SSS集

  宿酔



「ですから! あれほど着替えてからお休み下さいと申し上げましたでしょう?」
「だから! 少し仮眠をとるだけのつもりだったと言っているだろう!」
 くだらない朝の喧嘩の高い声が、二日酔いの頭にキンキンと響く。ロイは苛々しながら酒で焼けた喉に手をやり、それからサイドテーブルに置かれた水差しからコップに乱暴な手つきで水を汲む。全く人が飲み過ぎて頭が痛いというのに、朝からケンカを吹っ掛けてくるとはヒドい恋人だ。
 そう思いながらコップを口に運べば、キンキンに冷えた水から仄かに蜂蜜とレモンの味が香る。水と思ったそれは、二日酔いの時彼女がいつも作ってくれるレモネードだった。怒った顔をしながら、この気遣い。全く素直じゃないな。
 思わず頬を緩め、ロイはリザの顔を見る。そんなロイの表情に彼の考えを悟ったらしいリザは、きまり悪げに口を噤んだ。ああ、可愛い。全くもって敵わない。ロイはコップを置いてリザを抱き寄せる。
「すまない、以後気をつける」
 素直に謝罪の言葉を落とせば、ますますリザは口ごもる。ああ、たまらない。ロイは彼女に叱られるのを覚悟して、酒臭い口付けを彼女の上に嵐のように降らせた。

ツンデレのテンプレ)
 
  たんぽぽ



 春の突風が開けたままの窓から吹き込み、カーテンが翻る。師匠に貸してもらった資料が飛ばされてはたまらないと、マスタングは勉強の手を休め、窓を閉めようと立ち上がった。
 窓辺に立って中庭を覗き込めば、リザが背伸びをしながら洗濯物を取り込んでいる。ショートカットの金の髪が風に吹かれてクチャクチャになるのを気にも留めず、歌を歌っている彼女は春の日射しの中で生き生きと輝いて見える。
 新緑の木漏れ日の下、リザはかご一杯の洗濯物を抱えて振り向いた。と、ちょうど二階の客間の窓辺に立つマスタングと、彼女の目が合った。
「リザ、今日の晩ご飯は何だい?」
 大きな声でマスタングが聞けば、リザはニッコリ笑って叫ぶように答える。
ローズマリーで風味付けしたチキンと新ジャガをオーブンで焼いたのがメインで、それから、グリーンピースのポタージュとサラダです!」
「聞いてるだけで、美味そうだ!」
「期待してて下さい!」
 リザは嬉しそうに笑った。ざっと風が吹き、彼女のスカートの裾が翻ると共に、庭のタンポポの綿毛が一斉に飛び立つ。
 ああ、春だな。マスタングは笑ってリザに手を振ると、窓を閉め再び机に向かった。
 
(金/麦のCM的な)
 
  美辞麗句

 まったく、この男は口から生まれて来たのではないだろうか。リザは時々そう思いながら、男の美辞麗句をこそばゆい想いで聞き流す。いつもどんなに些細なことでも、ロイはリザを褒めてくれる。
 例えば新しい服を買えば
「ああ、その襟のラインは、君の綺麗な鎖骨がより美しく見えて良い」
 だとか
「スリットの入ったスカートの方が、君のスタイルの良さが際立つな」
 などと必ず誉めてくれる。頬に吹き出物が出来た時でさえ、
「君はニキビですらチャーミングだな。働き過ぎはいただけないが」
 などと言うものだから、リザは思わず寒気がしてグーで男を殴ってしまったくらいだ。
 
 ある誕生日の日、もう年齢を数えてお祝いはしないで下さいとリザが言うと
「君ならどんな皺だらけになっても、お婆さんになっても可愛いだろうな。好きだよ、リザ」
 とロイが言うので、リザもたまには自分もリップサービスを返してみようと、彼の額を見ながらこう言ってみた。
「私も貴方がどんなハゲツルピンのタコ坊主になっても、大丈夫ですよ」
 それを聞いたロイはなんとも複雑な表情をすると、じっとリザを見つめ、
「君の愛情表現は、時々ものすごく微妙だな」
 と額を押さえて深々と嘆息した。ちょっと何かに勝った気がして、リザはニコリと笑って自分からロイに口付けてみた。
 
(天然さんテンプレ)
 
  所有権

 コンクリートの床に、天井に、銃声が乱反射する。
 ああ、今、君はそこであのホムンクルスと交戦中なのだな、分かった。すぐに行く。
 激痛にひきつれる脇腹を押さえ、私は長い長い廊下を歩く。壁に手をつけば世界がぐにゃりと歪む。駄目だ、今倒れる訳にはいかない。崩れる身体を気力で持ち上げ、私は重い足を運ぶ。
 君の銃声に一瞬のタイムラグ。おそらく、オートマチックの弾が切れたのだろう。君の手持ちは、後六発か。君があと六度、愛用のリボルバーで“それ”を殺しておいてくれれば、私の勝機も上がる。もうすぐだ、待っていてくれ。
 そう考えた時、不意に銃声が途切れた。私は肝を冷やす。まさか……必死でたどり着いた部屋の様子を伺えば、彼女の涙声が耳に入る。
 ああ、彼女は生きている。少しの安堵を胸に、私は痛みに歪む顔を更に歪め、壊れたライターを握り締め呟いた。
 
 ホムンクルスよ、お前を殺す理由がまた増えた。
 まったく。私の女を泣かせていいのは、
 
 私だけだ。
 
(10巻錯綜のセントラル補完的SSS)
 
  ああ無能

「大佐、確か私は『付け合わせが足りませんので、サラダを作るのにジャガイモを買ってきて下さいませんか?』とお願いしたと思うのですが」
「ああ、確かにそう聞いた」
「でしたら、何故……」
 リザはロイの持ち帰ってきたものを指差して、肩を震わせた。
「何故、箱で買っていらっしゃるんですか!? これ、2キロも入っているんですよ?」
「いや、君、イモ好きだし、私の方が食べる量も多いから、このくらいあっても良いかと思って」
「何を考えていらっしゃるんですか。二人で一度に食べられる量は、せいぜい2個くらいなものです。この箱の中にいったい何個のイモがはいっていると思ってらっしゃるんですか!」
「え〜っと……」
 どうやら本当に分かっていないらしいロイは、あさっての方向に視線を逸らす。リザは本気で頭が痛くなる。
「幾ら日持ちがするとは言え、30個以上のジャガイモを二人で食べ切るのがどれだけ大変か。大佐、聞いてらっしゃいます?」
 どうしてあんな難しい錬金術の構築式を瞬時に理解出来る人が、一度に食べきれるイモの量が分からないのだろう? というか、どうしてこんな下らない事で、私は上官を叱りつけているのだろう。
 情けない顔をするロイと大量のジャガイモを前に、リザは自分のイモ料理のレパートリーを考えながら大きな溜め息をついた。
 
(出来る男ほど日常面でダメダメだったり)