Twitterノベル07

301.
惑わぬように下界の雑音を遮断する。私に今必要なのは、彼の言葉。私を必要とするただ一人の、私が必要とするただ一人の、その人の言葉。愚かだろうと、盲目的であろうと構わない。私の心が必要とする慈雨は、それ以外にないのだから。

302.
霧雨に湿った黒髪に、淡いピンクの花弁を散らした彼が帰還する。荒れ果てた地で殺伐とした仕事を終えた彼が、春を連れ帰ってくる不思議に私は苦い笑みをこぼす。人がどれ程小さく愚かでも、希望を与えてくれる存在は必ずある。疲れていても笑顔をくれる彼も、春の兆しも、私にとっては。

303.
私の為に淹れられた一杯の熱い紅茶が、強張った表情筋を緩める。私を見詰め「お帰りなさい」と言う彼女の一言が、張り詰めた緊張の糸をほぐす。それが当たり前だと思える幸福。ささやかでありながら最も大切な、君と共にある瞬間。

304.
何とはなく、ネクタイを緩める彼の仕草に見惚れる。彼のオンとオフの境界が曖昧になる瞬間、彼のあの指が自分に触れる時を夢想することを私は私自身に許す。夜の境界が緩み、私は緩む唇に笑みを浮かべ、黒い瞳が私の境界を侵食する瞬間を待ちわびる。

305.
あどけない彼女の寝顔に頬が緩む。私を笑顔にする彼女の力は私の錬金術よりもすごいのかもしれないと考えながら、そっとその額に口づけてみる。

306.
夕焼けがあまりに鮮やかで、思わず見惚れて立ち止まる。前を歩いていた彼の足が同時に止まっているのが、少し可笑しくて、少し嬉しい。同じ空を見上げる、春の夕空。

307.
伝えることを躊躇って 後で後悔するのなら たとえ邪険にされようと 二人の今を愛おしむ 未来が確かでないことを 知ってしまった今だから この温もりを愛おしむ 二人で生きるこの刹那  ただ君だけを愛おしむ

308.
物事の暗い面と明るい面とどちらを重要と見るかは、見る人が決めること。前者で胸を塗り潰すのは簡単だけれど、困難でも後者をより強く掴もうと足掻く彼だから、私も彼と同じ光射す方を向く。何度心折られても、顔を上げて共に。

309.
シーツの中で息を潜め、眠ったふりで帰宅する彼を迎える。私を起こさないように、静かに響く落ち着いた足音のリズムに安心し、私はようやく微睡みの中に落ちる。今日も私の元に無事に帰ってきてくれて、ありがとう。

310.
嘘吐きの中で一番タチが悪いのは、自分に嘘をつく嘘吐き。見ないふり、知らないふり、気付かないふり。本当にそれで良いのかと問われ、Yesと答える私のこと。つきとおせば嘘も本当になるなんて、嘘。それでも自分を保つ為に、私は私に嘘をつく。

311.
怖い時にぎゅっと私の手を握るのは、子供の頃の彼女の癖。大人になった今、彼女は自分の拳をぎゅっと握りしめ、平気な顔をする事を覚えたらしい。私は後ろ手をひらひらさせて彼女を誘う。我慢なんて、私の前では不要だろう?

312.
地獄の釜の縁に腰掛けて、私が独りで背負わねばならぬ過去を覗き込む。それは誰とも分かち合えぬ孤独ではあるのだけれど、背中には確かに彼女の体温を感じるから、私は多分少し癒されて、また生きていけるのだと思う。生きていたいと思えるのだと思う。

313.
「ペアルックと言えば死ぬほど恥ずかしいのに、官給品の制服だと上から下まで君とお揃いでも、何とも思わないのは何故だろう?」「頭沸いたんですか?」「仕事のし過ぎだ、きっと」「そんな斬新な発想をする余裕がおありなら大丈夫です。はい!」「…すみません、書類増やさないで…」

314.
履き慣れないヒールでうっかりよろめいて、彼の足を踏んでしまった。物凄く痛そうなのに平気なふりをしてくれるのは、やっぱり……、男の見栄なのかしら? 「違うっ! 愛だろ、愛!」

315.
おそらく夜食を漁ったのであろう、冷蔵庫にはきっちり等分に切り分けられたケーキが半分残されていた。こういう変なところで律儀でお行儀の良い面もまた彼の本質なのだと、私はケーキの上に残された1/2の苺を笑いながら指で摘まむ。甘く感じるのは、生クリームのせいだけじゃない筈。

316.
特に用事はないけれど、彼の名を呼ぶ。顔を上げた彼の、私を映す黒い瞳を見る為に。「何だね?」そう聞かれてから、彼を呼んだ理由を考える。幸い仕事は山ほどある。だから私は何度でも、心地良い彼の名を舌の上で味わう。

317.
空腹を満たす為に食物を食う。空虚を充たす為に彼女を食う。それが私という器官。

318.
男の人って、いちいち何にでも理由が必要で本当に面倒。本能と感情の領分に、理屈は不要でしょう?

319.
正直や素直が常に美徳だと思うほど、子供ではない。大切な人に対しては、誠心誠意嘘を吐く。それが大人のたしなみ。

320.
女の誕生日と言えば、花束とケーキを贈れば良いと思っているなんて莫迦な男だと思うのに、私の誕生日を覚えていてくれるという事実が嬉しくて、無下に出来ない私も、やっぱり莫迦な女だと思う。莫迦同士、ちょうどいいのかしらと、私は少し笑って彼のキスを受け入れた。

321.
「君。もし私が将来禿げたら、どうするね?」「ぜひ許可をいただいて、どのくらいつるつるか、さわり心地を確認させて頂きたく思います」「……君のそういうとこ、本当に好きだよ…」

322.
陽が暮れるのにも気付かず、本を読む幸福に溺れる午後。文字が見辛くなってきた手元の暗さが、不意に照明の明るさにとって変わる。顔を上げれば、当たり前のように無言で立ち去る彼女の後ろ姿。二つの幸福を噛みしめ、私は再び読書に没頭する。

323.
髪は女の命なんて言うけれど、私の命はそんなところにはないの。この手の銃の中に、彼の手の中に、いつだって預けてあるの。だから、私は今日髪を切る。怪我の治療の邪魔になるのなら、彼の元に戻る日が遅れるのなら、そんな女の命はいらない。

324.
二人揃って項垂れているなんて、情けないことこの上無いのだけれど、生きていればそんな日だってあるのは仕方がない。彼が笑ってくれたなら、私も笑えるのに。なんて、我が儘を呟いてみる。

325.
「で、どうなの?」「どうって……私、彼しか知らないもの」「嘘! 勿体無い!」「でも、考えようによっては、比較対象がない事は幸福かもよ?」「そういう考え方もあり、かしら」「それに、必要だとも思わないしね」「ア〜、ハイハイ。ゴチソウサマ」

326.
夜行列車に揺られながら、ぼんやりと真っ暗な窓の外を見るともなく眺める。いつしか私は窓の外ではなく、窓硝子に映る彼を見ていることに気付く。硝子の虚像から誘う、現実の彼の笑み。公私の境界を分ける鐘の代わりに、汽笛が夜の闇を切り裂いた。

327.
彼女がいるなら、時計は要らない。その程度には信頼している。彼女がいるなら、傘は要らない。その程度には依存している。彼女がいるなら、私は。

328.
いやな事を忘れる方法を教えてあげよう。そう言った彼の手が私の粘膜に触れる。ぬるぬると、グチグチと私の粘膜をかき混ぜながら彼は言う。まるで滑る内蔵に触れているようだ、と。いやな事を忘れる事など出来ないのだと、私は粘膜を嬲られ笑う。私が地面にばらまいた内蔵を思い出し、笑う。

329.
朝食を共に摂る程に親密ではなく、ディナーに招待する程改まる必要がない。深い意味を持たせず気軽に誘えるランチくらいの関係が、私逹にはちょうどいい。今日も様々な感情に蓋をして、私達は食堂の席で微笑みあって、向かい合う。

330.
体の固い彼が背中が痒いらしく、奇妙なタコ踊りをしているのを興味深く眺める。流石に副官に「背中を掻いてくれ」とは言えないだろうし、まぁ、部下の前で威厳さえ保っていてくれれば、面白くても何でも構わないのだけれど。とりあえず、長い定規でも用意してみようかしら?

331.
「雨の匂いがする」と彼女が言う。いろいろと雨が降ると彼女の手間が増えるらしいから、彼女は雨の気配に敏感だ。それは即ち、彼女の思考が私へと傾くことを意味するから、なんとなく私は曖昧なにやけ面をさらし、雨の利益と不利益を両天秤にかけてみる。

332.
休日の午後、気付かないうちに上官の休憩時間にお茶を淹れている自分に気付く。無意識の自分の行動に苦笑し、私はいつもより濃い目に淹れた紅茶を口にする。

333.
目覚めの口付けの拍子に、彼の薄い無精髭が触れる。ああ、この人と私は違う種類の生き物なのだ、と思う瞬間。

334.
時々、自分の輪郭が曖昧になる時がある。だから私は、階級だとか、銃だとか、背中の瑕だとか、様々なもので自分を確認する。本当は彼が一言、私の名を呼んでくれたら、私は自分を見つけ出せるのだろうけれど、それをすると私は私でいられなくなるから、やっぱり私は曖昧な自分のまま生きていく。

335.
抱擁だとか、キスだとか、言葉だとか、そんたもので彼女を繋ぎ止められるとは、思わない。結局、私が迷わずに真っ直ぐ進む道だけを彼女は見ているのだと、私はデスクワークの手を止め、同じ制服の彼女の後ろ姿を見上げる。

336.
掌を心臓に当てて その表情を見ないふりで キス

337.
階段を上る彼女の後ろを歩きながら、目の前で悩ましく揺れる尻を見上げる。背側をすっかり覆い隠す我々の制服のデザインの有用性ともどかしさについて、あくび混じりに考える莫迦な金曜の朝。

338.
彼の嘘の半分は優しさで出来ていて、残りのもう半分は狡さで出来ている。私の嘘の半分は愛しさで出来ていて、残りのもう半分は寂しさで出来ている。そんな嘘を混ぜたら、何が出来るのだろう。嘘の行方に手を伸ばし、隣に立つ彼から目を逸らす。窓の外は天気雨。空までも嘘を吐く。

339.
右手首のカフスを留める、少し不器用な左手の動きが、何でも一人でこなしてしまう彼の隙を垣間見るようで、なんとなく頬が緩む。手を出したくなる衝動を堪え、私は黒のコートを手に彼の準備を待つ。舞台裏を見られる特権を堪能しながら。

340.
わざわざ彼女が髪を下ろすのは、泣いた顔を隠す為だと知っている。知っていて、その髪をかき上げて抱き寄せるのは、意地悪ではなくて愛おしみたいから。でもそう言ったところで、きっと彼女は信じないだろうから、わざと意地の悪い顔で、その涙に舌を這わす。ほら、私が泣かせた事にすればいいだろう?

341.
玉葱を剥くように人生の上っ面を剥く。ぼろぼろと涙が出るけれど、二人の人生のメインディッシュを彩る為ならば、些末なことに過ぎないと思う。でもねぇ、知ってる? 玉葱って剥いてしまったら、後には何も残らないって。そう囁くもう一人の自分を押し込めて、私は今日も玉葱のように人生を剥く。

342.
例えば、この軍服を脱ぐ日が来たならば、手に入れた肩章の星の数は意味をなくす。例えば、この目が盲る日が来るならば、この膨大な蔵書は意味をなくす。最期まで残るのは、目に見えず、手に掴めぬ想い出という曖昧なものだけ。だから、私は彼女と共に生きたいと切望する。

343.
酔っ払って、ふたり自堕落にソファに転がる。これが日常となり得る平和が、儚く脆いものだと知ってしまった我々は、酒以上にこの貴重な平穏に酔いしれて、少しだけ笑う。

344.
常に強面の副官の顔を崩さない私だけれど、彼の不機嫌の理由が分からない時は、本当は少し不安になる。自分がどこまで彼に踏み込んでよいものか、手探りで探りながら、今日も私は彼の心のプライベート・テリトリーの境界をポーカーフェイスで綱渡り。

345.
ロングヘアのアップスタイルも、ショートカットも、さほど後ろ姿に差違があるわけでもないのにこれほど印象が違うのは、想い出の補正分だろうか。短い髪で笑う幼い彼女の姿を脳裏に浮かべ、私は眩しいものを見るように、途切れることなく続く彼女と共にある過去と今に目を細める。

346.
真夜中のラジオから流れる曲は、明るくても寂しい。多分それは独りで聞くから、そう感じるだけのことであって。真夜中のポップスの歌詞をなぞるように、彼の不在を感じるなんて。ああ、どうかしている。

347.
雨の予報が外れ、少し物足りない顔の彼女に苦笑する。晴れの日だって、頼りにしているというのに。君がいないと、サボる気すら起こらない私なのだから。

348.
欠伸か寝癖のどちらかを隠せば、もう少しやる気があるように見えるのに。どちらも改める気はなさそうだから、片方だけでも強制排除するべく、退屈な午後のデスクワークに飽きた彼の為に、私は恐ろしいほど真っ黒な珈琲を淹れる。上官の操縦も副官の仕事の内……で、本当に良いのかしら?

349.
狭い列車のコンパートメントで、膝を揃えて座る彼女と足がぶつからないように、大きく膝を開いて座る。所詮男女は凸と凹。夜は凹凸が入れ替わるけれどね。

350.
骨が当たる。角張った骨盤の丸みのない腰の骨が、身体を重ねる度ゴツゴツと男の構造を私に知らしめる。私を傷付ける程には鋭角的ではなく、私を安らがせる程には平らかではない骨が、彼の中の男を私に突き付ける。皮と肉の下に潜む骨を掌でざらりと撫で、私は彼が隠した男を確認する。

Twitterにて20110328〜20110525)