13.花一輪【02.Side Riza】

胸の奥深く 私だけの花が咲く
 
     *
 
しまった。
泣いてしまった、どうしよう。
 
私は内心焦っていた。
きっと、あの人は困っている。早く、いつもの私に戻らなくては。
しかも、私の涙は絶対に誤解されているに違いない。それでは困るのに。
そうは思うのだけれど、思考は一つ所をぐるぐる回り続けるばかりだった。
 
やっぱり、マスタングさんも父と同じだった。
錬金術師なのだから真理を追究することが一番の関心事なのは当たり前で、過剰な期待をした私が莫迦なだけ。
元からマスタングさんにとって、私は単に師匠の娘でしかないのだから。
それでもいいと思っていたけれど、私よりも秘伝の方を大事に思っているのを目の当たりにするのは、やっぱり悲しい。
 
ただ、自分でもこんなに涙が出るとは思ってもみなかった。
多分、私は本当にマスタングさんの事が好きだったのだ。
彼が触れた背中が、まだ熱い。
 
「すまない。私は、、、」
「気になさらないで下さい、マスタングさん」
謝られると余計に惨めだ。
私は彼に最後まで言わせないように、急いで言葉を遮る。
「父も錬金術の事になると何を始めるか分からない人でしたから、慣れています」
貴方もそうだとは、思いたくなかったのですが。胸の内でそう続けながら、無理に笑ってみせる。
「その結果が、この背中ですから」
そう、あの時はまさか刺青を彫られるとは思わなかった。
チラリと昔の思い出が過(よぎ)り、すぐに消えた。
 
「しかし、、、」
「少し驚いただけです、本当に」
そう私が答えると、露骨にホッとした顔になるところが憎らしい。
すぐ顔に出るのは、この人の良い所でもあり短所でもあるなと、改めて思う。
 
「その背中の事、父上を恨んでいるのか?」
彼も流石にバツが悪いと見え、話題を変えてきた。私にも、その方が都合が良いのだけれど。
「いえ」
私は言葉少なに答える。
恨もうが、悔やもうが、この背中が変わるわけでもない。
「でも、女の子の背中に刺青とは、、、大変だっただろう」
大変?そんな生半(なまな)か物ではない。
が、分かってもらおうとも、分かってもらえるとも思ってはいない。
私は黙って、曖昧な微笑みを浮かべる。
 
父の研究が完成した日、珍しく私を構って、嬉しそうに話をしてくれた父はこう言った。
『リザ、全ての人の幸福の為に、私の秘術を守ってくれるかい?』と。
勿論、私は喜んで承諾した。その後、何が自分の身に起こるかも知らず。
ただただ、普段は話さえほとんどしてくれた事のない父が、自分に頼み事をしてくれたのが、嬉しかった。
その後の事は思い出したくもない。
父は私が泣こうが喚こうが、決して手を止めてはくれなかった。
全てが終わるのに、3日掛かった。
その間に私は諦めたのだった、普通の女の子として普通に生きていく事を。
 
錬金術は大衆のために。皆が幸せになる為に。そのためなら私は平気です」
回想を打ち切って、私は答えを返した。
そう、これも等価交換なのだ。
父の秘伝を守る事と交換に、私の人生から多くの選択肢が消えた。
この国の人々の幸せの為に。
そう思うことにして、私は父の娘である事を続けてきた。
 
私と向き合い、彼は真剣な眼差しで言う。
「リザ、君の背のそれを、私はきっと解読してみせる。君のお父上の、君の思いを決して無駄にしないためにも」
真っ直ぐに未来を見つめる彼に、この背を託す事は間違いではないと私は思う。
彼なら道を過たず、父の錬金術を用いてこの国の人々に幸福をもたらしてくれるに違いない。
マスタングさんがこの秘伝を解いて、使ってくれる事。
それによって、私は報われる。
だから。
「よろしくお願いします」
私は心から頭を下げた。
 
「で、どうされますか。今、写されますか?」
すっかり横道に逸れてしまった本題に、私は軌道を修正した。
今なら本題と一緒に、最初に言いそびれた事を言えるかもしれない。
「良いのか?」
さっきの事を気にして躊躇するマスタングさんに、私は発破を掛ける。
「だって、写さないと解読出来ませんよ?」
「でも、先刻。。。」
マスタングさんが夢中になってしまう程、それだけ父の研究が凄かったという事ですよね」
クスリと笑って、私は続けた。
「いいんです、お見せすると決めたのは私なんですから」
「リザ、、、本当にすまなかった。二度とあんな事はしない。だから、、」
「分かっています。ただ」
私はまた、マスタングさんの言葉を遮る。
「ただ?」
「お願いがあるのです」
ああ、言ってしまった。もう、後には戻れない。
 
「お願い?」
訝しげ(いぶかしげ)な彼の顔を正視出来ず、私は自分の爪先に視線を落とす。
動悸が早くなり、頬が熱い。
 
マスタングさんにこの背中を見せる事を決心した時に、一緒に心に決めた事。
言って断られれば死ぬ程辛いだろうが、言わずにいれば死ぬまで後悔するだろう。
一世一代の勇気を振り絞って、視線を上げた。
緊張のあまり、息が上がりそうになる。
私は意を決して言った。
 
「私を、抱いて下さい」
 
声が震えているのが、自分でも分かった。
マスタングさんの目が大きく見開かれる。
 
永遠にも思える間の後に、彼が私の名を呼んだ。
 
 
To be Continued...
 
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【後書きの様なもの】 
このくらいの年代は女性の方が大人びている物ではないでしょうか。
しかも相手は、錬金術バカ一代の朴念仁(妄想)。
 
ちょっと乙女なリザさんを書きたかったのに轟沈。
続きは年内に仕上げたいのですが、いかに!?【03.Side Roy】へ。