overkill

【Caution!!】
戦場描写(殺人描写、死体描写、残虐な行為)、オリキャラ要素があります。
またCP要素はほぼありません、それでもよろしければどうぞ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
overkill:【名】過剰殺傷、過剰殺戮
 
グヂャッ。
激しい音がして、土色の壁に白い脳漿が飛んだ。
リザは頭を低くし、隣にいた“さっきまで軍曹だったもの”に視線を走らせる。
顔の上半分を吹き飛ばされた肉塊は、残った身体の方をまるで陸に打ち上げられた魚のように跳ねさせながら、ゆっくりと息絶えていく。
脊髄反射だと分かってはいても、顔の無い身体が動く様を見ることは気持ちのいいものではない。
そろそろとリザは腹這いで移動し、僅かに残った壁の残骸の陰に身を隠し、嘔吐した。
いくら吐いてもこみ上げるものは止まらず、リザは胃液を吐きながら身を起こし、それでも手にした銃を離すことなく再び軍曹の亡骸に目をやった。
チュン。
間一髪の所で、頭上を銃弾がかすめる。
己の吐しゃ物の上に腹ばいに身を伏せ、リザはジリジリと後退する。
頭部を吹き飛ばされた遺体からは、遺髪を回収することも出来ない。
作戦は失敗した。遺体から精一杯の勇気を振り絞りドッグタグを引きちぎると、リザは自分の身を守るのも精一杯な状態で、急いで現場を撤退した。
 
士官学校生である彼女が、ここイシュヴァールに来て早一ヶ月が経った。
しかし、未だにリザは自分が研修という名の人殺しを続ける現状に慣れずにいる。
この死と隣り合わせの場所で、習得するのは如何に確実に人を殺すか、ということ。
赤点を取れば落第の代わりに、命の終焉が待っている。
命懸けの履修科目はいつ終わるとも分からぬ泥沼のように延々と続き、いっそこのまま頭まで血の海に沈んでしまうのではないかと思うような日々が続いていた。
初めて人を殺した日は、もう遠い昔の事のように感じる。
それでも、狙いを定めて引き金を引く瞬間、未だリザの指は躊躇に震える。
 
リザは用心深く戦場を移動し、ようやく帰りついた本営で狙撃部隊の指揮官に軍曹の戦死を報告する。
この風の強い日に一千メートル越えの標的を手易くしとめる事のできるスナイパーは、そうそう存在するものではない。
その場にいる者たちの間にザワザワと波紋のように広がる囁きの中に、ひとつの名前が何度も現れる。
「ハニービーだ」
「また、ハニービーか」
「たかが子供一人に何を手こずっている」
苦さと痛みを含んだざわめきに、リザは唇を噛む。

ハニービー。
その名を聞くのはこれでもう何度目だろう。
まだ学生のリザが鷹の目と称され前線に送られるように、イシュヴァール人にも若くして最前線で狙撃手として戦う少年がいる。
イシュヴァール人の証である真っ赤な瞳と、おそらく混血なのであろうアメストリス人の金の髪を持つ十代半ばの少年狙撃手の存在は、彼ら狙撃部隊のメンバーにとって大いなる脅威の一つであった。
小柄なその体躯で大きなライフルを操り、一撃必殺の狙撃の腕を見せる少年は、いつしか彼らの間でハニービーとあだ名される。
ハニービー ーー 小さな身体で必殺の毒針を打ち込む蜜蜂は、今日も甘いハニーブロンドを揺らし、蜜の代わりに砂漠に死をまき散らす。
学校で出る試験問題には決して存在しない、小さな刺客。
彼の存在を消さないことには、リザたちの明日には死の一文字が付きまとい続けるのだ。
 
上官の声がリザの鼓膜を叱咤する。
リザ・ホークアイ!」
「アイ、サー!」
「士官学生のお前は部隊の規制を受けず、私の権限で比較的自由に動ける。明日から1週間西区の張り番を免除の上、別行動を命令する。ハニービーに張り付け」
「イエス、サー!」
躊躇する間もなく、リザは上官の命令に答える。
それはまるで脊髄反射だ。
軍人に口答えは許されない、ましてや士官学校生なら尚更だ。
例えそれが理不尽な命令だろうとも、ここ戦場においては彼らの命は上官が握っているのだ。
スナイパー同士の戦いがどれほど不毛なものか誰もが知っていたとしても、それを拒否する権利は彼女にはない。
「鷹なら蜜蜂よりも高く速く飛べるだろう、さっさとひねり潰して来い」
「イエス、サー!」
本隊は温存、学生は使い捨てか。
ひねた心でリザは命令を受け、今日死んだ軍曹の代わりにパートナーを付けてもらえるのかチラと考え、すぐに頭を振って単独行動の計画を頭の中に練り始めた。
どの部隊にも余剰の人員はいないのだ、学生である自分ですらこんな前線に放り込まれるほどに。
リザは己の吐しゃ物で汚れたフードを片手に、自分の命を守る代わりに他人の命を奪う道具を握りしめ、溜め息を隠すように俯いた。
 
     *
 
翌朝、リザは十区の廃墟に身を潜めていた。
ここ数日のハニービーの行動から考えて、一ヶ月ほど前から彼は十区周辺を縄張りとして、主に国軍の狙撃手を狙って活動していると思われた。
それはハニービーが一ヶ月前にアメストリス軍に現れた手強い狙撃手を狙っていることの証拠で、すなわち彼の狙いはリザの存在を抹殺することと推察された。
リザは狙撃部隊隊長の思惑を悟り、心が真っ黒に塗りつぶされる思いで晴れた戦場の風に吹かれる。
 
砂漠の風、砂塵の影響、補正要素を脳裏に計算しながら、リザは捨て駒になった自分を奇妙なほど冷静に考える。
ハニービーの名がアメストリス軍内に知られているように、鷹の目の名もまたイシュヴァール人たちの間に知られているのであろう。
昨日射殺された軍曹も、リザの身代わりになった可能性が高いのだ。
有能な狙撃手同士が消耗戦で互いに撃ち合ってくれていれば、アメストリス軍はその間は長距離からの狙撃に怯える必要がなくなる。
危険要素を排除している間隙に、いかに有利に兵を配置しイシュヴァール人を追いつめるか。
その成功如何は、如何にリザがハニービー相手に時間を稼ぐかにかかっている。
現在のリザの役割は、ハニービーをおびき寄せる餌なのだ。
リザとて死にたくはない。
生きるためには殺さねばならない。
リザは狙撃銃を構える。
ハニービーを抹殺するために。
 
何故?
殺さねば殺されるから。
何故?
彼と私は敵同士だから。
何故?
国が決めたことだから。
何故?
彼らが武装決起したから。
何故?
小さな子供が殺されたから。
何故?
始まりはただの事故だったのに。
 
小さな復讐劇は七年の歳月をかけ、いつしか国家錬金術師まで投入する大規模な内乱へと発展した。
そしてリザはこの地で、見も知らぬ少年を殺すために銃を手に砂漠で太陽に灼かれている。
何のために、そう問われても彼女に答える術はない。
国のために、国民のために。
今彼女が銃を撃つのは、そんな理由では決してない。
生きるために、死なないために。
本能が命じるままに、彼女は銃を撃ち続ける。
 
リザは狙撃銃を構え、油断なく状況を確認する。
ここで派手にリザが長距離射撃でイシュヴァール人を狙い続ければ、ハニービーの方が彼女を見つけてくれるだろう。
リザはスコープをのぞき込み、赤銅色の肌を持った武僧の腹部に照準を合わせた。
頭部を狙えば、硬い頭蓋骨で弾が滑る危険性がある。
確実なのは鼠けい部または大腿部の動脈を引きちぎるか、腹部を再生不可能なまでに破壊するか。
この戦場で学んだ“確実に人を殺す技術”を、復習するかのようにリザはイシュヴァール人の命を奪っていく。
撃鉄を起こし、一瞬震える指で引き金を引く。
スコープの中で音もなく武僧の身体が大地に倒れ、じわりと赤い血の水たまりが流れ地に吸収されていく。
それはまるで、砂の大地に咲く血の花だった。
スコープの中に次々に咲く暗赤色の花は、ドス黒くリザの心を染め、乾いた砂漠を次々と動かぬ死体で埋め尽くしていった。
 
どれほどの時間が経っただろうか。幾人のイシュヴァール人を殺した時だったろうか。
ライフルを構えた男を撃った瞬間、リザは凄まじい悪寒を感じ反射的に身を伏せた。
ガッ
リザの頭部のあった位置を銃弾が走り抜け、背後の壁に弾痕が穿たれる。
ゴロリと床に身を転がせば、リザの動きの残像を追って次々に正確無比な弾丸が撃ち込まれた。
間違いない、ハニービーだ。
少年の殺意に弾かれたリザは堅い床を這い、僅かな隙間から表をのぞく。
リザは自分の優位を確信し、必死でハニービーの姿を探す。
弾丸の角度から考えて、リザの方が高所にいることは間違いない。
彼女は太陽を背にしている。砂漠の太陽はリザの味方だ。
ハニービーのスコープがこちらを向けば、必ず反射光が彼の潜伏位置をリザに知らせてくれる。
リザはグレーベージュの外套をそろりと脱ぐと、瓦礫の隙間に走らせる。
ガッ
外套に大きな穴が空き、壁が崩れる。
ハニービーは地上にいる。
リザは壊れた建物の壁の隙間から銃口をのぞかせ、微かな光の軌跡を探す。
リザの鷹の目が捉えたハニービーの手がかりは、彼らアメストリス軍が破壊した砂漠に転がる残骸によって隠される。
倒れ伏した死体の山、瓦礫の山、半壊した建物。
隠されるなら探せばいい。
リザは大地に転がる死体を撃った。
物言わぬ骸は鞭打たれ跳ね上がり、太陽の下に踊る。
リザの胸も共に痛む。
だからと言って止めれば、自分が死ぬ。
リザは瓦礫を撃つ。
誰かの思い出の品が、粉々に砕け散る。
影には誰もいない。
死体の山が光った。
ガッ
ハニービーの銃弾がリザの髪を焼く。
タンパク質の焦げるイヤな臭い。
それも人の死ぬ臭いになれた鼻には、異臭とすら感じられない。
リザは見当を付けた位置に銃弾を撃ち込む。
死者を冒涜する銃弾は、彼らの死の眠りを引き裂き、怒れる蜂の羽音を大きくする。
死人を更に殺しながら、リザはハニービーを追いつめる。
死体に隠れた少年がこのままリザの銃弾を待つとは思えず、リザは淡々と作業を続けていった。
装填した弾丸を撃ち尽くし、リザは新たな弾丸を装填した。
 
ガゥン
ひどい衝撃がリザの上に降り注ぐ。
彼女の隠れた壁が崩れ、大きな石塊を間一髪のところでリザは避ける。
が、避けた先は相手から丸見えの壁のない破壊され尽くしたフロアだった。
容赦なくハニービーの弾丸がリザを襲う。
相手の戦法に舌を巻きながらも、リザは必死に転がり蜜蜂の必殺の弾丸を避けた。
視野の端、肉眼で確認できる距離に甘いハニーブロンドが掠める。
リザはついにハニービーの姿をその目で捉えた。
しかし、死にたくない一心で動く身体は、狙撃銃をフロアの真ん中に置き去りにしてしまう。
己の失態にリザの頬はひきつる。
狙撃銃を失った狙撃手など、丸裸の赤ん坊も同然だ。
死にたくない。
その為にはどうすれば。
答は簡単だ、銃を取り戻せばいい。
リザはハニービーの様子をうかがう。
都合の良いことに近くで爆発音があがり、表はなにやら騒がしい。
ハニービーが少しでも注意を他に向けてくれれば。
 
リザがそう思った時、信じられないことが起こった。
至近で起こった爆発音に弾かれたように、ハニービーがばっと立ち上がったのだ。
リザは訳が分からないまま、それでも己の銃を拾い上げ構えた。
ハニービーは瞬時に我に返って振り向いたが、時すでに遅かった。
彼はしっかりとリザの標的として、スコープの中に捕らえられていた。
スコープの中には、身長140cmあるかないかの幼い子供がぷくりとした頬に血を滲ませ、ライフルを手に驚愕の表情を悔恨に変えリザの方を見ていた。
赤い瞳にに諦念と憎悪を込めてハニービーは、己の敗北を認め、怒りを込めてリザをねめすえる。
撃て、と言わんばかりに。
幼き者の燃えるような憎悪の瞳はどんな弾丸よりも早く正確に、リザの胸のもっとも柔らかな場所を撃ち抜く。
何故こんな子供まで、と。
余りにまっすぐな瞳に気圧されたリザは、一瞬引き金を引くことを躊躇い、しかしそれが素晴らしき実力を持った好敵手への侮辱であることを悟り、その指に力を込めた。
 
チチチッ。
リザが引き金を引く直前、聞きなれぬ奇妙な音が耳に響いた。
リザの聴覚がそれを認識するのとほぼ同時に、目の前が焔の波に包まれる。
続いて起こった激しい爆音に鼓膜を痛打され、リザは反射的に身を伏せ爆煙と炎が収まるのを待った。
折角のハニービーをしとめる好機を逸した無念さに、リザは胸の内で歯噛みし、そして不意に気づく。
先程の爆音が何であったのかを。
 
ようやく視界が開けたことを確認し、リザは恐る恐るスコープをのぞき込んだ。
十字で仕切られた丸い視野の中には、焼け焦げた狙撃銃を握りしめた小さな炭の塊が転がっていた。
焼死した者の死体に特徴的な手足を虫のように丸め、ぎゅっと縮こまった姿勢で地面に転がる死体は確かにハニービーのものだった。
彼の周囲には先刻リザが殺した者たちが、一様にハニービーと同じ姿勢をとり人と分からぬほどに燃えていた。
彼女が二度殺した者たちは、三度目の死を与えられ、黒く冷たく大地に横たわる。
一面に立ちこめていた血の臭いは、くすぶる焦げくさい臭いに取って代わられた。
リザは己の身の危険も忘れ、思わず立ち上がった。
 
辺り一面、全てが焼けていた。
ハニービーが振り向いた方向を見れば、小さな小さな子供が体の半分を焼かれ、それでも生きてもがいている。
酷い火傷のせいでもう男か女かも判別できなくなった子供は、痛みと恐怖に狂ったように泣いている。
確実に助からない事が分かっていながらも、尚生きようと這いずる小さな命は、死までの時間が長ければ長い程、苦しみだけが長引くことが明らかだ。
死を与えること以外に、子供を救う道はなかった。
 
リザは泣いた。
泣きながら引き金を引いた。
地面に小さな紅い花が咲く。
動かなくなった肉塊を見て、リザは泣きながら吐いた。
吐くものがなくなって、胃液が尽きても、リザの嘔吐は止まらなかった。
 
それでも、リザの耳には空気すら焼く爆音が響き続ける。
彼女の託した焔が彼の指先で作り出される音が。
大量の死を生み出す音が。
人を殺す音が。
止むことなく。
 
一瞬でもハニービーを好敵手だと感じた自分を、リザは恥じた。
二人の間にあったのは、殺すか殺されるか、ただそれだけだったと言うのに。
リザは収縮し続ける胃を抱え嘔吐し続けながら、それでも銃を握りしめる。
死を生み出すその道具は、軍属であることの責務と自分の命を守るという目的と国のためという大義名分により、リザの手にしっかりと馴染んでしまった。
耳に爆音が響き続ける。
リザは涙を拭うと死人たちを真っ直ぐに見下ろし、自分に言い聞かせるように呟いた。
 
「そう、私はただの人殺しなんだったわ」
 
答えるように、遠く焔の作る爆音が響いた。
 
Fin.
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【後書きのようなもの】
 オフ原稿の資料にした映画「スターリングラード」へのオマージュと、自分が何故ロイアイの結婚話を書けないかという理由を考えた時浮かぶ風景の文章化のようなものです。自己満足ですね、すみません。
 そして、夏が来る度に思います。私たちには忘れてはならない事がある、形骸化させてはいけない事があることを。そんな想いも込めて。