Twitter Nobel log 39

1901.
今は灯りを付けないで。こんな表情、貴方には見せられない。ただの女みたいに下らないことで涙を隠せないなんて。涙の気配を感じても何も言わないでくれる優しさに、今は救われる。闇の中に零した弱音は、闇の中に隠したまま。貴方のシャツの胸元の生地だけが、私の秘密を知っている。

1902.
今は灯りを付けないで。こんな表情、貴方には見せられない。ただの女みたいに、貴方に縋って啼くなんて。シーツの間に零したものは、全て今だけの幻にするのが私たちのルール。閨の中での二人の姿は、闇の中に隠したまま終わらせて。

1903.
司令室の窓から階下を眺め、無意味に貴方を見つけてしまう。目が良すぎるのが良いのか悪いのか考えながら、私は生真面目な顔で前を見据え歩く男を見つめる。

1904.
自分に口癖があるなんて、貴方に言われるまで気付かなかった。でも、それは貴方が私にとって、あまりに当たり前のことばかり聞いてくるからだ。『ついてくるか』だとか、『諦めるな』だとか。それこそ全て、「何を今更」

1905.
未来を託した過去は奪われた。だから、今を預かり同じ未来を見る。過去さえ共に背負い今を共にもがく。過去も今も未来も、私たちは同じ時を重ね生きる。人生を共に生きる。

1906.
シーツの隙間が広く感じる夜、仔犬を腕に抱いて寝る。それでも埋められない隙間に、抱くのではなく私は抱かれたいのかと、ぼんやり考えながら眠る。ぽかぽかと暖かいお腹、ひやりと冷たい背中。欲しい体温は、遠く司令室の中。

1907.
仔犬を抱いて胎児のように丸くなって眠る女はあどけなく、私は邪な思考を封印し、真面目に腕枕という任務のみを果たす為、仔犬を抱く彼女を背後から抱き締める。まるでサンドイッチだと苦笑し眠りに落ちる瞬間の、幸福の甘美さは格別。

1908.
破壊され尽くした街が復活する。民族紛争が消えてなくなる。不可能を可能にするのは祈りではなく努力。人々が奇跡の到来に神に感謝する時、努力した人は神に功績を譲り舞台裏に引っ込んでしまう。罪を贖っただけだと笑う男の背中に、私は最敬礼を祈りの代わりに贈った。

1909.
幸運の女神なんて信じない。そんな空想の産物は不要、私は背中を預ける女を信じる。

1910.
目的の為なら、平気で嘘が吐ける大人になった。それでも、彼女の前に立ち、あの鳶色の瞳で見つめられると、本当のことしか言えない自分がいる。こんな自分を仕方ないと笑いながら、随分と救われている自分がいることも、また確か。彼女の前でだけは誠実な男でいられる、そんなことに救われる。

1911.
目的の為なら、平気で嘘が吐ける大人になった。彼女の前でなら、尚更滑らかに二枚目の舌が働く。傷付けるくらいなら、真実はいらない。嘘で塗り固めた人生なら、それを貫くのも一つの信念。守るものの為ならば、私は嘘吐きの汚名だって平気できられる。その程度のことしか、私には出来ないのだから。

1912.
君の知らないところで死ねたら、君を泣かさなくてすむのに。そんな世迷い言を言って男は笑う。戦場で、そんな血を流して、それでもそんなことを言って笑い、結局最期まで他人のことばかり考えている男に腹が立って、私は彼を殴ろうと胸ぐらを掴んでそのまま胸に抱く。私に貴方を救わせろ、と。

1913.
私の中に浸入してくる貴方の指やその器官が、様々な形で私を狂わせる。けれど、最も厄介なのは耳に入り込む声。自覚なく無慈悲に私の脳にダイレクトに浸入し、私を誑かす声は私の人生すら狂わせる。「ついてくるか」だなんて、本当に「何を今更」

1914.
廃墟となった街は、寂しさと痛みに満ちている。それが自分の手が破壊したものであるなら、尚更痛みを覚える。そんな感傷に胸を満たす私の横で、内心はどうであれ、淡々と復興の指示を取る貴方が眩しい。迷いのない目に導かれ、私は過去から未来へと視線を移す。

1915.
ふと考えてみれば、好きだなんて貴方に言ったことが無い。仔犬になら、毎日だって言っているのに。傍にいることが当たり前過ぎて、今更言ってみようにも、恥ずかしくて言える訳もない。それでも穏やかな空間はここにあるわけで、言わないままも我々らしいのかもしれないと、私は仔犬にキスをして思う。

1916.
死亡フラグはへし折る主義。だから、戦友に恋人の写真を見せたり、作戦が成功してもプロポーズしたり、戦場から生きて帰ったからといって結婚したりしないようにしている。上司と部下のままでいる理由を聞かれたら、私たちはそう答える。

1917.
甘いお菓子よりドライなビール。閨の睦言代わりにベッドの中でも作戦会議。愛しているなんて言うくらいなら、オーダーを。他人には理解され難い私たちの日常は、私たちだけが分かち合える特別。ビターな甘さを二人きり、味わう。

1918.
私の方が手が大きいことなんて分かりきっているのに、時々掌を合わせて口惜しそうな顔をする君が愛しい。届かない指先の分だけでも、君を守れれば。そう心の底から思う。

1919.
貴方の方が手が大きいことなんて分かりきっているけれど、時々掌を合わせてそれを確認してしまう私がいる。様々なものを守り、傷だらけになって、指を慣らす為のたこが育った無骨な手が愛しくて掌を合わせたいだけだなんて真実は見ないふりをして、大きくて暖かな掌を、私はそっと愛でる。

1920.
自分が正義だとは思わない。ただ正しいと思った道を歩いているだけだ。時折、その正しさが他者とズレていないかと不安になる時、私は後ろを振り返る。金の髪が揺らがずそこに在れば、私はまた己を信じて前を向ける。背中を預ける、もう一つの意味。

1921.
子供の頃は、将来は普通に家庭に納まるのだと思っていた。何しろ家事は得意だったから。そんな私の思惑に反し、気付けば私は独り身のままワーカホリックに生きている。更に私の予想に反し、あの別れが永遠だと思っていた彼の傍らで今も私は生きている。人生は予測不能だから面白いのだと、彼が笑う。

1922.
お姫様を扱うようにではなく、少し雑に、それこそ腹が立つ程度に適当に扱ってくれればいいと思う。その方が、貴方に油断して貰える距離にいる気がして安心出来る。気を張って真っ直ぐに見つめられるより、話の片手間にまるで当たり前のように触れられる方が、私には丁度いい。

1923.
男と同じように無骨になった私の手を、貴方は綺麗だという。誰にでも甘い言葉を吐く貴方だからと聞き流そうとしたのに、私の為に苦労してきてくれた手だからと目尻の皺を深くして貴方が笑うから、私はつい頬を緩めてしまう。だからと言って、その小箱の中身は受け取りませんよ?

1924.
彼のくれた花が散った。花が散るのは当たり前の事だけれど奇妙に不安に思うのは、あの日花屋を装った彼が闇に怯える私の為に、ただ黙って置いていった花だからかもしれない。落ちた花弁を拾い上げ、掌に握りしめる。たかが花一輪に救われる、彼が触れた花が私を救う。

1925.
冷えたビールに喉を潤す男たちを眺め、喉を潤す。美味しそうに飲むものだと微笑ましく思いながら彼に視線を移せば、動く喉仏から目が離せなくなる。美味しそうな首すじに私の喉が鳴る。夏の夜のご馳走は其々に用意されている。

1926.
私たちの普通は、他人にとっては普通ではないのかもしれない。泥を啜り血の河を渡る、そんな日常を普通だと思うこと自体がおかしいのかもしれない。それでも、目の前には貴方の広い背中がある。それだけで、それは私の『普通』となり得る。普通にと地獄を渡る、そんな日々も貴方となら。

1927.
「ああ、腰が痛い。昨夜は張り切りすぎたか」「いい加減になさってください。お付き合いするこちらの身体がもちません」こんな会話を悪気なく交わす上官たちの趣味が筋トレであることは、我々部下にとって非常な迷惑でしかないことを誰かご本人達に伝えてくれないかと思う今日この頃。

1928.
部下を傷つけられて暴走する貴方の手綱を取るのが私の仕事。だからと言って、仲間を傷つけられて平静でいられるわけはなく、時々貴方と一緒に暴走してしまえたらすっきりするかしら、などと思う。でも、きっとそうなったら貴方が私の手綱を取ってくれるだろうから、お互い様なのだと私は苦笑する。

1929.
いつも小言ばかりの君が、キスをする時だけは無口になる。だから、こんな月の夜にはただ深い口付けを交わす。そうすれば、何も話さずにいる間だけは、我々は上官でも部下でもないただの二人でいられる。

1930.
貴方は私が眠った時にしか、キスをくれない。おかげで私は眠ったふりが上手になった。きっと貴方は気付いているだろうけれど、気付かないふりで私にキスを落とす。臆病なのは、私なのか、貴方なのか。卑怯なのは、貴方なのか、私なのか。多分、私たちはそんな意味でも共犯者なのだ。

1931.
ソファで眠っていたら、犬に踏まれた。君に踏まれたかと思ったと言ったら、そんなに軽くありませんと答えが返ってきた。踏んだりなんかしません、ではないのだなと軽く眩暈がする。足蹴にするのは雨の日だけです、なんてフォローはいらない。少しくらいは敬いたまえ。

1932.
その足元に跪き、忠誠を誓う。そんな茶番を演じながら、その爪先に口付ける幻影に心拍数を上げる。淫らな思いを堅い軍服に隠す私の本性は、貴方の命令を待ち侘びる狗。

1933.
いつだって完璧な副官を目指してきた。狙撃の腕も、冷徹な眼差しも、冷静な判断も、それなりに身につけてきたつもりだった。それなのに、貴方の不在という唯その一事が私を狂わせる。乱射、号泣、戦意喪失。私を私たらしめていたのは貴方だと、疑似喪失に思い知る。

1934.
鳶色の瞳。ヘーゼルアイ。鷹の眼。様々な名で呼ばれる君の瞳を覗き込む。まっすぐに私を見つめるその光から目を逸らさぬ生き様が出来ているか、確認する為に。安堵と共に君が目を閉じるから、私は今も胸を張ってその瞼にキスを落とすことが出来る。私の正義。私の光。君の瞳の様々な名。

1935.
初めてのことは大抵、貴方と共にあった。 初めての恋。初めての別離。初めての戦場。初めての挫折。初めての作戦。初めての給料。初めての出世。初めての夜。 私の初めてをこれだけ一緒に過ごしてくれた貴方だから、私の最期も預けさせて欲しい。始まりも、終わりも、貴方と共に。

1936.
確かに。あの男は尊大で、サボり魔で、女好きに見えて、出世することにガツガツしていて、どうしようもなく見えるかも知れないけれど。そんな表層的なことであの男を叱るのは私一人で十分だし、その奥にあるものを知りもしない人間にあの男を悪く言われることは耐え難い屈辱だと思う。副官とは厄介だ。

1937.
少しの幸福があれば、生きていける。たとえば、思い掛けず差し入れられた珈琲。残業中の小さな会話。ふと気付いた時に交わす眼差し。私の言葉に貴方が刻む目尻の笑い皺。深夜におずおずと与えられる抱擁。私の人生を支える、ささやかで大切な愛おしいものたち。

1938.
自信家で尊大な野心家の顔を貫いてはいるけれど、実際のところ不安も葛藤も焦燥も胸の中に飼っている。だが、私がそんな負の感情に揺らいだりしたならば、私の背を見つめる彼女まで揺らいでしまうだろうから、私はいつだって背筋を伸ばして前だけを見つめる。

1939.
莫迦者という言葉の響きがあまりに優しくて、驚く。ああ、私は私の無茶を叱ってくれる人が欲しかったのだ。自覚のない渇望はまるで子供のそれだから、私はずっとその感情に蓋をしてきたというのに。私を子供に帰す貴方は、ずっと昔から大人びた少女であることを強いられた私を優しく叱る人だった。

1940.
七年を共に生きた。あと何年、共に生きていけるだろう。それが人生の半分にも満たなかったとしても、その密度は私の人生の大半を占め、貴方は私の人生そのものとなるだろう。それを依存と言うなら言えばいい。たとえそれがどんな茨の人生でも、そんな男と巡り会えた人生を私は幸福だと思う。

1941.
「それ、今言うことですか?」彼女は銃を撃ちながら、微かにはにかんだ。私は笑って最大火力をぶちかまし、肯定の返事の代わりとする。君が美しさが際立つのは、飾り立てた人形のような姿より、硝煙と煤に塗れ戦場に凛と立つその時なのだ。誰にも媚びぬ孤高の輝きが、私だけの女神を作る。

1942.
眠っている間くらい平和でいてくれればいいのに。そう思い見下ろす執務室のソファー。にょきりと肘掛けから飛び出すお行儀の悪い軍靴を見逃して、毛布を掛ける私は甘いのかもしれない。それでも、明日が来るまでは、その背中を守るのではなく、貴方のささやかな安らぎを守りたい。

1943.
渋滞にはまり、時間を気にしてキリキリする。そんな私に向かい彼は言う、渋滞も二人きりで過ごす時間が増えたと思えば問題あるまい、と。あまりの呑気さに頭を抱えてみても、結局のところ彼のペースに巻き込まれている私がいる。気付けば苛々が消えている、そんな気遣いが少し口惜しい。

1944.
無精髭の生え始めた頬に伸ばされた指を捕まえる。驚く顔を愛でながら、薄い皮膚を髭で引っ掻くと彼女は露骨に嫌な顔をする。なら何故指を伸ばすのかと思いながら、悪友が愛娘と交わすスキンシップを思い出す。私はゾリゾリと無精髭による愛情表現を行使しながら、再び彼女をベッドへと引きんだ。

1945.
彼とプライベートで出掛ける時は、右ポジションの奪い合い。互いに相手を護る為に利き手を空けて、左手で手を繋ごうとする。最後には彼の方が必ず折れてくれるから、私はいつだって笑みを隠せなくなってしまう。莫迦莫迦しい攻防戦さえ愛しい、深夜の小さなお出掛け。

1946.
気に入りのアンダーが見当たらないと言って、彼女はご機嫌斜め。私には全部同じ黒のタートルネックにしか見えないのだが、どうやら少しずつ何かが違うらしい。とかく女は難しい、特に彼女は。それさえも愛しいと思う私は、よく分からないままに新しいタートルネックを貢ぐ。

1947.
本屋での待ち合わせは慎重に。時折、彼の足の裏に根っこが生えて、書架の前から動かなくなってしまうから。幸福そうな横顔を眺めるのも悪くはないけれど、どうせなら私の方を見て、そんな顔をすれば良いのにと思ってしまう。そしてその気恥ずかしさに、うっかり撃鉄を起こしてしまったりする。

1948.
雨だから。そんな理由で甘やかされる男もそうそういないだろう。日常生活には関係ないのだが、いや、それ以前に戦闘にも言うほど支障はないのだが。彼女には何も言えず、私は素直に甘やかされておく。

1949.
仮眠室の片隅で、寝言を聞いた気がした。でも、きっとそれは気のせいだと自分に言い聞かせる。明日、彼女が目を覚ました時に、当たり前の上官の顔でいる為にはそうするのが一番の上策だ。そう自分に言い聞かせ、目を閉じる。きっと眠れないことが分かっていながら。

1950.
老眼鏡を読者用の眼鏡だと言い張っていた貴方の主張を、今日からは認めてあげましょう。もう法案を読むことも、政令を読むこともなくなった貴方の眼鏡は、今日からは純粋に読者用の眼鏡ですから。退官の日、君はそう言った。まったく、君って女には敵わない。

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