Twitter Nobel log 43

2101.
夜明け前、ふと目覚め窓辺に立つ。冷え切った外気と室内の温度差に曇るガラスを指で拭えば、しんしんと降る雪が窓の外に見えた。雪降る静寂に包まれた閉じたガラスの中の世界はまるでスノードームのようで、世界から隔離された二人きりの平和な時が今しばらく続くことを祈り、私は眠る貴方を見つめる。

2102.
料理をするのは好きではなかった。母のいない家で、それは私に課せられた義務だったから。 貴方が私の料理を美味しいと言ったあの日。あの日から私は料理が好きになった。私があの人から笑顔を引き出す為、あの人を癒す仮初めのひとときを作る為、私は台所に立ち胃の腑を喜ばせる味と匂いを作り出す。

2103.
何も生まないはずの手が、銃で人を殺すだけの手が、暖かな食事を作り出す。それだけで生きる意味を見いだすことが出来る。貴方の肉を作り、貴方の笑顔を作る。そんな食事を作る為、私は硝煙の色を指先から洗い流し、この手に戦場では決して握らぬナイフを握る。

2104.
夜更かしの理由は何でもいい。ソファーの上ふたり冷えたつま先を重ね合って、特製のホットワインを飲む。酔うには至らぬ杯を重ね、ただこの暖かな空気に酔う。

2105.
久方ぶりの二人揃っての休暇だから、私は彼の本たちにも休暇を言い渡す。眠っていなさい、書架の書物たちよ。今宵、彼が視線を向けるのはお前たちに書かれた文字列ではなく、この私。

2106.
気付かないふり、知らないふり。お互い分かり切った隠した気持ち。ふと遥か昔のままごと遊びを思い出す。家族のふり、気付かないふり。隠した気持ちは同じなのに、これ程までに胸の温度は違う。ただ、彼女のさし出す珈琲の味は変わらない。

2107.
父親の呪縛から解き放たれた私は、貴方の呪縛に絡め取られる。この身に刻んだ消えない徴。描き換えられた所有権。男って莫迦だと笑い、私はぐずぐずと融けた肌を指先でなぞる。生涯消えない証、確かに受け取りましたから。

2108.
唇の跡を私の肌に刻み、何度も確認するようにそれを撫でる姿が哀しく、そっと黒髪を抱く。印なんてなくても私は貴方の傍に居るし、そんなに確認しなくても消えていなくなったりしませんよ。そう言葉で伝えてもきっと貴方の不安は消えないのだろうから、私はやっぱり何も言わず、ただその黒髪を胸に抱く

2109.
世界を敵に回しても我が道を行くと嘯く。
あくまでも飄々と魑魅魍魎の組織を渡る。
すべては帰る場所があるから出来ること。
虚勢なんて莫迦ですねと呆れる君の声は、それでも優しいのだ。

2110.
眠る君の頬に触れようとして、躊躇いに手を止める。月明かりに浮かぶ白磁のような肌は儚くて、君の本質を映し出すように見える。強くて勇ましい軍人の顔の下に隠されたものを思う、fragile。

2111.
道すがら、今日の出来事をふたりポツリポツリと語りながら夜を行く。同じ事柄が視点の違いでまったく別ものになることに驚いたり、同じものを見て同じ感情を抱くことに微かな悦びを覚えたり、穏やかな一日の締め括りを迎えられる日々の奇跡に感謝して、私たちは静かに夜を歩く。

2112.
様々な色を塗りつぶし隠す黒の中に浮かぶ感情が豊かなことを、私は知っている。雄々しさも、可愛らしさも、焦燥も、哀しさも、分別も、我が儘も、彼の瞳は言葉より早く私に彼を伝える。その瞳が諦めに塗り潰されぬことを信じ、私は日々彼を見つめる。

2113.
言葉なんかなくたって、君は私を目で殺す。

2114.
コツコツと指先が机を弾く。「ハリーとユリシスは黒だ。至急、ニックとギルを派遣しろ。ロビンとイヴェットにも応援を要請する」「その件でしたらフィオナから聞いています。オスカー、オーエン、ルーク、イアンが現場へ。スタンとヘクターがバックアップに回りました」カツリ、踵が鳴った。
(要は「腹減った」「莫迦ですか」彼女が律儀で可愛い。)
 
2115.
書類の上で眠って叱られる。書類にシワがいくだとか、インクが滲むだとか、書類を溜めるなだとか、私より書類の心配をする彼女のつれなさを嘆く。帰って寝ろとコートを押しつけられ、最後の最後で彼女が笑う。突きつけられた鏡には、ほっぺたに自分の名を転写した自分の姿。嗚呼!

2116.
疲れ切って書類に突っ伏して眠る彼を見つけた。こんな時間までと労る思いと、サボらなければと呆れる思いを綯い交ぜに彼を叩き起こせば、頬に転写された彼のサインが目に飛び込む。こんな莫迦な可愛さ、卑怯以外の何ものでもないじゃない。怒るに怒れない私は苦笑をそっと噛み殺す。

2117.
私がアクセル、君はブレーキ。前線での役割分担が効率的なのは、私たちの専売特許だった筈。それなのに、私が死にかけたくらいで暴走するなんて、君らしくもない。最後までクールでいてくれ。私はまだ生きている。

2118.
退屈しのぎ。からかっただけ。たまたま其処にいたから。如何にもな理由を様々に作って私を抱く貴方。そんな莫迦な理由などなくても私が逃げないことを知っているクセに、貴方は狡い男だと思う。そして私の為に作られた言い訳に気付かないふりで、仕方ないとポーズを取る私もまた狡い女なのだと思う。

2119.
私が貴方の一番になれないのなら意味がないので、とりあえず今現在の貴方の一番である贖罪を成し遂げていただかないことには、私は貴方のものにはなれません。なんて涼しい顔で言わてしまったら、まったく完敗としか言いようがない。為すべきことを為すしかないか。まぁ、何を今更ではあるのだが。

2120.
くだらない喧嘩だと、大抵折れるのは彼の方だと思う。彼女の負けず嫌いツンデレ意地っ張りを分かってて、『仕方ないなぁ』みたいな感じ。彼女もそれにちょっと無意識に甘えてるとこがあるの。でも、本気で彼を怒らせた時は、ものすごく潔く彼女が謝るイメージ。<先生’sも本家も

2121.
私たちの未来はいつも『過去』を通して見るものであった。償いや悔恨に絡め取られた未来はそれ自身が確固たる目的であり、私たちは迷うことなく共にそれを目指した。未来が純粋に『未来』となった今、それはあまりに不確定で不安になることもあるが、ふたり共にあればきっとそれは明るいと信じられる。

2122.
私たちの関係を影でこそこそ噂する輩は沢山いる。ある時彼女が独り言のように「こそここするくらいなら、堂々と聞けばいいものを」言った。「きっと吃驚するでしょうけど」そう付け足された言葉に、私は彼女に答えを聞くことを止めた。君の驚きは心臓に悪い。

2123.
世界を呪っている暇があるのなら、己の足で進んでいけばいいものを。ただ無心に目の前の背中を追って足を止めなかった私が言うのだから、間違いはないと思うの。立って歩け。

2124.
諦めるなと私に言った貴方が諦めるのですか? そう言って彼女は笑った。立場を入れ替え、助け助けられ生きてきたのだとしみじみ思う。今は私が手を引かれる番なのだと、素直に細い指先が柔らかに私の髪を撫でるに任せよう。それが今の私に彼女が与えた残務処理。

2125.
戦場では恐れを知らない君が、私の前ではまるで臆病な子供のように瞳を泳がせる様に苦笑する。取って食いやしないというのに。そう、今のところは。

2126.
悪夢を追い払う魔法はこの世に存在しない。だから私は何度でも過去を夢に見て、深夜に跳び起きることがある。それでも、悪夢を受け入れる存在がこの世にいてくれるから、私は何度でも夜を越えて生きていける。

2127.
目を閉じる暇を下さいませんか
#キスシーンを14字で書く

2128.
軍帽のつばがおでこにあたった
#キスシーンを14字で書く

2129.
君のお小言を封じる最善の手段
#キスシーンを14字で書く

2130.
嘘よりは余程マシな唇の使い方
#キスシーンを14字で書く

2131.
このまま寝過ごしたふりで、ふたり夜汽車に乗って見知らぬ街まで行ってしまう。そんな空想が頭をよぎる。でも、そんなことをしたら我々の未来は過去と同じ闇さを帯びてしまう。私たちは夜明けを目指し走る汽車に乗っている。降車駅は間違いのないようにしなくては、意味がない。

2132.
こぼれたミルクを悔やみ掬い取ろうとしているのではない。新しいミルクを皆に分けられる未来を作ろうとしているのだ。血の染みた地面をなかったことには出来ない。それでもこの地に命が満ちる日を目指して、貴方の手は焔に染まり続ける。

2133.
抱き留めた背中は、こんな時でもぴんと真っ直ぐに張り詰めていた。貴方には預けぬとしなやかな骨が語る。その頼もしさと揺るがぬ矜持に敬意を表し、私は目を開いたまま口付けを落とす。榛色の瞳が真っ直ぐにそれを受け入れるから、副官の名を冠した君を手に入れる困難さえ快楽さ。

2134.
一つ我が儘を言わせていただくなら、どうぞこの手を離して下さい。私の心が甘えることを知ってしまう前に。

2135.
抱きしめられた掌から流れ込む熱量が、私を強くする。引き金を引く指に満ちる力。上げた眼差しを落とさぬ意志。貴方が私にくれるもの全てを貴方に返す力にする。そう、私は貴方の忠実な副官。

2136.
女には優しいなんて嘘ばかり。貴方の優しさは私を苦しめるばかり。それならいっそ私を女扱いしないで欲しいと思うものの、それでも他の女たちに優しい貴方を見るのも苦しい。やっぱり貴方は優しくなんてない、どうしたってひどい男。

2137.
私と同じベッドにいる時だけ、安心しきった仔犬みたいに無防備に眠る貴方の寝顔が見られるならば、この肉体を貴方の好きにさせてあげるくらい等価交換どころかお釣りが来るくらいだと思っている。

2138.
手袋の隙間に忍び込む細い指先がカリリと私の掌をなぞった。密やかな彼女の誘惑にざわりと皮膚が泡立つ。寒い夜の真ん中で、私は秘め事の始まりを彼女の指先ごと掌の内に仕舞い込む。

2139.
ビターなブラックコーヒーに甘いハニーチョコレート、コントラストがどちらの美味しさも引き立たせる。ならば。ビターな昼間の君とスィートな夜の君、どちらも味わう権利を持つ私はきっととんでもない果報者。などと公私のラインをきちんと引く理由の中にひとつだけ、不埒を紛れ込ませてみる。

2140.
脱ぎ捨てられた服の影に鋼鉄の塊。拾い上げ黒いグリップを握れば、彼女がその手に収める命と罪の重さを知るようで、あの細い身体が背負ってくれているものに改めて思いを馳せる。その重さに折れず立つ彼女を抱くこの腕の責任を痛感し、私は未だ眠りの淵にいる彼女の髪をなでる。

2141.
柔らかい言葉で君を包むと彼女はひどく居心地が悪そうな顔をして、逃げ出そうとする。だからと言って鋭い言葉で彼女を突き刺せば、微かに噛んだ下唇が痛みを告げる。言葉は兎角面倒で、だから私は無言でただこの温もりで彼女を包み、私自身を突き立てる。そうすると彼女はひどく安心した顔で眠るのだ。

2142.
お腹が空きましたと君が可愛らしく言うから、私はこんな深夜にフライパンを手に台所に立っている。こう見えてもこの地域では偉い方の人間で、千人単位で部下を動かしたりするんだけどな。それでもフォークを握りキラキラした榛色の瞳で私を見つめる酔っ払いの前では、そんなこと何の意味もなくなる。

2143.
銃を持つ手じゃルージュは引けない。だから、紅差し指は貴方に預けてある。貴方の指が私の唇に色を置き、私を女に返す。焔の色、その熱量が私を私に返す。

2144.
愛が美しいものだなんて、誰がいったのか。私の愛は身勝手で薄暗いもので、とても人に見せられるようなものではないというのに。そう、愛する相手にこそ最も見せられないほどに。

2145.
伊達男の無精髭を見る特権。なんて、朝陽の下で思う私は不埒。
(後朝の褥の中でも良いし、夜勤明けの執務室でも良い)

2146.
貴方が選んだのではなく、私が選んだのです。だから貴方に何も言われる筋合いはないのです。私の意志を尊重するのならどうか、地獄の果てまでも連れて行って下さい。誰かに責任を取って貰うほど、私の覚悟を莫迦にすることはないと、それだけは覚えていて下さい。

2147.
職業柄、嘘なんて息をするより簡単に吐くクセに、私に嘘を吐く時だけ表情を消そうとし過ぎて目を眇めてしまう貴方が愛しい。だから、騙されたふり。私も嘘吐き。

2148.
言葉にすると嘘になるから、私は無口な女になった。それでも貴方が傍に私を置くから、私はますます何も言わなくなった。言葉があるからこそ不自由だなんて人って不思議な生き物だと、物言わぬ仔犬相手にぼんやりと考える。

2149.
ふたりきりの時はあの人は私を名前で呼ぶのよ。なんて嘘が咄嗟に出るくらい、戦場の私は冷静で狡猾。心の奥の切望を透かしてでも、生き残り勝利する為の最大限の努力を。嫉妬という名の化け物よ、その程度の仮装で私を揺るがそうだなんて出直していらっしゃい。

2150.
嘘が上手な女に「君は嘘が下手だな」という嘘を吐く。我慢強い意地っ張りを甘やかす、最初のステップ。


(20160206〜20160401)