changeover

参ったな。
人気のない倉庫街を歩きながら、ロイは前を歩くリザの後ろ姿を見つめ、ひとり溜め息をこぼした。

非番だったはずのリザから連絡を受け、わざわざ町外れの倉庫街まで出向いた彼が目にしたものは、信じられないものであった。
死んだはずの死刑囚の魂を宿した鎧。ナンバー66と呼ばれる、バリー・ザ・チョッパーから明かされた、信じられない軍の暗部。
ヒューズの仇討ちに加え、ファルマンに後処理を任せたナンバー66の処遇を含め、考えねばならない問題がまた増えてしまった。
当然のことながら、セントラルに来てからの新しい職務にも馴染まねばならない。
ああ、まったく問題ごとばかりが増えていく。

だが、そんな問題は、むしろ彼を発奮させる材料にしかなり得ないものだった。
彼の溜め息の理由は、そんなところにはない。
視線をリザの背から外し、薄暗い街灯を見上げ、ロイは深い溜め息をもう一つついた。

「どうかなさいましたか? 大佐」
「いや、何でもない」
反射的にそう答えたロイを振り向き、リザは微かな笑みを浮かべた。
「これだけ想定外のことばかり起これば、流石の大佐の頭脳もオーバーヒートしてしまわれましたか?」
ロイの眉間の皺をほぐそうとする、リザの若干のユーモアを含んだ表現にロイはつられて苦笑する。
「私はそんなに難しい顔をしているかね?」
「そうですね、夕方に処理の終わっていない書類の山を三つ拵えた時よりは」
「まったく、敵わないな。君には」
普段はあまり披露されることのないリザの軽口は、暗に彼女が彼を気遣っている事実を示していた。
しっかりしなくては。
ロイは意図的に穏やかな表情を作ってみせ、軽くこの会話を流してしまおうと試みた。
「流石に今夜は君の呼び出しに応えたのだから、残業が終わっていないことには目を瞑ってくれるだろうな?」
だが、リザは微かな笑みを消し、いつもの副官の顔に戻ると言葉を継いだ。
「お忙しい中お呼び立てしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、あの状況では懸命な判断だ」
「ですが」
「私が良いと言っているのだから、構うな」
「……はい」
思わず声を荒げたロイに、彼女は余計なことを言ったと思ったのだろう。
再び前を向き直ったリザは、真っ直ぐ大通りに向かって歩き出した。

しまった。
ロイは再び頭を抱えるが、リザの誤解は解けないだろう。
きっと、彼女はロイがヒューズの仇討ちと今回の件を結びつけて、怒りを新たにしていると思っているに違いない。
それはそれで、間違いではない。
だが、彼が本当に気にしていたのは。

『今夜の火力はちょっと凄いぞ』

なんだ、この台詞は。
ロイは暗闇の中で、頭をかきむしった。
よくも恥ずかしげも無くこんな台詞が出たものだと、冷静になってみれば自分でも感心するほどだった。
確かに彼は伊達男を気取ってはいるが、彼女との間には素っ気ないほどに徹底した公的な関係のみを構築してきた。
敢えて、上司と部下の顔を貫く彼女との関係の間で、これ程素直に己の心中を晒すような言葉が己の口から零れる日が来ようとは。
自分たちの危ういバランスを崩しかねない、あまりに迂闊な己の発言を彼は呪った。
だが、それほどにナンバー66の存在は彼の嫉妬心を煽ったのだ。
彼自身が予測もしなかった程に激しく。
今、思い出しただけでも、頭の芯が焼けそうな程に熱く。
みっともない男の嫉妬に再び心を焼かれ、ロイは視線を前へと戻した。

彼女は気付いてしまっただろうか、彼の中で揺らめく雄に。
前を歩くリザの薄い背中とくびれた腰、そして彼女の女性性を主張する豊かな尻が彼の視界に入る。
あの腰に、あの殺人鬼は触れたのだ。
彼には手を伸ばせない、彼女の隠しようもない女としての肉体に。
無意識に彼を誘う、蠱惑的なその肉体に。
ロイは静かに彼女の後ろ姿を、舐めるように上から下まで視線でなぞる。
手を伸ばせば、彼のものになりそうな『女』である彼女。
人気のない倉庫街。
シチュエーションとしてはこれ以上おあつらえ向きの場はない。
抱き寄せて、その唇を塞いでしまえば。

闇の中、ロイの手がゆっくりと彼女の背中へと伸ばされる。
触れれば容易く手折る事の出来る、花に向かい。
気配を殺し、獲物を狙う獣のようにひっそりと。
後数センチで、彼の指先は彼女の背に届く。
昔なぞった秘伝を隠した背に、彼が焼いた背に。
女を愛おしむ為の指が、彼の焔を生む指が。

焔を生む、指?

ハッとした彼の手が、ぎゅっと空で握りしめられた。
伸ばした指は強制的に彼の掌の中に収納され、それと同時に彼は己の欲望を意志の力で己の中へと仕舞い込んだ。
何ものにも触れぬまま虚空を掴んだ彼の拳は、そのままゆっくりと彼の胸元へ呼び戻され、彼は歪む表情を闇に隠す。
パンッ。
音を立てて、彼は己の右手を左手で掴まえた。
彼の理性に反して、暴れ出す感情を抑え込むように。

「大佐?」
ロイの手の立てる音に驚いて、何も知らぬリザは振り向いた。
彼は何事もなかったかのように、上官の顔で不敵に笑ってみせる。
「明日からまた忙しくなるぞ」
「もとより承知です」
「頼もしいな」
あくまでも上官の顔を彼女の前では貫き通したロイは、握った拳の中に全ての感情を隠し、大きなストライドで歩き出す。
彼はそのまま彼女を追い越し、凛とした軍人の背中で彼女の前に立って、歩き続ける。
全ての感情を、闇の中に置き捨てて。

Fin.
 
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【後書きのような物】
 冬コミ会場での会話で、萌えを沢山頂いたので。「リザの背中に手を伸ばそうとして、伸ばしきれない大佐」も、ありかなと。
 これで今年最後かな? 明日、新幹線でもう1本書けたらいいな。

 一応これが最後になったときのために、ご挨拶を。
 今年も一年妄想にお付き合い戴き、ありがとうございました。本当に色々なことがありすぎた一年でした。来年は穏やかな一年になることを祈りつつ、また萌えにお付き合い頂けることを願います。

 短いですが、お気に召しましたなら。

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