14.発熱【おまけ】

身体の奥に焔が点る 導火線は貴方の指
 
     *
 
まったく、残業とは『する』ものではなく、『させられる』ものだということを、あの男は分かっているのだろうか?
胸の内で悪態をつきながら、リザは夜道を歩いていた。
何が「絶対に残業は許さん」、だ。
オリヴィエ・アームストロング少将の厳格さを知らない訳でもあるまいに。
まったく本当に自分勝手で、我が儘で、そのクセ無能なあの男は!
そう考えながら、自分がその“自分勝手で我が儘で無能な男”の為に、ほぼ走っていると言っても差し支えないスピードで家路を急いでいることに、リザは気付いていなかった。
 
昼間の資料室でリザがロイを見つけたのは、本当に偶然だった。
手元の大量の書類の重さと、待たせているアームストロング少将の威圧的な存在感に、一瞬の躊躇を感じたものの、リザはデスクの間をぬってロイに近づいた。
仕事で会えない事については諦めているとは言え、やはり少しでも傍にいられるなら、そのチャンスは逃したくなかった。
怒ったような仏頂面のロイは、猛スピードで書類を読んでいた。おそらく、軍議のレジュメだろう。
どうやら、あちらも相当煮詰まっているようだと思い、なるべく邪魔をしないように、リザはロイの隣りに座って調べものに没頭した。
そう、不意に、あの指が触れるまでは。。。
 
ぶるりと身震いして、リザは夜の闇の中に記憶を追い払おうとした。
まったく、あれは何だったのだろう。
思い出して、リザは赤面する。
 
不意に触れた男の指は、しなやかで熱かった。
その指が、思わせぶりにリザの手の上を行き来した。まるでベッドの中で、彼女の背中をなぞるように。
指の軌跡は熱を持ち、身体の芯に忍び込んだ。あの指は、困った事に焔を生むのが上手いのだ。
そして男は、リザの身体に火を点けるだけ点けておいて、去っていってしまったのだ。
 
通常の状態に戻るまで、あの後の仕事がどれだけ大変だったことか。
まったく、自分勝手で我が儘でやりたい放題の、無能で俺様なあの男め!
リザは再び悪態をつきながら、夕闇の中、家路を急いだ。
 
     *
 
カチリ
鍵を回して自宅のドアを開けたその瞬間、リザは力いっぱい抱きしめられた。
待ち構えていたロイが、物も言わず熱く彼女を腕の中に閉じ込めたのだ。
全く無防備だったリザは、いきなりの包容に息が詰まる。
 
閉じ込められた軍服の腕の中に、慣れ親しんだ男の体温を感じ、知らず知らず肩の力が抜けたリザは瞳を閉じた。
先刻までの胸の内の悪態は、綺麗さっぱり何処かへ行ってしまったようだった。
こうやって甘やかすから、また男が図に乗るのだ。分かってはいるものの、ひとたび包容を交わせば、そんな事はどうでも良くなってしまう。
安心して無防備な自分をさらけ出せる唯一の場所に、リザは心を預ける。
 
背に回された腕の一方が離れ、パタリと背後でドアが閉じる音がする。
おとがいを包み込むように熱い手が触れ、目を閉じたままのリザはされるがままに上を向き、男の熱を唇に受け入れた。
口付けは長く優しく、リザは目眩がしそうになる。
ただこれだけの触れ合いを待ち焦がれていた内なる自分の存在に促され、リザはロイの背に己の両腕を回した。
 
長い長い口付けからリザを解放し、ロイは口を開く。
「リザ、残業は許さんと、、、」
そんなロイの第一声を奪って、リザが鮮やかなリターンを返す。
「それに関しましては、オリヴィエ様に仰って下さい」
ロイは、一気に苦虫を噛み潰したような表情になった。
「あのお方にご意見出来るのは、大総統閣下と我等が将軍くらいのものだ」
憮然として言い放つロイの表情が可笑しくて、リザはクスリと笑った。
 
「何が可笑しい?だいたい、何がオリヴィエ様だ。私の事はいくら言っても、大佐としか呼ばない癖に」
ブツブツ言いながらも、ロイはリザの上にキスの雨を降らせる。
「でも、オリヴィエ様とこんな事は致しませんよ」
「当たり前だ!」
リザが珍しく言った冗談に、ますます仏頂面になりながらも、ロイはキスを止めない。
 
そんなロイがなんだか可愛らしくて、リザはまた笑い、そして人差し指をロイの唇にあてて、キスの嵐を止めると言った。
「いつまで玄関にいらっしゃるお積もりですか?とにかく、部屋の中へ、、、あ!」
言葉の途中で、リザは驚きの声を上げた。
いきなり、ロイが己の唇に触れるリザの指先を、ペロリと舐めたのだ。
 
「大佐、何を!?」
狼狽えるリザの手首を掴むと、ロイはまるで悪戯を思い付いた悪童のような顔をする。
「そう言えば、今日は君の新たな弱点を発見したんだったな」
そういうと、ロイはリザの細い指を口に含むと、その付け根に舌を這わせた。
 
「大佐、ちょっと止め、、、ン」
ゾクリと背中を這う刺激に、昼間の劣情を思い出し、リザの腰が砕けた。
空いた方の手でリザを支えながら、ロイは更に掌へと愛撫を進める。
「素直な反応が可愛いな、リザ」
形勢逆転といった風情のロイを恨めし気に見上げ、リザは眉間に皺を寄せてみせる。
しかし、そんな虚勢もつかの間。
ロイに掌から指へと愛撫を加えられ、リザは自分の身体の奥に再び焔が点るのを感じ取る。
 
嗚呼、またこの男の思う通りだ。
リザは目を閉じて、溜め息とも吐息とも付かぬ熱を吐き出す。
まったく、自分勝手で我が儘でやりたい放題で、俺様なこの男は!
また胸の内に悪態をつきながら、過敏な己の身体の反応にリザは溺れていった。
 
 
Fin.

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【後書きの様なもの】 
リザさんサイド。
いちゃいちゃするのも、たまには。