17.国家錬金術師【01.Side Riza 〜願い〜】前編

【Caution!】
このSSは、超未来捏造話です。民主化後アメストリスにおける、ある結末が前提になったお話です。未来捏造苦手な方はお避け下さい。また、単純なハッピーエンドがお好きな方には、お勧めいたしかねるかもしれません。
また、以前からお運び頂いている方は、このタイトルで書きかけて中断してしまった続き物があったことをご存知と思いますが、それとは全く別のお話になっております。
以上2点をご留意の上、お読み頂ける方は下方へスクロールいただけるとありがたく思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
17.国家錬金術師【01.Side Riza 〜願い〜】前編
 
 
錬金術は 人を幸せにするものだと思っていた
あなたと出会うその日までは
  
          *
 
そよ、と木々の枝を揺らし、冷たい風が吹いた。
張り詰めた瑠璃のような蒼天が広がる小春日和の午後、私はサボタージュを決め込んだ我が上官ロイ・マスタング閣下を探して、国防省の中庭を歩いていた。
この十年の間に彼の肩書きは猫の目のように目まぐるしく変わったが、サボリ癖だけは一向に改まる気配がない。
 
十年、いや、正確には十二年前か。
ホムンクルスとその黒幕を相手にした軍事国家・アメストリスの歴史の闇を暴いたあの一連の事件が終わったのは。
月日の過ぎるのは早く、我々もそれだけ年を重ねた。
道理で最近彼が公の場で髪をオールバックにしたがらない訳だ。
生え際の後退を嘆く彼の愚痴を思い出し、私は書類を抱え直しクスリと笑う。
 
あの日から、彼は馬車馬の如く働き続けてきた。
最初は将軍として。イシュヴァール政策に着手し長い時間をかけそれなりの功績をあげ、それに準じて国内の内乱を収めていった。そして形振り構わわず各方面につてをたどり、グラマン大総統の手も借りた上で、機能停止状態だった上院と下院を復活させる工作を行い、民主化の足掛かりを作っていった。
やがて引退したグラマン大総統の後を継ぎ、大総統となった彼は国政を司りながら、近隣国家と国境付近で繰り返されていた戦闘を兎にも角にも全て停戦に持ち込んでいく。それもアメストリスにとって不利にならぬ条件下で、の休戦協定だ。これには、本当に多大なる時間と忍耐力と強い意志とが必要で、ここで彼の髪の生え際は幾分かの後退を余儀無くされる。
そして、例え暫定協定とは言え、とりあえず国の内外が収まり全てのお膳立てが整ったと見定めるやいなや、彼は潔く軍事政権を廃止し大総統職から身を退いた。
民主化後は、我々軍人が食いっぱぐれて犯罪に走らぬように軍部を統制し、国防省の設立に奔走。
そして現在、彼は国防省大臣として、この国の政権の一端を担っている。
 
私は彼と共に地位をあげ、今は中佐として彼の傍らにいる。
地位が変わっても、様々な困難が立ちふさがっても、飽きもせず事務仕事から逃げ出す彼を追いかける仕事だけは変わらなかった。
それは彼の息抜きであり、私への小さな甘えであることは自明であったが、私は表面上は渋々、内心実は喜んでそれに付き合った。
揃って四捨五入すれば四十にならんとするいい大人が、小さな隠れん坊をする姿は端から見れば滑稽だろうが、不器用な我々にはこれが精一杯のコミュニケイションなのだ。
これだけ長い時間を共に過ごしながら、口付けの一つすら交わせぬ我々にとっては。
自嘲の笑みを唇の端にのせ、私は真っ直ぐに中庭の楡の樹の元に向かった。
 
いつもの彼の中庭の指定席には人影はなく、私は踵を返してA棟に入り最上階を目指して階段を上る。
大抵は分かりやすい場所で油を売っているのだが、屋上まで探しに来るのは久しぶりだ。
私は風に飛ばされぬよう書類をしっかと抱き締め、屋上への扉を開いた。
暗闇に慣れた目に太陽の光が突き刺さり、眩い光に満たされホワイトアウトした視界は一転、一面の空の青に満たされる。
冷たい空気に抜けるような空が近い。
くるりと辺りを見回せば、尋ね人は行儀悪く仰向けに直に屋上に寝転がり、足を組んで空を仰いでいた。
 
「閣下、随分お探し致しました」
「む、すまない」
歩み寄り彼の頭上から呼びかければ、珍しく昼寝中ではなかったらしく直ぐに返事があった。
私は彼の傍らに膝をつくと、大袈裟な溜め息をついて彼にお小言を突きつける。
臨時閣議の後、お姿が見えませんでしたので何件かアポの時間を調整致しました。ご自身の首を絞める事になるのですから、」
私がそこまで言った時、彼は独り言のように空を見たままポソリと呟いた。
「鍵を」
私は口を閉じ、彼の顔を注視する。
「鍵をかけて来たまえ」
繰り返す彼の言葉に従い、私は今し方自分が上ってきた階段に通じる扉の鍵をかけに立ち上がる。
出入り口を封鎖してしまえば、屋上はある種の密室状態となる。
執務室でも話せない何かがあったのだろうか。
私は自分の脳内データベースを検索するが、これといった心当たりは見当たらなかった。
 
私はゆっくりと歩いて彼の傍らに戻り、黙って話の始まりを待つ。
彼は全く私の方を見ようとはせず、穏やかな声で空に向かって話し始める。
「これはまだ、機密中の機密、極秘情報なのだがね」
「はい」
「来春を目処に我が国とアエルゴ、そしてクレタの三国間で講和条約、続いて段階的に不可侵条約が締結出来る可能性が高くなった」
彼の言葉に私は飛び上がって驚いた。
 
それこそ平和を願い続けた我々の悲願ではないか。
まさかこんなに早くその日が来るなんて!
私は感極まって、言葉もなく手の中の書類を胸に抱きしめた。
私の感激を余所に、彼は淡々と言葉を紡ぐ。
 
「前回の閣議の後、外務大臣と大統領が密かに私の所にやってきてね。こっそり話していってくれた」
閣僚たちの中にも、彼の大総統時代からの苦労を知っている人物が多い。
ああ、報われたのだ、彼の生き方が。
「おめでとうございます」
私は感無量で、ただただ彼にこう言うのが精一杯だった。
きっと彼もこの喜びを一人で噛み締めたくて、この場所を選んだのだろう。
こんなサボリなら、流石に手放しで見逃しても構わない。
喜びのあまり、私は自分が泣いているのか笑っているのか分からなくなってしまう。
 
「ありがとう、中佐」
彼はムクリと起き上がって、此処に来てから初めて私の顔を見つめて穏やかな顔で笑った。
「ところでだね、この条約を締結するにあたって少々問題が生じてね」
あまりに穏やかな笑顔は、青空に溶けてしまいそうな儚さすら感じさせる。
問題?
私は身震いして、彼の言葉を待った。
 
「時が来たのだよ、中佐」
 
バリトンの優しい声が鼓膜を打つ。
何のことだろう、訝しく思う私の手に彼の手が触れた。
 
そよ、と我々の髪を揺らし、冷たい風が吹いた。
そして、張り詰めた玻璃のような蒼天が砕けて我々の頭上に落ちてくる、そんな言葉が彼の口から綴られたのだった。
 
 
 
To be Continued...
 
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【後書きの様なもの】
2年の間何度も反芻し練り直した道筋は、最後まで真っ直ぐに繋がっています。
その道筋を文字でなぞるのは、今しかないと思い定めました。
久々に全力で疾走致します。
着地点に辿り着くまで、お付き合い頂けると有り難く思います。

追記:2010/12/09 過去回想部分を原作最終回に準拠する形に修正しました。
 

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