Gold【Side L】

また、いなくなってしまった。
 
リザはしゃがみ込んだまま膝を抱えて、小さな友達をじっと見つめる。
頭の側と尻尾の側の2つに別れてしまった“ヤモ子”は、びっくりしたように両手を開いて地面の上で仰向けに転がっていた。
リザはぎゅっと口をへの字に曲げると、小さなこぶしを握りしめた。
 
リザの好きなものたちは、いつもリザを残していなくなってしまう。
一番最初にいなくなったのは、お母さんだった。
ある日、お母さんは急に動かなくなって、リザが何を言っても撫でたり笑ったりしてくれなくて、気が付いたら冷たい“お墓”という石に変わっていた。
その日からお父さんは笑わなくなって、リザが構って欲しくて近寄ったら怒り出す怖い人になってしまった。
勉強の邪魔をしてはいけないのだと何度も叱られて、だから、リザは庭の仲間と友達になった。
彼らはいつだってリザのお話を黙って聞いてくれる。返事はしてくれなくても、リザはそれで満足だった。
 
その仲間のひとりの“ヤモ子”がいなくなってしまった。
リザはじっと“ヤモ子”を見る。
半分になってしまった“ヤモ子”は、やっぱり何も答えてはくれない。
どうしていいか分からないまま、リザはぼんやりしゃがみ込んでいた。
 
どのくらいそうしていたか分からないくらい時間が経った時。
いきなりリザの後ろから、にゅっと誰かの手が現れて“ヤモ子”をつまみ上げた。
リザはびっくりして、振り返る。
そこには真剣な顔で手のひらに“ヤモ子”の前半分を乗せる、黒い髪の男の子が立っていた。
 
リザは、その男の子を知っていた。
“マスダンダ”とかいう名前のリザよりちょっと大きなその男の子は、こないだからお父さんと一緒にお勉強している子だった。
庭からお父さんの部屋をのぞくと、男の子は難しい顔をしてお父さんの実験の手伝いをしていたり、一緒に円や三角を描いたりしていた。
怖いお父さんと一日中一緒にいて平気なのだから、きっとこの“マスダンダ”という人も怖い人なんだとリザは思っていた。
だから、お家の中で彼を見かけたら、リザは直ぐに逃げ出すようにしていた。
叱られて悲しい気持ちになるのは、イヤだったからだ。
 
その彼が“ヤモ子”を連れて行こうとしている。
リザは怖くなって逃げようと思った。
でも、動かなくなった友達が連れて行かれそうになっているのに、逃げてはいけないと思い直して、ぐっと歯を食いしばって“マスダンダ”に向き直る。
ところがリザの思いに反して、彼はとても丁寧な手つきで“ヤモ子”の後ろ半分も拾い上げて、自分の手のひらの上で“ヤモ子”が元の姿になるようにくっつけてくれていた。
 
リザがびっくりしていると、“マスダンダ”は困った顔でちょっと何か考える様子を見せてから、ぱっとリザに向かって“ヤモ子”の乗っていない方の手を差し出した。
リザが何か考える間もなく、“マスダンダ”はその手でリザの手を掴んだ。
リザはその手の温かさに、またびっくりする。
いつも手の上に乗せる庭の仲間たちは冷たい身体をしているし、リザ自身も手の先や爪先はいつも冷たい。
なのに、この“マスダンダ”という人は、あったかい手をしている。
ちょっとだけお母さんの手を思い出して、リザは怖くなくなって、ぎゅっとその手を握り締めた。
 
“マスダンダ”はゆっくりリザの手を引いて、庭のピンクの花の咲く樹まで歩いて行くと、その根っこの近くに“ヤモ子”を埋めてくれた。
そうして、彼は黙って近くの地面に円や四角を描き始めた。
こういう絵を描いている時のお父さんに話しかけて、ひどく叱られたことのあるリザは、そっと“マスダンダ”から遠ざかる。
どうやら“マスダンダ”は怖い人ではないみたいだけれども、とにかくあの絵が終わるまでは、近寄らない方がいい。
リザは、庭の隅に咲くオレンジ色のいい匂いのする小さい花を摘みに行った。
“ヤモ子”のために小さな手にいっぱい花を握ってちぎりながら、リザは考える。
 
なぜ彼は“ヤモ子”を埋めてくれたのだろう?
“マスダンダ”はお話しをしてもリザのことを叱らないだろうか?
“マスダンダ”の手はなぜお母さんみたいにあったかいのだろう?
 
一生懸命考えたところで答えが出るわけもなく、リザは様子を見て“マスダンダ”のいる樹の根元に戻る。
彼はリザが戻って来たのに気付いて、顔を上げて誇らしげな表情をしている。
やっぱり変な人だと思い、リザは彼に話しかけるのを止めて、“ヤモ子”の埋まっている上に花をいっぱい撒いてやった。
“ヤモ子”が花を好きかどうか分からないけれど、こうした方が寂しくない気がした。
 
すると、“マスダンダ”が横からひょっと手を伸ばしてきて、お花と“ヤモ子”の上に変な石を載せた。
重たくて“ヤモ子”が可哀想だと思い、リザはプッと口を尖らせる。
“マスダンダ”は怖くないけれど、意地悪な人なのかもしれない。
リザはその石を退けようかと考えて、半分お花に埋もれたそれをじっと見つめた。
と、よくよく見れば、その表面には何か模様がかいてあった。
いや、へにょへにょしているから模様に見えたけれど、さらによく見ると、それは文字であるらしい。
リザだって来年には学校に入るのだから、むずかしくないものなら文字くらい読める。
リザは、一生懸命へにょへにょの文字を解読しにかかった。
 
最初はY、だ。次はAでM、その次はQ?いや、違った、Oだ。K、でO。
リザはまたまたびっくりする。
 
なんで“マスダンダ”は“ヤモ子”の名前を知っているのだろう?
リザしか知らない筈の“ヤモ子”の名を。
そう思った瞬間、リザは自分でも訳が分からないまま、わんわん泣き出してしまった。
 
“ヤモ子”がいなくなってしまったことは、とても寂しくて悲しい。
でも、今まで他の子たちがいなくなってしまった時、リザは泣いたりしなかった。
だって、泣いたらもっと寂しくて悲しくなってしまうから。
1人で泣いたら、余計に自分が独りぼっちなのが分かってしまうから。
 
“ヤモ子”が動かなくなっちゃったの。チッチッて鳴かないしペタペタ壁も登らないし、リザを見たりもしなくなっちゃったの。
そう誰かに言って泣いてしまえば、寂しいのも悲しいのも少しは和らぐのに、リザは聞いてくれる相手を持たなかった。
リザは、ずっとお庭の仲間たちと一緒にいたけれど、やっぱりずっと寂しかったのだ。
 
リザは“マスダンダ”がどんな人か知らない。
怖い人かもしれないし、意地悪な人なのかもしれない。
でも、“マスダンダ”は“ヤモ子”の為に穴を掘ってお墓を作ってくれた。
リザしか知らない筈の“ヤモ子”の名前を知っていてくれた。
そして今、急に泣き出したリザをびっくりした顔で見ながらも、叱ったり置いていったりしないで、さっきみたいに手を繋いでくれている。
今のリザにとっては、それで充分だった。
 
リザは自分と繋がった手をぎゅうぎゅう握り締めて、思う存分大きな声を張り上げて泣いた。
今まで泣かなかった分を取り戻すくらい泣いた。
繋いだ手は昼間の太陽みたいに温かく、リザの胸の中まであったかくしてくれるみたいだった。
暮れかけた秋の夕陽の下、リザは今度から“マスダンダ”を見かけても、逃げるのは止めようと泣きながら考えていた。
 
     *
 
リザがちゃんとこの男の子とお話をして、彼の名前が“マスダンダ”ではなく“マスタング”だと知るにはまだもう少しの時間が必要だった。
そうして、その後リザは驚くほど沢山の時間をこの“マスダンダ”と一緒に生きていくことになるのだけれど、それはまた別のお話。 
 
Fin.
 
 ***********************
【後書きの様なもの】
ちびっ子ネタパート2。結局「誰も喋らないSS」です。
なんか「虫愛づる姫君」っぽいですね、リザちゃんが。
 
web拍手に沢山の反応ありがとうございました。
押して下さった方も、コメント下さった方も皆様、ありがとうございます!
 
またお気に召しましたなら、ぽちっとよろしくお願い致します。

Web拍手