13.花一輪【01.Side Roy】

私だけが知っている 君の背に咲く大輪の。。。
  
          *
 
シュルッと衣擦れの音がして、彼女の肩からボレロが落ちた。
彼女の首筋に向かって伸びる円の様なものと幾許かの文字が、既にその 襟首から覗いている。
ゴクリ、と音を立てて私の喉が鳴った。
早く秘伝を見たい知りたいと急く心と、彼女の素肌を見る事に対する後ろめたい思いが混在し鼓動が早くなる。
心を落ち着けようと私は師匠の本棚に視線を移した。
 
この本棚のどこかに隠されているのかと思っていた師匠の秘伝が、まさかリザの背に刻まれていたとは。
驚きと共に、自分の娘さえ錬金術の為に捧げた師匠の執念に、私は空恐ろしいものを感じていた。
リザはどんな想いでそれを受け入れたのだろう。私は錬金術の為にそこまでの事が出来るだろうか。
生半可な気持ちではこの秘伝は受け取れない。私は背筋を伸ばして、改めてリザに視線を戻した。
 
木の粗末な丸椅子に座りこちらに背を向けている姿は、父を亡くし打ちひしがれているようにも見える。
私は何も言わず、ただ彼女の次の行動を待った。
小首を傾げて何かを考えるかの様な仕草をとった彼女は、おもむろに伸び上がると背中のファスナーに手を伸ばした。
ゆっくりとファスナーが開く。
その隙間に姿を現したモノに、私は今度ははっきりと息をのんだ。
何だ、この異様な紋様は!
 
あまりの壮大さに私は我を忘れた。
物も言わずに立ち上がり、ツカツカとリザに近づく。
その背に手を伸ばし、無言で彼女の肌を隠す黒い布を勢い良く左右に開くと、途中まで下ろされていたファスナーが一気に全開になった。
襟首に見えていた円の様なものは、2匹の絡み合う蛇の尾だったのか!
驚きが興奮となる。
更に、真っ黒な火蜥蜴がチロリと喪服の間から舌を出し、私の心に火を点ける。
リザが何か言っているようだったが、私の耳にはもう何も届かなくなっていた。
 
錬成陣が中心にあり其の下にもびっしりと文字が刻まれているのだが、下着が邪魔で見えない。
もどかしい思いで引きちぎるようにそれを外すと、白い肌に這う蛇の全容が、廻る文字の全てが、私の目の中に踊り込んできた。
私の全神経がそこに釘付けになる。
 
私は呆然と立ち尽くした。
王冠を頭上に抱く2匹の蛇。
その蛇に守られた、あまりに単純な錬成陣。
びっしりと書き込まれた文字は、この国の言語ではないのが明らかだ。
生半可な術師には解けないどころの話ではない。
この暗号は、この紋様は。。。
師匠はやはり天才だったのだ。
もっと色々な事を教わりたかった。師とこの秘伝について、夜を徹して語りたかった。
今更ながら、師の短命が惜しまれてならない。
私は緻密な紋様に指を伸ばし、文字をなぞった。
 
Libera me, Domine, de morte aeterna,
記憶に引っ掛かる韻がある。
ああ、そうか。ラテン語か。。。
 
と、その時ビクリと文字が動いた。
私はハッとして我に返る。
リザ!
 
気付けば私は師匠の机の上に、うつ伏せにリザを押さえつけていた。
喪服は肩から滑り落ちてしまい、完全に背中を露出してしまっている。
前は辛うじて胸を隠すギリギリの所で、彼女の手が喪服を掴んでいた
半裸に近い状態で押さえつけられているリザは、声も立てずパタパタと静かに涙を零(こぼ)していた。。
しまった!!
私の顔から一瞬にして血の気が引いた。
 
「すまない、リザ。大丈夫か?」
返事は無い。
私は急いで彼女の肩を押さえつけていた手を離した。
 
「師匠の、君の父上の秘伝があまりに素晴らしいものだったんで、つい。。。。。 悪かった」
彼女の事を欠片も考えず秘伝に飛びつくとは。
我ながらあまりの無神経ぶりに腹が立ち、自分を殴りつけたくなる。
いくら謝っても足りないくらいだ。
私が手を離しても、リザは起き上がろうとはしない。
返事もしてくれないリザを前に私はどうして良いか分からず、立ち尽くす。
そうなると嫌でも秘伝が目に入り、私はまた錬金術の世界に流されていきそうになる。
 
そこでハッと気付く。
そうか、隠してやらなければ。
いつまでも人目に素肌を晒した状態は、彼女にとって好ましくないはずだ。
私は大慌てで軍服の上着を脱ぐと、リザに着せ掛けた。
  
どうしよう、泣かせてしまった。
こんな時はどうすればいいのだろう。
激しく混乱する私はもう、どんな言葉をかけて良いかも分からず、木偶の坊のように立っているしかなかった。
やがて、リザがゆっくりと身体を起こした。
少しホッとしながらも、私は兎に角謝ろうと勢い込む。
 
「すまない。私は、、、」
「気になさらないで下さい、マスタングさん」
私の言葉を遮ってリザは立ち上がり、喪服を胸元で押さえたままゆっくりと振り向いた。
「父も錬金術の事になると何を始めるか分からない人でしたから、慣れています」
涙を見せながらも慣れていると言い切る姿は痛々しく、恐ろしいほどの彼女の諦観が透けて見える。
「その結果が、この背中ですから」
私の軍服を羽織った彼女が、静かな歩調で近付いて来る。
潤んだ瞳とはアンバランスな唇に浮かんだ自嘲の笑みに、私は何故かゾクリとした。
 
リザ、君は一体。。。
 
 
To be Continued...
 
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【後書きの様なもの】
父の葬儀後補完妄想『若増田は研究一筋の錬金術バカ一代男で、女の子の扱いなんて全然分かってなくて、錬金術に夢中になり過ぎてリザちゃん泣かせて狼狽えてると面白いよ』物語でございます。
三十路増田とのギャップに笑いながら、女ズレしてない青い増田(妄想)を書くのが楽しいです。

さて、続きはまた暗くなりそうな予感。(苦笑)軽い話書けないのかしら、自分は。【02.Side Riza】に続く。