それが、彼の方式

「というわけで、奴が最後に目撃されたのは、バスターミナルの煙草屋で間違いないようです。店番の婆さんに写真で確認とってきました。今後は、あの近辺での聞き込みを継続するのと同時進行で、管轄の不動産屋の闇物件リストをあたる予定です」
レダは手の中の手帳をパタリと閉じ、ロイを見ながら報告を締めくくった。
ロイは少し考える素振りを見せると、ぎしりと椅子に深く腰掛け直し、「ご苦労だった」と聞き込みに一定の成果を上げて帰ってきた部下を労った。
レダはロイの言葉に敬礼で応え、踵を返そうとしたが、ふと何事かを思い出したように、虚空に視線を泳がせた。
そして、ベストの胸ポケットからおもむろに白い角封筒を取り出すと、ロイのデスクの上にすっと差し出した。
「?」
怪訝な表情をしてみせるロイに、ブレダ仏頂面のまま仕事の報告と同じ口調で、上官の無言の疑問に答えて寄越す。
「五丁目の花屋のマーガレット嬢から、大佐にと預かってきました」
「五丁目の花屋……」
「あの事件の時、類焼防ぐのに公園焼いて防火帯作ったでしょう、あの公園の向かいの」
「ああ! あの花屋か」
優秀な部下の記憶力に助けられ、ロイは差出人の正体に思い至ったらしい。
「パニックを起こしてうるさかったあの娘だな」
「だからっつって、あんなことすりゃあ誤解の一つや二つ、おまけについてくるのは当然だと思いますがね」
レダは肩を竦めると、確かに渡しましたからねとロイに念を押すと、今度こそ彼に背を向けて執務室を出ていった。
ロイは机の上に残された白い封筒の表に達筆な文字で書かれた己の名を、しばらく眺めていたが、やがて封筒に手を伸ばした。
そして、手近なペーパーナイフで封を切ると、面白くもなさそうな表情でざっと中身に目を通し、フンと鼻を鳴らすと視線を目の前の書類に戻し、再びペンを走らせ始めたのだった。
 
しばらくの後。
コツコツと軽いノックの音が響き、再び執務室の扉が開いた。
「失礼いたします」
律儀な挨拶とともに部屋に入ってきたリザは、両手いっぱいに抱えた重そうな文書の束をドンと執務机の上に置いた。
「ご苦労だった」
ロイは己の副官を労いながらも、忙しく視線をファイルの見出しへと走らせる。
「現在手に入るクルツリンガー事件の調書は、全てここにあります。後は軍法会議所に保管されている、閲覧申請の必要な機密文書が四通ありますが、いかがなさいますか?」
「いや、とりあえずは、これで十分だ」
ロイはそう言うと立ち上がり、彼女が持ってきた文書の山から数冊のファイルを引き抜くと、パラパラとページを繰り始める。
確固たる目的を持った上官の眼差しに、リザは緊張感に満ちた副官の一歩引いた態度で待機する。
ロイはそんな彼女に頓着せず、目当ての記事を見つけだしては机の上にバサバサとファイルを広げていく。
 
「今回の事件と二年前のクルツリンガー事件との間に、何らかの関連が?」
リザの問いかけにロイは視線をちらりとあげると、万年筆の後ろでトンとファイルの一頁を叩いて、それを机の上に広げた。
そして、机にもたれ掛かるように足を組み替えると、また次のファイルへと手を伸ばす。
「偶然かとは思うのだが、昨日ファルマンが言っていたことがどうにも気にかかってね」
机の上に蝶が羽を広げるようにランダムに広げられたファイルに視線を泳がせ、ロイは手にファイルを持ったまま、今度は真っ直ぐにリザの方を見た。
「どんな内容でしょう?」
「犯人たちは他にもっと逃走に適したルートがあったというのに、何故最も人通りの多い西区八丁目の大通りを選んだのか? あのラジオ局に火を放ったのは何故か? この二点を考えた時に、ファルマンがクルツリンガー事件との類似点を思い出してくれてね」
ロイは手の中のファイルに視線を落として、ばらばらと頁をめくる。
リザは机の上のファイルに視線を走らせている。
ロイの意図を汲み取ろうと、資料を探すついでにざっと目を通した事件の内容を反芻しているらしい。
 
ロイはそんな彼女に問いかける。
「人通りの多い道を逃走に選ぶメリットは?」
「人質を確保しやすいこと、追跡者が発砲できないこと、人混みに紛れて散会しやすいこと、でしょうか?」
「しかし、奴らはそのメリットを利用しなかった。では、ラジオ局を襲撃するメリットは?」
言論統制に対する批判の意思表明が出来ること、火事による混乱による逃亡、公共施設の破壊によるプロパガンダ……ああ、これは一つ目と同じですね。破壊を防げなかった軍部に民衆の批判の目を向けさせる、辺りでしょうか?」
「奴らは政治的主張を持っていない、まぁ、確かに逃亡には成功したが動機が弱い。ローカルのラジオ局を一局失ったところで、民衆の不満はそれほど高まるまい」
リザの模範的な回答を一つずつ論破し、ロイは手に持った最後のファイルをポンと机の上に投げた。
「君、今回の調書は全て読んだか?」
「はい、一通りは」
「ならば、これを見て君はどう思うね」
思わせぶりなロイの科白に、リザは机の上いっぱいに広げられたファイルに視線を移す。
時にロイはこんな風に、彼女に直接己の考えを話さず、彼女自身にそれを推理させることがある。
それは他者の視線により己の推論の穴を伺う行為であり、またロイが副官に仕掛ける思考のゲームでもあった。
リザは言われるままにロイが選び出した文書を、手前から読み始めた。
 
特筆すべき事はない、二年前に起きた単純なテロ事件の調書。
イーストシティを騒がせた犯人・クルツリンガーは、未だ逮捕されていない。
ロイの選び出した書類は、全てクルツリンガーのイーストシティにおける行動に関する部分ばかりだった。
文書を読む彼女の視界の端を、女文字で上官の名が書かれた住所のない封筒の存在が掠める。
ファイルの山は机いっぱいに広げられているというのに、今回の事件の調書の事件現場の地図とラジオ局の火事のファイルの間、封の空いた手紙の置いてある場所だけが空白地帯になっている。
リザはとりあえず封筒の存在を脇に置き、今回の事件の概要を思い出しながら、注意深く開かれた頁を読んでいく。
これだけランダムにファイルが置かれているという事は、順番は関係ないと言うことだろう。
リザはそう考えながら、思考を事件の内容へと引き戻す。
銀行強盗、西区八丁目の銃撃戦、ラジオ局への放火、大胆なトラックステーションの占拠、そのどれもが今回の事件と同じ経路を辿っている、否、こちらの方が過去に起こった事件なのだから、『辿っていた』と言うべきだろう。
何故?
同一犯が全く同じ行動をとる? 有り得ない。
ならば。
 
コピーキャット……クルツリンガーを引きずり出す為の、あるいは何らかの接触の為の暗号……」
独り言のようなリザの解答に、ロイは満足げに頷いた。
「君もそう思うか」
「この経緯を見る限りでは」
「ならば、今回の事件の犯人が次にとる筈の行動は?」
リザは一番近くに置かれた文書の内容に視線を落としながら、上官の質問に答える。
「事件から三日後のリゼンプール行き始発馬車ジャック!」
パズルを完成させるようにぴたりとはまるピースに、リザは思わずいつもより大きな声を出してしまう。
そんなリザに、ロイは優秀な生徒を愛でる教師のような風情で答えた。
「そうだ。今、ブレダにあの辺一帯の聞き込み調査をさせているが、既に犯人と思われる男の目撃証言は取れている。馬車定期便会社の方には、現在囮捜査への協力を要請している所だ」
リザはファルマンの記憶力に感嘆するとともに、その能力をフルに活用する己の上官の見識にも脱帽する。
リザは思わず自身の上官を凝視した。
と、ロイは不意に真面目な表情を崩し、ニヤリと笑って彼女に言った。
 
「で、もう一つ。君に協力してもらいたい事があるのだがね」
「何でしょうか?」
「この机の上を見て、何か感じないかね?」
リザは再びロイの執務机の上にざっと視線を滑らせる。
先ほど気にかかったロイ宛の手紙の上で、彼女の視線は止まった。
暫くそれを凝視していたリザは顔を上げて、不敵な表情の上官を真っ正面から見つめ溜め息をついた。
「私に防火帯になれと?」
仏頂面のリザの答えに、ロイは嬉しそうにクツクツと笑った。
「聡明な副官を持てて、私は幸せ者だな」
男の長いしなやかな指が、ファイルの間に沈んでいた封筒をつまみ上げゴミ箱へと投げ入れる。
「誤解は早めに解いておかないと、互いが不幸になるからな」
リザは男の言葉に、再び溜め息をついた。
 
今回の事件の調書とラジオ局の火事のファイルの間に、女からの手紙が置かれていたということ。
それは即ち、暗喩であった。
今回の事件でのラジオ局の火事を鎮火する為に、ロイは焔の錬金術を用いて防火帯を作った。
その際、ラジオ局の火事に巻き込まれかけた女性を身を挺して救助している。
わざとらしく置かれた手紙は、おそらくその女性からのラブレターであろう。
そのラブレターを調書の防火帯の描き込まれた地図の横に置いているのだから、要は類焼を防ぎたいというロイの意思表示だ。
女からの求愛を防ぐには、焔を持って炎を制した彼のやり方に習うなら、女をもって女を制するということだろう。
ならば、リザはロイの恋人のふりをして、この手紙の主に求愛の無意味さを知らせてやる役割を求められている事になる。
 
何と回りくどくて、気障で、そしてリザへの信頼を示した憎いやり方である事か!
リザが必ずこの暗号のような謎解きを理解することを前提に、彼は二重の問題を彼女に提示したのだから。
まったく、この男には敵わない。
リザは諦めをもって、男に尋ねる。
「いつ、でしょうか?」
「この事件が解決したら」
「業務の一環でしょうか?」
「まさか! この手紙の主のいる花屋で君に花束をプレゼントして、それから食事にでも行こうじゃないか。少なくとも我々のプライベートタイムは、この事件のおかげで滅茶苦茶になっているのだからね。久々のデートを楽しんでも、罰は当たるまい」
確かにロイの推理が確かなら、この事件は明後日には解決する事になる。
事件の早期解決のご褒美に、そのくらいは許しても良いだろう。
というよりも、ロイはリザがそう言う結論に達さざるを得ないように仕掛けたのであろう。
 
ああ、まったくもって敵わない!
リザは白旗を掲げ全面降伏の体で、小憎らしい上官の提案に了承の意を示したのだった。
 
Fin.
 
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【後書きのようなもの】
 大変お待たせいたしました。
 Azsa様からのリクエストで「軍部敷地内で謎かけ的なデートのお誘い」でした。謎掛けになってますよね? 大丈夫ですよね? ご期待に添えていましたら、良いのですが……あ〜、難しかった〜。でも、有能大佐書けて幸せです。
 リクエストいただき、どうも有り難うございました。少しでも気に入っていただけましたなら、嬉しく思います。
お気に召しましたなら

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