Twitter Nobel log 45

2201.
女にネクタイを締めさせるなんて良いご趣味。手が滑れば生殺与奪も思いのままの細い紐を他人の手に預けるなんて、軍人さんのすることではなくってよ。夜の女を真似て嘯く私に貴方は笑う。私が命を預けるのは、ネクタイを締めてくれる君と背中を預ける副官だけだ、と。ねぇ、それって反則よ、ロイさん。

2202.
私の仔犬は、あの人の靴がお気に入り。だから休日の夜はベッドルームにはあの仔を出入り禁止にしておかないと、あの人は私の家から帰れなくなってしまう。そうなればいい、頭の隅に浮かぶそんな考えを打ち消しながら、仔犬に独り寝を強いる夜の罪悪感は相乗。

2203.
ドーナツの穴を覗いていた少女が、今はライフルのスコープを覗いている。哲学的な穴を通して私に笑いかけた少女が、今は人を殺す為に世界を小さな枠の中に切り取って私の指令を待っている。彼女の世界を変えた愚かな男はその眼差しの先に今も己の姿を置き、裁きの時を待っている。

2204.
疲労困憊の夜、とっておきの豆が手に入りましたと彼女が言う。薫り高い珈琲を期待して待てば、暖かな湯気の上がるポークビーンズの載った皿がコトリと目の前に置かれた。ああ、私は様々な意味で疲れているなと苦笑し、舌にも胃にも優しい昔馴染みの味をそっと飲み込んだ。

2205.
貴方も私もどちらかと言えば一人で何でも出来てしまう人間で、どちらかと言えば独りでも生きていける無駄に器用な人間なのだと思う。そんな二人が共に生きている。無駄なことをする必要がなくなったことは、きっと幸福なのだと思う。

2206.
手袋越しにそっと貴方の爪を撫でる。短く摘んだ四角い爪がもたらすものを私は知っているけれど、自分がそれを欲しているかどうかは私自身にも分からない。甘美な毒に蝕まれるよりは、焔に灼かれる方がマシだと心のどこかで思っている。

2207.
器用な恋が出来るなら、彼女に惚れたりなどしなかっただろう。独りで生きていけたなら、路傍でゴミのように死ぬことも躊躇しなかっただろう。全てが仮定になった今、思っていた以上に不器用な己の生き方と、背中に感じる彼女の視線にさえ戸惑う己に苦笑する。

2208.
褒めて欲しい。『よくやった』と『役に立った』と。そう言われて、あの大きな手でわしわしと頭を撫でられたりしたら、きっと私はそれだけで少女だったあの日と同じように心満たされるのだろう。でも、大人になった今の私は醒めた眼差しに全てを隠し、鷹の目でスコープの中を見つめる。

2209.
美味しいご飯、と言われて真っ先に思いつくのが、修業時代に彼女に作ってもらった夜食のサンドイッチだった。若さ故の食欲、知識欲に消費された血糖値、彼女の手作りという幾つものスパイスが効いていた。大人になって数々の美食を知り驕った舌を持った今、それでも脳裏に浮かぶ美味は真夜中のBLT。

2210.
後方に下がれ、と彼女がうるさい。守護のねずみ算の天辺に立つというなら、先頭に立たないと意味がないだろう。逆三角の陣形でトップを守り、兵士を使い捨てにする国家などクソ喰らえ。かく言う彼女とて、自分が前線に出ると言って聞かないのだからお互い様。似たもの同士、諦めろ。

2211.
疲れたから美味いものが食べたいなんて言う癖に、あの男は無精にも副官に夜食を作れと言う。コートを羽織って馴染みの店に顔を出せば美食三昧出来るというのに、まったく何を考えているのだろう。とは言え。望まれることが嬉しくないわけはなく、私は少しだけ昔を思い出しパンに分厚いベーコンを挟む。

2212.
私の代わりなんて幾らでもいる。そう言ったら副官に叱られた。貴方の代わりがいるわけがない、と。君が個人的にそう思ってくれたら幸福だと思いながら、使い捨ての戦の駒にならぬよう鋭意努力すると私はふてぶてしく笑う。

2213.
もし怪我をなさったら、私がおぶって帰りますから。そう言った彼女の目が本気だったから、私は今日は何があっても負傷しないと心に誓い戦場に出る。そう。彼女は、やると言ったらやる女。

2214.
暗闇で、二人膝を揃えて手を繋ぐ。世界が光に溢れて眩しすぎる時、私たちは血塗れになった自分たちの手に怯え、夜の中に息を殺してく隠れる。闇の中、確かなものはこの手に触れる体温と傍らにある息遣い。過去も未来も共有する人がいるから、この生臭く滑る手を受け入れ、きっとこの夜を越えていく。

2215.
恋愛は手順を踏んで、なんて馬鹿馬鹿しい。手を繋いだことすらない我々は、一足飛びに命を預け合い、人生を共にする道へと否応なしに飛び込んだ。ここからどうやって、甘い言葉を囁いたり、キスを交わす仲へと逆行出来るというのか。目と目を見交わして死地を潜る、そんな私たちの関係とは一体。

2216.
貴方の踵が鳴る音が合図。広い背中に体重を預け、攻守の位置を入れ替えるターン。回る景色の反対側は貴方の焔に任せて、私は私の可視領域内の全ての敵に鉛玉をぶち込む。物騒なコンパスで描く重火器の円の中心で、私たちは互いの背中に無言の信頼を乗せ踊る。

2218.
貴方の功績だと言えば、皆の功績だと答える。部下に守られる人ではなく、部下を守る人。頑なと言えば、頑な。味方も多いが、敵も多い。それでも、そんな人だから私は守りたいと思うし、ついていこうと思う。共に歩み始めたと時とは違う理由で貴方の背を預かりたいと思う今、そんな変化が嬉しい。

2219.
二人の関係に名前を付ければ、それは型にはまってしまい、いつか終わりを迎えるでしょう。師匠の娘とお弟子さんなら、修行の終わる日が。上官と副官なら、退官の日が。恋人になれば、失恋の日が。始めなければ、終わりもしない。だから、この関係に名前を付けないで欲しいのです。貴方と私の間には。

2220.
本音を聞く為に眠ったふり。本音を零す為に気付かないふり。出逢った時からずっとそうしてきた私たちは、今更目と目を見交わして話すことに慣れないでいる。唯一それが命令であるのなら話は別で、だから私たちは夜の世界の中でだけ本当の声を互いに届けるしかない。

2221.
「恋愛と戦争ではあらゆる戦術が許される」と言う。さて戦争においてはあらゆる謀略陰謀を企てるのはお手の物ではあるのだが、恋愛にそれを持ち込むことにはどうにも躊躇する。誠実でありたいと望む、それだけが私の彼女への恋愛の戦術。

2222.
昔々、大きな内乱があった。この地は一面の焼け野原だった。今のこの国からは想像も出来ないだろうけれど。そう君の子供たちに話せる日が来ればいい。白髪交じりにの黒髪を撫でつけ男は言った。まだ副官にお守りされてる癖に何を言っているんだと、俺は笑って今日も520センズを返しそびれる。

2223.
兄のような人だと思っていたの。あの日、あの時までは。窓辺の日射しの中、伏せた眼差しに落ちる黒い睫毛の蔭。あくまでも文字だけを見つめるその視線が半眼に私には見えない世界を泳ぐ。静謐の中、息をするのも忘れその横顔にただ見惚れた。ページをめくる音に私の鼓動が重なる、それは恋に落ちる音。

2224.
私に面と向かって無能なんて言うのは君くらいだ、と貴方は言う。そんな特権を持つのは私一人で十分だと、私は思う。例え相手がどんな偉い人間だとしても、それがこの国の大総統だったとしても、誰にも貴方が無能だなんて言わせない。その為に、私は副官として貴方の傍に立っている。

2225.
本当に嫌がっている時と、照れ隠しの時の彼女の僅かな表情の違いを知っている。悪足掻きなどせず、この手の中に堕ちてくればいいのにと思う。それでも彼女の意思を尊重し、私は今日も紳士の顔で差し出した手を無かったことにする。いつか彼女の意志で、彼女の手がこちらに差し伸べられる日までは。

2226.
鷹の目は遠くが見えすぎて、近くが見えない歪な目。振り返る上官の瞳の色は見ない、ただスコープの中で一〇〇〇メートル先の標的を射貫く。そうしなければ私自身が射貫かれてしまうから、遠い未来も傍に立つ副官も皆引き受けてしまうあの黒い瞳に。

2227.
身体を重ねたからと言って、何が分かるというのか。貴方が男で私が女で、それ以上のこともそれ以下のことも身体は証明しない。そう言いきった私の頭を撫でた男は笑った、君が寂しがっていることくらいは分かるのだが、と。無意識に彼に縋った自分の指先をほどき、私は聞こえないふりでシーツに沈んだ。

2228.
普段は真っ直ぐに視線を伸ばし颯爽と歩く彼女が、12cmのピンヒールに生まれたての子鹿のようになっている。微笑ましい光景に上がる口角を意志の力で抑え、私はまっすぐ立てれば麗しいレディにエスコートの手を差し伸べる。男なんてその程度の役に立てば十分だ。

2229.
普段履くことのない12cmのピンヒールに悪戦苦闘するかと思いきや、当たり前の様にエレガントに歩く彼女に驚く。何年付き合っても未だ私の知らぬ彼女がいることが眩しい。きっと彼女には一生驚かされ続けるのだろうという予感に心躍らせ、私は完璧なレディにエスコートの手を差し伸べる。

2230.
さっきまで履いていた筈の12cmのピンヒールを両手に持った彼女の姿に、悪い予感しかしない私がいる。どうやら彼女の中では、あの踵の高い靴は装飾品ではなく武器として認識されているらしい。戦場となったパーティー会場で美しい武器を手にしたレディと背中合わせに、私たちは物騒なダンスを踊る。

2231.
苛々するなんて仕事だけで十分なのに、貴方はプライベートでも私を苛々させる名人。食事に誘うのは貴方に足払いなど仕掛けない淑女に。その手を差し伸べるのは煤に汚れたことなどない手に。ずっとそう言い続けているのに懲りない貴方。そう思いながらそれを心底嫌がっていない自分に一番苛々する。

2232.
伸ばした指先は偶然を装って避けられた。私は手厳しい副官の仮面を被り直し、手近にいた部下に酔っぱらった上官の帰路のお守りと護衛を命じる。無防備に二人きりになることを頑なに避ける男は優しいのか、意気地が無いのか。そんなことを考えながら、私は拒まれた指先の爪を噛む。

2233.
私が私の意志で選んだことの結末を、何故他人に謝らなければならないのか。たとえその相手が貴方だとしても、私にはそれが我慢ならない。私の意志を尊重して下さるのなら謝罪は不要、ただそれを当然のこと受け入れて欲しい。地獄の果てまでもと誓ったのは私なのだから。

2234.
「甘えても良いですかと聞いて甘えてくる人間はあまりいない。更に、普段甘えてこないひとに甘えても良いですかと言われて断る人間もそうはいない。この二つの結果から鑑みて、君は甘えたい時に力まず適当に私に甘えれば良いのではないかと思う」妙なところで生真面目にそう答えてくれる貴方が好きだ。

2235.
眠いのに仔犬にモフモフしろと迫られて、困りながら律儀に腹の上で仔犬をあやす彼が可笑しい。仔犬を撫でながら彼が眠るのが先か、撫でられて心地好くなった仔犬が眠るのが先か、はたまた共に撃沈か。賭けにならない賭けに胸の内でベットして、私はソファーの上の二つの寝息に毛布をそっと掛ける。

2236.
貴方に珈琲を淹れるのは、副官である私の仕事。貴方に珈琲を淹れてもらうのは、プライベートでの私の特権。奉仕することも奉仕されることも、義務でなく命令でもない。それは私たちにとっては自然な行為。一杯の珈琲にさえ意味がある。オンとオフの私たちを使い分けるルール。

2237.
普段は珈琲ばかり飲んでいる彼女が、クリームソーダなどという可愛らしい飲みものを飲んでいる。溶け始めたアイスクリームをとろりと舌先に絡め、熱に溶けた視線で私を舐める姿に『ああ、夏だな』と思いながら、思わせぶりなストローの先の雫に私は視線を絡め取られる。

2238.
この暑い日にスーツを着込んで汗一つかかない男が憎らしくて、私は彼の体温を上げるべく胸元のボタンをいつもより一つ余計に空ける。汗ばんだ貴方が指先でネクタイを緩める姿を胸に描き、結局体温を上げるのは私なのが余計に憎らしい。

2239.
ハードな一日を終え
グロッキーな身体を気力で何とか支えながら
のほほんとした風を装い、君の家へと向かう。
日常の中の幸福を抱きしめる為に。
(ハグの日)
 
2240.
ハートのエースを送るなんて気障なことをするから
グーで殴られるのですよ。
のんきな顔をして憎い男。
日々そうやって私を惑わして、腕の中に収めてしまうなんて。
(ハグの日)

2241.
ハッカ水は夏の味。
グラスホッパーを飲むと思い出す子供時代の味。
のどを滑り落ちるカクテルを楽しみながら、
日々を共に積み重ねた貴方と肌を重ねる。
(ハグの日)

2242.
もしこの手がその背に触れてしまったら、私は貴方の背に縋ってしまうかもしれない。手が塞がれば背中を預かることは出来ず、縋ってしまえば背中合わせに立つことも出来なくなる。貴方に縋りつく女なんて星の数ほどいるでしょう。そんな女の一人になるくらいなら、この心を砕いても共に戦う部下が良い。

2243.
効率よく楽に成功して生きることが良いことなら、貴方も私も人生に失敗したと言われるのかもしれません。それでも、失敗して遠回りして苦しんで掴んだものの大切さを知っている私たちの方が、私たちらしいと思うのです。彼女はそう言って静かに笑った。この人と共に生きてきて本当に良かったと思った。

2244.
ネクタイを締めるコツは貴方に教わった。そんな特技を披露する場なんて、貴方の前でしか有り得ないのだけれど。心を隠すコツも貴方に教わった。そんな特技も貴方の前でくらいしか披露する場はないのだけれど。 後朝の上手な別れ方。様々な技術を駆使して、引かれる後ろ髪を隠す。

2245.
指先で銃口を真似て貴方の裸の背に突きつける。ハッと息を吐いた貴方は何も言わず両手を上げて、私の言葉を待っている。軍人として道を踏み外さない貴方がとても誇らしく、私人として副官と道を踏み外す貴方が許せないのです。矛盾する言葉を飲み込んで、私は指先の銃口を自分のこめかみに押し当てた。

2246.
今日の夕食のレシピを教えてくれないか。食卓に頬杖をついた貴方は研究者の顔で生真面目にそう聞いた。虚を突かれた私は、全部目分量と適当ですからレシピなんてありませんと答えてしまう。貴方の驚いた顔に後悔と笑みを同時に隠す。台所の錬金術は貴方の錬金術ほど精密でなくとも正解が出るんですよ。

2247.
戦いの中でなら、ポーカーフェイスで貴方と共に生きていける。平和になったなら、どんな顔で貴方の傍にいればいいか分からなくなる。でも、貴方は笑ってどちらも変わらないと言う。きっと青臭い夢を追う自分は変わらないから、君はそんな私を叱ってくれればいいと、昔と変わらぬ顔で笑う。狡い男。

2248.
二人背中合わせで、視線を絡めることもなく、地獄の釜の縁に立っている。落ちる時はひとりだと二人とも思っている。それでも、この孤独の先に君がいることを私は知っているから、だから私はきっと笑って落ちていけるだろう。この孤独の向こう、繋がらぬ指先の向こうにいつも君がいるから。

2249.
初めて会ったその時は、世界の色が変わって見えた。私の世界は光で溢れ、貴方の世界と同化した。別れて再び出会った時も、世界の色は変わって見えた。私の世界は慙愧に染まり、貴方の夢と乖離した。
私の世界を塗り替えるのは、貴方だけに赦した特権。だからどうぞ最期の時は、私の世界に再び光を。

2250.
嘘と欺瞞で武装して、貴方の背中を預かった。私の恋のなれの果て。

(20160611〜20160823)