Twitterノベル03

101.
「キスを」「命令ですか? お願いですか?」「許可申請でどうかね」「棄却します」「じゃ、命令なら?」「拒否します」「お願いなら?」「却下で」「では、実力行使でいくとしようか」「受けて立ちますよ」「まったく、素直じゃないね」
102.
胸の谷間を流れる汗が気持ち悪い。だがそれを口に出すと喜ぶバカが隣にいるから、暑さなど知らぬ顔で私は眠ったふりをする。そういえば、何故この熱帯夜に私と彼はこうも密着しているのだろう。こんな風に流されてしまった夜は、考えるのも面倒だ。ああ、ベタつく夜が気持ち悪い。
103.
自分が休めないからと私の有休申請になかなかサインをくれない子供みたいな上官に業を煮やし、私は申請理由の『私用の為』を『我が儘な上官に振り回される現実からの逃避の為』と書き直す。苦笑した彼は漸くサインをくれたが、流石にこれは事務方に提出出来ない。ああ、本当に逃避してやろうかしら。
104.
「邪魔なんですから、座ってて下さい!」何か手伝おうと台所に忍び込み即刻彼女に叱られた情けない私に、彼女は苦笑と共に小皿を差し出した。「どうですか?」「うん、美味い」「何を食べさせても同じですね」味見役も務まらぬ男ですまないが、君の作った物は何でも美味いから仕方がなかろう。
105.
キスを覚悟して目を閉じたら、鼻先を囓られた。「おはよう、腹が減った」その言葉を額面通りに受け取るか、私を食べたいという裏の意味に読むか。彼に毒されて悩む私を見守るその微笑は悪戯で、私はとりあえず彼の鼻先を囓り返す事にした。いつだって私に選ばせるなんて、ズルい人。
106.
女優は化粧崩れを起こさない為に、汗さえ止めてみせると聞く。ならば襟の高い軍服をきっちり着込んで涼しい顔をしている彼女も、ある種の女優なのかもしれない。決して本心を覗かせぬ彼女の舞台裏を見たいが為に、私は彼女の軍服を剥ぐ。そんな事をしても、どうにもならぬと分かっていても。
107.
ピカピカに磨きあげた軍靴が、踏みにじるもの。殺される人間の人生。殺した人間の人生。ぐちゃぐちゃに踏み潰された幾多の人生の上で、私は今日も内乱という戦場を、銃という名の人殺しの道具を手に生きる。今日もピカピカに磨きあげた軍靴を履いて、私は己の人生を踏みにじる。
108.
待ち合わせに少し遅れて、約束の本屋にたどり着いた私を迎えたのは、専門書を読み耽る彼の姿。一区切り付いたなら。そう思いながら彼になかなか声をかけられないのは、真剣な横顔とページを繰る指先に見惚れてしまったからなんて、口が裂けても言える訳がない。後少し、ただ彼を見ていたい。
109.
遥か道の向こう、ゆらゆらと揺れる逃げ水。道の向こうから、歩いてくる彼女。欲しても掴めないのに、砂漠の真ん中で見つけてしまった。手を伸ばせない臆病さに、陽炎が立つ。喉の渇きはいや増すばかり。
110.
父のお弟子さんが傘を忘れていった事に気付いたのは、窓辺で彼の後ろ姿をこっそり見送っていた時だった。このまま見送れば、後で電話をかける口実が出来る。どうしよう、どうしよう、でも雨が降ったらきっと彼は困るから。私は傘を手に走り出す。駆け引き等知らなかった過ぎし日の、夏の思い出。
111.
朝から渋滞にはまって不機嫌な顔の彼をバックミラーに眺め、私はギアをロウに落とした。衆目に曝される車内というガラス張りの密室で、通行人から見れば不機嫌な軍人にしか見えない体を装い、私達は少しだけ甘い会話を交わす。「今夜、行っても?」「どうぞ」「泊まっても?」「お好きにどうぞ」
112.
夜明けの誰もいない街を、彼の背を見ながら歩く。二つの靴音が孤独の象徴のように、石畳に響く。もしも世界に二人きりになったとしても、きっと私はこんな風に彼の背を見ながら歩いていく。そんな想いを抱えながら、私は彼の足音だけを聞く。それもひとつの幸福。
113.
何気なく彼女の手を取ったら、「仕事柄あまり女らしくありませんから」と困った顔で俯かれた。日に焼けた肌。タコのできた指。短くギリギリまで摘んだ爪。飾る事を知らぬ女の手は、彼女を彼女たらしめる全てのパーツが私と共に歩む道の為にある事を示すようで、私はその指先にそっと口付けを飾った。
114.
彼女から微かに紫煙の香りが漂う。おそらく、奴と同じ部屋で作業をしていたせいだろうが、面白くないものは面白くない。とりあえず、抱きしめて髪を撫でてみる。「何をなさるんですか?」「マーキングだ」「?」
115.
「飲み過ぎですよ」私のお小言は彼の笑顔にサラリとかわされ、部下たちに「無駄ッスよ」と笑われ、私は大袈裟なため息をつくいつものポーズを作った。お約束に包まれた穏やかな場の幸福は、我々の人生がきちんと他人と交わっている事の証明。全てを知る彼の友人の視線が、優しくて照れ臭い。
116.
「女の荷物持ちだなんて、情けないからお止め下さい!」「男に見栄ぐらい、張らせたまえ!」買い物の帰り道、彼はそう言って私の手から、ワイン3本、珈琲 500g、プレッツェル1袋、我が家の仔犬の餌5kgの入った袋を取りあげた。このくらい何でもないのに、男の見栄って分からない。
117.
口論の果てに場を逃げ出そうとした私の腕を、彼はしっかと捕まえる。腕力では当然彼には敵わない。彼と私がただの男と女である事を、こんな些細な行為に於てまで主張するなんて。そう考えてしまう自分が本当は最もそれを意識している事に目を瞑り、私はただの部下の顔で彼を冷たく睨み付ける。
118.
陽が落ちて夜が砂漠を包み込んでも、街を焼く焔は煌々と暗い夜空を照らし、その明るさに私は空の星さえ見失う。何処へいってしまったのだろう、私の星は。私の行く先を照らしていた筈の彼という名の星は。慎ましい野営の篝火が、答えの代わりにパチリとはぜて光を消した。
119.
「背後を気にせず戦えるのは楽でいいな」「莫迦おっしゃってないで、早急に退路を確保して下さい!」背中越しの会話を交わしながら、我々は二人一組で舞踏のように生き残る為のステップを踏む。銃声と爆音が奏でる曲に合わせ踊る、終わり無き人生の輪舞。そう、我々の赤い靴は死ぬまで脱げない。
120.
出張の帰りの列車のコンパートメントの狭さが、いつも私を困らせる。当たる膝に反らす視線。何事もないふりで交わす会話。仕事より疲れる帰り道。
121.
うたた寝の最中、不意に頬に感じる体温があった。躊躇いがちに滑る指先を気付かないふりで、眠ったふりで、そっとそっと受け止める。彼女の指先の口付けは、夢より儚い。
122.
「君、視力は?」「検診では2.0ですが」「羨ましいな、何でも見えて」そう言って彼は笑うけれど、読書の時だけかける眼鏡の横顔が好きだから別にそのままで良いのに、と心密かに私は思う。
123.
いろいろとあり過ぎて疲れ切った一日の終わり、ソファの隅で膝を抱えて丸まっていると、そっと忍び足で現れた大きな掌がパチリとバレッタを外し、無言のままゆっくりと私の頭を撫でた。温かい掌に甘え、黙って彼を見上げ微笑んだ私は、静かな優しい夜に包まれてそっと瞳を閉じた。
124.
シーツの海で君に溺れる。翻弄しているつもりで、いつの間にかすっかり溺れている。だから、マウス・トゥ・マウスで救ってくれないか?
125.
読書灯の下で新刊書籍に夢中になっていると、横顔に視線を感じる。振り向けば、そこには慌て視線を逸らした彼女の横顔。なんだろう? 私は何か仕出かしただろうか? そんな疑問を抱え、中指で眼鏡の鼻当てを押し上げる。また感じる視線がくすぐったい。私は自惚れても良いのだろうかね?
126.
「頼む」ばさりと放り出すように渡された上衣を受け取った瞬間、腕の中が彼の匂いでいっぱいになる。思わず抱きしめたくなる上衣をさっさとハンガーに掛け、私は振り返りもしない彼の背中をただ見送る。職務中の誘惑は、きっと意図されたもの。負けるもんか。
127.
かちゃりと彼のフォークが止まった。「好物は最後までとっておく主義かね」子供じみた自分の癖に赤面する私を、彼は笑う。「奇遇だな、実は私もそうなんだ」意味深な彼の視線は空の皿を通り越し、私の唇で止まる。皿の上から彼を見上げる気分で、私は甘い甘い果実を飲み込んだ。
128.
昔は出来なかった事が出来るようになるのは、良い事だ。仕事が出来るようになる。嫌味をかわせるようになる。銃の腕が上がる。彼の目を見て、笑って嘘がつけるようになる。「ただの上官と部下ですから」昔は出来なかった事が出来るようになるのは、本当に良い事なのだろうか。
129.
「たまには君の方からキスをしてくれないか?」そう言われ、彼の頬に手を添える。瞳を閉じた無防備な顔というものは何とも愛しいものだとぼんやり見惚れていると、焦れた彼に顎を掴まれ、結局いつも通りの彼からの口づけの嵐。せっかちは、嫌われますよ?
130.
並んで座ったソファ、眠り込んだ彼女。私は読書の手を止め、ソファに沈む彼女の頭部を自分の方に引き寄せた。肩にかかる重みを愛しく感じ、私はまた読書に戻る。長い秋の夜の幸福。
131.
欠伸を一つ、髪をくしゃりとかき混ぜ、ペンを回し始める。彼がペーパーワークに飽きたサイン。砂糖を一つ、ミルクを少しまぜて、カップを差し出す。私の呈示する休憩のサイン。微笑が一つ、回らなくなる仕事が一つ、両天秤にかけて、私は前者を選ぶ。副官ではなく女の私のサイン。
132.
白いワイシャツの背中を見ていた季節が、黒のジャケットの背中を見つめる季節に変わる。季節など関係なく黒のタートルネックに身を包む私は、季節すら彼に教えてもらっているのかと肩を竦める。そう言えば、最近抱擁の温もりが愛しい。ああ、秋が来る。
133.
雨の成分に玩ばれた彼の黒髪が、縦横無尽に跳ね回る。「雨の日はどうにも参る」不機嫌な顔で寝癖をもて余す彼に、私は苦笑する。私だけが知る不思議な爆発頭だって愛しいけれど、そんな素振りは欠片も見せず私は言う。「こんな所まで雨の日は無能ですか?」苦笑と共に唇を塞がれる瞬間がまた愛しい。
134.
傍若無人な二本の指が私の口の中を弄る。粘膜を玩ぶ指に口を閉じる事を許されず、私は唾液を垂れ流す。「…残業中です」「だから此れで我慢している」笑って私の唾液に濡れた指を舐める己の姿が、更なる私の体液を生む事を知っているくせに。彼の狡猾な罠に今夜も私は堕ちていく。
135.
君が望むのなら冷たい言葉の十や二十、吐くのは容易い。例えその言葉が己の胸を切り裂こうと、君の心が常に平らかである事が私の望み。最大の禁句は、最も伝えたい言葉。一度吐き出して滅茶苦茶にするのも一興か。そう思いながら、私はいつもの上官の顔で頭ごなしに君を叱る。これで君は安心?
136.
「ああ、もう! あのエロ上司! エロオーラ出さないで欲しいわっ!」「エロ上司ねぇ、うちの大佐も言われているのかしら」「あんたのとこは違うでしょ、なんて言うか雄くさい感じ?」「……」「なに赤くなってんのよ! こっちが恥ずかしいじゃない!」
137.
「貴方は夜の色を纏っているのですね」私の髪を弄り彼女は言う。「じゃあ、君は」「黄昏の色、でしょうか。貴方に闇をもたらした」莫迦な彼女の自嘲を、私は笑い飛ばす。「黎明の色だろう? 夜の後ろに付き従うのは夜明けだ」金の髪に口付け、私は眩しい彼女の微笑に目を細める。
138.
預かった鍵で扉を開けた瞬間、仕事帰りで強ばったままの表情筋がふっと緩む私がいる。たとえ彼が不在であろうと、彼の部屋には彼の匂いが満ちている。彼は残した気配ですら私を包み込んでしまうから、私は口惜しくて悪態をつく。莫迦という言葉が、愛しさを孕むと知りながら。
139.
ふと気配を感じ転た寝から覚めた瞬間、目の前に彼の顔があった。「未遂だ」微妙にばつの悪そうな表情に、もう少し寝たふりでもすれば良かったかと無表情に考え、出来ない相談に眉間に皺を寄せる私に、彼は困った顔で後退る。今日も彼と私の間には、いつも通りの肩の触れない距離だけが残る。
140.
莫迦なバランス保つ為、言葉の刃で牙を剥く。
過度の期待と過剰な過去が、部下の顔すら傾ける。
涙をナイフでなぎ払い、刹那の波に流された。
悪い男と割り切って、別れられない私が悪い。
倒れた建前叩きつけ、堪らず肩に倒れ込む。
思慮も思考も知らぬふり、肢体は思慕に沈み行く。
Twitterでは分かりにくい、実は折句)
141.
隠されものを暴く行為に心が踊る。例えばハイネックの下の白い首筋だとか、堅い軍服の中の豊かな肢体だとか、副官の表情の下に隠した女の顔だとか。その全てをこの手だけが暴けるという事実が私を酷く昂らせると知っていて尚、君は頑なに全てを隠そうとするのかね?
142.
例えばたった今、泣き喚きながら懐に隠した銃を撃ち尽くせば、少しは気が晴れるのかもしれない。だが、思慮深い大人のふりが上手くなった今となっては、それも出来ない相談で、私は二階の窓辺から遠ざかる男の背中に指鉄砲の照準を合わせる。心だけ殺す弾丸があればいいのに。
143.
「おはよう」寝起きの彼の低いハスキーな声に胸が騒ぐ。これ以上、その声に惑わされるのはごめんだ。私はいつものお返しに、口づけでそれ以上の彼の言葉を封じる。先制攻撃、先手必勝。でも、目を白黒させる姿を可愛いと思ってしまった時点で私の負けなのも、本当は分かっている。
144.
礼装の時にだけ見られる彼女の薄化粧を、戯れに指先で崩してみる。親指の腹で蠱惑の唇を擦れば、はみ出した紅が驚くほど淫らに彼女の顔を彩る。堅苦しい正装を暴く楽しみが、私の唇に薄い笑みを作り出す。「ほら、口を開けて舌を出したまえ」
145.
彼女はモノキュラーから目を離し、人殺しの眼差しをレンズの中に封じ言う。「命令を」私の一言が彼女の殺意と義務感を、スコープの中へ解き放つ。同時発生する彼女の痛みと哀しみを解き放つ言葉を持たぬ己から目を逸らし、私は言う。「撃て」その弾丸が確かに我々の心を撃つと知りながら、言う。
146.
「レーションには飽き飽きだ」平たいフォークを琺瑯のマグに突っ込み、彼は故郷を思い出す兵士の顔で呟く。「熱いポトフとデザートにタルトタタン、珈琲はブラックで」空想の食卓を羅列し白湯を飲み干す男の為に、あの深紅の罪の果実を剥く日がまた来るのだろうか? この血に塗れた私の手の上に。
147.
あまり感情を表に出すことのない彼女だが、ハンドルを握ると多少事情が変わるらしい。今日はコーナリングが荒い上に、黄信号を三つ突破した。やれやれ、今日はサボらず真面目にデスクワークに取り組むしかないようだ。私は運転席の金の鶏冠を眺め、苦笑する。
148.
笑う、叱る、呆れる、受け流す、撃つ、殺す、生きる。彼の為に。泣かない。私の為に。
149.
「もし魔法使いがいたら、何をお願いしますか?」あどけない少女の問いに、私は微笑む。いつも私に笑顔をくれる君が笑って生きていける世界が欲しい。だから、私は此処で修行しているんだ。そう胸を張って言えた日々は、手に入れた筈の魔法で消えてしまった。君の笑顔と共に。私は何処で間違えた?
150.
両腕で包囲、抵抗の猛威、聞かず組み伏せて合意。耳元で戯れ言、唇に睦言、そして交わし合う秘め事。反撃を想定、快楽に酩酊、やがてこの関係を肯定。白いシーツの間、馴染み合う身体、それでも言えない『好きだ』

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