mignight blue 前編

夜中にふと何がしかの寂寥感を感じ目覚めれば、隣で眠っているはずのロイは姿を消していた。
ベッドに横たわったまま、リザは目を瞬かせて闇に目を凝らす。
サイドボードの上の時計は午前2時を少し回ったばかりだった。
 
自分の拍動が不愉快にこめかみに響き、リザは不機嫌に寝返りをうった。
寝る前に少し飲んだアルコールが残っているようで、頭が重く感じられる。
こんな時間にいったい何処へ行ったのだろう。
私を置いて。
そう思った時、声がした。
「夢を見ていたのか?」
リザはまだ目覚め切らぬ半身をそろりと起こし、声のした方を振り向いた。
 
声の主は窓を背にして、椅子に逆さまに腰掛けてリザを見ていた。
窓からの淡い街灯の光を背にしているせいで、ロイの表情は逆光ではっきりとは見えない。
椅子の背に頬杖をつき大きく足を広げて座っている様は、泰然としつつ自堕落な空気を漂わせ、それでいて何故か頼りなげでリザは切なさを覚える。
こんなに近くにいるのに、どうしても手が届かない。そんな気がしてしまうのだ。
 
「いつから起きていらしたのですか?」
と、問うリザの声を無視し、ロイは重ねて問うてくる。
「夢を見ていたのか?」
「覚えていません」
頑なな問いの繰り返しにリザは仕方なく自分の疑問を放棄し、素直に答えを返す。
こういう時の彼に逆らっても無意味なことは、彼女は体験的に分かっている。
リザの答えに、ロイは微かに溜め息をついたようだった。
 
「ならば何故泣いていた」
怒ったようにそう言われてリザはハッと頬に手をやったが、涙の後は何処にもなかった。
ブラフかと思いキッとロイをねめつけると、面白くもなさそうに彼はトントンと自分の目尻を指してみせる。
リザはゆっくりと指先を自分の目頭にもっていき、そろりと下の瞼をなぞる。
指先に雫の名残が触れた。
自分でも理由が分からず、リザは驚いてロイを見た。
 
「随分うなされて泣いていた」
「起こしてしまいましたか、申し訳ありません」
ロイはゆっくりと左右に首を振った。
気にするなと言うことだろう。
「本当に覚えていないのか」
淡々と問い掛ける声に、リザははいと答えて己の記憶を探る。
しかし幾ら考えても夢の残滓はその影すら見せず、彼女は考えることを止め起き上がってベッドに腰掛けた。
 
リザは枕元の銃を手に取り、弾倉を確認する。
いつもの習慣なのに今日に限って銃はやたらと手に重く感じられ、それも夢のせいなのかとリザは己の知らぬところで感情を晒した自分自身に苛立ちを感じる。
そんなリザの様子に構う風も見せずロイはゆらりと立ち上がる。
そして、リザの手から銃を取り上げるとサイドテーブルにあったグラスを代わりに押し付けた。
ぬるい琥珀の液体はゆるゆると酒精を立ち上らせ、彼女の体内に残ったアルコールがそれに反応して頭重感を増す。
リザはイライラと感情に任せて乱暴にロイの手にグラスを戻すと、引ったくるように彼の手から己の銃を取り戻した。
  
「ベッドで銃を持っているよりは、酒の方が健全だと思うがな」
揶揄するような声音が闇に響く。
手に持ったグラスをひと息にあおり、男は酒臭い息を吐きながらリザの隣に座った。
「前から聞きたかったのだが、君は何故ベッドにまで銃を持ち込む?私を撃つためか?」
リザはムッとする。何が言いたいのだろう、この男は?
 
彼の副官にになり、ベッドを共にするようになっても、どこかに某かのわだかまりが存在するのは確かだった。
しかし、それは憎しみでも怒りでもなく、寧ろ救いようのない哀しみとしか言いようのないものだ。
ベッドで互いを貪りあっても、残るのは虚ろな想い。
交わりあう身体では埋められぬ溝がひっそりと二人の間に横たわり、ロイはそれを埋める為に酒を飲み、リザはライナスの毛布のように銃を手放せずにいるのだ。
 
「貴方を護衛する為に」
真実の答えを自覚せずに、リザは当たり前の答えを返す。
「君は自分が同衾している相手が誰か分かっているのか、イシュヴァールの英雄だぞ」
そんなリザの台詞に対して自嘲としか言いようのない言葉を吐きながら、ロイはグラスを置く。
「そんな事を仰って、肝心の発火布の手袋がないではありませんか」
「ははは、これは一本取られた」
耳にザラザラと響く男の乾いた笑いに、リザの苛立ちは更に募る。
 
「そんなに無防備でよろしいのですか?」
「寝首を掻かれて死ぬなら、それまでの人間だというだけの事だ」
全く何と無責任なのだろう。
リザは呆れて言葉も出ない。
 
酔っているのだろうか。
それにしては闇に透けるロイの顔は酔いの気配すら感じさせず、バーボンの香り以外にアルコールの存在を示す兆候はなかった。
「さて、どこに置いてきたかな。発火布は」
すいと涼し気な顔でロイは立ち上がった。
 
男が寝室に焔の錬金術師の証を持ち込んだことは、今までに一度もない。
わざとらしいロイの言動に、リザはギリと歯咬みする。
今夜の彼はどうかしている、何があったというのか。
原因を考えようとするが、頭重感が思考の邪魔をする。
リザは考えることを放棄し、不機嫌を露にする。
 
そんなリザの表情を見ながら、ロイは青白い顔で笑って言い放つ。
「思い出せん。これでは焔の錬金術師も廃業だな」
リザにとっては許せない冗談に、彼女の苛立ちが遂に弾けた。
リザは衝動的に手の中の銃の撃鉄を起こし、立ち上がってロイの眉間に黒い鉄の筒先を突きつけた。
 
 
 
To be Continued...
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【後書きの様なもの】
久々に続き物です、殺伐・暗め。
お付き合い頂ければ幸いです。