Twitter Nobel log 32

1551.
君なら二口、私は一口、皿の上には莓が三粒。食べる速度を合わせるならば、君に一粒、私が二粒。そんな簡単な算数よりも、私は三粒を君に譲る。莓が三粒、笑顔が一つ、少し気障な等価交換。珈琲を飲みながら、私は台所の錬金術を楽しむ。

1552.
前、開いてますよ? と彼のうっかりを咎めれば、彼は微かに赤面し、奇遇だな、実は私も同じことを言おうと思っていたんだと答えた。私は頭のてっぺんまで赤くなり、化粧室へと走る。こんなシンクロはいらない!

1553.
時折襲う虚無を息を潜めてやり過ごす。迷いも焦りもあるし、負の感情に潰されそうになることもしょっちゅうだ。そんな私すら『迷うのは兵器ではなく人の証だ』といつもと同じ温度の眼差しで見つめる女がいる。だから私は虚無を抱えたまま背筋を伸ばす。眼差しだけは下げない為に。

1554.
貴方と一緒に歩いた歩数。貴方と交わした言葉の数。貴方と共に渡った戦場の数。貴方の隣で生きた日数。すべてを数字にして表したところで、私達の間にあるものが何か見える訳もない。それでも、そんな数字に意味を持たせたい自分がいる。ああ、貴方と視線を交わした数だけ心が揺れる。

1555.
全てを脱ぎ捨てることは、私を縛る全てを取り払うことに似ている。副官である私を作る軍服や、過去を隠す為のタートルネックや、女を強調する化粧や、そんなもの全て脱ぎ去った時にだけ、私は貴方と『ただの私』として向き合える気がする。だから、ベッドの中でだけ、私は素直に貴方の想いを受けとる。

1556.
偉い人のくせにと君は怒るけれど、こんな秋晴れの日には自転車が似合うだろう。君だってそこそこ偉い人のくせに、後部座席で秋風に目を細めているじゃないか。若い頃は意地を張って出来なかったことを、取り戻すと決めたのだよ。君、地獄の前にこちらにも付き合いたまえ。約束だろう?

1557.
雨の日は無能と言い切ってしまえば、雨の日は貴方には私が必要という認識が周知のものとなる。ライター一つ、私が手渡せば解決する問題の論点をすり替える。そうまでして、私は貴方に必要とされたいのだ。必要とされる私だと思いたいのだ。

1558.
改めてカメラの前に二人並ぶのも気恥ずかしく、自然とチームの集合写真ばかりが溜まっていく。それらを眺める私は、どの写真も彼女が私の隣に収まっていることに気付く。こんなことで頬が緩む私は、きっとどうかしている。

1559.
喧嘩をしてご飯を食べないなんて子供みたいだと思っていたら、仲直りにご飯を一緒に食べにやってくるのだから、ますます子供みたいだと思う。でも、そんな貴方に救われる意地っ張りな私は、貴方よりよほど子供っぽいのだと思う。大人になりきれない私たちは、今日もこんな風に向き合ってご飯を食べる。

1560.
寝返りに巻き込まれ目が覚める、〇四〇〇。明け方の冷え込みに熱源を求める手が、私と子犬と毛布をいっしょくたに丸め込む。ああ、もうそんな季節になったのか。一年は早い。そう笑って、彼女のナイトを気取る一人と一匹は、起床までの一時間、窮屈な状況を辛抱強くやり過ごす。

1561.
目覚めれば毛布の中に一人と一匹の侵入者。道理で暑くて目が覚める訳だ。そろそろ明け方は冷え込む季節なのに、おかげで風邪を引く気配もない。不法侵入は不問にしてあげようかしらと呟けば、理不尽だと狸寝入りの男は笑う。目覚めの口づけで議論を封じながら、私は目覚まし時計を止めた。

1562.
そんなに怖がらなくても、触れても私は消えないよ? そんな冗談を言ってしまいたくなる程に、強ばった君の表情に困る私がいる。そこまで手を伸ばしたなら、触れてくれれば良いのだが。生殺しのお預けを辛抱強く待つ、今日は私が君の犬。

1563.
希望という言葉を捨てたら、勝手に貴方が拾っていた。絶望もさせてくれないなんて酷い男と詰ったら、そんなものとっくに捨てたと闇い目で貴方は笑う。ああ、全部背負っていくのだ、この男は。それは何と緩やかで大きな絶望なのか。重すぎて、私には見つめる事しか出来ない未来がそこにある。

1564.
温室に咲く花に憧れるわけではない。ただ明るく暖かい場所が眩しいだけだ。踏まれても風雨にさらされても、花は咲く時は咲く。万人に愛でられずとも、貴方が知っていてくれればいい。Weeds never die.花束を抱えるよりも、銃を抱えて。

1565.
「嘘吐いていいんですよ?」沈黙が痛くて、思わずそう言った。そうすれば、私達はこの修羅の吹き荒れる感情から解放される。それなのに、貴方はひどく怒ったた顔をして「莫迦にするな」と呟いた。すべて抱えていくと決めた貴方は、時に残酷。嘘くらい吐いて、私を逃がしてくれたらいいのに。

1566.
「嘘吐いていいんですよ?」君はそうやって、いつも自分一人が我慢すれば何もかもなかったことに出来ると思っているらしい。どうして一人ではなく二人で背負うことを私に許そうとしないのか。悲劇のヒロインにはしてやらない、幸福を見ろ。「嘘なんか吐いてやらん」

1567.
真実だけが正義だなんて、子供みたいなことは考えもしない。嘘が方便だと知る程度には大人だ。それでも目の前の君にはこの心臓を切り裂いても、真実を呈示する覚悟を持っている。「嘘なんか吐いてやらん」君の切なげな瞳を見るくらいなら、その方がよほどましだ。

1568.
取れたワイシャツの袖口の釦を器用に縫い止める指先が、私の手首を掴んだ。引き寄せられる腕に、ちらりと私を見上げる瞳が悪戯に笑う。残されたのは、犬歯で噛みきった糸に微かなルージュ。確信犯のマーキングに私は夜遊びを諦め、今夜の予定を仔犬の散歩に変える。

1569.
斜め向かいに座る貴方の言葉が、同じ汽車に乗り合わせた乗客達の喧騒が邪魔で聞き取れない。耳を寄せれば、面倒だから隣に座ればいいと言われた。大義名分に並んで腰掛ける、喧騒に紛れて私達の指先が触れた。

1570.
仮眠中の耳にキャンキャンと吠える仔犬の声が響く。煩いなと思っていると「静かにしないと撃つわよ?」という彼女の躾の声が聞こえた。銃声の方が余程頭に響かないか? と夢うつつに苦笑し、私は彼女の作ってくれた静寂に眠る。

1571.
跪いて手の甲に口付ける程の気障よりも、手の平に口付ける程の誘惑より、眠りにつく瞬間の額への口付けがいい。疲れた夜に欲しいのは、劣情ではなく優しさ。幼い頃を思い出す、そんな触れ方を、その手で与えて。

1572.
大人のキスをする方が容易くなった三十路の男に、君は無理難題を押しつける。この手に欲情を含ませず君に触れることを思えば、一個中隊を一人で相手にする方が余程容易い。邪な男に純粋になれなんて言う残酷な女の髪をくしゃくしゃと掌で撫で回し、お休みのキスをその髪の先に落とす。

1573.
ダイエットとは無縁だと思っていた彼女が悩ましい顔で呟いた。「これ以上体重を軽くしようと思ったら、運動を止めて脂肪をつけるしかないそうです。どうしましょう」確かに筋肉は脂肪の三倍重いが、重量よりはプロポーションが大事では? 私は胸元の脂肪が減らなければ、何でもいいと思うがね。

1574.
体調を崩した私に肩を貸してくれる男は、頑なにそれ以上のラインを越えてはくれない。きっと後で親友に話したら、「はぁ? そこまで接近しておいて、肩も抱かないっての? あの男は」なんて呆れた顔をするだろう。そんな空想で私は乱れる心を誤魔化す。ああ、ますます熱が上がりそう。

1575.
大事な作戦の朝、朝食の目玉焼きはサニーサイドアップでなんて子供みたいな験担ぎをする彼女がおかしい。出されたものは美味しくいただき、雨でも晴れでも頑張るのが私の務め。明日はオムレツが食べられるように、事件の早期解決を目指す。

1576.
血塗れの手を繋ぎ、慟哭に身を任す。その手が犯した罪は、私の手が犯したも同義。愛の言葉なんて戯言、欲するのは半身。痛みも苦しみも共に。だから生きていける。

1577.
子供におもちゃの消火器を向けられて、割と本気でたじろぐ貴方が好き。

1578.
Q.上官の背中の副官の背の高さの位置に、口紅の跡どころか顔型がついているのに、副官が何も言わないのが気になって仕事が手につきません。どうすれば良いでしょうか?(部下一同) A.諦めるのが身の為だ、触るな危険。(上官)

1579.
寄り添う胸にドッグタグが揺れる。アクセサリーなんて付けない男の肌を飾る味気ないアルミの板は、彼の命が終わる時、私の元に帰ってくる為の片道切符。掌で弄び、口付けて誓う。ドッグタグなど必要の無い人生を、彼の上に捧ぐ。それが私の生きる意味。

1580.
双丘の狭間に温もりを持ったドッグタグを指先で引きずり出す。無機質に君の情報を打刻した金属片は私の指先でふらふらと揺れ、チェーンを引き寄せれば首輪のようで、君を私のものと錯覚させてくれる。愛しい君に贈る指輪代わりの所有印に口付けて、私はそれを再び君の奥深くへと仕舞い込む。

1581.
読みかけの本に栞代わりのドッグタグ。本来の出番がないのは、私たちの平穏の象徴。傍らに彼女が淹れてくれた珈琲を置いて、私は長閑な風景を完成させる。

1582.
気圧が下がると命中率が下がると彼女がぼやく。雨の日は君も無能の仲間入りかとからかうと、ものすごく嫌な顔をされた。少し傷付いた。

1583.
血塗れになった後でも、きちんと飯を食べている姿を見て安堵する。食べることは生きること。這いつくばっても生き残れと命じた私の言葉は、まだ君に届いていることを知る。臓物に塗れ、血に塗れ、肉を食らう。そんな獣のような命を美しいと思う私は、病んでいるのかもしれない。それでも。

1584.
普段遅刻などしない彼女が、待ち合わせに遅れてきた。普段なら理由を説明し謝罪する彼女が、謝罪だけで何故か照れている。きっと私を喜ばせてしまうような、彼女には都合の悪い遅刻の理由があるのだろう。素直ではない女を楽しむのも、また一興。さて、何と言ってからかってやろうか。

1585.
執務室に行った同僚が、何とも微妙な顔をして帰ってきた。駄々漏れの艶気の泥沼に突っ込むくらいなら、いっそ素直にイチャイチャしてくれた方がましだよなぁと嘆くヤツに、今夜は一杯奢ってやろうと思った。

1586.
黒いコートに雨を受け、二人歩く。十月の雨は冷たい。そんな理由で、私たちは一歩近付く。一本の傘で肩が濡れない距離で彼を見上げる。秋は少しだけ私の心を暖かくする。

1587.
そろそろ誰もが彼を忘れていい頃だ。内乱の英雄も、稀代の虐殺者も、クーデター阻止の英雄も、最後の大総統も、建国の祖も、ここには存在しなくていい。ここにいるのは、少しおでこが広くなったけれどその分オールバックがよく似合う、私の大切な人。それ以上でもそれ以下でもない、ただの男。

1588.
目覚ましでさえ起こすことの出来ない仮眠室の眠り姫の疲れた寝顔の前に、頬杖を付く。幸福な笑顔を作ってやりたくとも、私が彼女に作らせるのは目の下の隈くらいなもので、それならいっそ王子の口付けの代わりに、私は上官の厳しさで彼女を叩き起こす。

1589.
うっかり弾みで彼のお尻を触ってしまった。気まずい雰囲気の中、私達は何事もなかったふりをする。それにしても、男の人のお尻はあんなに硬いものなのか。なんだか不思議な感触に、思わず自分のを触って確認してしまった。

1590.
ベリーのアイスクリームを食べて、眉間に皺を寄せるなんて可笑しいと父のお弟子さんは笑う。でも、そんな風にじっと見られたら、どんな顔をしていいか分からなくなる。錬金術が凍らせた果物みたいに、私の心も凍ってしまえばいい。そうしたら、頬だってこんなに熱くならないだろうに。

1591.
仮眠室の扉を開けて、上官が既に起きていることに驚く。その気になれば一人で何でも出来る人なのだ。喜ばしいことの筈なのに、少し寂しく思う。『私がいないと駄目な人』だと思っていたいのだ。依存しているのは、きっと私。

1592.
女に足の爪を切ってもらうなど悪趣味だと、彼は笑う。そんな男の小指の爪をわざと少しだけ深く切る。歪む表情と滲む血が、私の心を騒がせる。悪趣味なのは私ですと笑い、私は血の滲む小指の先端を口に含む。支配されているふりで味わう甘露に身震いし、私は上目遣いで彼を舐(ねぶ)る。

1593.
不意に思い出した記憶は昨夜見た夢のように鮮明だった。深夜の台所、扉の影で君と小さな抱擁を交わした。傷一つない真っ白な細い首筋に私の吐息が触れ、君は小さく震えた。私が昨夜見た幸福な夢より余程幸福な過去に、私は掌に残るケロイドの感触を見つめ、憂鬱な水曜の朝に二度寝を決め込む。

1594.
私には使いこなせない錬成陣の描かれた手袋を、後生大事に持っている。摩擦係数の高い、ざらりと肌触りの悪い手袋は、切ない夜の私を慰める玩具。彼の滑らかな指先とは程遠く、私の肌を傷付ける。ある意味彼と同じ、サディスティックに私を恍惚へと導く彼の分身。

1595.
部下たちの前で初めましてと挨拶をする君に私は鷹揚に頷く。すました顔で初対面のふりで、私は他人を装いながら、君のその軍服の下にあるものを思う。この手が作ったケロイドや、秘伝や、柔らかな肌や、様々な君を。初めまして、軍服の君よ。その服の下に隠したものを永遠に私には見せぬつもりの君よ。

1596.
ひどく苦しそうに顰められた顔が、快楽のせいなのか、罪悪のせいなのか、貴方は私に悟られぬように顔を背ける。そんな無駄なことしなくて良いのに、可愛いひと。貴方が私の背にあるものに怯えていることなんて、ずっと前から知っている。蜘蛛の糸のように雁字搦め、貴方はこの背から逃げられない。

1597.
伏せた眼差しが潰れた文字を追う。Libera me, Domine, de morte terna,解放して下さいと私の背が歌う。聞き入れぬ貴方は口付けで泣き叫ぶ文字を宥め、私の心をざわめかせる。解放して下さい私を貴方から。貴方を傷付けることしか出来ぬ私から、逃げ出して。

1598.
夜の女を呼び出す電話をかける私に、彼女の視線が絡み付く。重くなる指先を強気に回し、私は優男の声で軽いお喋りのふりをする。この電話の先にいるのはただの情報源、私にとってただ一人の女は隣にいる。彼女が怯えているのは彼女自身の影であることを、気付かせない努力が時に虚しい。

1599.
それは多分、本当に簡単なことなのだ。例えば今、このまま三歩進んで『うっかり』貴方の背にぶつかれば、酒の力が貴方の腕を私に開かせる。そんな小さなきっかけでどうにかなる私達なのに、そんな『うっかり』が出来ないのも私達なのだ。今日も三歩下がって、貴方の影さえ避けて、私達は夜道を歩く。

1600.
ただいまと言われて、おかえりなさいと返す。家族ごっこがしたいのかと問われれば、それは違うと私は思う。別に家族にならなくても、貴方の帰る場所がここにあることを私は常に示したいだけなのだ。おかえりなさい。今日もまた貴方が私の元に戻ってくること、ただそれだけで私は嬉しい。

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