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1951.
彼女が淹れる珈琲の濃さに、舌が慣れている。もう、私好みに淹れられたらものか、彼女に慣らされたものか、分からないほどに。月日を共に重ねるとは、こんな何でもない日常の積み重ねなのかもしれない。

1952.
他の男も見てから決めれば良かったのに、と言われて不思議に思う。彼しか知らないことの何がいけないのだろう。青春の始まりから人生の終わりまで、私の初めての男にして最後の男。そう疑わず後悔せず生きていけることを、私は幸福だと思っている。

1953.
キッチンからカチャカチャと几帳面な音が聞こえる。きっと今頃彼は、フラスコやバーナーを並べて大仰な実験をするみたいに、珈琲を淹れているのだろう。休日の楽しみは、朝起きて珈琲が既に用意されていること、朝起きるまでの子供みたいな彼の様子を想像すること。どちらも自然に笑みがこぼれる。

1954.
彼にとって大総統になるということは、この国をその手中に収めるということではなく、この国の為に身を捧げるということ。きっと他人には理解出来ない、ある意味狂気の野心を傍らで眺め、私はその狂気に共に焼かれたいと願う。だから、私は貴方の為にこの身を捧ぐ。

1955.
時々、この日々を辛く思うこともある。そんな時、決まって彼の声が私の唇に弱音を吐き出させるよう誘う。いつもお見通しの体が口惜しく、それでも暖かいものが胸に満ち、私は止まり木で羽を休める鷹のように心を緩める。次に彼が辛くなった時、私が止まり木になれるように。

1956.
貴方の心臓を狙う銃弾は、私の心臓を狙う銃弾と同義。それが貴方を貫けば、私も生きてはいられまい。結局、私が守っているのは、私自身。私はただのエゴイスト。

1957.
小言を言っていたら、口に飴玉を放り込まれた。苛々するのは血糖値が下がっているからだとか言われて、余計に苛々する。口をモゴモゴさせながら小言を言うのも締まり無く、私は仕方なく口を閉じる。子供のような扱いが全くもって気に喰わないのに、甘いキャンディは染み渡る。

1958.
三十路の男にする心配もあるまいに、君は小言三昧。プライベートでなら君を黙らせるもっと端的な手段が幾つもあるものを、軍服に身を包む現状では飴玉で君を黙らせるのが精一杯。指先に触れたルージュの誘惑、不服顏の君の無意識の反撃に私は苦笑する。

1959.
愛しているなどと言われたら、きっとグーで殴ってしまうだろう。それでも心中はきっと複雑で、思わず頬が緩んでしまったら、私はそれを隠す為に、やはりグーで彼を殴ってしまうだろう。きっとどのグーも当たり前の顔で受け止めるのだろう、あの男は。そう思うと、やっぱり私は拳を握りしめるしかない。

1960.
愛してるなんて嘘ばっかり。貴方が見ているのは、遠い遠いこの国の未来。私なんか通り超してずっとずっと遠くを見ているクセに。何故、そんなことを言うのかですって? 私はずっと貴方の視線の先を共に見つめてきたのですから、何を今更。

1961.
もう知りませんと言いながら、私の世話を焼き続けてきた彼女。頬を膨らませてそっぽを向いていた少女は、黙って撃鉄を起こす兵士になった。それでも、澄んだ鳶色の瞳とその奥に潜む優しさが変わらないから、私はつい、彼女には弱味を見せてしまう。

1962.
正しさを判断する舵は君に預けた。私は信じる未来へと進路を向ける。二人で乗った小舟に戻る場所はなく、時に頼りなく大海を揺蕩うけれど、それでも二人ここまで共に来た。誰も見たことのない大地を目指し、今日も二人乗せた船は行く。

1963.
無人島に一つだけ持っていくもの、なんて子供の謎なぞみたいなものがあるが、私の場合は持っていくではなく、共に行くだろうなと思う。でも、謎なぞだからそう言えるのであって、実際そうなったら、一人でいくのだろうなとも思う。

1964.
それをラブレターというならば、私は今までに何通もこの人から愛の言葉を貰っているのだろう。付いて来いと言う補佐官の辞令、ずっと更新され続ける一枚の紙切れが私を貴方に縛り付ける。離れず常に傍に居ろと、たった一枚の紙切れが、私を。

1965.
ホールドアップと言われても、つい笑ってしまうのは、ここがバスタブの中で、君が手にしているのが水鉄砲だから。大人しく両手を上げても、クスクス笑いの集中放水は続く。びしょ濡れの前髪をかきあげ視界を確保したならば、さて、反撃を始めよう。

1966.
どうして貴方はいつだって、眩しいものを見るような瞳で未来を語るのだろう。何度現実に裏切られても、何度深い傷を心に負っても、どうして疑うことなく未来を目指すのだろう。そして、どうして私はそんな彼を信じてしまうのだろう。あれ程までに裏切られた過去があるというのに。どうして。

1967.
迷いはない、背中越しに感じる体温が私を守ってくれる。躊躇わない、預けられた背中をひたすらに守る。眼差しを交わす必要など無い、振り向けばそこにある広い背中が私の存在意義を受け止める。誰も阻むことなど出来ない、背中合わせの私たち。

1968.
思い掛けないところで君は雑な性分を発揮して、私が首から提げたタオルで歯磨き後の口元を拭ったりしてくれる。お陰様で私は髭を剃る代わりに顎に切り傷を作ったりなどしてしまい、君に不器用だと苦笑される理不尽を味わったりするわけだ。折り目正しい副官殿よ、タオルは自分のものを使いなさい。

1969.
微睡みの途中、目覚めて傍らに体温のあることに安堵する。穏やかというには些か高すぎる体温も、私には丁度いい。安眠の為に欠かせぬ、貴方は私専用の抱き枕。

1970.
銃に心があるならば、私の想いに応えて欲しい。守るのは持ち主である私ではなく、目の前のあの男。外部の敵からも、内部の敵からも、彼自身の弱さからも、私は彼を守らなくてはならないの。だから、私がこの引き金を引くことを躊躇う時は、どうか、私のこの想いに応えて。彼に向かう、この想いに。

1971.
枕元に置かれ時を刻む銀時計を、ぼんやりと見つめる。この世に幾つも同じ時計はあるらしいけれど、私にはこの一つが特別。子供のように祈念の文字を刻む彼ではないけれど、刻む複雑な想いはきっと彼も私も変わらない。

1972.
初めて銃を撃った時は、両手が震えた。今は少しのブレもなく、引き金を引き続けることが出来るようになった。それが喜ぶべきことなのか、哀しむべきことなのか、今の私には分からない。ただ、あの人の役に立っていることだけは確かだから、今は何も考えず、私は正確無比の弾丸を撃ち込み続ける。

1973.
誇らしげな顔で、父に貰った本を私に見せる父のお弟子さんを、憎いと思ったこともあった。しかし私は後に気づく、彼の言動が私と父の間に会話を生んでいたことを。彼の存在が、私たち家族を変えた。その変化は私の人生に様々な影を落としたけれど、今の私は彼を憎いとは思わない。

1974.
思い出は美化されるものだというけれど、彼女は過去より今の方が美しい。それは惚れた欲目だと悪友は笑った。妻を『美しい未来』と言った男が何を言うのだと、私は笑い返したっけ。更に美しくなるであろう彼女等を見届ける為、我々はこんなところで死ねない筈じゃなかったのか。この莫迦者め。

1975.
貴方の命令を復唱する。貴方の背を追う。貴方の後に続く。振り向かないでいてくれて、構わない。その眼差しの行く末を私も共に見るから。貴方の思想の後を追い、貴方と共に未来を見る。

1976.
私で良いのですか? と問われ、君が良いと答える。てにをはは、正確に。

1977.
持っていくものは思い出一つと決めた。後は貴方と共にいけば、思い出はどんどん増えていくだろう。だから私には貴方以外に失うものはなく、貴方以外に欲するものもない。私の中に降り積もる貴方と生きる時間、それだけが私が生涯懸けて積み上げる財産。

1978.
持っていくものは想い一つと決めた。後は君と共にいけば、この想いはどんどん強くなっていくだろう。だから私には失うものはなく、欲するものはない。路傍でゴミの様に 死んでも構わない、そう思えたのは君のいるこの国を守る為。それだけが私が生涯懸けて君に残せる遺産。

1979.
羊の皮を被った狼、とはよく聞く例えだが、私の副官は忠犬の皮を被った猛禽。敵にも味方にも等しく鋭い眼差しを放つ。私とて例外ではなく、だからこそ彼女は私にとって必要な人であると言えるのだ。私が道を誤ったなら、私の喉笛を掻き切ってくれるであろう美しい猛禽を私は心から愛す。

1980.
雨の日用にと脛当てを贈られた。無茶はするなという牽制か。容赦はしないという警告か。どちらにしても、聞く耳持たぬ上官で申し訳ないが、こればかりは譲れない。雨の日でも、私は私。世話をかけるが、お手柔らかに。

1981.
抱き上げた君の足元に華奢な靴が落ちる。軍靴ではこうはいかないなと、私は少し可笑しく思い、腕の中のひとときの幸福をしっかりと抱きしめる。素足の爪先に小さく蹴飛ばされ、私は控えめな照れ隠しを受け取りながら、寝室の扉をお行儀悪く足で開く。

1982.
指導者の孤独とはよく言ったものだが、君が私を独りにしてくれないので、私はどうにも孤独を味わい損ねているようだ。榛色の瞳に無言で見つめられるだけで、繋がるふたりの過去と今がある。ひとりで歩んだのではない道が見える充足。

1983.
二人は別々の人間だから、私たちは痛みも哀しみも全く同じものとして分かち合うことは出来ない。でも、二人が別々の人間だからこそ、私たちは抱き合って温もりを分かち合うことが出来る。見つめ合うことの出来る貴方の存在が、私を救う。

1984.
月を見上げて、あの人を想う。私を置いていったあの人も戦場でこの月を見上げているのだろうか。ラジオから流れる内乱のニュースを聞きながら夜空をひとり見上げれば、少しだけ背中が熱を持つ。あの人の指が触れた背が。

1985.
このまま朝が来なければ良いのに。そうしたら、私はこのまま此処に居ることが出来るのに。そんな女々しいことを考えてしまう程度には、貴方は私を女にしてしまう。朝には消してしまう感情だから、今だけは無心に広い背中に肌を寄せる。今だけは。今だけは。

1986.
真っ暗な部屋に帰ることには慣れている。だからこそ、時折自室を見上げぼんやりとした灯りを認めると、腹の中にも温もりが灯った気分になる。君がいる。その温もりが私の頬に笑みを生む。

1987.
真っ暗な筈の部屋に仄かな明かりが点いている。暖かになる胸を抑え、わざとらしい溜め息を私はこぼす。こんな時間に勝手に来るなんて。そう文句を言う準備をしながら、私は緩む頬をそっと指先で隠した。

1988.
髪を切る暇もないと、鬱陶しい前髪に新大総統殿はお冠。まぁ、髪を切りに行く時間があるなら睡眠を優先すべき状況なのだから、仕方あるまい。そして。長い前髪をオールバックに撫でつける不機嫌な姿に、『これも悪くないのだけれど』と鑑賞の眼差しをそっと送ることは、私の小さな秘密。

1989.
彼の傍らで生きることは、心を殺しながら生きること。そうまでして傍にいたいのかと零す自問に、私の中の少女が首を横に振る。殺せない心が彼を求めているから、私は彼の傍らにいるのだと。女の私と少女の私、真実を語るのは一体どちらの私なのだろう。答えは出ない、彼の傍にいたいという答え以外は。

1990.
秋になると思い出す。花束と言えば薔薇だと思い込んでいるような単純な男が初めて私にくれた花は、庭に咲いていた秋桜だったことを。あの男は覚えているだろうか。まだ、私の身長が秋桜より低かった、あの日のことを。

1991.
「寝癖なんてバレッタ一つで隠してしまえるから、女は楽なものですよ」なんて軽口にさえ、むきになって「男だって楽なものだ」なんて寝癖をオールバックにまとめてしまう負けず嫌いに完敗する。スーツにオールバックの紳士姿が、オフの日の私を惑わせる。

1992.
いちいち私の許可を得ようとしないで、嵐のように奪ってくれれば良いのに。私に不可抗力という言い訳をくれるほど優しくはない男は、私自身の意志で彼を選ばせる、甘くも謹厳なエゴイスト。

1993.
品行方正で生真面目で、戦績も常にいい優等生の副官を叱れるのは、彼女の上官ただ一人。叱られて、少し困った顔をして、肩の力を抜く彼女は、本当はそれを喜んでいる。彼の前でだけは、彼女は少女に帰ることが出来るから。

1994.
そっと名を呼んでみる。胸の中に明かりが灯る気がする。独りの部屋で闇の中に佇む私を、ここにいない貴方の存在が癒す。

1995.
泣くことさえ己に許さぬ女が折れてしまわぬように、私は少しばかりの感情の発露を促すべく、彼女をシーツの海へと溺れさせる。泣き喚く表情に安堵する己を隠し、私は冷酷な女誑しの顔でその肉体を貪り尽くす。欲するのは溢れる体液ではなく、零れる感情なのだと胸の内で独りごちながら。

1996.
そんなに簡単に人生を決めるなと貴方は怒るけれど、私はこの生き方しか知らない。その眩しい背中を追いかけて、生きることしか。

1997.
言葉にすると嘘になるから、私は寡黙に生きていく。 言葉にしないと伝わらないから、私の口は饒舌だ。 かみ合わない二人、それでも寄り添って生きている。

1998.
抱き合うことに理由がいるのなら。吐く息が白くなった、それだけでいいじゃないか。説明も言い訳も要らない、単純な理由で己を赦せ。

1999.
この身は呪いだ。貴方が私を忘れられなくなる呪い。肉に刻んだ父の念の詰まった呪い。この呪いが貴方の人生を狂わせるとも知らず、貴方は無邪気にこの身体を受け取ってしまった。貴方がこの呪いを解く時、私もこの呪いの呪縛から解き放たれるのだろう。その時、この身は一体何になるのだろう。

2000.
貴方に髪を解かれる時、私は女の顔になる。自分で髪を結い上げる時、私は軍人の顔になる。隣に立つ男は同じであるというのに、まったく別の生き物になる私。貴方はそれを不思議がるけれど、それを一番不思議に思っているのは私自身かもしれない。


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