Twitter Nobel Log 48

2351.

貴方が作った法で、貴方が裁かれる。私たちが目指した民主国家の皮肉。戦争が終われば英雄はただの人殺し。そう言って笑う貴方は満足そうで、私は軍人の狗として吠える言葉を探しながら、青空に吸い込まれそうな透明な笑みをただ見つめるしかなかった。

 

2352.

ネクタイの結び方を覚えたのは自分の為ではなく、あの男の為。だから、私のウィンザーノットは左右反転。自分の首もとに描くことの無いループで、男の首筋を飾る。

 

2353.

指先にキス。その程度でも照れる私を可愛いと貴方は笑う。指先も唇も神経が密に集中し、最も過敏な部位であることを知っているくせに。劇鉄を落とす指先から、私を落とす貴方の紅い舌にからかわれ、私は足元に視線を落とす。

 

2354.

明日会えなくなっても、私たちは独りでまっすぐ前を向いて歩いて行く。それは二人の暗黙の約束。それは最期の時を歩き切るまで呪いのように続く。そんなもので互いを縛り付けてまで、忘れさせない束縛。それは愛だとか恋だとかそんなものさえ越えた執着。触れもせで、共に生きる私たちの約束。

 

2355.

毎日おはようを言う最初の相手が、イレギュラーを除き君であるという事実が時々どうにもくすぐったくなる。ただ共に血の河を渡る覚悟でこの青い軍服に袖を通した我々の、束の間のささやかで穏やかな、この感情を何と名付けて良いものか私は未だ分からないでいる。朝日が今日も眩しい。

 

2356.

今は廃墟となった砂礫の街で野営する。亡霊でも出て恨み言のひとつも言ってくれれば罪悪感に悩むことも出来るだろうに、現実はただ冷たい夜がしんしんと広がるのみなのだ。嗚呼、こんな夜だからこそ一人でないことに救われる。貴方と二人、過去と対峙する未来を見つめ朝を待つ。

 

2357.

夜汽車に乗ってぼんやりと車窓から眺める空には昔と同じ星空が流れて行き、私の向かいに座る男は昔と変わらぬ人であるというのに、どうして私たちの距離はこんなに変わってしまったのだろう。手を伸ばせば届く人に、手が伸ばせない。あの頃は、届くはずのない星にさえ手を伸ばしていたというのに。

 

2358.

もし、あの虐殺の荒野であの人を嫌いになれていたならば、私の人生は全く違ったものになっていただろう。だが、たとえ戦場の英雄という名の大量虐殺者であろうとも、私はあの人を嫌うことも侮蔑することも出来ず、自分の分身としか思うことが出来なかった。私がここにいる理由なんて、その程度のこと。

 

2359.

こんな可愛らしいお願いを我が儘だと言い切る幼子の、えくぼの出来る握り拳をそっと開いて手を繋ぐ。母を亡くし、研究に没頭する父の傍らで息を潜めて生きる少女が眠るまで、私はしばし本を閉じ、夜を照らす蝋燭の焔と共に彼女に傅く。今は師匠の弟子ではなく、一人の庇護者として。

 

2360.

幼年学校にもあがらぬ少年がいっぱしの庇護者気取りで見守った少女は、今や恐れを知らぬ鷹の目と成り果てつ。だが、そんな彼女が夜の闇に震えることもあるかもしれないと、過保護な私はあの日のままに彼女の傍らに灯を掲げたくなる。

 

2361.

いつまでもいつまでも私を子供扱いする優しい男は、その優しさが真綿で首を絞めるように私の心を削っていくことを知らない。今の私に必要なのは柔らかな灯ではなく、私を蹂躙する貴方という名の夜の嵐。夜が大人の時間だなんてことは、とっくの昔に知っている。

 

2362.

綺麗な女なら掃いて捨てるほどいる。強い軍人も使い捨てられるほどに存在する。それでも、副官が彼女でなくてはならない理由。それは単純に私の胸の内にある過去と思い出。随分と軟弱な軍人もいるものだと鏡に向かって嘯く、いつもと同じ朝。

 

2363.

何処ででも眠れるのが軍人の身上。それなのに、上官が傍らにいるだけで眠れぬ夜が来るなんて。近すぎる距離、触れる吐息、それでも肌の一片も触れぬ我々の鼓動だけが夜に重なる。

 

2364.

それは時計であると同時に彼の身分を現す物であり、彼の知性を証明する物であり、我々の罪を刻む物であり、そしてやはり、ただ時を刻む道具でもある。物に意味付けをするのは人間の悪い癖。家を出た日を裏蓋に刻んだ兄弟たちのセンチメンタルを笑えない大人が二人。

 

2365.

心臓の音がする。私のものか貴方のものか分からぬほどに入り交じり、この至近距離で乱れ打つ。其は戦場に鳴り響く銃声よりも酷く我々を穿ち、其は我々を繋ぐ業火の爆音よる熱く我々を灼く。

 

2366.

背中で寝る彼女を起こさないように夜道を行く。夜明けまでに辿り着きたい場所はここではないどこか。でも、そのどこかが何処にあるのか分からないまま砂礫に足を取られ、黎明の星が私を嘲笑う。朝の光が瞼を灼く瞬間、目覚めたのは執務室のソファ。隣で眠る彼女と夢の中の彼女とは別の女だと思い知る。

 

2367.

ベッドに寝そべり見下ろす軍靴二足。私たちが互いに脱がせ合い放り投げた靴たちは健気に持ち主を真似、床の上で入り乱れ重なりあって転がっている。それは軍人である間は重なることのない私たちの象徴のようで、私の上に重なる男の腕の温もりに軍靴を視界から遮断すべく目を閉じる。

 

2368.

それが間違いだったのかと問われれば、間違いだったと答えるだろう。後悔しているかと問われれば、後悔していると答えるだろう。それでも、何度過去をやり直したとしても私は同じことを繰り返すだろう。砂礫の大地で人殺しとなった君と再会するあの日を迎える、あの決断を。それでも共に生きる未来を。

 

2369.

芝居の幕が下りるように、人生の幕が綺麗に下りることはない。もがきながら緞帳を引き千切ってでも、成し遂げねばならないことが私たちにはあるのだから。人生は舞台、人は皆役者。だからと言って、幕を下ろすタイミングを他者に委ねるなど我々には出来ない。貴方の手が幕を下ろす瞬間を、私は信じる。

 

2370.

貴方の前で口にした言葉には、真実と嘘が半分ずつで出来ている。公のことに関しては真実が全て。私事に関しては嘘が全て。トータルで見れば良いバランスなのかもしれないと、嘯いて私は笑う。表に出さない真実は軍服の中に仕舞ったまま、きっと永久に朽ちていく。

 

2371.

後悔しないで生きていくことは出来ないけれど、後ろばかりを見ないで前を向いて歩いて行くことは出来る。貴方が私にそれを教えたのだと思っていたけれど、 貴方は私に教えられたと言う。多分、私達はそうやって補い合って生きている。どちらが欠けて成り立たない、貴方と私だったなら良いのにと思う。

 

2372.

一枚の毛布を分け合って、野営地で眠る夜。肌を交わし眠る夜よりも、ずっと近くにいるような気持ちになるのは何故だろう。この青い軍服の分厚い生地越しに感じる体温が、命さえ分かち合う私達の証。

 

2373.

花を送られて喜ばない女はいない。私だって、ご多分に漏れずその部類。ただ、表に出さないだけだと貴方はきっと気付いているだろう。そうでなければ性懲りもなく、幾度も幾度も花を贈ってはこないだろう。今日もまた笑顔で迎えてやれなかった花たちに埋もれ、私は眠る。

 

2374.

神が存在するのなら、私達は共に軍人として生きることは無かっただろうと思っていた。でも貴方の背中を見て生きる内、神などいてもいなくても私達の生き様はきっと変わらなかっただろうと考えるようになった。私達の生き方を決めるのは私達。神様なんか、くそくらえ。

 

2375.

『軍人である私』として生きる、『女である私』を私の中に眠らせて。それが不自然とは思わない。いつか私の中の私が目覚める為には、私は私の為すべき事を為さねばならない、ただそれだけのこと。私を目覚めさせる王子様は、今日も軍人の顔で私の前を行く。

 

2376.

野営地のテントで寝る。消耗した体力よ削られた心を抱え、ただひたすらに休息を貪る行為。それでも傍らに感じる彼の体温が、戦闘にささくれ立った私の心を落ち着かせる。寄り添わず、触れず、それでも伝わるものに包まれ、私はひとときの安らぎに目を閉じる。

 

2377.

少し寒いが雪が降るほどではない夜、彼女は雨の気配にぴりぴりしながら夜空を見上げている。そんなに信用がないのかと苦笑する私は敢えて余裕の顔で夜道を一人歩き出す。追いかけてくる彼女の軽い足音は降り始めの雨音に似ている。だから私は雨の日も嫌いではないのだ。彼女には秘密だけれどね。

 

2378.

寝顔のあどけなさに少しだけ微笑ましさを感じ、用意した毛布を掛ける手が柔らかさを帯びてしまう。銃を握ると決めた手に不要なその柔らかさを毛布の中に仕舞い込み、転た寝の上官の軍帽をそっとその頭から外す。オールバックの前髪が流れた月日と大人になった彼の険しさを表すのを見ないふりで。

 

2379.

ひそやかな足音を背中で聞きながら

みじたくを整える彼女の気配を探る

つまさき立って歩いても無意味なことは分かっているだろう

のぞみどり気付かぬふりで彼女を

おくり出す

うそを重ねても

せつなのひとときを共に

 

2380.

なやましげに眉間に皺を寄せ貴方は虚空を

にらむ

おさまらない苛立ちは知っている

いまは耐える時だと私は共に黒い感情を噛みしめる

まだ時が来ていないだけなのだ

さきを見据えて歩く貴方に私は付いていくだけなのだ

らくな道程ではないなんて 何を今更

 

2381.

名物の自分の髪から彼と同じ匂いがする。私は何気ない素振りで、朝から射撃訓練場に向かう。硝煙の臭いを纏い、状況証拠を隠滅し、一石二鳥だわと嘯けば、共犯者の顔で彼が「良い副官を持ったものだ」と彼が笑う。「何を今更」そう言って、私は彼と同じ顔で笑った。

 

2382.

一人で生きていける女だから、ただ前に立って歩いて行く。振り返らない、ただ前を見て生きていく。それが、彼女という生き方に敬意を払うということ。

 

2383.

火傷をした、あの人の焔で。

それは私の産んだ焔でもあるわけで、ある種自家中毒のような気さえする痛みはジクジクと苦く、甘く、私を苛む。私は赤く爛れた白い皮膚を隠し、そっと片手で優しい男の黒髪を抱く。

痛いのでしょう? 知っているわ。

 

2384.

揃いの不敵な笑み浮かべ 共に火の粉をかいくぐる。出世命の成り上がり オマケの狗と言われても 砂礫に刻んだ罪思い 誓った未来へひた走る。そんな二人の関係に 名前を付けるとするならば 人生賭けた共犯者。それが似合いと嘯いて 二人笑って生きていく。

 

2385.

目玉焼きさえ上手に焼けぬ男が戦場では極上のローストを作り上げる。治ったはずの背中が疼く。そんな男を作り上げたのは私なのだと。

 

2386.

黙することが彼女の誠意。言葉を尽くすことが私の誠意。異なるからこそ二人でいる意味があると言えば、彼女は何も言わず笑みの形に唇を形作る。それで成立する会話がある私達。

 

2387.

本を読む彼を見つめる。見ていて面白いものでもないだろうと、彼は苦笑する。文字を追う眼差し、ページをめくる指先、興味深い記事に微かに浮かぶ笑み、私だけが知る彼の研究者としての顔。過去を懐かしむひとときがそこにあることを、彼は知らない。

 

2388.

抱いた夢に自分で傷付いて、青臭い台詞を吐いてひたすらに未来に夢を描くなんて、どれだけ甘い男なのかと思うこともある。でも、そんな不器用さに惹かれる自分を否定することは出来ないし、だからこそ私は共に夢見て傷付いて、それでもここに一緒にいるのだから、結局私も甘い女なのだと思う。

 

2389.

本の山に埋もれれば過去に戻るあの男のように、私に帰る場所があるとするならば、それは台所の片隅なのかもしれない。寝食を忘れ文字の海を泳ぐ彼に差し出す一杯の紅茶、一片のサンドイッチ。それらを無心に作る時、私は何ものにも阿ることのない過去に帰る。

 

2390.

罪悪感の連鎖を引き千切る手を持っている。そんな事に心を裂き過去ばかり見つめるより前を向きその足で歩く。黒い瞳の奥に苦悩を隠し貴方が行くのなら、私もそれに倣い共に往く道を選ぶ。たとえ行き着く先がまた想いとは違ったとしても、今度こそ託すのではなく私の意志で貴方と共に。

 

2391.

愛だとか恋だとかいろいろすっ飛ばして、常に隣で生きていくポジションにいつの間にか貴方がいた。目線の阿吽で通じるものが増え、気付けば階級章の星は貴方の望んだ数になっていた。面倒くさいとすっ飛ばした手順をやり直そうかと笑う貴方に、きっと私はいつもの台詞を返すだろう。「何を今更」

 

2392.

苦しくて痛いから見ないふりをしていれば、嵐はいつか通り過ぎると思っていた。今私はそれが間違いだと知る。嵐は貴方。常に私と共にある貴方は、けして私を通り過ぎてはくれない。この手を伸ばせば楽になることを、私の本能は知っている。嵐とは飛び込んでしまえば中心は凪いでいるのだから。それでも

 

2393.

「愛してる、と言えばいいのか?」貴方はそう言って穏やかに微笑む。分かっていて問う貴方は狡い男。いつだって私の答えは「No」だ。「問うならせめて『死ぬな』くらいにしておいて下さい」そう答えれば貴方は笑う。欲しいのは言葉じゃない。今、貴方の隣で生きる事実。ただそれだけ。

 

2394.

「愛しているとでも言えばいいのですか?」そう言って彼女はいつもの無表情を貫く。分かっていて問う君は狡いひと。私が「Yes」と答えるなんて欠片も思っていないくせに。「『何を今更』で充分だ」そう答えれば君の口角が上がる。欲しいのは言葉じゃない。未来のために共に歩む、今。ただそれだけだ。

 

2395.

他所の女に美辞麗句を並べ立てる男を冷ややかな目で眺めながら、安堵する私がいる。叱責を受けるほどの責務を任される女は、私以外にはいないのだと。表面的に見いだされる何かよりも積み重ねたものに目を向けられる私が彼の中に存在することを。

 

2396.

足音だけで彼の到着が分かる。まるで私の帰宅を玄関で待つ仔犬と一緒だわと自分を笑いながら、私は台所で料理にいそしむ振りをする。背後から近付く気配に気付かぬ不自然は避け、仕方ないという顔をして彼を迎えるポーズを準備して、玄関の扉が開く気配にそっとレードルを置く。

 

2397.

望むのは暖かな窓の灯ではない。苛烈な泥の中でさえ焔の色を失わぬ瞳の光。その色が私を奮い立たせる。

 

2398.

キスを仕掛けたら指で阻止された。その指を食めば、拳を突っ込まれた。色気の欠片もない攻防戦。我が副官殿の手厳しさを笑い、四面楚歌の突破策を練る。生きて帰れたなら続きを考えてあげますよなんて棒読みの釣り文句にまた笑い、私は煤けた軍服の襟を正す。こんな時だからこそ我々はユーモアを尊ぶ。

 

2399.

背中を這う男の舌が、紅い火蜥蜴と口付けを交わす。彼は何の為に私を抱くのだろうと考えながら、私は熱い吐息を零す。そこにあるのは憐憫なのか。それとも懺悔か責任感。それを確かめることが怖い私は言葉を封じ、ただ快楽だけを貪る。唇へのキスを許さぬままに。

 

2400.

深夜の執務室、カーテンの影で静かに交わす口付けは誰にも見せぬ二人だけの秘め事。軍人でもなく私人でもない、僅かな夜の綻びの隙間で舫い綱に縋るように、過去と今を、罪と未来を分かち合う。この世界に互いを理解するものは互いしかいない、そんな真っ黒な夜の中で二人口付けを交わす。

 

(20170519〜20189523)