Twitter Nobel log 44

2151.
背中に感じる体温が、いつも私に火を点ける。戦場の輪舞曲。褥の夜想曲。どんなシーンでも、君は私の最上のパートナー。

2152.
鞄に銃だけ詰め込んで、貴方とふたり汽車の旅。甘さの欠けらもないけれど、ふたりきりには違いない。がたがた揺れる汽車の中、見詰める視線も揺れ通し。

2153.
私のスケジュールを管理する君の手帳に、今夜の残業の予定は載っていないかもしれないが訂正の必要はない。独りで眠れぬ夜がある副官に、誰かが隣にいる夜を贈る簡単な仕事だ。私の事務仕事も進み、君も安眠を得られるのだから、執務室の堅いソファーくらい我慢したまえ。

2154.
手のひらを重ね合って、その体温を確かめる。ああ、もう生きていればそれでいい。そう思い青い空を見上げる。傷だらけでも、朱に染まっても、この手は離さない。だから、生きていける。

2155.
故郷に忘れてきたものがある、少女の私と恋心。おばあちゃんになってから取りに行っても、消えてなくなっていないかしら。あの人が夢を叶える日まで待っていて、私の恋心。

2156.
出逢う前より寂しくなった、なんて可笑しな話。もともと赤の他人なのだから、私の人生にはいない人だったのに。あの人の旅立つ朝、私が失ったものは何?

2157.
民を守る貴方。貴方を守る私。私は貴方ほど広く遠くを見る事は出来ないから、ただ一人貴方の行く末だけを見つめる。それもまた、ひとつの未来を叶える方法だと信じている。

2158.
貴方の体重がかかる。軋んだのはベッドのスプリングか、私の心か。そんな間近で見つめないで。夜の中に隠しておいたものが、貴方に見つかってしまう。目を閉じてしまったら最後、きしりと音を立て歪む私たちの関係。

2159.
降水確率一〇パーセント、君は全く泣かない女。それでも確立はゼロではないのだから、数学的見地からその可能性を引き上げてやろうと目論む。まずは大総統、そして民主化を。涙は哀しい時にだけ流すなんて、誰が決めた。

2160.
雨の日は無能。何故なら、君の涙雨は私の最も苦手とするところ。

2161.
故郷に向かう汽車に乗る。流れる景色は十年前の巻き戻し。父の墓前に立つところまで二人時間を巻き戻し、あの時の誓いの結果を報告する。「貴方が最強で最凶と評した錬金術で彼がこの国にもたらしたものを見せられないのが残念です」と。最凶でも最恐でもない、ただの力の結末を貴方に見せたかった。

2162.
私を閉じた世界から解き放った魔法使いは、街を焼き、人を殺め、私の夢を壊した。でも、その力を与えたのは私。魔法使いの魔法は優しいものだったのに、過ぎた力が彼の手を汚した。今度は私が魔法使いを解き放つ番。後悔と贖罪との茨を切り開く。守られる姫ではなく、剣を手に共に歩く勇者になる。

2163.
意外に思われることが多いが、実は二人揃ってインドア派。読書に実験、料理に裁縫。出逢った頃から変わらぬ二人、休憩のティータイムの銘柄も変わらない。

2164.
貴方が笑った時に目尻に現れるシワが好きだった。月日が経った今、貴方の微笑の徴は貴方の目尻に常駐状態。眉間に皺を寄せ朝を迎えていた貴方に刻まれた年輪が、目尻に刻みつけられたことを好ましく思う。

2165.
バクという架空の動物がいて、悪夢を食べてくれるのだという。ある日枕元に置かれていた不思議な動物の置物を調べていたら、辿り着いた辞書の項目。貴方の手癖の錬成痕。悪夢は消えてなくならないけれど、夜を超える強さをくれる不細工な動物が私の枕元に今夜も一匹。

2166.
泣き顔を見せてくれ。私は赦されたくなどないのだ。

2167.
35.8℃。人より低い君の体温。戦場でそれがゆるりゆるりと上昇し、私を灼く焔になる。背中越しに感じる熱量が破裂し、私の導火線に火を点ける。指先が生む焔が我々の闘いを彩る時、平熱など微塵も残らぬ鷹の目の焔が勝敗の行く末を射貫く。

2168.
36.7℃。人より高い貴方の体温。眠れぬ夜、私を包むその温度は穏やかな燠火となる。背中越しに感じる熱量に包まれて、私の少女が目を閉じる。腕枕の温もりが一日の終わりを告げる時、変化など微塵も感じさせぬ貴方の温もりが新たな明日へ私を導く。

2169.
35.8℃。人より低い君の体温。36.7℃。人より高い貴方の体温。褥の中で交われば、同じ熱量を帯びる。貴方が私で。私が君で。境界線すら朧になって、融けていく肉体の境界線。焔を生む指先が背中の秘伝に触れる時、昼間の顔など微塵も残らぬありのままの二人が残る。

2170.
ああ、私は国を守るだとか民を守るだとかいう大義名分の為ではなく、己の命を守る為に人を殺した。それでも『英雄』と呼ばれる殺人行為より、それは余程人間らしく切実で重い行為に思える。この重さを忘れず背負うこと、それは彼女の背負った秘伝を受け取った軍人である私の覚悟。

2171.
メーデーメーデー」耳元で囁かれる救難信号。おふざけに小言を言おうとした次の瞬間、耳に重大情報が流し込まれる。「君が今着けているドッグタグは私のものだ。どうやら昨夜入れ違ったらしい」思わず顔を上げれば彼はそっと手の中に私のドッグタグを返して寄越す。メーデーメーデー、頬が熱い。

2172.
あまり怒ったことがないので、怒り方が分かりません。そんな可愛らしいことを言っていた少女が、今は夏の夕立よりも簡単に雷を落とす。まったく参ったものだと思う一方で、父親とふたりきりの世界で誰とも話さず台所の壁を見つめていた時よりは、今の彼女であってくれて良かったと心から思う。

2173.
普段は雄弁な貴方が無口になる場。
普段は無口な君の唇が無数の音を紡ぐ場。
夜の闇の中で唇も吐息も身体も重ねて、重ねられない心に目を背ける。
今だけでいい、多くを望むと全てが崩れる。
だから、私は言葉を惜しんで君に溺れる。
だから、私は吐息に全てを乗せ貴方に縋る。

2174.
朝焼けの空に無言で立ち去る背中を見送る時、ワイシャツの裾がシーツから抜け出す瞬間は見ない。引き止める言葉は唇の中に仕舞い込み、真剣に私を見つめる貴方の言葉は聞かない。貴方と閨を共にした私が軍人として朝を迎える為の三箇条。

2175.
泣きながら戦場で貴方を探した。やっと見つけたと思ったら、暗闇で目が覚めた。泣きながら虚空を掴む拳を他人のもののように見る。昼間は出ない涙を夜流し、口には出さない過去を夢に見る。夜の闇だけが私の素顔を知っている。

2176.
執務室なんて仕事をする為だけの場所だと思うでしょう? でも私には、ここは特別な場所。毎日、昼夜問わずここで彼と話をした。真面目な話も莫迦な話も、嬉しい話も辛い話も、正しい話も黒い話も、耳に痛い話も呆れる話も。どんな時も低く鼓膜を震わす彼の声が好きだった。私の選んだ、私の居場所。

2177.
貴方と同じ悪夢を喰らう私がいる。魘される貴方の額の汗は、飛び起きた私の目に浮かぶ涙と同じ味。苦い過去に寄る貴方の額の皺は、私が拳の中に食い込ませた爪痕と同じ深さ。抱き合うたび覚える罪悪感は同じ闇。私は、貴方と同じ悪夢を喰らう幸福を享受する。

2178.
何も言葉が見つからないから、二人そっと小指を絡める真夜中のソファーの片隅。こつりと肩先にこめかみを寄せ、柔らかな灯火に目を閉じる。言葉は見つからないのではない、このひとときに言葉は不要なだけ。

2179.
自転車に乗って、私たちが使える唯一最速の移動手段で、丘を越えて、川を渡って、ふたりで見たことのない世界へ。君が見たこともない笑顔で「もっと遠くに行きたいです」と囁くから、私は必死にペダルを踏んだ。遠い遠い思い出に、君を振り向く。ああ、本当に遠くまで連れて来てしまった、と。

2180.
祈りを込め火蜥蜴に口付ける。彼女の背に住まう火蜥蜴に。私の手の甲に住まう火蜥蜴に。私たちの人生を繋ぐ愛しくも憎い火蜥蜴に祈る。いつか私をその最強最凶の力で呑み込んでも構わない。だから、私に力を与えよ。この国を救う力を。彼女を救う力を。

2181.
部下の了承なんて必要とも思わぬ傍若無人な男が、プライベートで口付けを強請る時だけは微かに首を傾げて私の瞳の中を伺う。待てをする仔犬と同じ色の瞳で見つめられ、愛しさに絡め取られた時点で負けなのは分かっているけれど、口惜しいから少しだけ考えるふりをする。

2182.
万が一の時の為に、貴方に手紙を遺す。『出逢った時からずっと貴方だけを見ていた』『貴方と共に歩くことが出来て幸福だった』『ずっと貴方の隣にいたかった』読み返し、あまりの恥ずかしさに赤面し、誰にも見せられないそれを私は引き出しの奥底に仕舞い込む。死ねない理由がまた一つ。

2183.
可愛くない女を装う彼女の無防備さに頭が痛くなる。まったく、自分の自制心が憎らしい。いっそ紳士でなどなくなってしまえば話は早いが、彼女の信頼に応えてしまうのが幼馴染み故の条件反射。甘やかしすぎなのは重々承知。それでも。私以外に彼女を甘やかす人間などいないのだから仕方あるまい。

2184.
胸が痛くなる夢を悪夢というのなら、貴方の出てくる夢は全て悪夢。貴方と戦場で人を殺す夢。幼い日を共に過ごした懐かしい日々の夢。貴方が私の為に全てを捨てる夢。貴方が私を置いて逝ってしまう夢。貴方に抱かれる夢。心の奥底に押し込めた感情が様々に溢れ胸が痛み苦しい、貴方の夢。

2185.
台所の片隅で当たり前のようにキスをした。「私たち、そういう関係でしたでしょうか?」と問えば、「さて、どうだったか」と人を食った返事が届く。肯定も否定もない、あるがままの二人。それはそれでありなのかもしれないと思う時点で、私は彼のやり方に染まってしまったのかもしれない。

2186.
神様に祈る代わりに貴方に伝える。『死なないで下さいね』それは私にとって切実な祈りであり、抑え続けた想いであり、告白の言葉であった。生きていてさえくれれば、それだけで私には生きていく理由が出来る。幼い頃から今も変わらぬ、戦場に向かう貴方に贈る言葉

2187.
深夜に珈琲を淹れる貴方。その横でライ麦パンにハムを挟む私。不規則な生活を共にする私たちの共通の敵は、明後日の健康診断。
「ビールは止めておこう」
「そうですね、こちらもチーズは止めてレタスにしておきます」
「うむ」
子供みたいな言い訳の共犯者。真夜中の高カロリーは止まらない。

2188.
「少し距離を置いた方が良いと思うのです」
「付き合ってもいないのにか?」
「それは……」
「副官と距離を置いては職務に支障が出る」
そんな詭弁に流されて、今日も辿り着く貴方の部屋。この関係に名前を付けなかったのは私。自業自得の帰結を受け入れ、身体だけを貴方に預ける。

2189.
愛だとか恋だとか名前を付けるからこじれる。ただずっと傍に居て欲しいと願う。そんなささやかで大それた願いだけを胸に、前を見て歩いて行く。

2190.
父の書斎の片隅を見上げる。脚立の上に座り込み、静かに本を読む彫像のような姿。ページをめくる音だけが、彼が生きて動いている証のように空気を揺らす。そこだけは静謐な空間に微かな光が射し、私はその静けさに目を奪われる。忙しい日々の中に存在する、私の視線の中でだけ時間が止める。

2191.
ネクタイに絡めた指先が、くるりと宙で回って落ちていく。落ちきる寸前に掴まえて、握りしめたまま己のネクタイの首の隙間に持って行く。引けば解けるのはネクタイだけではないことを、君は知っているクセに。私の指と君の指が細い布の間で絡む。欲しいならどうぞそのまま、指先を。

2192.
餌で釣ろうと思ったが、どうやら彼女の厳しい躾を受けた仔犬には通じないらしい。飼い主に似るのも程々にして欲しいものだ。贈った物くらい受け取ればいいと思わないか? お前も、彼女も。

2193.
『貴方の隣』という定点で『貴方という男の生き様』を観測する。図らずも『国の存亡を賭けた戦い』の観測となったそれは、きっといつか『国の体制が変わる歴史的瞬間』の観測となるだろう。そんな男だと信じたから秘伝を託した。そんな男だと感じたから贖罪の道を共に歩んだ。そんな男だから、愛した。

2194.
この国で一番偉い人になったけれど、路傍でゴミのように死んでも構わないと言った士官学校生の頃と貴方は何一つ変わっていない。相変わらず最前線に出たがるし、無茶はするし、目が離せない。きっと、そんな男だから秘伝を託した。多分、そんな男だから贖罪の道を共に歩んだ。そんな男だから、愛した。

2195.
君が観測者だというのなら、どうか最後まで見届けてくれ。一度はこの手が壊したものの行く末を。この街の、この国の、その夢の、託されたものの、行き着く果てを。君が観測者だというのなら、どうか最期まで見届けてくれ。何をって? 言わせるな。

2196.
一面の青空に風が吹いた。短く切った君の金の髪が吹き乱され、さながら陽の光が風に遊ぶように見えた。生真面目な君の表情。青空より濃い青の軍服。その何もかもが眩しくて、私はこの光景をきっと幾度も思い出すのだろうと強く感じた。私を英雄にした焦土に再び立った記念の日の景色を。

2197.
貴方の目で世界を見たなら、そこにはどんな景色が広がっているのだろう。すべての事象に秩序があり、構築式で世界は明文化され、物質は貴方に理解される時を待っているのだろうか。そんな中、割り切れぬ感情や過去に世界を塗り潰されているのだろうか。馴染んだ世界を貴方の瞳で再構築してみたい。

2198.
君の眼差しで世界を見たならば、風さえ見えるのだろうかと思う。スコープ越し、射貫く標的を見つめる眼差しが、一体どれほどの事象を読んでいるのかと時々空恐ろしくなるほどに。千里を見通す鷹の目ならば、私のどんな些細な齟齬も見逃さないでくれるだろう。だから、私は彼女に背を預ける。

2199.
「うちの躾は厳しいわよ?」
「ああ、知ってる」
「……何であんたが知ってンスか」
「バカ、自分から馬に蹴られに行くやつがあるか!」
「……お前ら、私の机上に溜まる書類の量の日々の変化を知っているか?」
「ああ、そっちの躾ッスか」
「お前ら、私をなんだと思っている?」

2200.
少し歩いて振り向いた。俺たち兄弟を見送った大人ふたりが、同じ顔で笑って何か話している。なんだ。いつも尻に敷かれてるふりしたり、手のかかる無能の相手してるみたいな顔してるクセに。なんだ。大人なんてホント分かんねぇ。『分からないのは兄さんだけだよ!』

(20160402〜20160610)