17.国家錬金術師【02.Side Roy 〜想い〜】前編

【Caution!】
超未来捏造話です。苦手な方はお避け下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私の魂を裁くのは君
私の魂を救うのも君
 
     *
 
ロイ・マスタング、入れ」
 
ガチャリと音をたて、窓のない部屋の扉が開く。
この部屋に来るのも、もう何度目だろう?
未だに大本命に当たった事はないが、まぁ、それは叶わぬ願いだ。
私は自分の期待を戒めて、面会室へと足を踏み入れた。
 
世間で“セントラル裁判”と呼ばれるようになった元軍事国家アメストリス大総統ーつまり、私だがーを裁く裁判は、私の予測を裏切って非常に長く、時間のかかる裁判となった。
各国から派遣された11人の判事の中に、非常に公正な人物がいたからだ。
クレタ国のパレという名のその判事は、私のイシュヴァールでの大量虐殺については残虐行為として公然と非難したが、それ意外の罪状については『裁判の方向性が予め決定づけられており、判決ありきの茶番劇である』との趣旨の裁判の本質を非難する発言をしてくれた。
どうせ私に量刑を与える為の形式だけの裁判だと高をくくっていたのだが、意外に世界はまだまだ捨てたものではないらしい。
まぁ、当然の事ながら私の極刑が覆ることはなかったが、それでもその公正さに私の心は随分と救われたものだった。
 
しかし、その判決を不服とする旧アメストリス国軍人が反政府レジスタンス活動を開始。
これが国の内外へ、ゲリラ活動として飛び火していく。
これも予想外の現象で、思ったより自分の味方が多いのか、単純に他国に膝を屈するを潔しとしない人間が多いのか判断に苦しむ所だが、人の気も知らず余計な事をと私は見えない相手に苛立ちを感じた。
下に慕われるのは有り難いが、もう血が流れるのは御免こうむりたい。
勿論、戦いの偶像に祭り上げられるのも然り、だ。
おかげで、三国間の講和条約は締結されたものの国内は荒れ、私の刑は執行されぬままだ。
そんなことをすれば、クーデターすら起こりかねない。
全く、どうしてこうも人の世は一筋縄ではいかない事ばかりなのだろう。
私は刑務所の中で、毎日溜め息を繰り返す日々を送っていた。
 
さて、今日は何処のお偉いさんがやって来るんだ?
刑務所に収監された人間に政治的意見を求めるのは、いい加減にしてもらいたい。
おかげで外の状況が分かるのは有り難いが、特例の面会人ばかりでは疲れるばかりだ。
私はそんなことを考えながら、面会室の粗末な木製の椅子に座り、面会人が来るのを待った。
 
やがて、静かに面会人側の扉が開く。
目線をやれば、そこには。
彼女が立っていた。
予想外の大本命のお出ましに私は自然に緩む頬を押さえ、手に触れるザラザラした感触に、無精髭を剃って来なかった事を後悔した。
 
政治犯扱いだから面会の許可は難しいだろうから来るなと言ったのは私の方だが、それは方便で、彼女に会ってしまうと心静かに刑を受け入れようと思う私の決心が揺らぎそうで怖かった、というのが実際のところだった。
しかし、彼女を求める気持ちにも変わりはなく、やはりこうして顔を見られる事は単純に嬉しかった。
まぁ、本当に家族ですら面会が許される可能性はゼロに等しいのだから、最初の理由もあながち嘘でもなかったのだが。
どうやって彼女は許可を取ったのだろうか。
賄賂か、つてか、どちらにしろ後ろ暗い道を取らせたのに違いはあるまい。
 
「ご無沙汰しております」
私の疑問も知らぬげにそう言って一礼して椅子に掛ける彼女の動作は軍人らしく、相変わらず見ていて気持ちがいい。
少し痩せただろうか。
まじまじと彼女を見詰めれば、立ち会いの刑務官が面会の開始を告げる。
僅か30分。
話したい事が山のようにある気がするのだが、話すべきことはあの冬の日の屋上で全て伝えてしまった気もする。
 
ああ、もう顔を見ているだけでも良いか。
莫迦なことを考える私を厳しい目で見て、彼女は開口一番こう言った。
「閣下、身だしなみには気をつけて下さい。何時、誰に会わねばならないか分からないのですからね」
久しぶりに食らう彼女のお小言が目眩がするほど嬉しい、なんて言ったら変態扱いされるだろうな。
そう思いながら、全く変わらぬ態度で接してくれる彼女の気遣いに感謝し、私も彼女の上官の仮面を被る。
「閣下は止めたまえ、今の私は何の肩書きも持たない」
「他の呼び方を存じませんので、ご容赦下さい」
生真面目な彼女の言葉に、私は苦笑した。
まぁ、今更“マスタングさん”なんて四半世紀も前と同じ呼び方をされたら、照れ臭くて悶絶するだろうが。
 
「元気にしているか?」
「お陰様で。閣下の方こそお元気にしていらっしゃいましたか?」
「ああ、環境だけは良いからな」
そう言葉を交わせば、彼女がホッとした表情をするのが分かった。
無精髭のせいで顔色が悪く見えていただろう事に気付き、私は少し反省する。
「なかなか許可が下りなくて、面会に来られず申し訳ありません」
この許可を得るために、彼女はどれだけ裁判所に足を運んだのだろう。
苦労をかけてばかりだ、と胸が痛む。
「仕方あるまい、立場が立場だ。こちらこそ迷惑をかけて、すまない」
刑務官がいるせいで、会話がぎこちない。
無表情に見える彼女の瞳に浮かぶ切なさに、胸が震えた。
 
しかし、感傷に浸っている場合ではない。
万が一彼女に会えたら頼まねばならない、と思っていた仕事がいくつかある。
とりあえず優先順に、まず用事を片付けなくては。
私は雑念を振り払って脳内インデックスを探り、目当ての事項を今一度確認する。
立ち会い人がいるため直接的な事は言えないが、彼女なら必ず私の言葉の裏の意味を分かってくれる。
確信を持って私はゆっくり、くだらない話を始める。
 
「ブラックハヤテ号も元気か?」
「ええ、でもあの子ももうおじいちゃんなので、最近は散歩の時以外は寝てばかりなんです」
「そうか。東方司令部で拾われた頃は、やんちゃ坊主だったのだがな」
「そうですね」
彼女が言葉の裏にある何かを察して、私の会話の出方を探っているのを感じる。
全く出来過ぎた副官だ。
 
「あの頃は、ハボックに食われかけた事もあったな」
「冗談だったようですが、半分本気だったのでは?と未だに疑っております」
「まったくだ。まぁ、ハボックの奴も怪我をしてからは元気がなくなったがな」
さぁ、ここからが肝心だ。
「アイツは今どうしている?」
私の投下した爆弾を、彼女は素知らぬ顔で受け取った。
「もうすっかり健康を取り戻して、実家の雑貨屋は出たようですよ。風の噂ですが、元気過ぎて皆持て余しているようですが」
 
元気過ぎて持て余している、か。上手い答えだな。
私は胸中で独りごちる。
やはり、彼女は知っているのだ、ハボックがレジスタンス集団に身を投じたことを。
 
獄中にいても、金と伝(つて)があれば情報はいくらでも手に入る。
そうして手に入れた情報の中に、私はハボックの消息を見つけた。
奴は田舎に帰っていて、私から直接この裁判の説明が出来なかった。
些細な行き違いが重なって、奴は私が現政府に陥れられたと思っているのだ。
 
馬鹿な男ではない、ただバカが付くほど忠義が過ぎるだけだ。
少々の痛みと哀しみを胸に仕舞い、私は彼女に依頼する。
「奴に会ったら伝えておいてくれ。やんちゃも大概にしておけ、と。引退して雑貨屋でも継いで、昔は忘れろとな」
「承りました」
彼女は真っ直ぐ私の目を見て、一言そう言った。
これで彼女は奴の首根っこをひっ掴んででも、レジスタンス活動から足を洗わせてくれるだろう。
ハボックに率いられた元軍人集団なんて、勝てるのは私くらいのものだろう。厄介にも程がある。
まったく皆が皆、大事な人間を守りたいと思っているだけなのに、どうしてこうも多くの血が流れるのか。
私は憂鬱な思いで彼女に言う。
「すまんが頼む」
「何を今更」
馴染みの口癖に、私の心は少し救われる。
 
少し間を置いて、ポツリと彼女が言った。
「ところで閣下、新聞はご覧に?」
「ああ」
「昨夜もまた爆弾テロがありましたね」
「ああ」
政府関連施設を狙った事件で、また8人の無関係の人間が死んだという。
「これだけ努力しても、どうして争いは絶えないのでしょうね。また報復で戦闘が起これば、更に人死にが出ます」
彼女の哀し気な声音に、私は身を切られる思いがする。
 
そうなのだ。幾らやっても争いの連鎖は止まらない。
私が善かれと思って裁きを受けた裁判すら、争いの種になっていく。
最善の選択と思ったそれも、単なる自己犠牲の自己満足に過ぎなかったのかもしれない。
彼女を泣かせただけの。
分かってくれていると思っていた腹心の部下でさえ、些少な釦のかけ違いですれ違う。
私も彼女も欲したのは、当たり前のものなのに。
 
欲したのは、ただ、戦いのない平和な世界。
愛する人と共に生涯を添い遂げられる、当たり前の幸せが手に入る世界。
その当たり前が容易く壊されるこの世界に対して、我々はあまりにも非力だ。
それを作り守ろうという行為は、砂上の楼閣を築くに等しいという事を我々は厭というほど思い知らされる。
そう、今この時ですら。
だがしかし。
 
「だからといって努力する事を止めたら、本当にそこで終わってしまう。例えそれが蟷螂の斧だと分かっていても、振り上げるのを止めてはいけないのだ」
私の振り下ろした脆い斧は、少なくとも3つの国の戦争を止められたと信じたい。
だから、、、
「だから、私の代わりにこの国の行く末を見届けてくれ」
そう、あの日の君に託した1つ目の願い。
あの青い空が眩し過ぎた冬の日に残して来た、君への。
 
私は目を閉じて、さほど遠くはない、しかし二度と手の届かない過去へと思いを馳せた。
 
 
 
To be Continued...
 
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【後書きの様なもの】
歴史には様々な側面があり、全ては『薮の中』なのですから、関係者の数だけ真実は存在するのでしょう。
マスタングの行動を是とするも否とするも、それは後世の人間が結果“だけ”を見て判断する事。
尊い自己犠牲の精神で国際的にアメストリスの地位を不動のものにした」と評する人間もいれば、「自己満足の自己犠牲で国内を乱し、多くの死者を生んだ」と評する人間もいるはず。
それでも、歴史の渦中にいる本人達は暗闇を手探りするように、努力し続けるしかないのです。
残酷だけれど、それが歴史。
 
あ、パレ判事にはモデルとさせて頂いた実在の人物があります。
作中の彼の発言とされている言葉は、W/i/k/iより引用させて頂きました。
作中に必要であった為の引用であり、政治的、思想的意図は全くありません。
ただ歴史の二面性を語るには重要な人物かと。
 
 
ああ!忘れてた!バカ!自分。
心の糧です、出来ましたならば。

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