13.花一輪【03.Side.Roy】

手折っても良い花が あるのだろうか
 
     *
 
マスタングさんが夢中になってしまう程、それだけ父の研究が凄かったという事ですよね」
リザはそう言うと私に向かって笑ってみせたが、その笑顔は強張っていた。無理をしているのだろう。
私は、心から自分の軽はずみな行動を後悔する。
「いいんです、お見せすると決めたのは私なんですから」
あんな涙を見た後に、そう簡単に頼めるものではない。
 
「リザ、、、本当にすまなかった。二度とあんな事はしない。だから、、」
「分かっています。ただ」
リザの声音が変わる。囁く様にどんどん小さくなってしまう声に、私は困って聞き返す。
「ただ?」
「お願いがあるのです」
「お願い?」
何だろう?こう改まって言われると、緊張してしまう。
触るなとか、写す時は1m以上近付くなとか言われるんだろうか。二度と顔も見たくないなんて言われたら、傷つくなぁ。
それも自業自得なんだが。
 
そんな私の思考を裏切って、リザの放った言葉は私の度肝を抜いた。
 
「私を、抱いて下さい」
 
あまりにも予測不可能な台詞に、私の思考は一瞬停止する。
抱イテ下サイ?何かの聞き間違いだろうか?
しかし、耳まで赤くなっているリザを見る限り、そういう訳でもなさそうだ。では、先刻の涙は?
今度こそ、私は混乱の極みに陥ってしまう。
が、今にも泣き出しそうな顔で、こちらを伺うリザをこのままにしておく事は出来ない。
理由はどうあれ、女の子があの台詞を口にするというのは、並大抵の勇気ではなかっただろう。
恥をかかせる訳にはいくまい。
 
「リザ」
とにかく、私は彼女の名を呼んでみる。
ひたむきに私を見つめる瞳に、何をどう言えば良いのだろう。
私だってリザの事は憎からず思っているが、何分唐突過ぎる。
「なぜ」
「好き、、、だからです」
「でも、私は」
「知ってます。私がマスタングさんにとって、ただの師匠の娘でしかない事は」
勢い込んで、つんのめるように返答するリザは、見ていて危うい程張り詰めている。
 
「リザ、月並みな物言いだが、自分を大事にしなくては、、」
「あの、、、父の秘伝は、マスタングさん以外の誰にも見せてはならないと云われました」
「?」
話の流れが分からず、私は返答につまる。
 
「例えマスタングさんでも、邪悪な志を持とうとするならば、決して明かしてはならないと」
「師匠らしいお言葉だな」
何だ?何の話なんだ?
しかし、リザの真剣な口調は話を遮る事を許さない勢いを持っていた。
 
「父の葬儀の時にお話しして下さった志、マスタングさんなら父の遺志を叶えて下さると思いました」
「だからといって、」
「だからなんです!だから、マスタングさんにこの背中を託そうと思ったのです。この秘伝をきちんと使って下さるあなたに」
真っ赤な顔でこちらを睨みつけ、もどかし気にリザは続ける。
「皆まで言わせるのですか?」
何をだ?
 
「ですから。私が生涯でこの背中を見せるのは、マスタングさん。あなた、ただ一人だと言うことです!」
「!」
 
リザの並ならぬ覚悟と事の重大さに、私は殴られたような衝撃を受ける。
刺青、秘伝、彼女はそれと一緒に永遠の孤独を背負っていたのだ。この小さな背中に。
そこまで思い至らなかった、自分の浅はかさが情けない。
私が事の次第を飲み込んだのが分かったのだろう。リザは口を噤(つぐ)んだ。
 
私の心は千々に乱れていた。
師匠は何を思って、あの刺青を施したのだろう。秘伝が全てだったのか。
自分の娘が、たった独りで一生を生きて行かねばならぬ原因を。
リザはそれでも全てを受け入れ、あれを背に刻まれたのか。
 
そして今、全てを聞いても、秘伝を欲している自分は消えない。
一人の少女の人生と引き換えに遺された最高最強、そして最凶の術とは一体どんなものなのか。
知りたくて、たまらない。
これは私が錬金術師だからなのだろうか。
だとしたら、錬金術師とはなんと勝手で残酷な生き物なのだ。
 
しかし、リザ。君は本当にそれで良かったのか?
まだ、こんな年齢の君がそこまで。
私は疑問をそのまま口にする。
「リザ、君は、、、その背中、君は本当に納得して受け入れたのか?」
リザは曖昧に微笑んだ。
「等価交換ですから」
「等価交換。。。」
錬金術は大衆の為に、その為ならば」
 
等価交換、、、果たして本当にそうなのだろうか。
それは、犠牲なのではないだろうか。
しかしそれは、とてもリザに言う事は出来ない。
彼女は“等価交換”だと信じて、これを背負って来たのだろうから。
 
私が返事をしないでいると、リザは独り言のようにポツリと言った。
「最期まで、父に聞けなかった事があるんです」
私は、言葉もなくただ彼女を見つめる。
「この背中の秘伝の錬金術は、この国の人々の幸せの為にあると言われました」
リザは言葉を区切った。
「でも、それならば」
切実な瞳の光から、私は目を逸らしたくてたまらなくなる。
「私の幸せはどこに行ってしまったのでしょうか?」
 
私には、もう答える言葉がない。
彼女自身も意識下では分かっているのだ、これが等価交換などではない事を。
ただ、それを認めてしまうと拠り所が無くなってしまう。
彼女がこの重荷を背負って行く為の拠り所が。
淡々と語っていたリザの頬を涙が伝った。本当に静かに泣くのだな、と私は全く場違いな事を考える。
 
「私に幸せを下さいませんか」
リザ、そんな哀し過ぎることを言わないでくれ。
私は黙って、リザを抱きしめるしかなかった。
 
 
To be Continued...
  
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【後書きの様なもの】 
父の秘伝の刺青を、リザさんは納得ずくで受け入れたのでしょうか。
門外不出の誰にも見せてはいけない物が背中にあるならば、誰とも生活を共する事は出来ない訳で。
その時点で、彼女は一生の孤独をも一緒に背負い込んだとも言えるでしょう。
彼女の割り切った様な諦観や強さは、その孤独の産物ではないかなと。
 
そう思うと非常に切なくて、増田の存在の大きさに改めて感謝したくなります。
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