Twitterノベル08

351.
歯磨き粉の奥に微かなニンニクの香り。そういえば昨夜、彼はお肉を食べていたっけ。きっと匂いを消そうと、一生懸命歯磨きしたのだろう。男の人って、変なところで可愛い…なんて私がキスの最中に考えているとは、スーツ姿をビシリときめた彼は想像もしないだろう。男の人って、やっぱり可愛い。

352.
かましい人混みの中でも、侃々諤々の会議の最中でも、私の耳は必ず彼の存在を見つけ出す。きっと私の聴覚のダイヤルは、彼の声と同じ周波数を掴まえるようにチューニングされている。

353.
被害者面をして、加害者でもある自分を見ないふりをする。そんな人間になりたくはないから、私はここにいる。どちらか一方だけが悪いなんて、二人で築いた結末には有り得ないと知っている程度には、私も子供ではなくなった。例え辛くても、そんな自分である事が私には悦び。

354.
軍服に身を包んでいる時は護衛として一瞬も気を抜くことのない彼女が、私にもたれ掛かり無防備に転た寝する春の列車。風に舞う長い髪を撫で、彼女の最良のクッションになるべく、私はそっと手元の本のページをめくる。彼女の安らぎを守る幸福を噛み締めながら。

355.
「鬼の霍乱だな」そう言って風邪を引いた彼女をからかいながら、私は机上のチェックリストから彼女にバレないようにこっそりと、急ぎでない幾つかの仕事を延期する。無理をするなと言ったところで、聞かないことは分かっているから先回り。付き合い、長いからな。

356.
彼の好む酒を、苦くて美味しくないなと思いながら飲む。でも今の我が家には、彼が置いていったこれしかアルコールがないから、仕方がない。それが言い訳だと分かっていながら、彼のことを考え飲む酒はいつもより更に苦くて、それでも私は彼の好む酒を手放せず、独り夜の中でうずくまる。

357.
「どうして今日に限って、起こしてくれなかったんだ!」「どうして今日に限って、寝坊なさるんですか!」言っても詮ない言い合いをしながら、二人列車に飛び乗る。「それは、そっちが!」譲らぬ負けず嫌いに、長い道中に暗雲が垂れ込める。こういう時は、狭いコンパートメントが恨めしい。嗚呼!

358.
眠れないのではない。眠りたくないのだ。肉体は眠りを欲しているけれど、眠ると彼女が見えなくなるから。この手の中の一つだけの真実にすがる夜。

359.
何か考えているのかと思えば居眠りしていたり、真面目に働いているのかと思えば構築式を書きなぐっていたり。彼が仕事から逃避しないように、私は彼から目が離せないの。そんな言い訳を用意して、私の視線は彼を追う。仕事が大事なのは本当だけれども、少しだけ別の理由があるのは私だけ秘密。

360.
夢にうなされる彼女をゆり起こす。何もなかったと言い張る彼女を腕に抱き、悪夢から彼女を救う術を探して、私は空を掴む。今は届かなくても。いつか必ず。

361.
「今日こそ定時で上がれると思ったのに! あの莫迦上官!」「子供じゃないんだから放っときゃ勝手にやるのに、最後までつきあうアンタも莫迦よ」「……」「ほら、反論できないクセに。遅刻したバツよ、デザート奢んなさい」

362.
理由は聞かない、詮索しない。背中を貸すだけで彼女が満足するなら。胸を貸しても構わぬけれど、それが彼女のプライドなら。彼女の気が済むまで、ハーフムーンの下で立ちん坊。

363.
戦局において的確な判断を瞬時に下す彼女が、ピアス一つを選ぶのにもう十五分も悩んでいる。このギャップがまた彼女の魅力だと、私は銀時計の蓋を閉じ伸びをする。さて、ベンチでも探すかな。

364.
私が彼に惹かれる理由。それは、彼が私を女扱いしないこと。どんな過酷な任務でも、能力面でのみ適不適を判断してくれること。私の人生における努力を正当に評価してくれる彼だから。努力の不要なもって生まれた性別だけで私を見ない彼だから。だから私は彼に惹かれる。

365.
「男の人だって、泣いても良いと思うんですけれどね」何気ない顔でそう言う彼女だから、私は救われるし、泣かずに済むのだと思う。友の墓前でなんとなく、そんな事を考え空を仰ぐ。もう、雨は降らない。

366.
手渡された書類の筆跡が荒れている。午前中はそんなことはなかったから、おそらく先刻の会議で何かあったのだろう。ポーカーフェイスの彼の前に差し出す珈琲に、ミルクを一滴(ひとたらし)。隠したって、無駄ですよ。

367.
前線に立ち、血塗れの空を見つめる。「生きて帰らなきゃな」「珍しいな、前向きなお前なんて」悪友の皮肉に笑う。帰らなきゃならない理由が、『書き溜めた彼女への手紙を、誰にも見られぬよう処分する為』だなんて、とてもじゃないが言えない。『彼女にも見られぬように』だなんて。

368.
花冠を編んでいた細い指は、いつかガサガサの兵士の指になっていた。己の作り上げた未来は、彼女の指先をも変えた。花を手折るように命を摘む彼女の指先を、私は焔を生む指先で覚悟をもって愛おしむ。紅く染まる指先を絡め、我々は愛だとか人生だとか後悔だとか、様々なものを交わす。

369.
嘘をつきました。彼に今日も嘘をつきました。嘘はいけないと子供の頃に教わりましたが、大人の私は嘘をつかずには生きていけません。平気な顔で私は幾百幾千の嘘をつきます。心の奥底に隠した、たったひとつの想いを守る為に。たったひとつの本当を守る為に。

370.
彼のネクタイを結ぶ行為に、彼の生殺与奪をこの手に握る思いがする。そんなことをせずとも、いつだって君に預けてあると彼は無言で笑う。執行猶予の印に、少しだけ緩めに作るダブル・ノット。タイを引き、口づけて、視線を交わし頷く。いつだって覚悟は出来ている。

371.
「嘘吐き」と七回口の中で呟くと、飲み込むのに、ちょうどいい大きさになる。腹の中に飲み込んだ想いに栓をするのにも、ちょうどいい。本当に言いたいことを言わないのもまた、嘘吐き。

372.
別に二人抱き合ったところで、何が解決する訳でもない。それでも互いの体温を求めずにはいられない。互いに傷付いても、互いを傷付けても。もう何年も抱えるこの感情につける名を、私は未だ知らない。

373.
泣き出しそうな時にだけ、口付けをあげる。そうすれば、君は怒り出すから。ほら、泣かずに済んだだろう?

374.
泣く術を知らぬ私に、彼は泣き方を教えた。そんな私が、どうして涙を止める術を知っているわけがあるだろうか。責任を取って下さいと言うと、莫迦だなぁと頭を撫でられた。余計泣けてきて困る私と余計に泣かせて困る彼と二人、父の不在を持てあます通り雨の午後。雨が止む頃には消える、時雨の幻。

375.
「不安だ」と彼が言う。何が不安なのか、なんて聞けない。それは私には消せない。彼が生んだ彼の感情は、彼にしか動かせない。ただ傍にいて見守って、差し出された手を握り、抱かれ、彼が自分でそれを消すのを待つ。私に出来るのは、それだけ。無力な女、それでも傍にいる。ただそれだけを、全力で。

376.
彼女の傷痕に舌を這わすと、微かな塩の味がした。『暑いせいか』と思うと同時に、別の己の声がした。『生きているからだ』当たり前の、だが切実な事実に、私はあの日その傷痕から吹き出た大量の血液を思い出す。舌に馴染んだ血の味を思い、私は彼女を失わなかった奇跡に、その汗を甘く舐めとった。

377.
「……!! 君! 昼飯に何を食った!?」「激辛ハラペーニョ・ムーチョ・サンドですが」「道理で辛いとッ」「ですから、お止め下さいと申しました」「君、いつもそう言うじゃないか!」「いつもお聞き入れ下されば、良いだけでは?」「嫌だ」「では明日もお昼は同じにします」「勘弁してくれ!」

378.
「……!! 私のラズベリータルト、お食べになりましたね!?」「いやぁ、その」「誤魔化しても無駄です。道理で甘いと思いました」「ばれたか」「私がお止め下さいと申しましたのをお聞き入れになっていれば、分かりませんでしたのに」「……究極の選択だな」「莫迦ですか、貴方」「莫迦で結構!」

379.
ただ手の中から零れ落ちるものを許せぬだけの、修羅と呼ぶにはあまりに優しい男が戦場を焔で包む。葛藤。躊躇。私の背。全てを焼いた後に残ったのは、やはり修羅にはなりきれぬ優しい私の男だった。己で己を焼いてしまう哀しい火蜥蜴を、私はこの胸に抱く。彼が私の手の中から堕ちていかないように。

380.
「残業のモチベーションが上がらないので、何か誉めて下さい」「珍しいな。ふむ、良いだろう。君は銃の腕は確かで、どんな作戦でも安心して任せられる。おまけに事務処理能力が高く、スケジュール管理も完璧。美人でスタイルも良く、昼と夜の落差がまた堪らない。特に私の腕の中で悶……」バンッ!

381.
守れなかった故の火傷の痕が、互いの罪悪感を煽る。彼女との約束を、私の背中を、守れなかった痛みが。我々は互いの傷痕に手を当て、まるで宣誓するように情事を交わす。この後悔を二度と繰り返さぬ為に。

382.
砂時計を返したのは私。流れ落ちた砂は、決して元に返らない。そう信じていた私の目の前で、彼はクルリとまた砂時計をひっくり返す。時を戻す事は出来ないけれど、現状をひっくり返す事は出来ると、彼は哀しいほど透明な笑顔で笑う。詭弁でも良い。明るい方を向く彼の手に、私はこの砂時計を預ける。

383.
意地悪な右手と我が儘な左手。私に触れる彼の手は、いつも気ままだ。それでも、そのどちらもに幸福を感じる私は、嘘吐きな唇と負けず嫌いな瞳で彼に対抗する。本当の事は、彼にだけは秘密だから。

384.
「恋って、何なんでしょう」「さぁ、何なんだろうね」「なんだか色々すっ飛ばした気がします」「そんな暇、無かったからね」「良いんでしょうか?」「良いじゃないかな、今が良ければ」

385.
土曜の夜。彼がくれた時計を見上げ、彼が来るのを待つ。きっとこんな私を想定して、彼はプレゼントを選んでいる。私が分かり易い女でいれば、彼も分かり易い男でいてくれる。素直に時計を見上げ、男を待つ女であることを演じる。拗らせないコツは、簡単そうで難しい。

386.
眠気と食欲の狭間、人間の三大本能のうちの二つの間で揺れる。残る一つが己の思う形で満たされる事はないであろうから、私は代わりに彼女の作ったサンドイッチで本能の一つを満たす。虚しい代償行為を笑い、独り潜るシーツは冷たい。

387.
長年の習慣を覚えた体に、今日も計ったように同じ時間に目覚めを強要される。もう少し眠りたいのだがと寝返りをうてば、隣で眠っていた彼女も似たような不満顔でブスリと時計を見上げている。体内時計すら共用かと、苦笑と共にお早うのキスを彼女の上に落とす月曜の朝。

388.
体が覚えたリズムで目が覚め、夜明けを知る。隣で動き出す彼の気配に、彼と私が同じリズムで生きている事を感じる。自然に綻ぶ口元を隠して不機嫌を装った私は、彼がくれる目覚めの口づけを待つ。毎日のルーチンワーク、朝を迎える私の儀式。

389.
空のバスタブに身を沈め、涙を流してみる。このバスタブ一杯泣いたら、哀しくなくなればいいのに。頬杖をつく掌に一雫じゃ、まだまだ足りない。そんな思考を繰り返し、ただぼんやりと追い返した彼の背中を想う。

390.
演習の後の彼は、獣のにおいがする。戦闘に放出されたアドレナリン。酷使した肉体の汗。様々な分泌物が、彼が内に飼う雄を誇示する。ギラつく太陽の下、彼が垣間見せる野生。目が離せなくなる私は、自分の本能に潜む雌を否応無く突きつけられる。その強い光で全てを赤裸々にしてしまう、夏の太陽。

391.
ドレスアップした彼女を背後から抱くと、思いもかけぬ剣呑な香りが鼻を衝く。髪に染み付いた硝煙のにおいが、トワレの代わりに彼女を飾る。どうせエスコートするなら、ミューズよりマルスの方が軍人には似合いか。私は笑って、ドレスの下に武器を仕込んだ物騒で頼もしい女神の手を取った。

392.
私の身体に染み付いて離れないもの。指先の硝煙の臭い。鋭い目付き。風と距離を読む癖。耳に残る誰かの断末魔。ポーカーフェイス。父が遺した背中。可愛げのない態度。血の臭い。そして、彼の存在。

393.
何気なく、彼女の視線の先を追う。硝子越しに目があったのは、気のせいだろうか。窓の向こうの激しい雨粒が、硝子を揺らして全てを隠す。雨の日の私は、こんな繊細な事象も見逃してしまう無能。

394.
繋がっていたいのです、あなたと。彼は肉体で。私は精神で。同じ言葉が、違う意味を持つ。欲しいものは、掛け違えたボタンのようにギクシャクと我々の間を埋めることなくすれ違う。繋がっていたのです、あなたと。欲したものは些細、なくしたものは無限。

395.
ここにあるものだけが本当だと、頑なに信じるふりをする。自分すら騙さなければ、彼女を騙す事は出来ないから。掌から零れた、幾つもの『if』。見出せなかった未来への鎮魂歌を唱え、私は前だけを見る。彼女が私の背中だけを見ていられるように。

396.
自分でも少し強引かと思う程に強く、彼女の手を引く。それが彼女の人生をも引く行為だと分かっていながら、知らぬふりで私は彼女を連れていく。抗議も不満も涙も、何もかも受け止める。そんな覚悟など、あの背を焼いた日にとうに出来ている。

397.
私が敬愛するあの男の優しさは、叱責と怒号とほんの少しの笑顔で出来ている。戦場に生きる私の命を守る彼の優しさは、苦くて痛くて目眩がする程甘い。

398.
私は彼女の何に触れる事が出来たのだろう? 彼女は教えてくれないから、私には分からない。抉る指が朱に染まるなら、私のこの手が彼女の何に触れたのか視認できるのに。この指が癒えた瘢痕をなぞる人肌の温もりである事を祈る。決して瑕を抉る痛みを生む凶器にはならぬ事を祈る。

399.
遊び人を気取る彼が、実はウィンクが意外に下手くそで、時々両目を瞑っているのを私だけは知っている。ウィンクを贈られるお嬢さんは知らない彼の可愛さを知ることは、傍らに立つ者だけの特権。

400.
急ぎの書類と一緒に渡されたメモを、そっとポケットに仕舞う。こんなものを渡しておきながら、ランチの時間まで休憩を許さない彼女の小さな意地悪が愛らしく、私はペン先を舐めて少し笑う。昨夜の事を許してもらうには、もう少し時間が必要らしい。ならば、真面目に仕事をするかな。

Twitterにて20110526〜20110725)