17.国家錬金術師【01.Side Riza 〜願い〜】後編

【Caution!】
このSSは、超未来捏造話です。苦手な方はお避け下さい。
 
 
 
 
 
 
  
 
「両国は我が国の過去の戦争責任を問うてきた。軍事国家時代のな。それから、イシュヴァール民族迫害に於ける人種差別の国際的制裁についても、だ」
そうだ、それは休戦協定の時も大きな障害になった話だ。
ホムンクルスであった前大総統が、彼らの真の目的の為、流血を求めて幾多の戦闘を起こしていたせいで。
「だから」
だから。。。
 
「当時のアメストリス軍人の戦争裁判が行われることが、和平の第一条件となった」
 
まるで、明日のスケジュールを語るような軽い口調で放たれた彼の言葉、その意味するところを一瞬で悟り、私は驚きに胸を震わせた。
遂に戦争犯罪人として裁かれる日が来たのだ。
覚悟していたとは言え、やはりその衝撃は小さくはなく、私は胃の腑が冷たくなるような恐怖を感じる。
しかし、それと同時に、私は奇妙な安堵をも感じていた。
ようやく償える時が来たのだ、と。
しかも、ただ裁かれるだけではない、平和条約の役に立てるのだ。
これほど有り難いことはないではないか。
 
複雑な想いを抱く私に、彼はゆっくりとした口調で語る。
彼は既に、覚悟が出来ているのだろうか。
「極秘裏の交渉は非常に難航したらしい。だが、我が国の政治家達はなかなかどうして優秀でね、どうにか両国の最大の譲歩を引き出すことに成功した」
「最大の譲歩、ですか?」
「ああ、そうだ。両国の主張はこうだ。戦時中の軍幹部が、政権交代の際に概ね粛正された事は知っている。だから、裁判で軍事国家での最高責任者が処罰されるなら、それで手を打っても構わない、と」
「そんな!」
私は絶句する。
それはつまり、、、
 
「そう、私は“軍事国家”アメストリスの最後の大総統として、その責任を取ることにした」
 
言葉をなくす私を慈しむような柔らかな笑顔で見、彼は優しく、しかし毅然として言い放った。
さっきから穏やか過ぎる彼の態度に、ようやく合点がいった。
彼は既に決めてしまったのだ。
己が命一つで、この国の平和を守ることを。
 
「止めて下さい! 貴方ひとりで、そんな!」
「一人で済むなら、それに越した事はない。でなければ、どれだけの人間が粛正され何人の家族が泣く事になるか」
「貴方にだってご家族が、」
「今の私は天涯孤独の身だ。私が居なくなって泣いてくれるのは、君くらいのものだろう」
「だったら、どうして!」
彼に掴みかからんばかりに取り乱す私を宥めるように、ポンポンと彼の手が私の手を撫でた。
そして、彼の声が恐ろしく甘美な毒を私の耳に流し込む。
「私の背を見続けてきてくれた君なら、分かってくれると思ってね」
 
ああ! なんて!
なんて狡い人なんだろう。
そんな事を言われたら、私は何も言えなくなってしまうではないか!
握った拳からへなへなと力が抜け、私は崩れるようにへたり込む。
 
内外に用兵の達人と知られるアメストリス軍のカリスマ、ロイ・マスタングを消せば、確実にアメストリス国軍は弱体化する。その上で、講和の条件を譲歩した恩を我が国に売ることが出来る。
各国の狙いはそんな所にもあるだろう。
狼狽する胸の何処かで、そう冷静に分析する自分がいる。
混乱する意識が現実逃避を試みているのか。
 
「そんな顔をするな。ただ、時が来ただけのことだ、私がこの国の礎のひとつとなり皆をこの手で守る、という青臭い夢が叶う時がな」
優しく噛んで含めるように言う彼に向かい、私はイヤイヤをする子供のように、首を横に振り続ける。
手から落ちた書類が、バインダーの下でヒラヒラとはためいた。
 
「せめて、私も一緒に!」
「駄目だ。君の罪を裁くならば、君より高い地位にあった者全てを裁かねばならなくなる。それでは、意味がない」
「でも、閣下!」
「“一か全、全か一”なのだよ。それ以外の選択肢は有り得ない」
必死に食い下がる私を諭す口調で、彼は話す。
 
「昔、ヒューズに聞いた話なのだがね」
なぜ、何故そんな昔話を今?
不思議に思う私に構わず、彼は言葉を続ける。
「イシュヴァール殲滅戦の最中、奴はイシュヴァラ教最高責任者ローグ=ロウが投降した現場に居合わせたそうだ。ロウは自分の命と引き替えに、生き残っているイシュヴァール人の助命を乞うてきたらしい」
初めて聞く話に、私はしばし抵抗をやめる。
「ロウと対面したキング・ブラッドレイはこう言い放ったそうだ。『貴様一人の命と残り数万の命とで同等の価値があると?自惚れも大概にせよ、人間。一人の命はその者一人分の価値しかなく、それ以上にも以下にもならん』とな」
あのホムンクルス達なら言いそうなことだ。
同じように思っているのだろう、彼は少し苦笑して言った。
「奴らの狙いは殲滅そのものだったし、歴史に“もしも”は有り得ない。だがこの話を聞いた時に“もしも、あの時ロウの申し出が通ってイシュヴァール戦が早期終結していたならば”、そう考えてしまうのは私だけだろうか?」
私は沈黙するしかなかった。
歴史に“if”は禁物だが、人はそれを考えずにはいられない。
「なればこそ、私は今自分に出来うる範囲で最善と思える選択をしたい」
 
この人は絶対に私の反論を封じる為に、数日前から様々な対策を考え続けていたに違いない。
言葉をなくし、私は呆然と男の顔を見つめる。
徐々に視界が曇り、いつの間にか私はパタパタと零れ出た涙を止めることが出来なくなってしまう。
 
彼は、優秀な国家錬金術師としてホムンクルス達に真理の扉を開ける人柱候補に選ばれた。
しかし、そのホムンクルス達を倒しても、国が、政治が、人間が、彼をこの国の安寧を得る為の人柱に仕立て上げる。
それが分かっていて尚、彼はその道を選ぶのだ、自身の手で。
私には手の届かない、自分だけの意志で。
それが口惜しい、切ない、やるせない。
 
彼は優しくその手で私の涙を拭い、囁くように言った。
「すまない、ホークアイ中佐。本当にすまない」
謝ったって騙されてやるものか。
私は精一杯の虚勢を張って、泣きながらきっと彼を睨みつける。
彼は本当に心から困った顔をして、それでも真っ直ぐに私の目を見て、真摯に語り続ける。
「裁判で刑を受けることは、社会的に私が犯した罪について裁かれることなのだから、何の異論もない。むしろ、望むところだ。しかも、それでこの国の平和が守られると言うのならね」
先刻私が考えたのと同じことを口に出した彼は少し口ごもり、そして照れたように視線を落としてぼそりと言った。
 
「私はね、君に銃殺されなかっただけで十分に満足なのだよ。君の父上の志に恥じぬ生き方が、君に認めてもらえる生き方が出来た、それだけで十分なんだ。そう自惚れて構わないだろう?中佐」
 
狡い人、狡い人!そんな残酷で甘い言葉を私の耳にたらし込むのは止めて!
私は泣きながら、彼の胸を拳で叩く。
しかし男の広い胸は、私の涙も痛みも後悔も口惜しさも、全てを受け止めて小揺るぎ一つしなかった。
 
私は拳を止めて、彼の軍服の胸元を縋るように握り締めた。
「背中を任せるとおっしゃったじゃありませんか。地獄まででもお供すると申し上げたじゃありませんか。。。最後まで、、、最期まで、私に貴方を守らせて下さい。。。」
私が感情に任せて零した言葉に、彼は痛みを堪える顔をする。
そして暫く間をおいてから、今までに見たこともないような優しい笑みを浮かべた。
「今までずっと君に守ってもらってきたのだ、最後くらい私に君を守らせたまえ」 
これ以上はない愛情に満ちた拒絶。
絶望が私を包む。
 
嗚呼。
こうしてまた、私はこの男の決意を受け入れてしまうのだ。
我が儘で自分勝手で、信念を曲げず、“青臭い夢”を捨てない莫迦な男を。
 
全ての感情が混沌として、私はただただ黙って涙を零し続けた。
泣いていないと、頭がおかしくなりそうだった。
彼は自分の胸元を握る私の拳を上から包むように握り締め、私の涙が止まるまで、ただ黙って青い空を見つめていた。
 
「中佐」
どのくらいの時間が経っただろう。
体中の水分が、目から流れ出たような気がする。
私がぼんやりと彼の方へ視線をさまよわせると、ポツリと彼は言った。
「君に幾つかの願い事を叶えてもらいたいのだが」
「はい」
「聞いてくれるかね?」
私が貴方の願いを聞き入れなかったことがあったとでも?
そう思ったのが、顔に出たのだろう。
彼は少し笑って続けた。
 
「アメストリス国防省大臣として補佐官である君に頼むのではない。ただのロイ・マスタングとして、リザ・ホークアイに頼みたいのだが」
覚悟を決めた男の願いを断れるほど、私は人でなしではない。
これが最後かもしれないと言うのに。
「何なりと」
ただ一言そう言えば、彼はホッとした表情を露わにし、私の瞳を真正面から覗き込む。
「ありがとう、リザ」
何十年ぶりかに呼ばれる名に、私は再び溢れそうになる涙を必死で押しとどめ、彼の言葉を一言一句漏らさず受け止めようと身構える。
 
「まず一つ、私の後は追うな。生きて私の代わりに、この国の行く末を見届けて欲しい」
 
ああ、結局、この男の願いとは、他人を心配し思いやる事ばかりなのか。
こんな局面ですら、彼は自分の事より私や他人を思いやっているのかと思うと、私にはもうどんな言葉もない。
あまりと言えばあまりの男の残虐な優しさに、二つ目の願いを聞く前に、私の涸れかけた涙腺は再び決壊した。
 
 
  
To be Continued...
 
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【後書きの様なもの】
自分で書いていて、本当に苦しくて辛いです。バカですね。
でも書かずにいられないのが物書きの性、後から後から言葉が溢れる不思議。
一言だけ。こんな話を書いても、私はロイアイが大好きで幸せになって欲しいと切望している事に変わりはありません。
 

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