13.花一輪【06.Side.Riza】

実らず枯れる花の 哀しさ知らず 一人
 
            * 

「私は明朝、軍に戻らなければならない。準備に少し時間がかかるかもしれないが、必ず迎えに戻るから。待っていてくれるね?」
 
何を言い出すのだろう、この人は。
彼の腕の中で、私はあまりと言えばあまりな男の身勝手さに、笑いだしたくなった。
あの時、自分が言った言葉を彼は忘れてしまったのだろうか?
 
 ― リザ。君の背中も、君の想いも決して無駄にはしない。だから
 ― 君は君の幸せを、きっと見つけて欲しい
 
あの時、私を突き放した彼が、今更私を必要としているとは思えない。
彼が欲しているのは、私個人ではなくて。。。
その答えはあまりに私を惨めにするもので、私は急いで思考を打ち切った。
 
彼は自分の矛盾に本当に気付いていないのだろうか?
それとも、肌を合わせれば、全てが変わるとでも思っているのだろうか?
身体は身体、心は心、だ。
 
「何を仰っているのですか?マスタングさん」
「え。。。?」
訳が分からないといった表情の彼に、私は申し訳なく思う。
 
振り回したようで、ごめんなさい。
でも、私が望んだことは最初から最後まで、変わってはいません。
抱かれる前も、抱かれた後も。
秘伝の伝承と引き換えに、私に思い出を一つ。
貴方に、とても有利な等価交換。それだけ。
少し欲張った私の要らぬ言葉が、貴方を惑わせてしまったみたいで。
ごめんなさい。
 
「貴方に父の秘伝をお渡しした今、私の役目は終わりました。どうぞ、大衆の為にその研究を役立てて下さい。この国の民に幸せを。きっと成し遂げて下さいね」
淡々と言うべき事を伝えても、彼の心にはまだその内容が届いていないようだ。
「リザ?」
信じられない、と彼の目が私に訴えている。
 
「私に“幸せ”をありがとうございました。これで、一人でも生きていけますから」
伝えたい事は伝わらなかったけれど、大好きだった貴方の腕の中を私は一生忘れません。
「リザ、いったい何を言っているんだ?」
目の前の黒い瞳が揺れている。
私を抱いている手に力が入った事に、彼自身は気付いていない。
 
「だって、マスタングさんが欲していらっしゃったのは『秘伝を持った師匠の娘』であって、私『リザ・ホークアイ個人』ではないのでしょう?秘伝を手にされた今、私はもう必要ないでしょう」
少し、いや、かなり意地悪な言葉を私はあえて選んだ。
これは恐らく事実であろう。彼は意識していないとしても。
あの時、秘伝を見た瞬間に“私”の個としての存在を忘れた貴方、身体を交わす前と後とで変わってしまった貴方。
そんな貴方が“私”を必要としてるとは思えないのです。
自分で言うのも、哀しい話だけれど。
 
それに、貴方には私の様な小さな存在に構っている時間はないでしょう。
貴方にはこの秘伝を解いて、国民を守るべき軍人として、人々に幸せや希望を与えるという大事な仕事があるじゃないですか。
私に語ってくれた、貴方の言う所の『青臭い夢』を夢に終わらせないで下さい。
 
「何を莫迦な!!」
マスタングさんが怒ったように大きな声を出すのを、私はぼんやりと見ていた。
人間は真実を突かれると怒り出す、といったのは誰だったろう。
こんな時に思い出したくなかったな、そんな事を漠然と考える。
 
「。。。だったら、何故」
あの時、私が背中を見せようとした時。
私よりも秘伝に、真っ直ぐに興味を向けられたのですか。
そう問おうかとも思ったが、更に虚しくなりそうで私は口をつぐむ。
言葉の代わりに微笑みを。
 
そう、私は諦めたのだ。彼のあの言葉を聞いた時に。
 ー君ハ君デ、他ノ幸セヲ見ツケテホシイ
伝わらない事は、いくら言葉を尽くしても伝わらない。
彼と私の間に共有出来る言語がないのだとしたら。
 
「私を好きだと言ってくれたのは君の方じゃないか!」
「ええ、とても」
「では、何故!?」
「それも、好きだから、です」
「最初のアレを怒っているのか?すまなかった、リザ。だが、」
「気になさらないで下さい、と言ったはずです」
「だが、リザ!!」
もう、私には何も言うべき言葉はない。
言葉を尽くそうとする彼に、ただ微笑むだけ。
 
業を煮やしたらしい彼は、私に口付けた。
先ほどまでの、甘い優しいキスとは違う、奪う様な乱暴な口付けを。
舌を痛いほどに吸われ、口中を蹂躙するような荒々しさで彼は私に問う。
「何故。。。」
問いかける彼に極上の微笑みを。
 
ますます荒れ狂う口付けは、私の皮膚の上に広がっていく。
紅い痣が残るほどに、噛み跡が残るほどに。
背筋をなぞられて、ゾクゾクと震えが上る。
確実に、私の身体は彼の指と舌に馴染み始めていた。
否、彼の身体そのものに。
なぞられ、摘まれ、含まれ、全ての行為が私を滑らせ、砕いていく。
落ちる、と思った瞬間にすくい上げられる。
「リザ、なぜ。。」
途切れがちな言葉に、薄く微笑む。触れたら切れそうな薄さの微笑。
その微笑に貫かれた彼が、私を貫く。
 
抱き上げられ、揺すられ、これまでの数度の繰り返しがなんだったのかと思える程に激しく挿れられる。
初めて挿れられた時は痛みが先に立ち、やがて繰り返すうちに仄かな疼きをもたらしたその行為は、今や嵐の様な勢いで私を翻弄する。
僅かな痛みは私を正気に繋ぎ止める役目しか果たさず、沸き上がる恥じらいとそれを上回る熱が私を内から掻き乱す。
彼が動くたび黒い髪が揺れ、激しい息遣いを殺して彼が問う。
「どうして」
それでも問いかける事を止めない彼に、私は必死で微笑みを作ってみせる。
何がそこまで私を意固地にさせるのか、自分でも不思議な程だ。
 
彼は絶望的なうめき声を上げると、私と繋がったままベッドの上に起き上がる。
私は彼の上に座る格好になり、彼がますます深く私の中に入り込み、今度は私がうめき声を上げる事になった。
そのままの格好で、彼は私を突き上げ続ける。
腰と背を掴まれて逃げ場のない私は、仰け反ってその行為を受け入れ続ける。
 
背中を支えていた手が力を持ち、私を直立させる。
私は彼と向かい合わせで座っている状態になり、目の前に彼の顔があった。
「リザ、私が嫌いになったのかい」
揺さぶられ、熱に翻弄されながら、私は必死で首を横に振る。
「私には分からないんだ、リザ」
私は無言で彼の瞳に映る自分を見つめた。
そこには熱に浮かされたような表情が見て取れる。
それを無理矢理に微笑みの形に変えると、そこには泣き出しそうな顔の私が私を見返す。
泣きたいならば、泣けばいい。その顔はそう言っている。
 
「君は何を拒んでいるんだ?」
私が?拒んでいる?
何も考えられなくなりつつある脳が、危険信号をともす。
「リザ、君は、、、」
この後は、きっと聞いてはいけない言葉。
私の“今まで”が崩れ落ちる危険な言葉。
私は彼の上で揺すられながら、初めて感じる快楽の中へと自らの意識を手放した。
 
To be Continued...
 
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【後書きの様なもの】

またまたR15です、すみません。
しかもまだ続くのか、私。全く、どうなっているのか。
着地点は決まっているのに。。。
  
幼い頃から頑固というか頑なというか、そんなリザさんに萌え。
さて、ロイくん、どうする!?続きは【07.Side Roy】にて。