、必ず行く。絶対に残業は許さん、家にいろ」
我ながら理不尽だとは思うが、既にロイの理性は崩壊寸前だった。
こくりと頷くリザの切ない瞳の色を振り切るように、ロイは席を立つ。
 
振り返りもせず、ロイは資料室を出た。
会議までにレジュメを読み切ることは、とうに諦めている。
まだ、多少の時間はあると判断したロイは、トイレへと駆け込んだ。
 
 
 
Fin.

  ********************************
【後書きの様なもの】 
行為はおろかキスさえも無い、エロス。
ちょっと最後お下品ですみません。
手って、エロいよね!
 
ストイックなのばかり書いてると、エロに走りたくなりますわ。
気付けば1周年、お付き合いいただきありがとうございます。
今後ともお付き合いいただければ、幸いです。