02.集中豪雨 【01.Side Riza】

雨が降る 私の中に 雨が
止まない雨が 降り続く 永久に
 
        *
 
戦いの終わった野営地は、奇妙な高揚感と、少しの明るさと、幾ばくかの諦念と、大きな哀しみと、吹き荒れた狂気の残滓に満ちていた。
既に家路に着いた兵もいれば、残務に追われている将校もいる。
いくつかの畳まれたテント、賑わう酒場のような焚き火の周りでの宴会、眠りを貪る集団。
衛生兵達だけは変わらず傷病兵の手当てに追われている。
そんな雑多な空気の中、私はマスタング少佐のテントへと向かった。
人目を避ける必要などないのだが、静かに影の隙間を縫うように彼のテントへとたどり着く。
 
「失礼します」
「……入りたまえ」
テントの入り口を開くと、憔悴したような表情でマスタングさんが立っていた。
「本当に良いのか? 今からでもやめられるんだぞ? リザ」
「良いんです、どうぞお願いします」
 
どれだけ止められようとも、私の決意は固かった。
これ以上の犠牲は増やしたくない。私の心が持ちそうにないから。
昼間イシュヴァール人の子供のお墓を作っていた時に、偶然、マスタングさんに会うことができた。
その時に、この内乱の間に考えていた事を伝えたのだった。
この背中の秘伝を、焼いて潰して欲しいと。
彼はひどく驚いて、しかし、遂には請け負ってくれた。
それを実行してもらうために、今夜、私はここにやって来たのだった。
 
「ただでさえ大きなものを背負っている君に、これ以上の傷を増やすのは忍びないのだが」
「その荷を降ろす為に、お手を貸していただきたいのです」
彼と私の目が合った。
小さなランタンの光では、彼の瞳がどんな表情を宿しているのか全く見えない。
ただ哀しい深い黒が、私の目に映る。
 
自分が彼にとって残酷なことを頼んでいるのは、分かっていた。
しかし、この願いを叶えられるのは彼しかいないこともまた、分かっていた。
彼の手で消してもらわねば、意味がないのだ。
父の秘伝はこれ以上もらすわけには行かないし、その秘伝で罪を重ねた彼と私が責任を持って、これを闇に葬る義務がある。
だから。
 
そんな思いが伝わったのか、彼がぽつりと言う。
「許してくれ」
「何を、ですか?」
  ― 沢山の人を殺した事を? 今更?
「それでも私は私の信じた道の為にこの力を使う」
「分かっています」
  ― だから、私は貴方に背中を託したのです。
「君はそれを許してくれるのか?」
「許す、許さないの問題ではありません。それにマスタングさんはどうあっても、その力であの日の夢を叶えるおつもりなのでしょう?」
  ― この国を平和に。ただ、それだけの願いが
「この国を変えるために。でも、それは師匠の……君のお父上の意に背く事だ」
「私が私の意志で父の秘伝を伝えたのです、何を今更!」
  ― 貴方を信じたのです、何を今更!
 
私は思わず、声を荒げてしまう。
出来るだけ感情を抑えるようにしているのだが、こんな時にコントロールが利かないなんて。
昂ぶってしまった自分を恥じて俯くと、マスタングさんが視界から消える。
これままずっと、平行線の会話が続くのだろうか。
 
我ながら頑なだと思う。
しかし今では、彼の後を追って軍人になった時から決まっていた運命だと思っている。
知ってよかった。
人を殺す事に手を貸していることも知らず、生きているよりはずっとましだ。
こうやって、自分で自分の片をつけることもできる。
そんな事を考えていると、諦めたように彼が大きく息を吐いた。
溜息とは違う、嘆きのような音色の吐息。
 
視界の隅に、彼の手が差し伸べられた。
「おいで」
硬い声が耳に響く。
顔を上げるとマスタングさんが、見たこともない顔をしていた。
怒りや哀しみやそういった感情を秘めているのに、無表情な大人の顔。
ここにいるのは、あのマスタングさんなの?
再会までの空白の月日を思う。
気付くと、そこにはまるで見知らぬ男(ひと)がいた。
 
怖い。
 
本能的に怯えて後ずさる私は、手首を繋ぎとめられ、力任せに引き寄せられた。
勢い余って、彼の腕の中に飛び込むような形になる。
「リザ、君がそこまで言うのなら、私も覚悟を決めよう」
抱きとめられた胸の中で、頭の上から囁くように声が降る。
「焔の錬金術師の名を継いだものとして」
男の温もりと優しい声に陶然となり、私は瞳を閉じる。
「責任を持って君の背を焼く」
 
焼いて。 罰して。 私の罪を。
 
To be Continued...
 
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【後書きの様なもの】
 続いてしまいます……
 少年誌では描けないイシュヴァール背中の話妄想。このまま真面目に行くか、エロに走るか悩み中。どちらが良いでしょうか。
 
 続きは02.集中豪雨 【02.Side Roy】にて。