cherry pink

気持ちの良い青空の下、リザは洗濯したばかりの真っ白なシーツを両手いっぱいに広げた。
強い風でロープに干したシーツがパタパタとひらめいて太陽光を眩しく反射させ、庭のアーモンドの花が濃いピンクの花弁を風に舞わせている。
リザは手に持ったシーツを干しながら、宙を舞う花弁たちを目で追った。
毎年吹き寄せられる花弁の掃除が大変だったが、心地良い季節の風物詩だと思えばそれも苦にはならなかった。
マスタングが来る日だからと窓を開けておいた客間にも、花弁が舞い込んでいるかもしれない。
彼のことだから、窓を開けたまま修行に夢中になり花弁まみれになってしまうかもしれない。
そんなマスタングを想像して、リザは一人クスクス笑った。
 
「何を笑っているの?」
不意に背後から声を掛けられて、リザは笑顔のままで振り向いた。
そこにはリザの想像の中から抜け出したかのように、髪にピンクの花弁をくっつけたマスタングが立っていた。
あまりにも思った通りだったので、リザは笑いが止まらなくなってしまい、何故リザが笑っているのか分からないマスタングは、自分の格好におかしな所があるのかとパタパタと服を払っている。
 
「どこか変かい?」
そうマスタングに聞かれて、リザは何とか笑いを収めるとちょこんと自分の頭をつついて、
「花弁が」
と教えてやった。
マスタングはぶ然として闇雲に髪の毛をクシャクシャかき回すが、柔らかい髪に花弁は絡みつき離れようとしない。
仕方ない、とリザは花弁を取ってあげようとマスタングの頭に手を伸ばす。
しかし、リザより頭一つ以上背の高いマスタングの頭のてっぺんに手が届くわけがなく、リザは一所懸命に背伸びをする。
すると、リザの意図を察したマスタングが膝を屈めてくれた。
 
目の前のマスタングの頭頂部に手を伸ばし、リザは普段見る事のない光景に少し緊張する。
柔らかい黒髪はサラサラと手に流れ、濃いピンクの花弁が添える色彩が驚くほど鮮やかで目に眩しい。
よくよく考えれば、普段からマスタングに触れることなんか殆ど無いというのに、いきなり頭に触ろうとするなんて出過ぎたことをしただろうか。
知らず知らず強張ってしまったリザの指は上手く小さな花弁を摘む事が出来ず、上手く取れない花弁にリザはますます焦ってしまう。
そうしているうちに、新たな花弁がひらひらと舞い降りてくる。
 
「取れない?」
いつもは上から聞こえるマスタングの声が、下から聞こえてくる。
ちょっとした逆転の違和感に更にドキドキしたリザの返事は、しどろもどろなものになってしまう。
「もう少しなんですけど、柔らかくて、風もあるし、新しいのも落ちてくるし」
言い訳のように言うリザの口調が可笑しかったのだろう。マスタングは笑った。
「いいよ、リザ。後で取るから」
そう言われて、リザはくしゅんとしてしまう。
いつもなら、こんな簡単な事に手間取ったりしないのに。出来るはずのことが出来ない悔しさと恥ずかしさともどかしさに、リザはマスタングに八つ当たりする。
 
「もう、マスタングさんの髪の毛が柔らか過ぎるから、取れないんです!」
リザはそう言うと、いきなりマスタングの髪の毛を両手でクシャクシャにかき回してしまう。
「こら、リザ!」
驚いたマスタングはリザを捕まえようとするが、リザはスルリと身軽に逃げ出した。
 
マスタングはやれやれといった風情で髪を直し、少女の姿を目で追った。
怒ったような困ったような顔をしたリザは、風にはためくシーツの影から彼の方を伺っている。
 
「全く困ったお姫さまだ」
そう笑ってひとりごちると、マスタングは気まぐれな子猫のような少女を追いかけて、花吹雪の中を走り出した。
 
 
 
Fin.
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【後書きのようなもの】
桜が散る前に。
鋼の世界は、桜じゃなくてアーモンドの花じゃないかなぁと勝手に妄想。
若ロイ仔リザは、お菓子のように甘くて可愛らしいのが好きです。