17.国家錬金術師【03.Side Riza 〜誓い〜】前編
【Caution!】
超未来捏造話です。苦手な方はお避け下さい。
錬金術は等価交換だなどと言うが
この想いと等しいものなど 存在するのだろうか
*
『前略
元気にしているだろうか。
こちらは元気だ。
先日は手紙をありがとう。
エリシア嬢に第二子が生まれたとか。
ヒューズが存命なら凄まじい爺バカを発揮していた事だろう。
あんな小さかった子供が二児の母親になっているとは、道理でこちらも歳をとるわけだ。
なるべく身体が鈍らぬよう、毎日鍛えてはいるが、なかなか現役の頃のようにはいかん。
万一君に会えるようなことがあった時に、幻滅されない程度に努力はしておこう。
色々と世間の動きもあるようだが、惑わぬようにしてくれ。
私は変わらず、君との誓いが叶えられる日を待っている。
健康には留意するように。
リザ・ホークアイ殿
ロイ・マスタング』
検閲済みの印の付いた封筒に中身を戻しながら、私は彼らしい最小限の素っ気ない文面の中に最大限の気遣いを潜めた手紙の内容を胸の内で反芻した。
ラジオからはアメストリス民主化×○年記念式典の様子が流れてくる。
やはり恩赦は無理だったか。
ある程度予測していた事とは言え、私は小さく溜め息をついてラジオのボリュームを絞った。
彼が投獄されてから、幾多の歳月が流れた。
国内情勢、国民の声、他国の干渉、様々な要素が複雑に絡み合って、彼の刑は未だに執行されずにいる。
流れる年月の中で幼い民主国家だったこの国も成熟し始め、過去の“セントラル裁判”の不公正さを指摘する声が各方面から聞こえたり、国の記念行事がある度に彼の恩赦を求めるデモ騒動が起こったりするようになってきた。
当然、逆もまた然りで、国民殺しの罪人を税金で養っているとは何事だという意見が出ることもあるし、イシュヴァール人の抗議活動が起こる事もある。
どちらにしても、相変わらず彼に関する話題は絶えない
国際的な視点から見れば、易々と条約の根底を覆す事もならないであろうし、完全には絶えぬ国内の反政府活動への牽制も必要だ。
この国を取り巻く紛争と政治的状況が彼を生き長らえさせているとは,何とも皮肉な事だ。
今や彼の存在は、一個の政治の駒となっている。
様々なものを牽制する、駆け引きの材料として。
さしずめ、アメストリスというキングを守るナイトと言った所だろうか。
いくらチェス好きの彼でも、この状況は流石に苦笑を通り越して失笑しているだろう。
今頃彼はどうしているだろうか。
結局、投獄されて後の彼との面会は一度きりしか許可がおりず、こうしてやり取りされる制限付きの手紙だけが彼の安否を知る術となっていた。
出せる数の決まった、検閲を受けねば出す事も適わぬ手紙の内容はいつも決まっている。
“君は元気か
自分は元気だ
君との約束が叶えられる日を待っている”
それに多少の他愛ない近況の報告が少し。
うっかり社会情勢に触れる内容があれば、その文は検閲の時点でインクで真っ黒に塗り潰される。
次第次第にやり取りされる手紙は簡潔になっていく。
それでも、彼の言葉は私に大きな力を与えるのだ。
一人で生きていく事が辛くない、と言えば嘘になる。
それでも、一人で生きていかねばならない。
だから、つい惑ってしまう。
民主化×◯年記念の政令恩赦があるかもしれない。
国民の運動を受け入れて、彼の減刑があるかもしれない。
あの時、あれだけの彼の覚悟を受け入れたけれど、やはり私の感情は納得はしてくれなかった。
この期に及んで、まだ機会があるのなら彼に生きていて欲しいと考えてしまう。
こうして社会の情勢が変化し、様々な動きを耳にする度に。
弱い私を揺さぶる要素は、あまりにもこの世には溢れ過ぎている。
そんな“if”に縋る私を、彼の人は軽やかに窘める。
惑うな、と。
そして、これだけ離れていても、これだけ時間が経っても、あの人は言外に私に知らしめてくれるのだ。
いつだって、彼には私の考える事などお見通しなのだと。
全てを削ぎ落とした簡潔な文章で。
私の傍にいなくても、彼と共に生きた日々は私の中にあるのだと。
そして、私は改めて感じるのだ。
彼が守ったこの国は、着実に民主国家として進歩しているのだということを。
私を揺さぶるほどに、幾多の情報が国家に統制されずに溢れている現実を。
彼を擁護する自由も、批判する自由も、国民皆が等しく与えられている事実を。
惑っても、弱音を吐いても、それでも一人で生きていく。
その強さをくれるのは、彼の綴る僅か数行の言の葉。
そして、私はただ待つしかないのだ。
どのような形を取ろうと、彼が私の元に帰ってくる日を。
期待する事を止める事は出来ない、しかし、覚悟は常に胸の内にある。
だから私はただ待つのだ、彼とのあの日の誓いを守る為に。
引き出しから新しいブルーの便箋を取り出して、決まりきった返信を私はしたためる。
多少文面は変わっても、こちらも内容はいつも変わらない。
“お元気ですか?
私は元気です
ここで変わらず貴方をお待ちしております”
そして彼の知人たちの近況を少し、申し訳程度に記せば、もう書く事は何もない。
否、書ける事は何もない。
人に迷惑をかけぬ為に、彼に迷惑をかけぬ為に。
最低限の何でもない言葉たち、万感の想いを込めた言葉たち。
僅か数行の言葉に全てを託し、私はいつ彼の手元に渡るか分からぬ手紙を綴る。
彼の手紙と同様に、私の手紙が彼に何かを伝えてくれる事を祈って。
例え僅かな言葉でも、千金の重みを持って想いを伝える事があるように。
そう、あの冬の日の屋上での彼の言葉は、今でも昨日の事のように思い出せる。
私はペンを置き、手紙の内容を推敲しながらあの日に想いを馳せる。
青い便箋、青い空、あの日の誓いを思い、私は両の手を重ねた。
『拝啓
雪晴れの青空があざやかな候、いかがお過ごしでしょうか。
世間では風邪も流行っているようですが、当方は至って元気に過ごしております。
先日、グレイシアさんとお会いする機会がありました。
エリシア嬢の産後の肥立ちも良く、母子ともに健康だそうです。
次代を担ってくれる子供たちの誕生に、大いに心強いものを感じています。
少なくとも現時点でこの国が、彼ら新しい世代が内乱とも他国との戦争とも無縁で生きていられる国である事を誇りに思います。
そして、このまま彼らが無条件に幸福を享受出来る国であるように、
過去の戦いがムダでなかったと思える国であるように、見守り続けるつもりです。
日々様々なものが移ろいますが、
私は変わらず、貴方をここでお待ちしております。
どうぞ、ご心配なく。
極寒の折から、くれぐれもご自愛ください。
かしこ
ロイ・マスタング様
リザ・ホークアイ』
To Be Continued...
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【後書きの様なもの】
次で終わります。
最後までお付き合いの程、よろしくお願い致します。