13.花一輪【07.Side Roy】(完結)

この胸に咲く花は 貴方
 
            * 

「リザ、君は」
私の言葉は、彼女には届かない。
何故なら、リザはベッドの上で無防備に眠り込んでいるのだから。
瞳を閉じた彼女を起こさぬように、そっと髪を撫でた。
首筋に覗く秘伝が、私に様々な事を思い起こさせる。
 
私の指先の気配に、リザがそろりと反応した。
「目覚めたのか?」
リザの動く気配に声をかける。返ってきたのは、硬い声だった。
「いつから起きていらしたのですか?」
「私も先刻、目が覚めたばかりだ」
君の寝顔を楽しんでいた。そんな事を言えば、彼女は真っ赤になって怒るだろう。
 
「もう、出掛けられるお時間では?」
しきりに時計を気にする彼女に、私は苦笑してみせる。
「大丈夫だ」
「しかし、今日は本部に、、」
言いさした彼女の唇をキスで塞ぐ。
「今日は滅多にない、二人揃っての非番の日じゃないか。まだ半分寝ているのだろう?リザ」
一瞬ハッと照れた表情を覗かせながらも
「何方かの普段の素行が、あまりに目に余るものですから」
と、言ってのけた私の優秀な副官リザ・ホークアイ中尉は、その後クスリと笑ってみせた。
 
彼女の背中を初めて目にした日から、10年が経とうとしていた。
結局あの日、私たちは相容れぬままに別れた。
今思えば、私がもう少し彼女の気持ちを汲んでやれれば良かったのかもしれない。
あの父親と二人、閉じた世界で生きてきた少女の思考が、内に向かって行くのは仕方のない事だったのだろう。
そして、何より私自身が若過ぎた。
今思い出しても、当時の自分のやり様に舌打ちしたくなる。
あれでは彼女が怒ったのも、仕方があるまい。
 
確かに当時の私にとって、リザは“師匠の娘”でしかなかった。可愛らしい妹のような存在。
が、あの別れの後、私は彼女の事が忘れられなくなっていた。
秘伝を生かして欲しいと必死だった瞳、
抱いて欲しいと俯いた初々しさ、
私の腕の中で女になった瞬間、
1人で生きていくと譲らなかった頑なさ、
そして何より、いつ泣き出すか分からぬ危うさを含んだ切ない笑顔。
出来る限り、傍にいてやりたいと思った。
いつ、彼女の涙が溢れてもいいように。
 
あれから幾度かの再会と別れを繰り返し、最終的に巡り会った時、私は彼女を副官として私から離れられない位置に置いたのだった。
いつの日か、彼女を幸せにしてやりたい。
あの日の、あの痛みを伴う笑顔を、屈託のない笑顔に変えたい。
私は、そう切望する。
 
そんな懐かしい思い出を胸の内に転がしながら、私はまだベッドの中の一糸纏わぬリザにちょっかいを出した。
「大佐、こんな早朝から何をなさるのですか」
予想通りひっぱたかれた手の甲をさすりながら、私は懲りずにリザに挑む。
私の胸のうちも知らず、リザは顔を赤くしてジタバタしている。
相変わらず、可愛らしいことだ。
こちらは彼女の弱点は知り尽くしているのだから、いい加減抵抗しても無駄な事を悟ってくれると良いのだが。
そう思いながら、私はリザに話しかける。
 
「ねぇ、リザ。たまには君の方から『抱いて欲しい』なんて、言ってくれないものかね」
「何を仰っているのですか、全く」
「初めての時は、君の方から誘ってくれたじゃないか」
「!」
リザは耳まで真っ赤になる。
「それは卑怯です!大佐」
「常套手段では、君にかなわないからな」
ほんのり紅に染まった彼女の耳朶を噛み舐り、その身体を弄(まさぐ)る。
次第にリザの身体が熱を帯び、息遣いが浅く早くなっていく。
 
「ねぇ、リザ、言ってごらん。『抱いて欲しい』と」
「大佐、あなたという方は本当に」
「本当に?」
「もう、知りません!」
 
そっぽを向こうとするリザを抱き寄せ、口付ける。
拗ねた唇を優しくなぞれば、やがて彼女もそれに応え始める。
彼女の反応を確認し、私は彼女に私自身に跨るよう促す。
従順にゆっくりと腰を沈める彼女をゆるゆると揺すりながら、私は彼女を乗せたままベッドの背もたれに自分の上半身をもたせかけた。
 お互いに向き合いながら、私は優しく笑ってみせる。
「あの時もこうだった」
やわやわと内側で私を締め付けながら、リザは答えない。
彼女も、あの日に思いを馳せているのだろうか。
 
私は真面目な顔でリザに問うた。
「リザ、一人で生きていこうとした君を、私はこんな所まで連れてきてしまった」
「そうですね、思わぬ道程になりました」
「恨んでいるんじゃないか」
「いえ」
言葉少なにリザは答え、ゆっくりと身体を動かし続ける。
「君は」
「大佐、それ以上は仰らないで下さい」
リザは静かに微笑んだ。
 
「少なくともあの日のことを思い出さなくても、私は真っ直ぐ此処まで生きて来る事が出来ました。それではいけませんか?」
動きを止め、穏やかにそう語る彼女は私の頬に手を添えた。
「リザ……」
「あれから、本当にいろいろな事がありました」
「確かに」
「何故か私の人生の節目節目には実物の貴方が現れて、私に思い出に浸る隙を与えてくれませんでした」
「君の邪魔をした覚えは無いぞ」
「誰もそんな事は申しておりません」
「すまん」
「父の死を皮切りに、イシュヴァール殲滅戦、士官学校卒業時」
その言葉に、私は彼女の背を焼いたときのことを思い出した。今でも胸が痛み、泣きたくなるような思い出を。
「そうするうちに、1人で背負わなくても良い事が増えていったようで」
「哀しみも喜びも分かち合い、か」
「さて、それはどうでしょう」
ぷいと私の頬から手を離すと、リザはまた私の上で動き始める。
 
「何と言っても、胸に思い出だけを抱いて生きるには忙しすぎますからね、今の状況は」
「確かにそれもそうだ」
私もリザの動きに合わせて、腰を揺らす。
お互いの吐息が絡み合い、見つめ合う瞳に微笑がほどける。
少なくとも、今のリザの微笑みを私は安心して見ている事が出来る。
今は、それで良しとしておこう。
 
いつか、私は屈託なくリザに聞ける日が来るのだろうか。
『リザ、今でも私は君の“幸せ”に成り得るのだろうか?』
 
その日まで、私はリザの微笑みを見つめ続ける。
その中に涙の成分が含まれた時、それを見逃さない為に。
 
 
Fin.
 
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【後書きの様なもの】

ようやく終わりました。お付き合い下さった皆様、ありがとうございます。
アイ→ロイから、ロイ→アイ。思いの通じなさ、拙さ、そういうモヤモヤを通過し、昇華し、今の二人が居るのかなというのが書きたかったのですが。相変わらず玉砕気味です、すみません。
しかも、後半いちゃいちゃしっ放し。(苦笑)まったく、もう。