Twitter Nobel log 11

501.
瞬きを一つ。気配を感じて振り向けば、不自然に視線を逸らす彼女の存在。瞬きを一つ。薄目を開けて、見逃さないように。今度は君が油断してくれるかい?

502.
「逃げ出しても良いかな?」「何からですか?」「デスクワークから」「駄目です」「なら、君からは?」「お好きな時に」「ほら、そうやって私を雁字搦めにする」「何を今更」

503.
視認、発見、追尾、警護。対面、会話、抱擁、拒絶。議論、対立、譲歩、和解。職務、職務、職務、職務。帰宅、抱擁、接吻、平穏。輪廻する一日。

504.
憂鬱を抱えて、夜中に洗濯機を回す。洗濯機は何もかも綺麗に洗い上げるのに、私のこの憂鬱だけは落としてくれない。「それは、君自身が後生大事にそれを抱えて手放さないからだろう?」優しい男は私の耳元で、そう囁いて私の手から憂鬱を取り上げる。夜中の優しい洗濯機、洗い上がりの時間は何時?

505.
早朝の執務室、デスクの上に置き忘れられた彼女の微かな痕跡を指でなぞる。私が不在の三日間、彼女はここで何を考えていたのだろう。出張帰りの疲労を忘れさせ、私に微笑を浮かべさせる力を持つ、君は本当に優秀な私の副官。

506.
人生は分岐点の連続で、選んで、選んで、選んで、選んで、選び続けて此所まで来た。決して正解ばかりではなかったし、何が正解か未だ分からない。それでも、決して流されたのではないと言い切れる、今こうして彼女が隣にいるのがその証明。それが私のプライド、それが私の勲章。

507.
珍しく彼女が寝坊した。黙って見ていると、叱られるのを待つ彼女の仔犬の様な顔でこちらを窺っている。お前、そんな所まで彼女に似たのかと、私は足元の仔犬の頭を撫でる。なら逆に、お前みたいに彼女が鼻を鳴らして擦り寄って来てくれはしないものかな。私は彼女みたいに、叱ったりしないのだがね。

508.
子供の頃に大好きだった、くるくる回る回転木馬。それは私の彼への想い、進まずカラカラ空回り。白馬の王子は夢幻に、からから揺れるされこうべ。それでも夢見る回転木馬、永久に背中を追いかけて。

509.
見てはいけないものを見てしまった。見なければ、心の平穏は揺るぎなく保たれたものを。ほんの数文字の言葉に殺された弱い心を拾い上げ、私は独り寒さに滲む冬空の下を歩く。影法師さえ付いてきてくれない、灰色の空の下を。

510.
難しい新聞の見出しが私を苦笑させるのは、目を輝かせてそのニュースに飛びつく彼を連想させられるから。こんなところにまで、彼の存在が私を侵食しているなんて。仕方の無い人、仕方の無い私。

511.
昼間から酔っ払う特権を行使する我々は、自堕落にソファーに身体を沈める。緊急時に備え常に心の一部を尖らせる緊張を忘れられる幸福に酔う。どちらかが醒めている必要もなく、一緒に酔いつぶれられる平和に酔う。互いの笑顔に酔う。幸福なホリデイ、束の間の酔っ払い。

512.
「君と一緒にいると色々新しい世界を知る事が出来て、実に興味深い。感謝するよ」「あら、どうも」「だが、今回ばかりは」「何の事でしょう?」「深酒や宿酔いの世界は見たくなかった」「自重なされば良いのでは?」「だが、君が普通に飲んでいるのに…」「自重なされば良いのでは?」「…はい」

513.
彼の軍帽と戯れる仔犬を叱る。「それは遊び道具じゃないのよ」項垂れる仔犬を撫で、私は帽子を拾い上げる。「これはね」『私のもの』と仔犬にさえ言えない莫迦でどうしようもない私は、後朝の忘れものを抱き締める。「これはね、莫迦でどうしようもない男の忘れ物よ」

514.
爪を切るのは金曜日と決めている。彼が我が家にやってくる可能性が、一番低い日。切ったばかりの爪は痛いでしょう?

515.
あの日から安眠できる場所をもたない私は、ライナスの毛布のようにあなたの腕を抱えて眠る。あなたの腕を抱えて眠る私が居なくなれば、あなたも眠ることが出来なくなる。私たちは互いのくたびれた毛布。汗や涙や様々な体液の染みこんだ、互いの毛布。

516.
折角淹れた上等の紅茶が冷めてしまった。憎むべきは、彼なのか、本なのか。

517.
仕方ない、と思ってしまった時点で負け。

518.
放置して遅刻されて、後で仕事に支障が出るか。叩き起こして文句を言われて、険悪な朝を迎えるか。どちらも選択したくはないが選択せざるを得ないのは、この男のせいなのに。どうして私はさっきから、この寝顔を飽きもせず眺めているのだろう。腹が立つから、鼻でも摘まんでやろうかしら。

519.
「君、女性ががに股なのは流石にどうかと思うぞ?」「誰のせいですか、誰の!」

520.
もしも、あなたの右手がこの国の未来を握っていて、左手が私の手を握っているのなら、時が来た時に迷わずその左手を離すあなたでいて下さい。私に、その光景を見上げ落下する悦びを享受させて下さい。私の願いを叶えるのが、あなたの務めというのなら。

521.
もしも、きみの右手が人殺しの道具を握っていて、きみの左手が私の手を握っているのなら、時が来た時に私に向けてその引き金を躊躇わず引くきみでいて欲しい。私に、未来を間違わずに済む安堵を与えてくれないか。私を守るのが、きみの務めというのなら。

522.
缶コーヒーを片手に窓辺に立つ、彼の横顔を見る。何を見ているのか、遠い眼差しが私にも届く範囲にあることを祈る。「珈琲、入りました」「……君ね」

523.
嫌い嫌いも好きの内 巷の人はそう言うが 嫌いの一つも口にせぬ 彼女相手じゃ埒もない どうせ言わないものならば いっそ塞いでしまおうか さすれば嫌いの一言も 零れて出るやもしれぬから

524.
甘いものを食べたら、甘い言葉が出てくるのかしら。初めて彼の為にお菓子を焼いた時の感想。大人になって知る、あの頃の私達のすべてが砂糖菓子で出来ていたことを。大人にはお砂糖は要らないの? 敢えて飲み干す、苦い苦いブラック・コーヒー。それが私達の選択。

525.
空に浮かんでいるあの月のように、真空を穿つ孔。手を突っ込んで埋めてみれば、心も埋まるのだろうか。女の穴は虚ろ、冷たき夜の使者の如し。

526.
二人の間に切り取り線があって、簡単に分割してしまえたら、悩む必要もないのに。

527.
彼が酷くサディスティックになるのは、哀しみを隠している時。悪い人のふりをして甘えてくるなんて、本当になんて莫迦で愛しい人。酷いことをして。貴方の代わりに泣いてあげる。

528.
わざと靴音を響かせ近付いて、後何メートルの所で彼女が私に気付くか、独り善がりの莫迦なゲーム。でも、いつだって私の予測より早く振り向く彼女に、目下連戦連敗中。自惚ればかりが酷くなる、困ったゲームは止められない。

529.
二人ソファーで寛ぐ時、彼の脇にすっぽりと収まるのが私の定位置。私の頭の形にぴったりと馴染む彼の身体の稜線に、まるでパズルのピースみたいだと、私は一人零れる笑みを噛みしめる。ここが自分の場所だと思える幸せを、ありがとうございます。

530.
右手に本、左手に彼女。ソファーに沈む夕辺の至福。両手に花、私ならこれで十分さ。

531.
傷付けることを恐れ、癒すことすら知らぬ手は虚ろ。結局のところ、この手がコントロール出来るものなんて、机上に溜まる書類の量と僅かな生存率の変化程度のもの。指先すら目の前の背中に届かない、切なさが掌で揺れている。

532.
「大佐、手合わせ錬成で焔をお使いになれるのですよね?」「ああ、こんな風に」パンっ 「先日から思っていたのですが、それって両手で焔を出されると、型があれに似てますよね」「あれとは何だね?」「かめは○波」「君、止めたまえ。出版社が違う」

533.
「何て言うか、こう山積みの書類を前に暢気に口をパカーンと開けて寝てる大佐って、貯金箱みたいよね」「え?」「あの口に小銭詰め込んだら、皆でランチくらい行けるかしら? うふふふふふふ」「……中尉、にこやか過ぎて、泣いちゃうくらい怖いッス……」

534.
結露した窓硝子に、彼女の冷たい指がすぐに消えてしまう文字を綴る。そんなことをしたところで、指先も心も冷えるばかりだというのに。莫迦な女(ひと)だと苦く笑う私とて、指が綴る文字すら呟けぬ莫迦な男。何もかも見ないふりで、壁際で寝返り。

535.
名も無き男に誰かが名を付けた、英雄と。名も無き女に誰かが名を付けた、鷹の目と。名も無き市井の人で在ることを失った我々は、新たな名を得る為にただ歩く。己の墓碑に刻む名が、誰かに名付けられたものではなく、己の望む名である為に。余計な称号は要らない。ただ我が名を一つ、彼の人の隣に。

536.
異動に伴う引っ越しに、新たな連絡先が決まり次第報告したまえと、命令を装い、特権を行使する。些細なプライド。子供染みた独占欲。莫迦だと笑うなら、笑いたまえ。男なんて、そんなもの。

537.
取り損ねた電話が気になって、バスタイムさえ先送り。誰からの電話かさえ定かでないのにね。私の可愛い子犬ちゃん、電話番をしてくれないかしら? 残念ながら彼女はシャワールームにいるよ。お前が人の声でそう言ってくれたなら、あの人はどんな反応をしてくれるかしらね。

538.
貴方は英雄。父との孤独な生活から私を救い出した英雄。誰にも解けぬ秘伝を解いた英雄。罪を犯した私に生きる意味をくれる英雄。だから、そんな哀しい顔で諦めた笑みを浮かべるのは止めて。「君まで私を英雄に、偶像に祭り上げるのか。参ったな」泣かないで、私の英雄。だって、貴方は英雄なのだから。

539.
夕暮れ査察の帰り道、伸びる影だけ寄り添って。夕暮れ直帰の別れ道、影さえ背中を向けあって。

540.
煤にまみれた頬を拭う細い指先の存在に、「ただいま」という場所がある幸福を知る。硝煙と焔と血に塗れても拒まれぬ手の存在に、生きている意味を知る。私のただ一つの在るべき場所。ただ一つの私で在ることを許される場所。それが、君の居る場所。

541.
神様なんていない、少女の頃からずっとそう思っていた。結局神様には会えなかったけれど、あの家から私を連れ出し、ここまで連れてきたあの男の子に出会えたから、私は神様を信じる。私から様々な物を奪う気紛れで残酷な神様、どうか、この手を繋ぐ彼の温もりだけは最期まで私から奪わないで下さい。

542.
いつもは抱き締められる身体を、彼を抱擁する為に使う。私の背を抱くこともなく、されるがままに、ただ無防備に項垂れる彼の姿が愛しい。いつもと逆転する立場は、私を幸福にする。守られるだけは嫌なの。貴方の心さえ、守れる私でいさせて。

543.
「今年ももう終わりだな」「そうですね」「新年に向けて、何か要望はあるかね? 書類を溜めるなだとか、サボるなというのは、聞き入れかねるが」「死なないでくださいね」「え?」「死なないで、くださいね」「……鋭意努力すると誓うしかないな、まったく」

545.
それは当たり前ではなく、それは日常ではなく、それは奇跡。何百という師の中で彼女の父を選び、出逢い、偶然に同じ戦場に立ち、幾多の別れを回避して、今ここに二人立つ奇跡。驕るなかれ。慢心するなかれ。独りの人生は、いつだって背中合わせで私を待っている。

546.
「お休みは実家に?」「そうなんス。うち、雑貨屋なんで帰ってもバタバタなんスけど」「いいわね、私なんて帰る場所もないわ」「でも、中尉ンとこには大佐が帰って来るじやないっスか」「莫迦言わないで」「俺、莫迦っスから」

547.
子供にするような、キスじゃ嫌。私はいつまでも師匠のお嬢さんじゃないって、思い知らせて差し上げましょうか?

548.
目覚ましが鳴る前に目覚めると、確保出来る筈の睡眠時間を失ったようで、少し損をした気分になる。目覚ましが鳴る前に目覚めると、彼女のあどけない寝顔を堪能することが出来、少し得をした気分になる。さて人間とは勝手なものだと私は苦笑して、目覚ましが鳴るまでの小さな日常の隙間を愛おしむ。

549.
仕事なら、手招きと目配せで。命令なら一言。一番肝心なことは、言葉にすら出来ない。それでも全てが通じているのだから、まったく君には恐れ入る。きっとまた来年も、その無言の笑顔に頭の上がらない私をよろしく。

550.
新年を迎えるこの瞬間さえ、いつもと同じ慌ただしい日常の延長の中にある私達。特別な挨拶は要らない。いつもの命令と、いつもの諫言と、日常の言葉が今年も我々を形作る。年を跨いだ事にさえ気付かなくても、それさえ私達らしいと笑える日常を幸福と感じる年の瀬。

Twitterにて20111111〜20111231)