17.国家錬金術師【02.Side Roy 〜想い〜】後編

【Caution!】
超未来捏造話です。苦手な方はお避け下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私の回想は、彼女の簡潔な一言で打ち切られた。
「そうでしたね、短期スパンで物事を判断するべきではありませんでした」
そう言って彼女は、微笑んでみせる。
窓のない部屋に、陽が射し込んだような気がした。
温かいものを胸に感じ、あの日と同じだと思い私は苦笑する。
 
「ああ、確かに現状は憂慮すべき点も多々あるが、ここで一息に膿を出し切ってしまうのも一つの手かもしれない」
「なるべく、血が流れなければ良いのですが」
「まったくだ」
 
そう、焦ってはいけない。
刑務所の中で現状を憂い1人溜め息をつく夜、私はあの冬の日の屋上を思い出し、彼女を説得した自分の言葉を反芻する。
私はあの時、最善と思われる選択をした。
少なくとも、それで得られたものもあったと思える。
どの道、私は罪を償わねばならず、偶々それに国際的平和の道が運良くついてきただけの事ではなかったのか。
欲張ってはいけない。
人間は自分の分をわきまえねばならないのだから。
 
「それに、現政府とて無能の集団ではない」
文句を言いながらも私は、現政府の者らが私に意見を求めに来る時に見せる真摯な態度と情熱を評価している。
彼らは彼らなりの平和の道を模索し、その為になら政治犯である私の所に意見を求めることさえ辞さぬ覚悟を持っている事が、ひしひしと伝わってくるからだ。
彼らも争いの連鎖を断ち切る努力を、力に頼らぬ国を作る術を必死に模索している。
 
だから、託せばいい。
私は礎の一つでしかない。
後は彼女に、後からくる世代に委ねればいい。
全て1人で背負えるなどと、とんだ思い上がりもいいところだ。
 
「彼らに期待されますか」
「1人1人の力は小さくとも、積み重ねることが歴史を作るのだからな」
「そうですね、閣下の拓いた道が無駄にならないことを」
「祈りたいものだ」
例え無駄になったとしても、きっといつか誰かが。
大丈夫、人間はそれほど愚かではない。
 
そうだ、託すと言えば。
「中佐、すまんが鋼のに会ったら、520センズ取り立てておいてくれないか」
「承りますが、、、また細かいですね。なんですかその中途半端な金額は?」
「電話代だ。ああ、それから奴に伝えておいてくれ。“これが精一杯だ、許せ”と」
そう言った私の言葉に、彼女は苦笑で答えてきた。
「あちこちに借りばかり出来て、大変ですね、閣下」
鋼のから、何か聞いているのかもしれない。
私も笑って彼女に返す。
「向こうが私に借りを作ったと思っていなければ、それでいいさ」
あの小さかった2人の兄弟も、いや、アルフォンスはサイズ的には大きかったが、もう立派な大人だ。
鋼のも短絡的な所は相変わらずだが、流石に理解してくれるだろう。
いや、やっぱり怒るかもしれないな。根本的な所は変わらない男だ。
頼むから彼女を困らせてくれるなよ?
私は胸中で、成人してから驚くほど背の伸びた小さな錬金術師の顔を思い浮かべた。
 
そうして幾つかの、今度は隠す必要もない事務的な伝達事項を伝えれば、短い面会時間はあっという間に終わってしまう。
立ち会いの刑務官が、面会時間の終了を告げる。
名残惜しく我々は見つめ合う。
いざとなると、胸が詰まって語る言葉も見つからない。
本当に伝えたい事は、何も言えなかった。
会えただけで十分だとも思えるが、出来るなら一分一秒でも長く顔を見ていたい。
せき立てられるように立ち上がる彼女に、切羽詰まった私はふと思い出した疑問を口にした。
 
「そう言えば、どうやって面会の許可を取ったのだね?家族でも無理だと言われていたのだぞ」
彼女は少し驚いた顔をして、微かに微笑んだ。
「何度も裁判所に通い、家族でないと難しいと言われましたので、、、」
そこで彼女はいったん言葉を切り、私の表情を伺う素振りを見せた。
いつもと違う微妙な表情、彼女の無表情の仮面が少し揺らぐ。
「内縁だと申しましたら、意外にすんなり許可がおりました」
私は驚きのあまり絶句し、そしてどんな顔をして良いか分からなくなり、思わず無精髭の頬を撫でるふりで顔の半分を隠した。
ああ、全くもって敵わない。
よくもまぁ、サラリとそんな爆弾を落としてくれるものだ。
 
「何かご不満でも?」
「いや、君を日陰者にするのは忍びないと思ってね」
軽く冗談めかして笑って返せば、ホッとしたような彼女はいつもの部下の顔で言う。
「全く、莫迦な冗談はお止め下さい。最も有効と思われる手段を用いたまでです」
何でもない顔をしてそんな事を言っているが、その言葉が君自身にどれだけ痛いか、私が分からないとでも思っているのか?
考え得る限りの手段を尽くして、そこまでして会いに来てくれるとは。
本当に君という人は。
 
彼女と会うと決心が鈍るなんて、バカな事を考えた間抜けは誰だ?
彼女はいつだって、私を傍らで支え続けてくれた優秀な副官殿だった事を忘れるとは情けないぞ、ロイ・マスタング
 
「ありがとう」
万感の想いを込めて、私は言った。
一番伝えなくてはならない言葉は、最初からこれ以外にはなかったのだ。
刑務官が時間の超過を知らせ、声高に彼女に退室を促す。
彼女は困った顔で微笑むと何か言いかけて、結局黙ったままゆっくりと丁寧に頭を下げ、そして小さな声で
「お元気でいらして下さい」
と一言言うと、ひらりと左手を振って私に背を向けた。
 
「君も元気で」
ありきたりの言葉で、私は彼女を送る。
チラと振り向いた彼女に私も手を振ると、彼女は頷いて出て行った。
しばらくの間、私は名残惜しく彼女の出て行ったドアを見つめ、固い椅子から立ち上がった。
そして、面会室を出ながら、私とは反対の方向へ去っていった彼女を思う。
 
そうだ、彼女は其処にいなくても私と共に存在する。
一人、独房の中で夜と向き合っていると、闇の大きさに心が塗りつぶされて叫び出したいほどの恐怖に駆られることもある。
どれだけ格好をつけたところで、死は圧倒的な恐怖だ。
そんな時、いつも浮かぶのは涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑ってくれた彼女の存在。
今、この空の下で彼女が生きていてくれる現実。
それで十分ではないか。
 
私はこの国と民を背負って生きてきた。
最後にこの国の礎の一つとなることが出来、もう少し贅沢を言うならば、彼女の笑顔を守ることが出来たなら、私はそれで十分に報われる。
 
心から、そう、想う。
 
 
 
To Be Continued...
 
  ********************************
【後書きの様なもの】
私がマスタングを好もしい男だと思う理由の一つに、己の分を弁えた男だというのがあります。
彼は青臭い夢を語った時に、「礎になる」ではなく「礎のひとつになる」と言っています。
つまり、自分が「one of them」である自覚を持っている。自分一人の力をわきまえた上で歴史の一個の積み石になる覚悟は、なかなか出来るものではないと思うわけです。
以前とある方とのメールのやり取りで人の弱さや強さについてお話した時に、『自分が弱いことを認識し、それを己の一部として受け入れる強さ』というものがあると思うと申し上げました。そう言うのも含めて。
 
今回、BGMはBU/MP OF CHI/CKENをエンドレス。
うっかりワンフレーズお借りしてしまいました。すみません。
 
よろしければ、お願い致します。

Web拍手